チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

シーウィチャイ伝

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偉大なる後継者

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クルーバー・シーウィチャイ伝(14)

かつて、チエンマイの城壁内、旧市街、ムアン・チエンマイの中心部に位置するチェディールアン寺院(冒頭初めの写真は、境内にあるインタキーン柱を安置している祠)の由来について記したことがあります。そして、その寺院に安置されている礎石柱(冒頭二枚目の写真は、その礎石柱と、その上に立つ立像)のお噺もしました。
それは、通常ラック・ムアン(LAK MUANG)と呼ばれるものですが、ここチエンマイではサウ・インタキーン(SAU INTHAKHIIL=インタキーン柱)と呼ばれていることも既に記しました。
城壁に囲まれた旧ムアン・チエンマイ内のほぼ中央部に位置する旧県庁に接して今も残る小さな御堂、そこはかつてはサドゥームアン寺院(WAD SADUU MUANG)と呼ばれ、インタキーン柱はそこに安置されていたものです。
そのインタキーン柱を納めた祠には、小さな立像が祀られていて、雨乞いの仏とされています。そして、その仏像の下に安置されているインタキーン柱をこれ程までに見事に装飾した人物こそは、僧といえるのかどうか疑問ではありますが、一般に言われる呼称に従えば、クルーバー・カーウピー(KHRUUBAA KHAAW PII=冒頭三枚目の写真)という名前のお坊さんです。
このクルーバー・シーウィチャイの項の中にクルーバー・カーウピーの話を繋げることに違和感を感じられるかもしれませんが、彼の名前がクルーバー・アピチャイ・カーウピー(KHRUUBAA APHICHAI KHAAWPIII)という名前で、このアピチャイと言うのは、クルーバー・シーウィチャイが出家時に名乗っていた名前です。
このことからもクルーバー・カーウピーは、クルーバー・シーウィチャイに特別に可愛がられていた僧であることがわかります。そして、このクルーバー・カーウピーの業績、偉大さ故に、人々は、クルーバー・シーウィチャイ・ノーイ(KHRUUBAA SRIIWICHAY NOOY)、即ち、小クルーバー・シーウィチャイと呼ばれていました。
師の業績は師匠のクルーバー・シーウィチャイと変わるところがなく、仏教寺院の修復復興だったのです。しかもその行動範囲もまた広くラーンナー一帯に亘り、その名声もまた広く知られていました。
クルーバー・シーウィチャイの行く所、影のようにクルーバー・カーウピーの姿があり、クルーバー・シーウィチャイの絶対的な信頼を得ていたことは、師の名前を譲り受けていることからも察せられます。
しかし、写真に見る通り、師はその身に白衣を纏っています。
タイ仏教界にあっては、227か条の戒を受けて正式に得度出家したか、小僧として見習い僧になったかは問わず、仏門に入ると在家の身分、僧界での地位に関係なく、誰もが等しく黄衣を纏うことになっています。しかし、師は、頭は綺麗に剃り挙げて僧としての生涯を貫きながらも白衣を身に纏っています。
そして、師が終生白衣を身に纏うことになったのは、僧でありながら、僧であることを許さない既存仏教界の陰湿な圧力と嫉妬・羨望の毒に染まった一部の権力者のなせる業だったのです。
サンキート氏は、その著の中で、「八つ当たり」と言う言葉を使って、師のクルーバー・シーウィチャイに如何ともなしえない腹癒せに愛弟子であるクルーバー・カーウピーを陥れた、としています。日本の諺にも「僧侶憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉があったように思いますが、クルーバー・シーウィチャイに対する嫉妬から起こった憎悪にも似た感情は、師の片腕であるクルーバー・カーウピーにまで向けられたのです。
即ち、当時のラムプーンの僧侶の世界では、既に見て来た通り、絶対的な信仰心を一般民衆より受けるクルーバー・シーウィチャイに対する嫉妬の炎が燃え盛っていました。そして、彼らはあらゆる権力、決まり、法律を用いてクルーバー・シーウィチャイを罪に陥れようとしましたが、悉くその企みは失敗に終わり、むしろ、彼らの企みの度に民衆のクルーバー・シーウィチャイに対する信仰心は篤く燃え上がるようにすら感じられていました。
しかし、僧たちの嫉妬心は民衆の信仰心に比例するかのように憎悪の炎となって燃え上がりました。
そして、怒り、嫉妬の炎の先をクルーバー・シーウィチャイにではなく、その愛弟子であるクルーバー・カーウピーにまで向けたのです。
クルーバー・カーウピーに向けられた嫌疑は、一度ならず、二度三度と重なります。そして、還俗しては白衣を身に纏い、やがて再度クルーバー・シーウィチャイの元で出家して黄衣をまとう。それを僧界が僧衣を剥がす、そうしたことの繰り返しでした。
そして、ついに、師は終生白衣で通すことを決意したのです。
師に取っては黄衣であるか白衣であるかよりも心が出家しているか否か、心に師の後をついて行く決意の有無こそが重要であったのです。
クルーバー・カーウピーはクルーバー・シーウィチャイの筆頭弟子といってもいいかもしれません。常に師の後に付いて影のように寺院修復に尽くし、師にまかされて修復事業を完成させてきました。数百ものクルーバー・シーウィチャイの寺院修復の陰には、影として師の意を汲んで粉骨砕身するクルーバー・カーウピーの存在があったのです。

これから幾回かに分けて、世紀の名僧、ラーンナーの聖者と人々の賞賛を一身に集めたクルーバー・シーウィチャイという偉人、今に残る同時代のルアンプー・マンと言う名僧、同年代の名僧として今も口の端に上るルアンプー・ウェーン、ルアンプー・カーウアーラヨーほどに現代の人々の賞賛を受けることがない、とは言いながらも、今も篤い信仰心を受けて止まないクルーバー・カーウピーの数奇な一生を追って見たいと思います。
それは、師のクルーバー・シーウィチャイにも決して勝るとも劣らない人生の荒波を思わせます。そして、師同様に一切のこの世の名声も富すら求めることがありませんでした。
仏暦2443年(西暦1900年)、人里遥かに離れた未開の地で赤貧洗うがごとき家庭に生まれ、16歳にしてクルーバー・シーウィチャイに誘われるように出家して小僧となり、6年間の小僧時代を過ぎて22歳にして正式に得度出家しました。その後の50数年間、クルーバー・シーウィチャイの後姿を只管追い求める生涯を送りました。
73歳の時、人生の終わりを感じながらもラムパーンへ招請を受け、その後4年、仏暦2520年(西暦1977年)、77歳にして帰らぬ人となりました。
正直、幾つかの師に関する文章を紐解きながらの記述になろうかと思いますので、筆の運びが遅いかとも思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。

(続)
                          ラーンナーの古式武術
                   http://www.youtube.com/watch?v=5a40ld3M_9U
上のURLは、比較的珍しいと言えるかもしれませんが、ラーンナーの古式武術の型です。たくさんある筈ですが、ここでは10の型を披露しているようです。
いわゆる、タイ・ボクシングと言われるものも、もともとはこうした武術だと思われます。ラーンナーのこうした古式武術を継承している人は大変に少ないようです。基本は脚で三角形を描くようにして、身体を移動させるそうですが、以前一度だけですが、見たことがあります。

閉じる コメント(36)

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没後のお話はどうなるのか?とおもってましたが、後継者のエピソードが始まるのですね。
また、楽しみにしています。

2009/12/4(金) 午後 7:20 株式会社セロリの管理人

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>師に取っては黄衣であるか白衣であるかよりも心が出家しているか否か

これですよね。
何を着飾ろうが所詮それは見せかけです。
やはり中身が大切です。

傑作

2009/12/4(金) 午後 8:31 保守の会会長 松山昭彦

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さくらの花びら様もコメントしていらっしゃいますが、、、

出家しているか否か、僧思います(笑^^

雅子にも出家しているか問いましょう((怒))

皇室の崩壊に繋がらない様に!



ちょっと的が外れましたが、、、すみません

2009/12/4(金) 午後 9:05 愛國

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こんばんは!
毎度、読ませてもらうと贅沢な生活をしているなと感じる事と
「欲」
何に対してなのか分かりませんが、この生き方が正しいのかと感じる事もあります。

2009/12/4(金) 午後 11:44 [ keiwaxx ]

同じ人間として…
私はなんと楽でいい加減な生活しているのか…
つくづく反省します。
この時代に生まれていたら…どうなっていただろうって考えます。

2009/12/5(土) 午前 0:14 [ ossa ]

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偉大な師に従事された方の中から、また同じような方が現れる
やっぱりいつの世にも、救世主的な方は存在するんですね
続編楽しみにしてますよ

2009/12/5(土) 午前 0:37 yuzupon

今後の展開に期待してます^^

2009/12/5(土) 午前 1:03 [ KEN ]

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こんばんは。
一通り拝見して何故か「スティーブン セガール」を思い浮かべてしまいました。
僧としての生き方を良く存じ上げませんでしたが日本のそれとはかなりの隔たりを感じますね。
私達下々の者には想像を絶する世界だと感じました。

2009/12/5(土) 午前 2:05 [ 憂国烈士 ]

株式会社セロリの管理人 さん

コメントありがとうございます。
クルーバー・シーウィチャイは、輪廻の環を飛び越え二度と苦界にもどってくることがない身となったと考えたいですね。そして、超人的な活躍とされ、ラーンナーの聖者という地位を獲得した師を支えた無数の人たちの中で、影のように動いた人がいた、ということを知って頂きたいです。

2009/12/5(土) 午前 5:14 [ mana ]

さくらの花びら さん

コメントありがとうございます。
得度出家した、僧籍にある、僧衣を着ている、頭を剃り挙げているから僧であるのではなく、出家者の務めを体現し、出家者の心を持って生きる人こそ釈尊の弟子と呼ばれるべきで、僧として釈尊の教えを全身に体現して生きること大切だ、ということを身を持って示したのだと思います。

2009/12/5(土) 午前 5:45 [ mana ]

愛国 さん

コメントありがとうございます。
人それぞれに務めがあります。その努めはその人の立場、地位によって変わるかもしれません。昨日の立場と今日の立場が変われば務めが変わるかもしれませんが、変わらないものがあります。
それが血です。
僧は、その行いによって僧になるのならば、日本人は臣としての務めと意識を持ってこそ日本人足り得るのだと思います。臣の努め、雲上人の努め、それは永久に変わることはないものと信じています。

2009/12/5(土) 午前 6:01 [ mana ]

keiwaxx さん

コメントありがとうございます。
僧とは出家者です。出家者とはこの世の柵の一切を捨て去った存在で、この世の地位、名声、栄誉、快楽の一切を捨てるものです。もしも、日本において仏教が歪んだとすれば、僧侶を一市民として見做し、僧を一つの職業としてみたからかもしれません。
クルーバー・シーウィチャイのみならず、高名な師は等しくこの世の名声に無頓着で、財に無関心です。僧侶が蓄財に走った瞬間、僧ではなく釈尊の弟子であることを放棄したといえるかもしれません。
人が苦しむのは様々な欲望ゆえです。金銭欲、出世欲、食欲すら人を苦しめます。そして、そんな欲が消えないのが又人の常ですね。ですから、欲望を捨て去った人に尊敬の念を抱くのかもしれません。

2009/12/5(土) 午前 6:14 [ mana ]

OSSAさん

人が欲望を絶つということは大変に辛いことです。
悟りを開いたとされる釈尊のエピソードに、ある日朝の托鉢で一粒のご飯をも布施されることがありませんでした。瞬間、釈尊の心の中に人々はまだ起きていないのかもしれない、もう一度歩けば食事を布施されるかもしれない、そんな気持ちが一瞬起こったそうです。そして、次の瞬間そんな考えを打ち消し、その日はついに食事を口にすることなく過ごし、前日の朝から翌日の托鉢の時間まで空腹に耐えたといわれます。
欲望は際限のないものですが、人は際限のない欲望が満たされ続けることを追い求め、苦しみ続けるようです。

2009/12/5(土) 午前 6:22 [ mana ]

柚ぽん瑠璃珊瑚晴パパ さん

コメントありがとうございます。
朱に交われば赤くなるともいい、類は友を呼ぶともいいます。
クルーバー・シーウィチャイの心を知るルアンプー・マンも又高名なしで、師の弟子である、ということを吹聴する僧もいますが、そうした師の名前を借りることない名僧の中に真の弟子がいます。クルーバー・カーウピーは、只管師であるクルーバー・シーウィチャイの後を追い続け、いかなる迫害にもめげることなく、僧としての務めを果たすことに生涯を賭けました。
この師にして、この弟子あり・・・でしょうか。

2009/12/5(土) 午前 6:30 [ mana ]

KENさん

ご期待に沿えるよう頑張ってみます。
宜しくご支援下さい。

2009/12/5(土) 午前 6:31 [ mana ]

愛国烈士 さん

コメントありがとうございます。
昔の日本仏教にも、弘法大師、伝教大師その他にも偉大な僧がたくさんいました。また鑑真など言う偉大な僧の来日もありました。誰も等しく釈尊の弟子として、この日の本の国に御仏の御教えを広めることに命を賭けました。
同じように釈尊の弟子でありながら、日本とタイの僧の違いの基本には、日本の僧たちの意識に国家がありますが、タイの僧の意識の中には国家意識というものが少なかったのではないでしょうか。

2009/12/5(土) 午前 6:52 [ mana ]

なるほどタイ式ボクシングのルーツがこれだったのですね。日本でこれを輸入した時沢村忠一派が日本人になじみが出るようにと「キックボクシング」と解明して一世を風靡しましたね。

2009/12/5(土) 午前 10:43 [ 彩帆好男 ]

サイパンはカナダより魅力的 さん

コメントありがとうございます。
あの頃は余りにも稚拙なショーでしたね。当時の一流タイボクサーが対戦すれば、彼は死んでいたかも・・・それほど本来のタイボクシングというのは危険な武術なんですね。それも世界に広まるにつれて武術の面が薄れてショーの面が大きくなっているようですが。古式の武術は、日本の空手の型、剣道の型のようにきれいなものですね。

2009/12/5(土) 午後 0:42 [ mana ]

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こん
∧__,,∧
( ´^ω^ たこ焼き持ってのぞきにきましたよ〜♪
/.つoとl へぇ〜初めてみました
しー-J

2009/12/5(土) 午後 8:32 日帰り温泉とグルメ

日帰り温泉とグルメ さん

たこ焼きですか・・・食べたいですね。
でも温泉でたこ焼きは似合い・・・ますか。やはり。
どうぞごゆっくり。

2009/12/6(日) 午前 5:18 [ mana ]


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