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本年の初め、某ボランティア・グループより「外国から見た日本」と言う題での寄稿文を依頼されました。悩んだ末、期限前の数日間に一気に書き上げましたが、次第に心の叫び、怒りが噴出し、ボランティア・グループとは全く関係のないものとなりました。当然怒りの返送とともに掲載不可の連絡を予想していましたが、予想に反して受け入れられ、全文を機関誌に掲載され、配布先からも大変好評である、と言うお褒めの言葉まで頂き赤面しています。
以下の文章は、その投稿文に加筆した文章です。
ブログ世界から離れて久しいにも拘らず、今もご訪問頂いている皆様に、無事をお伝えする為にもと、甘い認識、生半可・浅薄な知識とのご批判を覚悟でここに掲載します。
異国にいて想う日本(1)
−日本人の心−
外国に住んでいると、嫌でも「自分」が周りと異なっていることに気付かされます。その違いこそが「文化の違い」であり、「自分が日本人である」ことの証なのですが、同時に「日本」について余りにも知らな過ぎる自分に気付き、愕然としたものです。父母に育てられ、兄弟姉妹・親類縁者に支えられた自分がいて、家族・親戚ができ、その家族・親戚は助け合いの地域社会の中で共通の文化・伝統・祭礼を受け継ぎ、育みながら悠久の歴史を形成してきました。こうして形成された、日本語という共通言語を有する無数の地域社会が自然発生的に各地に現れました。そうした自然発生的社会の集合体としての「国」となる為の「求心力」「価値観」「権威」の源として皇室がある社会。只管臣民の安寧を皇祖皇宗に祈り続けられる天皇陛下と、支える皇族、補佐する行政府・官吏、そして、日々の平安に何の疑いも抱かず自然を怖れ、且つ敬い、八百万の神々を祀りながら、自らに与えられた勤めに全身全霊を持って懸命に取り組み、黙々と責務に励み、家族の幸せの為に汗を流しながらも「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」る責任感ある民、これが日本国であり、日本人である。今、私はそう思っています。
日本人を父母として日本で生まれ、育ち、誰もがそうするようにごく自然に幼稚園、小学校、中学校、高校と、何の疑念をも抱くこともなく、日本の教育機関で学んできた日本人は、方言という違いはあっても、どこの地方に行こうとも同じ日本語で話し、同じ食文化、同じ生活様式に出会います。「同質」「同一民族」ということすら意識することなく、わずかな「表面上の違い」を「文化の違い」と感じ、旅行を楽しみます。しかし、その「違い」とは、風景であり、方言であり、地元の特産品を使った食材、味付けと言う料理の細部の微妙な違いに過ぎないのかもしれません。同じ日本人でありながらも顔形が違い、性格も異なり、趣味も味の好みも一致しない場合が多々あるのと同じ様に、それは全て「日本」という大きな器の中の小さな「差異」であって、「文化の違い=価値観の違い」ではない筈です。「大同小異」であり、その違いの中に地方の独自性を見出すとしても、「『みんな同じ』の中での微かな違い」であるが故に、地域を超えても「阿吽の呼吸」が生まれ、「腹芸」が発達し、互いに無言の内に相手の気持ちを慮る「配慮」が生まれ、時にその「配慮」は他者に対する心からの「思い遣り」「労わり」「気遣い」として現れます。同質社会故の相手に対する警戒心の欠落は、その社会に於いてのみ無害であることにすら気付きません。同質社会、同一言語・文化故の「以心伝心」から来る安心感、「相身互い」の共助意識、こうした「日本人の心」は、単に日本人に対してのみ発揮されるものでもないようです。今は使われなくなった言葉で表せば『八紘一宇』となるのでしょうか。日露戦争を避けられない状況が生まれた時、明治大帝は、
四方の海 みな同朋と思う世に など波風の立ち騒ぐらん
とその御心の苦しみを御製に託されました。同じく先帝陛下も又、対米開戦の是非を決する御前会議において、明治大帝のこの御製を詠んで御心をお示しになられたといわれます。日本人と他国人を区別しない「世界の人々はみな同朋」である、と言う考えから出てくる日本人の「思い遣り」に外国人は時には奇異と映りながらも「日本人の心からの親切」に「安らぎ」を感じるのでしょう。初めて日本を訪れた外国人の多くが日本の虜になるのは、この「日本人の心」故ではないでしょうか。一昨年の東北大震災時、生死の境を彷徨う被災者が、わずかな支援の物資を受け取る為に「整然」と「列」をなして受け取り、棚から落下したスーパーの商品を盗む人より、そんな中でもレジで支払いをする日本人を目に、どれほど多くの外国人が「日本人の心」に驚愕しながらも心打たれたでしょうか。そして、迫りくる自らの死を自覚しながらもなお、自らの「職務」を果たそうと、マイクを握りしめ、人々に避難勧告を繰り返した若い女性の姿は、日本人の心をすら揺さ振りました。外国人は、自分たちの社会では考えられないそうした「日本人の心」に驚嘆します。しかしながら、日本人にとっては、そうした外国人の「驚愕」こそが「奇異」に感じられました。自らの命よりも大切なものの為に敢然と死に立ち向かう「勇気」は彼女一人ではなく、多くの人が同じような「日本の心」で尊い命を捧げました。10数年前にも、空自の熟練パイロットは、降下し続ける操縦不能になった練習機の操縦桿を握りしめ、自らの生存を諦め、民家への墜落を避けることだけを考え、緊急脱出したのは、生存不可能な100mにもたない高度においてでした。その結果、民間人の死傷者はなく、犠牲者は二名のパイロットだけでした。「人の命は地球よりも重い」が故に、「公」の為に自らの命を惜しまない「義勇」は、特攻烈士のみならず、戦後のあさま山荘人質事件における機動隊員の雄姿にも見られます。義勇は、困っている人を助け、自分の物でない物をわが物としない日本人の「道徳心」共々、社会全体に染み渡る「文化」として日本人の「血肉」となって民族を形成してきました。
あの終戦直後の混乱期においても日本人は決して暴動を起こしてまで自己の欲求を満たすことがありませんでした。こうした日本人の「道徳心」は、時には「武士道」とも呼ばれることがあります。日清戦争より前、親善使節として来日したトルコ海軍艦艇がその帰途和歌山県沖で大時化にあって沈没しました。多数の死者、行方不明者を出しましたが、遭難事故を知った地元串本の漁民は、総力を挙げて救出作業に励み、豊かではない自らの食料を分け、濡れた衣服に代わって着替えの衣服を提供し、田中虎次郎は遭難者遺族の為の義捐金を集めてトルコに寄付しました。明治大帝は、海軍艦艇の出動を命じ、遭難救助者70名近くが無事トルコに帰りました。何らの見返りも求めない「親身」の救出・救援と明治大帝の「大御心」に対し、トルコは、はるか後年イラン・イラク戦争でイランに取り残された日本人救出を断ったJALに代わり、救援機を飛ばし、自国民を陸路帰国させてまで、日本人200名余を空路救出しました。当時の駐日大使は「エルトゥールル号の借りを返しただけ」として決して恩を売ることはありませんでした。百年前の「日本の心」が遥かな後年日本国にも見捨てられた海外同胞を救ったのです。第一次世界大戦時には、ドイツ人捕虜収容所となった徳島の坂東収容所における住民の捕虜に対する温かい対応と交流が今も語り伝えられています。そして、そこでドイツ軍兵士より送られた「第九」合唱は、今ではクリスマスを表す代名詞のように日本全国に広がっています。第一次大戦後の戦後世界秩序構築の為の国際連盟創設準備会議において「人種平等」を世界に先駆けて人類史上初めて訴えたのは日本代表牧野伸顕であり、それを潰したのは米国であり、英国でした。大東亜戦争においては、ジャワ沖で撃沈された英国軍艦乗組員を戦闘中にも拘らず全力で救出作業に当たり、乗組員の倍もの敵兵を収容した駆逐艦「いかずち」艦長工藤俊作少佐は、その「義挙」を誰に誇ることもなく世を去りました。また、ナチス・ドイツの魔手からユダヤ民族殲滅の危機を打破する為、任地を離れる車上でも査証を発給し続け、6、000余名の命を救い、ユダヤ人社会から「恩人」として今も語り継がれる当時のリトアニア駐在領事杉原知畝は、今では日本人でも知る人が多いでしょう。そうした彼の行動を支える方針作成に尽力し、「ユダヤ民族施策要綱」「ユダヤ人対策要綱」作成に奔走し、ユダヤ人を保護し、ユダヤ民族に安住の地を与えるべきだと奔走した大日本帝国軍人がいます。陸軍少将樋口季一郎、陸軍大佐安江仙弘は、満州国外交部に対して極寒のソ連から満州に流れてくるユダヤ人に対して門戸を開放させ、ユダヤ人の満州流入に対するドイツの強硬な抗議を跳ね返したのは、時の関東軍参謀長東条英機中将と言われています。「五族協和」の理想郷を目指して建国された満州国は、それまでの匪賊の横暴もなく、治安が維持された平安な日々の中で多数の支那人、朝鮮人が流入して来ました。また、米軍との死闘を前にパラオ島民の安全を守る為、心を鬼にして島民代表を「罵倒」して島から追い出したのは日本軍司令官中川州男大佐でした。為に住民に犠牲者が出ることがなく、戦後、島に帰ってきた島民は、大佐の「思い遣り」を知りました。パラオ共和国は、こうした日本軍人の「武士道」「思い遣り」「労わり」に対する感謝の気持ちを込めて、国旗作成に際して日の丸に似せてデザインしました。それよりはるか前、風土病蔓延り、文明から遠く離れていた台湾の衛生状態を改善した日本は、更に不可能と思われていた農業開発を可能ならしめる為に巨大ダムを建設しました。そのダム建設に心血を注いだ日本人技師八田與一は今も台湾で語り継がれ、像が残っています。また、反日と言われる朝鮮半島にあっても、教育制度を整えた日本は、民族教育としてハングルでの教育を初め、社会インフラを整備し、巨大ダムは電力を供給して近代産業の勃興を可能にしました。張り巡らされた鉄道網は物資の移動を盛んにし、戦後は、そうした膨大な資産の全てを朝鮮に残してきました。戦後ソ連軍によって抑留された日本軍兵士のうち、ウズベキスタンに連れて行かれた永田行夫陸軍大尉率いる450人が建設した「ナヴォイ劇場」は、煉瓦造りのビザンチン様式ですが、地震にも耐え、今もそれは同国一美しいとされています。また、西岡京治はその生涯をブータン王国の農業開発に捧げました。今も残る台湾、朝鮮半島、満州における日本統治を示す近代的建物・・・
我々日本人は、自らの「日本の心」「思い遣り」「労わり」を決して「吹聴」することなく、「当然」のこととして粛々と「務め」を果たしてきました。先人が残した「日本の心」「日本の誇り」は、戦後日本社会の中で忘れ去られ、教育現場から消し去られ、「命」は紙ほどの重さもなくなり、全身に流れる血の中の「日本人としての誇り」は、誰にも顧みられず、近代のアジア解放の歴史はなかったかのように時間の中に埋もれ、近代日本の歴史を否定する風潮の中で見捨てられたままでいいのでしょうか。
天かけり 昇り行くらん 魂は 君が代千代に 護るなるべし
土居原賢二陸軍大将
天地も 人もうらみず ひとすじに 無畏を念じて 安らけく逝く
松井石根陸軍大将
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ATS さん
早速のご訪問、激励ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
2013/7/25(木) 午前 10:42 [ mana ]
MAIDO さん
御無沙汰して申し訳ありません。
無精者のブログですが、よろしくお付き合いいただければ幸いです。
2013/7/25(木) 午前 10:44 [ mana ]
亜鉛右近 さん
今後ともよろしくお願いいたします。
2013/7/25(木) 午前 10:45 [ mana ]
レッド さん
御無沙汰しております。
タイへ来られたのですか?
チエンマイにも来られましたか?
後ほどお訪ねして拝見したいと思います。
これからも宜しくお願い致します。
2013/7/25(木) 午前 10:47 [ mana ]
デバイス さん
御無沙汰しております。
何とか無事でいます。
大阪の知り合いの知り合いと言う若い女性がチエンマイでタイ・マッサージの勉強をしていまして、先日久しぶりに日本語で話し、日本が恋しくなりました。
またお訪ねして美味しい料理の数々を拝見したいです。
2013/7/25(木) 午前 10:51 [ mana ]
yam*a*yuic*i さん
コメントありがとうございます。
原発なしで十分な経済発展を可能にするエネルギー源が今の日本にあるのか、憲法改正なしのままで日本の現状を改善することが出来るのか、すべては、「日本の本来あるべき姿」をもとに判断されねばなりません。改革、革新も保守も「日本人の為の日本」の為であれば、看板は何の意味もありません。問題は「日本」をどのように受け止めるか、と言う自らの国家観ではないでしょうか。
曾て70年安保当時、新左翼と話した時に感じたのは、反代々木、反米、反自民のどれにも共感し、現実の日本社会は正さねばならないことにも共感しましたが、最後の最も大切な国家観で対立した記憶があります。そして、今も当時もさして変わっていないのが日本かもしれません、明確な国家感がないが故に、体制内革命に没頭するかつての新左翼に翻弄されているのが日本の現状ではないのでしょうか。
2013/7/25(木) 午後 0:39 [ mana ]
クワトロ・バジーナ さん
コメントありがとうございます。
日本の悪口を言うことは大変簡単で、時に爽快です。なぜなら誰からも反撃されないからです。しかし、自国を誹謗する人を外国の人は何と思うでしょうか。時として、日本人は相手の気持ちを慮って相手に迎合した発言をします。その結果、その人は信用を失うのではないでしょうか。
日本人は、今一度謙虚な気持ちで自らの歩んできた道筋=歴史をGHQと言うフィルターを外し、その時々の日本人の立場に立って見つめ直すべき時ではないかと思います。昔の日本人は今の我々よりも遥かに物知りで、勇猛果敢で、国の為と言う意識が強かったと思います。経済発展した今の日本人は、精神的には劣化しているのかもしれません。まだ間に合います、早く本来の日本を取り戻すべきでしょう。
2013/7/25(木) 午後 0:49 [ mana ]
ジョウジ さん
大変御無沙汰いたしております。
一度外から日本を見つめると、ある意味人が代わるのかもしれません。それは、その人の成長だと思いますし、海外へ出ることは、旅行でも、業務でもそうした意味では大変有意義だと思います。その為にはも現地の人と接触することが必要で、その機会が多ければ多いほど、自分が日本人だと感じるのだと思います。多くの人に外国に出て、日本と外国の違いを肌で感じ、自分が日本人であることに誇りを感じてほしいです。
2013/7/25(木) 午後 0:53 [ mana ]
コロン さん
御心配をおかけしました。
精神的にはかなりまいっているのですが、断れない相手からの依頼でもあり、こうした拙文を掲載し、その好評に気をよくして、こうしてブログに掲載させていただきました。
気ままなブログになると思いますが、よろしくお付き合いいただければ幸いです。
2013/7/25(木) 午後 0:56 [ mana ]
オーランチオキトリウムという海藻から石油が出来る研究がかなりのところまで筑波で進んでいるとか。商業ベースにのるところまでいければ、海洋に囲まれた日本は”産油国”になれるとか。地熱、風力、太陽光、海流など、発電にもいろいろと。他にも尖閣周辺には大規模な油田があると言われてますし、竹島周辺には”燃える氷”で話題になったメタンハイドレートがたくさんあると言われてます。廃棄物が少ない増殖炉や核融合はいいと思います。問題なのは、これらをどういう将来を描いて推進していくか、ということだと思います。現状のエネルギー政策にしがみついているがために、変われる絶好のチャンスを逃し、発送電分離や電力自由化の改革は進まず、東電の責任追及ですらあやうい。ドイツを見習え、です。廃炉した原発は輸出に回し、廃炉技術までビジネスにすれば国益にもなる。その間に日本は別のエネルギーに転換していけばいいと思うんです。別のエネルギーはやろうと思えば充分にあるんです。
2013/7/25(木) 午後 9:12
yam*a*yuic*i さん
重ねてのコメントありがとうございます。
将来のエネルギー源としては、メタンハイドレートが日本周辺に大量にあることは知られています。海草から石油抽出?の可能性も言われています。地震国日本では、地熱発電もあるかもしれません。風力発電、太陽光発電、一時言われた波力もあるかもしれません。海底油田もあるかもしれません。しかし、「今」必要とされるエネルギーを供給することはできません。そうした新エネルギー源の経済面も又解決すべき問題でしょう。それに対し、原子力発電は、再開すれば即利用可能です。経済的にも立証されています。ただ、世の中に100%のものがない通り、原発も完全無欠ではありません。であるからこそ、より安全であるよう技術改革を進め、次世代エネルギー源によって代替されるまで利用するしかないのではないでしょうか。そうした日本の原発安全技術は輸出産業ともなります。原発の負の面ばかり強調するのは如何なものでしょうか。世界に原子力を利用したものがある限り、除染技術も含めて、日本も又その技術を保持し続けることは必要ではないでしょうか。
2013/7/26(金) 午前 7:21 [ mana ]
今でも15万人も避難生活を強いられている現状で、なんの反省もなく、原発再稼働を申請する電力各社に良心なんてものはありません。原子力がいけないと言っているのではなく、それを推進するものたちがカネまみれになっていて、しかもいい加減な運用をしたりと、”利権”含みだから問題なんだと思います。次世代エネルギーを奨励し、転換していく作業は、こういうものたちを駆逐することが必要になるからなかなか進まないんだと思います。また増殖炉や核融合の研究が進んでいます。これは現在問題になっている放射性廃棄物が少ないと言われていますから、これも推進すべきだと思います。去年も現在も真夏のピークでも電力はもっているのだから、なにがなんでも原発再稼働というのは別の理由があるとしか思えません。また、利用料金に上乗せするしかできない電力各社の体質にも問題があります。血税を3兆円もつぎ込まれてなんの改善もできない企業なんて民間には存在しません。
2013/7/26(金) 午前 8:23
yam*a*yuic*i さん
再三のコメントありがとうございます。
物事は区別して考える必要があります。
原発事業、政策に関わる【人】に問題があるとすれば、それは、如何なる次世代エネルギーを取り上げても同じように問題となり、何も成立しなくなります。震災後2年が経過してもまだ仮設住宅にいる人、帰れない人がいる、と言うことは、人数の問題ではなく、重大事です。それを放置してきた政治の責任は追及されてしかるべきでしょう。であれば、如何にしてそうした被災者に「普通」の生活を取り戻すのか。それを考えうべきです。
2013/7/26(金) 午後 1:27 [ mana ]
yam*a*yuic*i さん
去年も今年も電力は足りている、と言うご意見ですが、大変結構なことです。しかし、電力は足りているだけでは意味がありません。特に最近の不況で工場は操業を控え、稼働率が低下している中で需給バランスが取れていてもそれは決して喜ぶべき現象ではありません。工場をフル操業し、新規事業を起こし、増加するであろう電力量を予想しても十分なだけの量を確保する必要があります。同時に、輸入石油は、増加すればすればするほど原油価格は高騰し、電力料金にも、ガス料金にも、石油化学製品にも波及していきます。
漁師は、今以上に原油価格の高騰に漁船を出すことが出来ず、悲鳴を上げざるを得ないでしょう。
最後には東電の問題ですか。私企業の体質についてとやかく言うことは控えますが、人に問題があるとすれば、人を変えるしかないでしょう。東電の体質云々と原発再稼働は切り離して考えるべき問題だと思います。
2013/7/26(金) 午後 1:31 [ mana ]
超ご無沙汰でしたね 元気そうで何よりです
お忙しいようですが、体調には気を付けてくださいね
2013/7/27(土) 午後 3:04
転載させて頂きます。
応援&今日の ナイス ポチ凸
2013/7/27(土) 午後 3:48
久しぶりです
お元気ですか?
体調管理してくださいね
2013/10/31(木) 午前 0:38 [ 道後 ]
柚ポン瑠璃珊瑚晴パパ さん
ありがとうございます。
2013/11/1(金) 午前 10:12 [ mana ]
HITO さん
遅れましたが、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします・
2013/11/1(金) 午前 10:14 [ mana ]
道後 さん
御無沙汰しております。
タイもいよいよ激動の月に入りました。もしかしたらまた血が流れるかも…です。チエンマイは別天地のようにお花畑ですから、そのギャップに混乱します。
2013/11/1(金) 午前 10:17 [ mana ]