チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

天孫降臨物語

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天孫降臨物語(8)−ンガーンヤーン王国の誕生−

謎の人物『ラワチャカ』と呼ばれる指導者に導かれた大勢の人たちは、今のラオスの民族と非常に近い間柄にあったか、同じ民族でメコン川を渡って南に下った一族とそのまま東に向かった一族に別れたのかもしれない、と想像するのは身勝手なあたしの我儘かしら…。少なくとも、南(チエンマイよりもよ)のタイ族よりも共通のものを持っているのかもしれないわね。だって言葉も近いし…。そんなことを考えていると、歴史の旅も楽しいのではありません?

そんな彼らが自らの王国を作り上げ、後代、自らの出自について考えた時、天孫降臨説話を作り、同時に、口伝が様々な形で民間に語り伝えられ、名前の残っていない英雄、指導者をラワチャカに結び付けたのではないのかしら?何となく、古事記を思い出し、国譲りを想像したりします。ちょっと、ロマンチック過ぎるかしら…
余談のついでに言うとネ、ビルマがまだラングーンに首都を置いていた頃のことよ。そこの観光局のお姉さんがあたしに秘話を教えてくれたの。彼女はビルマの少数民族、シャン族の人らしいんだけど、彼女たちとタイ人、そして驚くなかれ、日本人が同じ血を引いている親類民族なんだって。信じられる???
とにかく、『ラワチャカ』を中心とする一団がどこかからやって来て、ドーイ・トゥンの裾野に作った国が『ンガーンヤーン(NGAAN YAANG)』と言う名前で残っていますが、その謂れとなると、これも判然としないの。
前掲の『ラーンナータイ伝承集』収蔵の『王朝物語伝』では、二つの説を並べています。即ち、ラワチャカが天空より降臨してくると、近くに住む住民たちが驚きあわてて何事が起こったのか、と見に来ました。
彼らはそこに16歳の高貴な男女を目にすると同時に、銀の梯子を目にして更に驚き、『ングアン・アンニャン(NGUAN AU YANG)―この伸びているのは何なんだ―』と叫びあい、その叫び声が『ンガーンヤーン』となったと言う説を紹介しています。そして、『ヨーノック王朝年代記』にあっては、銀の梯子を目にした人々は、『ンガーン・ヤン、ンガーン・ヤン(NGAAN YANG)ー銀の何なんだー』と叫んだというのです。これが後世『ンガーンヤーン』となったと言うのです。
この二つの説は、どうも苦しそうな解釈ね。
そして今一つは、その町には『銀―ンガーン(NGAAN)―』を流したかのような白い樹皮のイヌナツメの木が『ヤーン樹(TON YAANG)』の林の真ん中にあり、そこで『ムアン・ヤーンンガーン(MUANG YAANG NGAAN)』という名前になったと言うのです。ここでは『ンガーンヤーン』ではなく、『ヤーンンガーン』なのですね。
因みに先の『十五代王朝伝』と『プーンムアン・チエンマイ伝』を見てみますと、同じように町の名前を『ヤーンンガーン』としています。とすると、本来は、ムアン・ヤーンンガーンが正しくて、後年単語の前後が入れ替わって『ムアン・ンガーンヤーン』になったのかしら。

このヤーンの木は、そのまま日本語に直訳すればゴムの木となりますが、勿論南部タイにあるような樹液を採取してゴムを作ることは出来ませんが、樹液が燃えるとかいう話を聞いたことがあるから、火種にはなるかもしれませんね。
この木はフタバガキ科の高木で、大きな種に羽子板の羽のような二枚の羽をつけて中空を飛翔して発芽の場所を探します。現実のヤーン樹を見ようとするならば、チエンマイとラムプーンを結ぶ旧道の両側に植えられている並木がそれですね。
壮観ですよ…ところどころ伐採されていたりして残酷な人間の性を感じたりしますけど、一部に残る鬱蒼と上空高くに茂る枝葉が手を取り合って狭い街道を太陽の強い光から守り、清々しい木陰を作り出す影の中をドライブするのもまた楽しいのではないかしら…恋人と一緒ならばね…。
時間があれば見るのもよし…絶景ですよ…。
路上にこの羽をつけた種が落ちているかも…フフフ。この南に伸びる並木の途切れた所がチエンマイとラムプーンの境になります。

こうして神の子ラワチャカの御世が始まり、一大王国を築いて行ったのでした。このラワチャカの子孫は代々『ラーワ(LAAWA)―ラワからの派生』、これを『ラーウ(LAAW)、即ち、ラーオ』と読めば、現在のラオスの民族名にもなるのですが―という言葉をその名前の頭に冠しています。
この第24代目の直系王『ラーワメーン(LAAWAMEENG)』に一人の見目麗しく、伝承に飾られた出生物語を持つ王子がいました。この王子こそが後年北部諸域のタイ族を糾合し、チエンラーイを建設し、ついにはモーン族の王国ハリプンチャイを滅ぼしてピン河流域の広大な緑野を版図に納め、最後には今のチエンマイの原型を建設した『パヤー・マンラーイ』に他なりません。
このラワチャカを祖とする王朝は、チエンマイに受け継がれただけではなく、パヤウもまたこの王朝の流れを汲んでいるのです。いうなれば、チエンマイとパヤウは同じ王朝の血を分けた親族関係にあり、チエンマイが本家だと言うことになるのでしょうか?これも、パヤウから言わせれば、こっちが本家だと言うかもしれませんが…ネ。

そして、二つの王朝を結び付ける共通の英雄が出てきました。北部タイの伝承で欠かせない民族的英雄『クン・チュアン(KHUN CUANG)』がその人…。クン・チュアンと呼ばれる英雄は、この二都だけではなく、ナーンでも有名でケーウまでをも支配したことになっています。クン・チュアンは、プロームマクマーン同様全く霧の中の伝説の人物でその存在が疑われますし、両者が同一人物では?などとも考えられたりします。
ただ、火のない所に煙は立たないの例え通り、全くの想像の人物ではなく、そうした英雄が彼らタイ族の中にいたことはいたのでしょうね。そう考えると神話も伝承も楽しいではないですか。

天孫降臨のお話は、ここまでにしましょう。
次にいきなり25代目のチエンマイ建国の王パヤー・マンラーに飛ぶ前に、またまたまた寄り道して伝説の英雄、クン・チュアンをお訪ねして、この天孫降臨の巻を終わりたいと思います。

(続)


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