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クルーバー・シーウィチャイ伝(19)
タークにおいて様々な施設復旧に精を尽くし、メーラマートにやって来たクルーバー・カーウピーは、そこで本堂建立に着手しました。この本堂建立時に大事件が発生するのですが、残念ながら手元の資料には、寺院の名前が記されていません。
この建立に際し、さすがのクルーバー・カーウピーも困り果てました。どうしたわけか、建立に要する資財が不足したのです。貼り付ける金箔代400バーツ、そして職人の手間賃300バーツの計700バーツが不足しました。
やはりチエンマイと違って大富豪の後ろ盾がありません。信者からの寄進はあったでしょうが、メーラマートは、タークの町からも遠く離れており、しかもタークそのものがチエンマイのような大都会ではありません。
そこで、クルーバー・カーウピーは、関係者と協議し、奉加帳を廻すことにしました。本堂建立の意義、趣旨を説明し、同時に村人から寄進を集めるのです。
こうした事は決して珍しいものではなく、現代においてもしばしば見られます。チエンマイ大学は地方国立大学として最古を誇る総合大学ですが、その医学部付属病院に、スチンノー(SUCINNOO)という名前の三角形の病棟があります。これはルアンプー・ウェーンというクルーバー・シーウィチャイに若干送れて名声を響かせたラーンナーの名僧ですが、師が病に倒れた時、師の為の病棟建設が進められ、それに多数の一般市民が競うようにして寄進を惜しみませんでした。そして、完成の暁に命名された名前が師の名前である、スチンノー棟でした。
このクルーバー・カーウピーは、本堂建立の奉加帳を廻し、住民の自発的協力を得て無事必要なだけ調達することが出来、無事本堂建立を完成させることが出来ました。
しかし、この奉加帳を廻したことが大きな問題でした。
僧侶の身でありながら、奉加帳を廻した。
役所の耳に入るのにさほどの時間は要しなかったでしょう。村人の中には役場に勤める人もいたかもしれません。そうした人が寄進に応じていたことすら考えられます。
郡役所では、これを見逃すことは出来ませんでした。郡長は、自治会長を呼び出すと、まず事の真相を尋ねました。
「聞くところによると沙門アピチャイは、奉加帳を廻して村人より寄進を募ったそうであるが、本当か」
「間違いありません」
自治会長は正直に答えました。そして更に続けて言いました。
「しかし、全て村人が自発的に寄進したものであることもまたその間違いありません。さもなければ、本堂の建立がならなかったでしょうから」
しかし、郡長にとっては村人の意思がどのようであるのかは何の関係もないことでした。
お上において法に厳格であれば、僧にあっては戒に厳格である。
サンキート氏は、この時の状況をこのように言及しています。即ち、住民の意思、僧の目的が問題であるのではなく、役人として法律を守ることが大切であったのです。そして、法を厳格に考えるならば、出家者である身の僧侶が村人から寄進を「求める」事は、如何に村人が自発的に「応じた」としても許される事ではありません。
若しもこの時、クルーバー・カーウピーが白衣であれば何の咎めも受けなかったでしょう。行為も気持ちにも何の違いもありませんが、黄衣であるか白衣であるか、その違いが天と地ほどにも異なって師の上に襲い掛かって来たのです。
しかも、この時郡長が用いた法律とは、クルーバー・シーウィチャイを罪に陥れようと様々に用いられたあの僧団法だったのです。このバンコク政府が発布した全国の僧侶が守るべき決まりを記した僧団法の規定に触れるとして告発されましたが、黄衣を着ている限り、世俗の郡長といえども何もすることが出来ません。
そこで、郡長は、県僧団長に事の次第を訴えて諮問し、クルーバー・カーウピーは還俗を余儀なくされました。
「おらが和尚さんは、善を成してどうしてこんな目に遭わなきゃならんのか。世に正義はないのか」
村人から寄付を集めたとはいえ、その金で作った本堂はお寺のものであり、お寺は村人のものです。ですから村人は自分たちのお金で本道を建て、クルーバー・カーウピーは一銭の利益も得ていないことは村人たちが一番よく知っています。
しかし、そうした素朴な常識は法律を字句通り守ろうとする役人には通用しないのでしょうか。それとも「黄衣を纏うと災いが降りかかる」という後年師について言われたことがこうしたところから来ているのでしょうか。
村人たちの嘆きも何の助けにもなりませんでした。
涙に濡れる村人たち多数に見守られながらクルーバー・カーウピーは、枯れて年余になる花梨の木の下で再び身に纏う黄衣を脱がなければなりませんでした。そしてこの時、余にも不思議な出来事が発生した、と伝承は伝えています。
この神秘な出来事は、伝説とサンキート氏の著ではまったく反対になっています。即ち、伝説では、師が黄衣を脱ぎ捨てて白衣になると、散り残った疎らな葉を付けた枯れて年余になる花梨の木が芽吹いて花を咲かせたというのです。一方、サンキート氏は、黄衣を白衣に着替えた途端、花梨の木の葉が舞い落ちるように散って疎らになったというのです。
どちらが本当でしょうか。確かなことはわかりません。
釈尊が入滅した時、沙羅双樹の花が時ならぬのに花を咲かせ、釈尊の体の上に降り注いだという仏説がありますが、それを思い出させてくれる話で、それに結びつけるならば、枯れていた花梨の木の疎らに散り残った葉に命が蘇り、青々とした枝葉を伸ばし、クルーバー・カーウピーの還俗を嘆くかのようにその身体に降り注いだ、というのでしょうか。
その場にいた村人の誰もが余りの不思議に言葉もなく、師の周りに膝ま付き、中には頭を大地につけて拝するものまで出ました。
かくして、再度白衣の修行者のような姿形になったクルーバー・カーウピーですが、本堂を完成させると、10日10晩を要して生まれ故郷のラムプーン県リー郡に帰って来ました。そんな師を慕って多数の信者が後に続いていました。
多数の人々が一団となって野宿を重ねながらやってきました。そして、パーホック村(BAAN PAAHOK)の原野で旅の疲れを取るのか師に付き従う人々は、そこに小屋を建設し始めました。そして、彼らは留まる事4晩に及びました。
まだ地域的に閉鎖的要素が強かった70年近くも前のことです。突然表れた異郷の人々の一団の出現は、人々の噂となって広がり、終には、不穏な一団であるという判断が下されました。
「白衣の修行者カーウピーがメーソートより違法な銃1,000丁と共に徒党を組んでやってきた」
こんなニュースが流れると、リー郡役場に緊張が走りました。
郡役場では、警察署と連絡を取り、証人とする為に僧団にも協力を要請し、大挙して事実確認に向いました。
警察の事情聴取に対し、師は静かに答えました。
「まさか、そんなことはない。自分たちは、二つの県を通ってやってきたが、誰もそんな嫌疑を掛けてきたものはいなかった。若しも疑うならば、どうぞ好きなだけ調べてください」
もとより身には何一つ持たない師です。少しも間違った事はしていないという自負からどんな官憲をも怖れません。
警察官2名と証人の僧侶2名による小屋の捜索の結果、発見された「武器」は、先込め銃一丁だけで、それも追従の村人のもので、しかもその銃にはきちんと登録証がありました。今でもタイ人は登録することで通常銃器を所持することが出来ますので、当時にあっては他県へ出かける事はどんな不測の事態が起こるかも知れず、同行者の中に用心の為に先込め銃を持って来た者がいたのでしょう。
恥をかいた格好の郡役場では、それでも尚諦めず、捜査の矛先を広げてメートゥーン寺院(WAD MEETUUN)にまで入り込むと捜索を初め、そこで修行している小僧たちをも愕かせたといいます。
しかし、不審な物は何一つとして出て来ませんでした。
この時、村人たちは手を叩いて役人の不首尾を嘲笑ったといいます。役人が庶民に笑われたのです。当時としては耐えるに忍びなかったかもしれませんし、庶民からすれば怖い役人を嘲笑うことなど生涯ないかもしれない貴重な経験であったでしょう。
警察としては、村人の前で赤恥をかいただけではなく、手ぶらで引き上げることになり、不満の捌け口もないままに、郡役場に対して、時間の無駄をさせられた、と愚痴を零していたといいます。当時としては警察とはいえ、自動車などある筈もなく、誰もが徒歩での往復となりますので、収穫がなければその疲れも何倍にも感じられたのではないでしょうか。
そんな愚痴が聞こえてきますと、今後の協力関係にも影響しますので、止む得ずといいますか、心ならずもといいますか、郡役場は旅費と食費を警察側に支給することにしました。
こうした騒動が一段落すると、クルーバー・カーピーと追従者の一団は、メートゥーンを出発し、チエンマイの町を横目にサンカムペーン郡(AMPHAA SANKAMPHEENG)に向かいました。
サンカムペーンのプラノーンプーカー寺院(WAD PHRA NOON PUUKHAA)には、師のクルーバー・シーウィチャイが逗留していました。
途中、バーンホーン(BAAN HOONG)に入ると住民が警察官を伴ってやってきましたが、余りの人の多さになす術もなく引き返したと言います。次いで、一行は、ドンルーシー寺院(WAD DONGRUUSII)に逗留しますが、ここでも役人(KHAA LUANG)が待ち受けていましたが、やはり余りの人の多さになす術もなく引き返したといいます。こうした役人の動きは住民の訴えによるというのですが、伝承は、役所が引用した罪状について記していません。
執拗なまでの役人の動きですが、ターリー寺院(WAD THAALII)に到着すると、今度はチエンマイ県知事が出てきて直々に師を取り調べることになりました。
(続)
下の動画は、比較的日本には馴染みのないラオスの武術をショー化したものです。音楽はラーンナーの音楽に大変に近いものがあります。
ラオス武術の演舞
http://www.youtube.com/watch?v=CKmcO9pRISI
冒頭の写真は、クルーバー・カーウピーの像を打ち出したお守りです。タイ人は、こうして名僧と呼ばれる人の像をお守りとして身に付けています。周りに刻まれている文字がラーンナーの文字です。(参照:http://haripoonchai.com/hpcboard/index.php?topic=56.15)
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サイパンはカナダより魅力的 さん
コメントありがとうございます。
かつて帰国途路立ち寄ったマニラの空港で、現地警察官が現に着けている警察のバッジを売りつけようとしたことがありましたね。タイでは、交通違反して罰金を払う人よりも罰金の半額近くで賄賂を渡す交渉をする人のほうが多いですね。それを受け取りますから呆れます。必要ならば警察の先導を依頼することも出来ます。かつてバンコクの日本人学校の生徒たちがチエンマイに修学旅行で来た時、警察のパトカーを先導させた話を聞いて呆れたことがあります。非常識ですね。バンコクのドンムアン空港には空軍経営のゴルフ場がありますね。チエンマイの陸軍基地には軍経営のゴルフ場があり、水曜日は体育の日と称して陸軍軍人が多数プレーしています。そこには競馬場もあり、テニス場も射撃練習場もあります。勿論銃器も弾も全て揃っていますので軍人の指導が受けられます。そして、チエンマイ空港に隣接して41航空隊基地がありますが、そこにもゴルフ場があり一般に開放(有料)しています。それ以上に、テレビ局の電波は、チャンネル5が郡直営、7が軍所有で民間への貸与です。
2009/12/24(木) 午前 10:38 [ mana ]
ジョウジ さん
コメントありがとうございます。
聖と俗の関係です。清ければ清いほど、俗界で蠢く魔性からは嫌われるのかもしれません。それは俗界が汚れ、汚れの中に住んで汚れの中で富み栄えようとする人は、透明な世界で一切の私欲を捨て、着飾ること、飽食すら戒めて質素にして逞しく生き、しかも夥しい人の賞賛の声を受けて支えられる。それは脅威であり、自分に対する嫌味に映るかもしれません。嫌味に映るだけであるならば、誹謗・中傷、やっかみで終わりますが、権力という武器を持っているとき、恐ろしい結果となります。嫉妬は権力行使という正義の衣を纏い、人々を威圧します。そうした汚れた権力に対抗する道は、一つはこうした絶対的自信に基づく無視でしょうか。正面から対峙することなく、無視して自らの信じた道を進むことが最も強力な対抗手段かもしれませんね。
2009/12/24(木) 午前 10:45 [ mana ]
師匠と同じようになってきましたね・・・
いじめとしか見れないですね
それにもめげないのはすごいです
2009/12/24(木) 午前 11:07 [ 道後 ]
現在ならば法治国家としての遵法精神には一応の理解を示さねばなら無いのかもしれないでしょうが、当時の法律などは為政者の都合を第一に立案されているのでしょうからその法に触れてまで事を起こすことはよほどの勇気が必要だったのでしょうね。一般庶民は決してそのようなことが出来ないからこそ名僧に託す気持でいわば確信的に寄進もしたのでしょうね。名僧と言われるためには滅私を何処まで貫けるかにかかっているのですね。
2009/12/24(木) 午前 11:52 [ aen**kon99d*su ]
私は官僚は全てがダメだとは思いません。
官僚の仕事を民間ベースで計算すると莫大な賃金が必要になります。
官僚はある意味、報酬は別にして使命感のみで仕事をしなければいけない業種です。残業手当だ時給いくらだ…と言っていては仕事になりません。これは国民の税金が給料になっている公務員全てにいえることですが。。
ただ残念なことに一部の官僚に不正と私利私欲のためだけに存在した官僚もいました。本当に嘆かわしいことです。
総じてこの戦後の荒廃から今の日本を作り上げたのは官僚の力も大きかったのだと思います。
永田町近辺の各省庁では終夜灯りがついて夜中でも仕事している人がたくさんいます。
自宅に帰るのは週末だけという人もたくさんいます。
公務員は国民のため国家のために仕事をしなければなりません。
ただ、おごりは禁物ですが。。。
2009/12/24(木) 午後 4:24 [ ossa ]
いやはや、爽快、爽快。
師はこういう運命なのですね。
まだまだ先は苦難がありそうです。
師が人々から慕われるのもわかる気がします・・・
傑作
2009/12/24(木) 午後 7:27
水大使 さん
ある種の人にとっては、生きる事は茨の道を歩むことなのかもしれません。それは、存在そのものが社会的であるからです。同じ僧侶で名僧といわれた同時代の幾人かは、こうした迫害とも言える事はなかったかもしれません。彼らは、同じく名僧、高僧といわれながらも、社会的影響力の質が異なっていたのです。クルーバー・シーウィチャイとクルーバー・カーウピーは、施設の建設と言う目に見える形で社会に貢献し、朽ち果てようとする仏教を形の上から支え、復興しました。これは、他の人からすると同じような人間に見えながら巨大な事業を成し遂げますから嫉妬の対象になります。一方、同時代の他の名僧は、精神世界で修行を重ね、法を説くことに優れ、人々を法によって導きます。これは、人々の嫉妬心を呼び難いものです。そこに苦難の違いがあるのかもしれません。しかしながら、真の僧侶はいずれの道に進もうとも金銭的には淡白というより無関心に近いですね。
2009/12/24(木) 午後 8:18 [ mana ]
aen_ukon99desu さん
コメントありがとうございます。
基本的に法律というものは、為政者が人々を取り締まるものですね。律とはそもそもそうしたもので、犯せば罰が加えられます。しかし、出家者には、こうした世俗の法律は適用されないのが通常です。クルーバー・カーウピーに法を犯す意識など微塵もないです。師にあるのは、目の前の僧院の修復、仏教施設の復興です。戒律を厳格に守り、通常の僧としての修行を怠りなく実施しながら仏教施設の修復に全力を注ぎます。そうした師の潔癖さに心打たれた信者たちが浄財を寄付するのですね。ですが、たまたま今回は資材調達が間に合わなかったのですね。実際に師が奉加帳を持って回ったわけではありませんので、公に対抗する意思など微塵もありませんが、役所としては、言い出したのが師であるとして、師が寄付を募ったことにしたのです。そして、厳密に言えばその通りかもしれません。ですから師も素直に黄衣を脱ぎました。只、大切な事は、師にとって大切な事は、仏の道を進み、信者の心を豊かにする為に病院など公共施設の復興、復旧、修復に力を尽くした、というところでしょうか。
2009/12/24(木) 午後 8:38 [ mana ]
OSSAさん
コメントありがとうございます。
官僚が悪ではないのですね。官僚という職を傘に来て権力を振り回す人が一般庶民にとっては迷惑になるのです。真面目に仕事をしている役人を何人も見ていますが、同時に、呆れるほどに権威を傘に着る役人もいます。コチラでも幾度かそうした役人と口論に近いところまで行ったことがありますが、決して間違いを認めないですね。一方通行を平気で逆行する警察官、ヘルメットを被らずにバイクに乗っている警察官など珍しくないですね。国は役人がいないと動かないのは事実ですが、その役人の中に役人の名前を汚している人がいるのもまた事実ですね。そして、そうした役人の失敗を庶民は拍手喝采しているのですね。それはいつの時代、どの民族においても多かれ少なかれあることだと思います。
2009/12/24(木) 午後 8:48 [ mana ]
さくらの花びら さん
コメント&傑作ありがとうございます。
思えば師に幸福というものがあったのでしょうか。赤貧の家に生まれて日々の職を欠き、餓死の恐怖と戦いながらの生活も4歳にして父を失い幼い手で汗に塗れなければなりませんでした。心の平安を求めて出家し、苦しい修行の果てに得たものは黄衣を剥いでの惨めな牢獄生活です。しかし、こうした苦しみの中で平然として心を制御できるという事は、釈尊が人生最後の帰郷の旅の途中で寄進された食事で食中毒を起こし、激しい下痢に見舞われ、死の苦しみに襲われても肉体的苦痛とは別に精神的平安を保ち続けたことに似ているかもしれません。足掻き、悶え叫ぶ惨めな姿を信者に見せることなく、平然と心を制御し得たところに名僧、高僧の資格があるのかもしれません。
2009/12/24(木) 午後 8:56 [ mana ]
山の小聖、里の大聖とも言いますが、
器の小さな人は限界がありますよね。
そして俗の中で何が出来るのか。
人里はなれて超然としているよりも、
里で人を助ける道があるはずです。
傑作です
2009/12/24(木) 午後 9:57
昔から徳の高い人ほど、苦難の道を進まれますね
しかし、周りの人間の嫌がらせや、陥れようとする策略など、本当に聞いててあきれ返ってきますね
でも、こういう困難な道を進むから徳も付いてくるんでしょうね
2009/12/24(木) 午後 10:56
あの〜可愛いお魚は、何処行ったんでしょう?。確か「続」ってあったので、楽しみにしてたんですが、このクルーバーさんの話も前にありましたね。私のような飽きっぽい者のために、交代に書いて変化をつけているのかと思いましたが、それぞれの話を良く考えると、深みが出てくる流れのようですね。意図的?。
2009/12/24(木) 午後 11:36 [ コロン ]
レッド さん
コメント&傑作ありがとうございます。
いわゆる大乗派仏教というものの目指すものは菩薩道であるといいます。これは己の悟りを横において、迷える衆生へ救済の手を差し伸べようとするものですね。こうしたことから一部経典では、上座部の一人釈尊と同じ悟りへの道を邁進しようとするいわゆる上座部派仏教を誹謗するような口調で攻撃して名付けた言葉が「自分一人しか救うことをしない小さな乗り物」であるという意味を込めた「小乗」ですね。そして自らを「大いなる乗り物」として「大乗」と名付けました。
しかし、その上座部と思われているタイ国でも、ラーンナーの高僧クルーバー・シーウィチャイと、クルーバー・カーウピー師弟は、明らかに衆生の為に懸命に努力しています。僧の最終目的は、衆生救済であることに変わらない、そんな思いがします。
2009/12/25(金) 午前 5:53 [ mana ]
柚ぽん瑠璃珊瑚晴パパ さん
コメントありがとうございます。
一般人が感じる苦難を俗人の嫉妬と感じるか、修行家庭の試練と感じるか、はたまた何の感情も交えずに淡々と受け止めていくか。人としての価値が問われるところですね。若しも嫉妬と受け止めればそれは傲慢であり、魔道向っています。又試練と受け止めるならば、まだ修行途中で精神的苦痛を感じる時でしょう。師が牢獄に拘留されるに際して黄衣に拘ったのがその頃でしょうか。そして、一切の感情を拝して淡々と迫り来る事象に対して行く姿は、ある意味悟りを開いたのかもしれません。拘りを捨てる事は大変に重要なことですから。師にとって役人も一人の衆生なのでしょうね。無欲が人々に感銘を与え、人々の間に信仰心を起こさせるのだと思います。
2009/12/25(金) 午前 6:03 [ mana ]
コロン さん
ご期待に反して申し訳ありません。
御伽噺のような天涯孤独の孤児のチャーイ・ツックと魚の妖精サーウ・プラーナイの恋愛物語ではありませんが、気分転換に如何でしょうか。悲しみに沈んだ魚の妖精は、明日コロンさんのところにご挨拶に上がるかと思います。
何しろ拙いブログですので、きて頂く方に飽きられないよう、全く異なる世界をご紹介しております。お魚の妖精は分かれてからも最愛の夫を思い続けることでしょうね。明日扉を開ければお魚が泳いでいるかもしれません。
2009/12/25(金) 午前 6:10 [ mana ]
manaさんのクリスマスは、どんなんでしょうね。
明日は、お魚さんが出てくるように、
manaサンタさんにお願いをしておきますね。
2009/12/25(金) 午後 10:21 [ コロン ]
コロンさん
コメントありがとうございます。チエンマイではクリスマスらしいものはどこにも見当たりませんね。チエンマイというのは、タイ有数の観光地で、街には世界中から観光客が集まってきますが、そうした外国人用のバー、教会などは兎も角、一般にはそうした雰囲気もありませんし、近付くお正月を迎えるそわそわした雰囲気もありません。極普通の日々で、企業も30日まで通常勤務で、仕事は4日からですから、単なる連休の中の一つですね。それでもバンコクにいる人たちは、この連休を利用して田舎に帰りますから、それなりに帰省ラッシュもあり、交通事故が連日報道されるのもこの時期ですね。
コロンさんご贔屓の美女サーウ・プラーナイのお噺は先ほどUPしました。宜しければ見に来てください。美味しいカレーを用意してお待ちしています。
2009/12/26(土) 午前 6:20 [ mana ]
こんにちは!
タイの事が良く分かりませんが、ベトナムに立ち寄ると軍兵より警官がもっとも権力をもっており、路上でも違反者からポケットに金銭を受け取っている光景をみましたね。
隠れないので皆も知っている事でしょう。宗教を伝える方々も大変だったんでしょうね。
2009/12/26(土) 午後 4:05 [ keiwaxx ]
keiwaxx さん
コメントありがとうございます。
タイが好きなものとしては、余り言いたくもないのですが、タイも実情は似たり寄ったりです。交通違反をしても罰金よりも少ない金額を袖の下にすれば切符も切られませんし、警察官は私腹に入ります。これはタイ全国誰もが承知していることです。只、警察官の立場を若干弁護すると、彼らも上司より命じられているという噂も耳にします。何を?それは想像のとおりです。
又、免許証も買いますから、運転技術も法規もほとんど無知のままでの運転となります。チエンマイではバイクが道の真ん中を走る事は極普通で誰も咎めません。ヘルメットなし、シートベルトなしも決して珍しくないです。警察も検問日でなければお目溢しです。
そんな警察も決して軍に手を出すことはないです。制服を着ている兵に警察が手を出す事は両者の間の取り決めに反しています。
2009/12/26(土) 午後 6:43 [ mana ]