チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

水底に消えた王国

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忍び寄る衰亡の予感

−忍び寄る衰亡の予感−水底に消えた王国(4)

チエンマイの素顔を探す旅なんですけど、未だチエンマイに来れないみたいなの。チエンマイに来る前にあの人たちが何処にいたのか聞いてみたいじゃない???聞きたくないか…そんなもの。
プロームマクマーンの英雄伝は、なんか、北の諸民族共通の英雄、伝説の人物クン・チュアン(KHUN CUANG)の話に似ているんですね…不思議なくらい。…プロームマクマーンも伝説の人物なんですけどね。英雄物語を作るのは共に16歳の時のことで、どうやら二人は同じ伝説を共有しているみたいなの。ただいつか話したいと思ってるんだけど、クン・チュアンはナーンに行ってはそこの王女を妻にし、ケーウを破ってはその王女を妻とするなど、行く先々で女性を手に入れてるのよ…まあよく言われる英雄色を好むかしら…男の身勝手…ネ。パヤウの英雄だとか、ラーンチャーンの英雄だとか、勿論この話のチエンマイの歴史にも欠かせない英雄なんですけどね…様々な国に関わっているみたい。でもね、このプロームマクマーンはヨーノックにしか出て来ないのよ。ここが違うわね…

ところで、この前は、プロームマクマーンの生誕と彼のコーム殲滅についてその概略を極端なほど手短に書きましたが、その後どうなったのかしら。

コームを南に放逐し、平和を取り戻したタイ人たちの町は、プラオン・パン亡き後長男のトゥッキッタが統治するヨーノックと次男のプロームマクマーンの統治するチャイプラーカーンに分かれ、共に富み栄えました。こうした伝説からすると、当時既にタイ人は現在のチエンマイ県の北部ビルマとの国境添いに進出して町を建設していたことが分かります。同時にタイ族のこの地への侵入路も何となく見えてくるような気がしませんか…?
タイ人の南下と現在のタイ国領内への進出は、急速に進行して行ったのでしょう。
しかし、タイ人が南下してピン河流域の広大な緑の平原に居住地域を拡大していこうとしている当時、遥か西方では着々と力を蓄え、いつの間にかタイ人と対等に争うまでに強力な基盤を構築している民族がいることに気付きませんでした。その西方の野蛮人というのは、コン河(今のサルウィン河)の辺にいたといいますから、どうやら今のビルマの少数民族ででもあったのでしょうかね。
それでも英雄プロームマクマーンが健在の間は誰も敢えてこの二つのムアンに戦いを挑もうとする勢力はありませんでした。しかし、プロームマクマーンが御年77歳で亡くなり、48歳の子供のチャイシリ(CHAYSIRI)が王位に就くと形勢は妖しく曇ってきました。

西暦1995年のパイトゥーン・プロムウィチット氏の『ムアン・チエンセーン伝』では、プロームマクマーンは59年の永きに亘ってチャイプラーカーンを統治し、73歳で亡くなったとしています。彼がコームを討伐したのが16歳で、59年の統治であれば、少なくとも亡くなった時は75歳でなければなりません。しかし、そんな歴史・年代の細かいことはここでは横においてお話に徹しましょう。そもそも、存在そのものが伝説の中にあり、この種の本の特徴で年代は当てになりませんから…時には、名前すらも違っていたりしますから…御話だけを楽しんでください。
当時西方にいて力を蓄えていた蛮族の長プラヤー・スタムマワディー(PHRAYAA SUTHAMAWADII)が170万の大軍を擁して攻めて来ました。170万とは大した軍勢ですが、ここまで誇張すると楽しいですね…伝説ですから…ね。敵襲来にチャイシリは勇敢に戦い、敢え無く敗れ去りました。というと潔いみたいですけど、伝説に見るところでは、敵襲の報を聞き、敵の挑戦状を受けたチャイシリは占星術師に占わせました。今も昔もタイ人はこうした占いが好きなようですね。大事な国の命運を占いに掛けたのですから。ただ、彼に代わって弁明するなら、それも古代国家としては当然かもしれませんね。中国古代の殷の時代にも占いを盛んにしていたそうですから…
占いの結果、敗北を知ると、戦おうとはせずに全住民を揚げてスタコラサッサ…と長い逃避行の旅に出ました。逃走に先立ち、必要な家財道具・食料を携え、携行出来ずに後に残す物に火を放ち、敵の手に残らないようにした、といいます。後から来た占領軍は困ったでしょうね。この点は軍人らしいですね。
…全ては伝説ですから…ね。
チャイシリは多数の従者を引き連れて親戚の従兄弟に当たるヨーノックの王を頼って逃げて行こうとしましたが、クッカナティー河(コック河)が洪水で越えることが出来ず、仕方なく河に沿って東に向かって逃避行を続けました…とさ。この地域は今も昔も河川の氾濫が絶えずあったようです。
こうして辿り着いたのは、かつて父のプロームマクマーンがコームを追撃してヴィシュヴァカルマンの建設した金剛の壁で遮られた、その場所でした。その時、インドラ神の化身が現れて―好きですね…―この地に国を建設せよと告げました。
こうして出来たのがカムペーンペット(KAMPHEENGPHECHR)で、この時以来タイ族の国は南北二つに分かれたのでした…??????北の伝説では…ね

(続)


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