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落穂拾いー(13)
山岳民族モン族の独楽遊び
世界には、様々な遊びがあります。似たものもあれば、全く想像もつかない遊びをしている民族もいます。今もチエンマイの田舎に行けば、土日になると小脇に鶏を抱えて小路を走るバイクがあります。闘鶏に行くのですね。彼らにとっては鶏インフルは脅威以外の何物でなく、かつての流行期にはワクチン接種を主張した人はこの闘鶏用の高額な鶏を飼っている人でしたね。
その外にも、禿げ相撲がありますが、これは頭部の禿げた大人が大地に両手を突いて頭を押し付けあって競うもののようですが、今これを見ることは出来ないですね。タイ東北部に行けば競馬ならぬ競水牛があり、水牛の背中ではなく、臀部に乗って走るのですが、けっこう速いようですね。その外、北部ではボートレースが昔からあったようです。
世の中にはドッグ・レースがあったり、中には亀の競争とかもあります。
これも夫々の民族の歴史的背景があるのでしょうが、徐々にそうした村の息抜きも姿を消し、ヨーロッパ的競馬競輪競艇などに偏りつつあるのでしょうか。そんな中で世界で唯一つ日本にだけパチンコがあるのは何故でしょうか・・・・
日本にも古くは、羽子板、独楽回し、凧揚げなど風流で季節を感じたものでした。そして、冒頭の写真にもご紹介したように、タイ北部の山岳部に住む少数民族モン族もまた日本と同じように独楽回しをしています。その独楽の遊び方は日本と同じですね。どこかで接点があったのでしょうか。そういえば、中国五千年の歴史の中で登場する神話時代の女王?女媧・伏犠の絵がありますが、これはモン族の物といわれていますので、今タイにいる彼らももとは中国中原に覇を唱えていたのでしょう。
チエンマイでもかつては打ち上げ式のロケット花火がありましたし、極最近まで目にしていた遊びの一つが、カブトムシを戦わせるものです。
カブトムシ
このカブトムシを戦わせる遊びというのは、数年前にはチエンマイ駅近くの空き地で戦わせている人たちを目にしましたが、今はどうなっているのでしょうか。
カブトムシは、生きているわずかの間、ひたすら食べて栄養を補給し、交尾の相手を捜し求めるといいます。 このカブトムシの雄には巨大な角があり、これが凶器ともなり、競技で使用されます。タイにおいてもカブトムシはいくつもの種類がいて必ずしもどれでも競技に使うわけではないようで、全長7センチ近い「クワーン・ソーン」というカブトムシには、かわいいペット同様に名前をつけます。このクワーン・ソーンの雄は、その性凶暴で、嗅覚もしくは視覚で雌の存在を察知すると、全身に緊張感を漲らせます。そんな時に目指す雌への道を他のカブトムシが遮るとさあ、大変なことになります。互いに命を賭けて戦うことになりますが、北の人々はそうしたカブトムシの性質を利用して賭け事にするのです。挙句の果てには、そんなカブトムシの賭けのための専用の賭場まで開設されたといいます。勿論闘鶏同様に許可制だったのでしょうが・・・
趣味が高じると、戦わせるカブトムシの産地にまでこだわったようで、チエンマイ近郊では、南にあるチョムトーン郡の『ドーイ・ローのカブトムシ』が一番であるそうです。その理由は、忍耐強く、何時間戦っても疲れを知らず、たとえ角が折れても尚戦い続けた、といわれ、まさに『不死身』の名をほしいままにしていたのです。
そんな忍耐強さの秘密を昔の人は、卵から孵化して地中に這い出さなければなりませんが、ドーイ・ローの土は硬く、しかも石が混じっているため地上に現れるまでに既に激しい訓練をつんでいるのです。こうした苦労をして地上に出てきたカブトムシは同じ種類のカブトムシより高値で取引されます。今、書物には最低20バーツから高額のものは300バーツにまで及んだと紹介されていますが、この話を見つけた本が印刷されたのが15年余り前のことで、その頃のチエンマイの中心地で最も高価なラーメンが一杯約25バーツ位、ビール大瓶一本が80バーツくらいだったと記憶していますから、決してカブトムシも安くないですね。
賭場から、カブトムシを戦わせる賭場開帳の日時が愛好家の間に知らされ回されます。その日が来ると、カブトムシを砂糖黍に止まらせて人々が賭場に集まります。
賭場には1メートルほどの止まり木が用意され、その中央部に穴を開けて雌を閉じ込めます。そして蓋をした後で二箇所に孔を開けてメスの匂いを出します。そうすると匂いを嗅いだ雄の闘争本能に火がつきます。とはいえ、そのまま戦わせることはなく、まずは、各カブトムシの角を脱脂綿もしくはサトウキビの粕などでしっかりと拭きます。これをしないと、もしもカブトムシの飼い主が角に着付け薬、蜜蝋、タバコの灰などをこすり付けて戦わせた場合、これに触れた対戦相手は、戦闘意欲を失うとされているからです。勝敗は、どちらかのカブトムシが相手に後ろを見せて逃げること3度にして決まります。しかし、カブトムシが木の端に後退した場合には、再び雌を入れた穴を挟んで対峙させます。
カブトムシの持ち主は、片手にカブトムシを戦わせる棒の端を掴み、片手に持った丸く25センチほどの長さの象牙の先にマフアンの実をつけた「混ぜ棒」と呼ばれる棒をカブトムシの角の間、止まり木の上で回してカブトムシを興奮させます。こうした刺激を与えると、孔から漂いだす雌の匂いとあいまってカブトムシの動きは急に生き生きとし、目の前の相手に挑みかかります。
ぶつかる角と角、互いに相手を挟んでは押し、救い上げようとします。その時、賭場の観衆もまた興奮し観衆の間で掛け率についての交渉が始まり、自分の賭けるカブトムシへの声援の声が賭場に満ちます。相手の頭を挟もうとするカブトムシを応援する観衆は、『オムバ』と叫び、対する相手は『トゥンワイ』と叫びます。『挟み付けろ』『踏ん張れ』というのでしょうか。当然カブトムシの持ち主は止まり木を捻って自分のカブトムシの体勢を有利にしようとします。
持ち主同様、もしくは以上に賭場に掛け率を交渉する声がうるさいほどに響き渡るのもこの頃です。互いに小さな虫を叱咤激励し、興奮させながら、賭場は最高潮に達します。どちらかのカブトムシが戦意を喪失しそうに見えると、賭場に罵声と嘲笑が起こりますが、持ち主は混ぜ棒を使って更に興奮させます。もしもこれに反応すれば、戦意喪失のカブトムシも狂気を発したように猛然と戦いに出ます。
こうした戦いは、時間無制限で三度戦われることになりますが、中には最初に角を突き合わせて数分で勝敗が決する場合もあれば、足がもぎれ、角が折れても尚戦意を失わないカブトムシもいます。
こうした賭場では、胴元は、掛け金の10%を『所場代』として徴収しますが、観客同士の賭けに関しては一切関与しませんが、もしも諍いが起こった場合には仲裁の労をとります。
通常、この種のカブトムシは、9月末に地上に這い出し、約二週間ほどの訓練をした後戦いの場に出てきます。賭場開帳期間は二ヶ月ほどのようですから、胴元としては、さしたる収入とはならないようです。
そんな儚い命のカブトムシでも、名を成したものはいるようで、ブーバーリン、アイ・チョーンというのは、大東亜戦争中において一万バーツの掛け金を置いたといわれ、飼い主を少なからず裕福にしましたが、それはまた対戦相手を破産させることでもありました。勇猛にして忍耐強く、その名声は遠く北のファーンの町にまで響き、人々を引き寄せたとまでいわれます。
そんなカブトムシの功績を愛でたのでしょうか、ブーバーリンが亡くなると、飼い主は、全身に漆を塗り、真鍮箔を貼ったといわれています。
(了)ラーンナーの地に古くから伝わるさまざまな行事、話を掘り起こして書き記しているサンキート・チャンタナポーティ氏著「ラーンナ−の扉を開く」の中の「闘カブトムシ・ワタノキの上の戦い」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、山岳少数民族、モン族の子供たちの独楽遊びの風景です。これは、弾き独楽に似ているように見えます。
カブトムシ |
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