チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

チャーマテーウィー伝

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ナーン・チャーマテーウィー伝−10−

前述の話とは別に、「ヨーノック王朝年代記」は、「ムアン・ナコーン・ケーラーン伝(TAMNAAN MUANG NAKHOR KHEELAANGKH)」及び、「プラ・タート・ラムパーン伝(TAMNAAN PHRA THAATU LAMPAANGLUANG)」を引用して、次のような面白い話しを伝えています。

即ち、釈尊が悟りを開いて26年の後、この地にやってきた釈尊に対して、アーイ・コーン(AAY KHOON)というルアッ族の一人がユリ科のパーンという名前の草木の幹の筒に入った蜂蜜と、椰子の実五個を献上しました。寄進の品を受け取った釈尊が蜂蜜を鉢に移し、そのパーンを大地に突き刺しすと、不思議なことにその場が盛り上がってパーンの叢となったというのです。

そこで釈尊がこの地は将来ラムパーン(LAMPAANG=パーンの幹)と呼ばれるだろう、と予見したことになっています。

只、ここで言うところのパーンの木が何なのか、あたしには今ひとつわかりません。通常パーンといえば、ユリ科のオリズルラン属の1年草だそうで食用にもなるそうですが、この草の幹に蜂蜜を入れることが出来るのでしょうか。また、この語の意味をチエンマイの古語の中に求めると、「トウモロコシ」という意味があります。ではトウモロコシの幹の中に蜂蜜を入れたのでしょうか。どちらとも言いかねますね。

続いて、如来の入滅後218年の後如来の首の骨(DUUK PHRA SOO)がこの地に納められてラムパカッパ塔(LAMPHAKAPPA CEEDIIY)と名付けられるだろう、とも予見してその場で頭を撫でて毛髪一本をアーイ・コーンに与えると、創造の神ヴィシュバカルマンに仏舎利を治めるべき場所に穴場を作らせ、毛髪を納めました。

遥かな後年、インドのアショーカ王は、プラ・マハー・モーカリーブットディット・テーラチャウ(PHRA MAHAA MOOKHLIIBUTRDIS THEERA CAU)を中心とする阿羅漢の言を受けて、仏教の世界への伝播を使命とし、マガタ国内に安置されていた仏舎利を掘り起こしました。

ここでいうプラ・マハー・モーカリーブットディット・テーラチャウとは釈尊十代弟子の一人で神通第一と呼ばれた目連尊者(PHRA MOOKHALLAANA THEERA)のことでしょうか。ならばかなり時代に齟齬がありますね。因みに中村元編の「仏教語源散策」においてはこの目連尊者が「餓鬼道に堕ちた母を救うために釈尊に教えられて7月15日に法会を行ったのが盂蘭盆会の起源」としています。

また、このアショーカ王は仏教徒にとっては忘れられない王で、篤く仏教に帰依した同王は、インド各地に仏教を広め、各地に石柱を立てたことは有名な話です。そうした石柱の一つがネパールのルンピニーで発見され、そこにははっきりと「釈尊はここで誕生された」と記されていたといいます。こうしてその地が整備され、今ではルンピニー公園として仏教徒の厚い信仰を受けています。

史実はともかくとして、伝承に沿って話を進めましょう。

掘り出された多数の仏舎利が仏教の拡散を願って世界に広められることとなり、その一つがラムパカッパ・ナコーンにも釈尊の予見の通りに安置されることになりました。そして、その仏舎利の守護者として、名前からすると北方の守護神なのでしょうか、ウットラ・テーワダー(UTHRA THEEWADAA)と言う名前の神がその場所で仏舎利の守護者となりました。

その後、どれほどの年月が流れたのでしょうか、ムアン・スワンナプーム・マハーナコーン(MUANG SUWARNAPHUUMI MAHAA NAKHOOR)にチャンテーワラート(CANTHR THEEWA RAACH)という王がいました。王は、アショーカ王の掘り起こした仏舎利がラムパカッパ・ナコーンにもたらされ、仏舎利塔を建立して安置しているという話を聞きつけました。しかも、その仏塔は正に朽ちかけようとしているらしいという事で、自らの国に将来しようと考えました。

そこで、軍を率いてやってきました。
このムアン・スワンナプームというのはどこの国のことなのでしょうか。伝承は現在の地名を記していませんが、名前からすると現在の中部タイなのかと思います。
これは、仏舎利争奪を告げているのでしょうか。勿論、当時のことですから、王の出御には大軍が随行するのが常であったでしょう。

この時戦闘が起こったのか、興味があるところですが、伝承は戦闘の模様を一切伝えていません。むしろ、守備している筈のウットラ・テーワダーの存在にすら言及していません。

これも、「プーンムアン・ラムパーン伝(TAMNAAN PHUUN MUANG LAMPAANG)」、もしくは「プーンムアン・ラムプーン伝(TAMNAAN PHUUN MUANG LAMPHUUN)」を読めば何らかの手がかりがあるのかもしれませんが、残念ながらいまだ入手出来ていません。

この時仏舎利を求めて軍を挙げてやってきてチャンテーワラートは、初めに仏舎利招来の儀式を行ったといいますから、随員の中に僧侶、もしくはバラモン、呪術師が入っていたのでしょうが、当時としては十分にありえることです。ところが、チャンテーワラートの願いも空しく、仏舎利は仏塔の中から姿を現すことがありませんでした。

そこで、やむなく、掘り起こすことになり、一時は仏舎利を手に入れたチャンテーワラートでしたが、翌朝には仏舎利は元の場所に帰っていました。その不思議な現象にチャンテーワラートは、仏舎利は、この地に留まることを望んでいるのであろうと察しました。そこで、チャンテーワラートは、黄金の獅子王像を作り、その中に仏舎利を納め、それを覆い包むかのように仏塔を建立し、四方に参詣供養の場所を作りました。

その仏塔は、伝承に残る古代文章からすると、泥水の中から湧き上がる気泡にも似た形であったといいますが、それはどんな形なのでしょうか。

こうした仏塔建立が完了すると、要した資財の残りは地中に埋め、いずれの世にか徳ある王が出現して仏舎利党建立を祈願すればこの資財を掘り当てますようにとの願を賭け、自らの領国へと引き返していきました。

更に「ヨーノック王朝年代記」の著者は、プラ・ケーチャンデーン伝(TAMNAAN PHRA KEEN CHANTHRN DEENG)を引用し、ムアン・スワンナプームの王子が、国が滅んだ後、仏像を持ってラムパーンに拠ったとの記述から、この地にはスワンナプームの王子もしくは、人々がやってきて既に国を形成していただろうとしています。

また、チャンテーワラートがスワンナプームに引き返した後どの位の時が流れたのでしょうか、パララート・ナコーン(PHALARAACH NAKHOOR)という名前の国の王が、仏舎利を求めてやってきましたが、チャンテーワラートが施した仏塔守護の仕掛けを説くことが出来ないまま掘り起こした土を埋め戻して寺領に引き上げたという話をも残しています。

そうした様々な伝説の後に、チャーマテーウィーとアナンタヨット王子の願いによりマハー・プローム仙が一辺500ワー(1キロ)の四角形の町を創造し、シーナコーンチャイ(SRII NAKHOOR CHAY)と名付けた、と言うのです。

とすると、この時建設された町は、遥かな後年に建設されたムアン・チエンマイの約四分の一ほどの小さな町に過ぎなかったようです。

こうした様々な伝承から、ケーラーンの地にはアナンタヨットがやって来るよりも速く既に町があったことが伺われます。

しかもチャーマテーウィーたちモーン族とは別の民族でしょうか、それとも同一民族なのでしょうか。今のところそれを断定する資料を持っていません。。

(続)

閉じる コメント(43)

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国でも宗教団体でも、何かよりどころとなる存在を必要としているようです。それが無いと、根無し草となり、心の平安を乱し、自分勝手な生き方や、無法行為に走るように思われます。
傑作です。

2009/7/13(月) 午前 0:07 kitaguniharuo

いつも素晴らしい記事です。

続きに期待しております。

傑作○です。

2009/7/13(月) 午前 0:51 近野滋之

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>パーンを大地に突き刺しすと、不思議なことにその場が盛り上がって
弘法大師も良く似た伝承がありますね
其方が元みたいですね
傑作

2009/7/13(月) 午前 0:58 [ 道後 ]

さくらの花びらさん

コメントありがとうございます。
仏舎利というものは信憑性を疑えばきりがないですね。只、宗教というのが信じることからきていますから、疑えば宗教心が薄れます。ですから、今も新興教団なるものは教祖が徹底的な盲信を要求していると思います。一切の批判を許さない宗教はそれは宗教ではなくカルト教団で危険ですね。そうした集団に騙されない為には信じながらもどこかで覚めて疑問点を見付ける必要があると思います。

2009/7/13(月) 午前 5:10 [ mana ]

keiwaxx さん

コメントありがとうございます。

>毎朝、線香を一本立てて故郷に向って手を合わせてます

これが最も大切なことだと思います。宗教というのは特定の収支・宗派、教団に所属する必要はなく、何かに心から感謝する気持ちが出発点だと思います。釈尊も在家は、父母、兄弟、友人に対する敬愛、信頼、友愛、というものを大切にして実行することを説いていると理解しています。ですからそれは当然に自分に至る縦の果てしない系列に対する敬愛にも至ると思います。人は誰も自分一人の力で生きているのではないと言う気持ちを大切にしていきたいですね。

2009/7/13(月) 午前 5:22 [ mana ]

北国春男さん

コメントありがとうございます。
仰る通りだと思います。人の心から宗教心は失われれば人でなく危険があると思います。宗教は本来弱い存在である人間の拠り所だからです。そして家庭にあっては父母に対する忠孝であり、兄弟に対する敬愛であり、社会では村の守り神に対する気持ち、そして国に対する気持ちへと繋がると思います。そうした宗教心が社会のバランスを保ち、行き過ぎた行為を自制させる働きをしてきていると思います。
コチラの国では、各地の寺院、僧侶に対する尊敬の念、そしてその頂点として宗教・民族の如何を問わずに王室に対する忠誠心というものが出てきているように思います。

2009/7/13(月) 午前 5:35 [ mana ]

近野さん

いつもご訪問とお褒めの言葉を頂きありがとうございます。

これからも宜しくお願いします。

2009/7/13(月) 午前 5:36 [ mana ]

水大師さん

コメントありがとうございます。
弘法大師は日本の各地に不思議な伝説を残し、我が故郷では水不足に悩む人々を救済して池を作ってくれました。杖で大地を突付いて泉を湧き出させる話は各地にあるようですね。このパーンの話もそれに似ているといえば似ていますが、実在の人物である弘法大師のほうがより真実味がありますね。我が故郷の誇る偉人ですから、そう思うのかもしれませんが・・・

2009/7/13(月) 午前 5:41 [ mana ]

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あれま!!manaさん 四国の出身ですか
わしのHN実は弘法さんのゆかりの地です
杖で水を出したと言うところです
わしの生まれたところで 今の家のすぐ近くです

2009/7/14(火) 午前 1:00 [ 道後 ]

こちらこそ、ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。

また伺います。

2009/7/14(火) 午前 1:49 近野滋之

manaさん、こんばんは。
いつも、ご来訪頂きありがとうございます。

よく調べて記事を書いていらっしゃるなと拝見させて頂く度、感心しております。

私にはコメントする知識も何もありませんが。

また、寄らせて頂きます。

2009/7/14(火) 午前 4:08 [ KEN ]

水大師さん

おはようございます。
実はあたしの実家は四国の香川県は高松です。
水大師さんも讃岐ですか。弘法大師は満濃の池で今に至るも讃岐の全ての住人がお世話になっています。

2009/7/14(火) 午前 7:31 [ mana ]

近野さん

こちらこそいろいろ勉強させて頂いております。
これからも宜しくお願いします。

2009/7/14(火) 午前 7:32 [ mana ]

KENさん

コメントありがとうございます。

日本人には関わりのない小さな町のお話ですからお気軽に読み流してください。
お時間があれば覗いて頂ければ嬉しいです。

2009/7/14(火) 午前 7:34 [ mana ]

manaさん初めまして

コメありがとうございました

凄く難しい話ですがよく勉強されておられますね

私の知らない話ですのでまた伺わせて頂いて

知識を広めされて頂きますね!

2009/7/14(火) 午後 0:48 [ あられ ]

あられさん

ご訪問&コメントありがとうございます。
日本人どころか地元の人も余り知らない話ばかりですから理解しにくいかもしれませんね。
まあ、あたしの自己満足と、頭の整理・ボケ防止をかねてブログを書いていますので、名前とか地名とは気にせず、話の流れを追って御伽噺の世界を旅してください。
これからも宜しくお願いします。

2009/7/14(火) 午後 1:26 [ mana ]

ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。

また伺います。

2009/7/15(水) 午前 0:59 近野滋之

近野さん

ご訪問&応援ありがとうございます。

2009/7/15(水) 午前 4:52 [ mana ]

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manaさん、なかなか不思議なかたですね。
今後とも勉強させていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。

2009/7/18(土) 午後 8:54 [ せいちゃん ]

せいちゃんさん

世の中に一人くらい変わった人間がいてもこれもまた面白いのではないでしょうか。
お時間がありましたら覗いて頂ければ嬉しいです。

2009/7/19(日) 午前 4:43 [ mana ]


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mana
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