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閑話休題−108−
仏教においては欲望は毒であると教えています。物欲であろうと色欲であろうと名誉欲であろうと、欲望は等しく毒であることに変わりはありません。そうした欲望はついには終わることがなく、果てしない欲望、叶うことのない果てない欲望に身を焦がし、欲望を満足させることが出来ない苦しみに悶え、苦しみの内にこの世を終えることになります。ですから釈尊は欲望を毒だと喝破し、欲望を捨てろ、と教えるのです。一方で慈悲の心を持つよう説いています。小我を排し大我を奨めているのでしょうか。しかし、浅はかな凡夫は、欲望を捨てることが出来ません。むしろ欲望を膨らましさえします。欲望を捨てることの難しさを知るが故に、欲望に身を焦がす凡夫の愚かさが物語の種になります。こうした話では、何故か裕福な人間に欲が多く、貧しい人間に欲が少ないかのような表現が使われます。それは、貧しい人たちにせめてもの慰めを与えようとするのでしょうか。
タイ族の中のタイ・ルー族というのは、現在中国雲南省を中心に広範囲に住んでいますが、彼らは広大な大地に広がる森を友として来ましたので、物語にも森がたくさん登場し、そこに棲む動物たちとの関係が伝えられます。
因果応報
いつのことでしょうか、物語の常でいつの時代のどの場所とも分かりませんが、三人の仲良し商人が商用に出ていました。タイ族の間では商人が幾人か連れ立って旅を続ける事は普通であったのでしょうか。チエンマイの古い歴史書の中にも旅の商人一行が登場し、夢の中に亡き国王の霊が出てきて供養の塔建立に繋がったことは、このブログの別の項で述べた通りです。仲良しとは言え、このうちの一人は商売の駆け引きが上手ではないのか、余りにも優し過ぎるのか、利益を得ることが下手なのか、商売をしながらも決して財を蓄えるまでには至りません。対して二人は駆け引き上手の上に口がたち、言葉巧みに安価な商品を高価に売りつけて利益を上げていました。
そんな三人が、揃って旅を続けていると、途中で一つの壷を見つけました。どこかの商売人の荷駄から転げ落ちたのでしょうか、それとも、野獣に襲われ、逃げるに必死の主人に忘れられたのでしょうか。壷は一人では持ちきれないほどに重く、中にはたくさんの硬貨が入っていました。三人は幸運を喜び、壷を担いでの旅を続けました。その夜、貧しい商人は旅の疲れからか木陰に体を横たえるとぐっすりと眠り込んでしまいました。淡い月の光が降り注ぐ深夜、遠くで獣のほえる声が微かに聞こえます。申し合わせたかのように二人の商人がノソリと起き出すと、銭壷を挟んで考え込みました。
《これだけあると良馬が買えるな・・・》
二人は裕福とはいえ、まだ馬を使って大きな商いをするほどではありませんでしたから、良馬を使っての荷駄隊を形成して商売の旅を続けることを考えると、どうしてもこの壷の中のお金が欲しくてたまりません。しかし、三人で分けると馬を買う資金には足りても大量の商品を仕入れたり当座の運転資金にまでは回せそうもありませんでした。
「あいつにも同じように分けてやるなんて、悔しいな・・・」
どちらからともなくつい口をついて出た言葉に二人の本音が伺えます。ハッと自らの言葉を後悔して視線を上げると今一人の商人と目が合いました。その目は互いに心の内が同じであることを伝えています。一度心の内を晒してしまうと、同じ思いの二人の間で何の躊躇いもなく瞬くうちに話が決まりました。
翌朝、食事を終えると、一人が言いました。
「おい、この壷の中のお金だが、ここで分けるのは危険だと思わないかい。後を付けて来る者はいないようだが、この先の深い森の中で誰に見られる心配もない場所を見つけて分けようじゃないか」
「それもそうだな」
一緒に旅を続ける仲間を疑う気持ちなど微塵もない貧しい商人は、素直に同意すると、二人の勧めのまま、二人に銭壷担ぎを任せ、先に立って森の中に入って行きました。どの位歩いたのでしょうか、深い森の中を歩く三人は、渓谷に掛る一本の木を目にして立ち止まりました。
「この木を渡った先で分けようと思うが、木の橋が丈夫かどうか、身軽なお前が先に渡ってみてくれないか」
「いいよ」
貧しい商人は、疑うことを知らず、《二人は重い壷を担いでいるので、身軽な自分が安全を確かめるのは当然であろう》と思いました。貧しい商人が、用心深く木の上に足を置き、一歩一歩と慎重に歩を進めていきます。下を見ると靄が掛っているのか底が見えません。足を踏み外さないようにだけ心がける彼は、後ろの二人が壷を吊り下げた竹を肩から下ろしたことに気付きませんでした。二人の商人は、木の橋に両手を掛けると、力の限り回すように動かしました。空中に横たわる一本の木の上に立つ商人に掴まるべき何物もありませんでしたので、足元の木の微かな揺れに体のバランスを失うと、次の瞬間には真っ逆さまに千尋の谷底目掛けて落ちて行きました。それを目にした二人は、仲間の安否を確かめることなく、その場で壷の中の硬貨を二分しました。村に帰ってきた二人は、谷底に落ちた商人の家族に森の中の不幸な出来事を告げると、雀の涙ほどの見舞金を渡し、良馬を買いました。
一方、千尋の谷底に落ちて死んだ筈の商人は、途中の大きな木の枝に体が引っかかり、九死に一生を得ていました。一時のショックから意識を失いましたが、微かな鳥の声に意識を取り戻すと、慎重に枝から降りると、辛うじて大地に足をつけることが出来ました。
しかし、運の悪いとはこういうのでしょうか。そんな彼の前に一匹の大きな虎が蹲っていました。しかも背中に突き刺さった矢が痛々しそうです。手負いの獣の恐ろしさを知らない旅人はいません。《一度は拾った命だがこれまでか》見知らぬ森で一っ飛びで掴み掛かられるほど獣に近接した商人は、心の中で念仏を唱えました。が、そんな彼に、虎が声を掛けました。
「旅のお方とお見受けします」
苦しそうに、それでも掠れる声で虎が話しかけました。
「私には、まだ幼い子供がいて、私の帰りを待っています。どうかお助けください」
商人は、怖くもありましたが、涙を流して哀願する虎を見るに忍びませんでした。
「背中の矢を抜いてあげるが、ちょっと痛いかもしれないよ。我慢しておくれよ」
近寄ると注意深く背中の矢を抜き取ってやり、腰に巻いた布を解くと中から袋に入った傷薬を取り出し、鏃を抜き取った後の傷口に塗ってやりました。一瞬傷口から広がった冷たい感触が一瞬にして体を燃やすかと思うほどに熱を帯びると、ムムム・・・ッと商人をじっと見据えたまま歯を食いしばって耐えました。次の瞬間、それまでの激痛が嘘のように引いていきました。
激痛が和らぐと、目の前の人間がまるで天上世界から舞い降りた神の使者ででもあるかのように思われ、自分に矢を射た悪しき猟師と同じ人間とは思えませんでした。空腹の我が子の為に獲物を探してこれまで数日、何の獲物もないまま過ごしてきましたが、今朝どこか油断があったのか、猟師の存在に気付かず、背中に矢を射られ、ほうほうの体でこの谷間に逃げて隠れていました。子供への餌を探さなければなりませんが、それにも増して受けた恩を如何に返そうかを考えた虎は、言いました。
「心優しき人よ。あなたは私たち母子の命の恩人です。子供たちが待つ洞窟には私と主人が食べた人間から奪った財宝があります。恩返しとまでは行きませんが、せめてものお礼の印にしたいと思いますので、どうかお受け取り下さい」
商人は、元気を取り戻した虎を目の前にすると今更ながら恐怖心が沸き起こりました。しかし、ここで逆らうほどの勇気もなく、震える足取りで虎の後を付いていきました。洞窟に入ると、たくさんの宝石が金銀の指輪、腕輪、ネックレスと共に無造作に投げ込まれた木箱がありました。
木箱を背中にくくりつけ、虎の先導で安全な道に出た商人は、二人の商人に一日遅れて無事村に帰り着きました。谷底に落ちた商人が傷一つなく帰ってきたばかりか、背負ってきた木箱の中には眩いばかりの金銀財宝が満ちていた、という噂はたちまち近隣の村にまで広がりました。心悪しき裕福な二人の商人は、そんな噂を耳にすると、打ち合わせて、商人を谷底に突き落とした場所に掛け戻りました。
目の前にはあの時と寸分違わない光景が広がっていました。上体を屈めて下を覗くと靄に霞んで底が見えず、一本の木だけが向こう側に渡る道です。恐怖よりも欲望に燃える二人は、大きく深呼吸をすると、木の橋を渡り始め、中ほどに来ると、目を閉じて身を翻しました。噂通り、二人の体は大きな木の枝に引っかかり不思議なことに体には傷一つありませんでした。ゆっくりと枝から地上に降り立った二人は、暫く動くことが出来ませんでした。どの方向に歩くのか見当がつかなかったのです。
その時、前方の茂みが揺れると二頭の虎が姿を現しました。二人の商人は、噂通りの事の成り行きに恐怖よりもどこか嬉しさすら覚えていました。
「あなた、私に矢を射たのも二人の人間よ」
背中に傷跡を残す雌虎が隣の一回り大きな雄虎に言いました。
「この二人か」
「たぶんそうだと思うわ。だって腰に大きな袋をぶら下げているじゃないですか。私たちを殺して肉と皮を詰める為に用意しているのよ。きっと」
二頭の虎の話を聞きながら、二人の証人は、虎から貰うつもりの宝石類を入れる袋を腰にぶら下げていることを後悔しましたが、もうどうにも間に合いません。ガタガタと震える足、口は言葉を発することも忘れ、ただなすすべもなく金縛りにあったようにその場に立ち竦んでいました。
一瞬虎の咆哮が森に響き渡ると、言葉にならない異様な叫び声が続き、二人の商人の体は無残に噛み裂かれました。その日、虎の洞窟には。金の指輪と腕輪が増え、虎の子供たちも十分に人間の肉を口にすることが出来たのでした。
二人が姿を消した村では、誰も二人の噂をする者はいませんでした。ただ、生還した正直者の商人が虎の庇護を受けて安全な旅を続け、ますます裕福になっていく噂だけが広まりました・・・とさ。
(了)
このお話は、その題材をスチャート・プーミボリラック訳「雲南省内タイ・ルー族の伝承」の中に収蔵されている「貧しい商人と裕福な商人」より拝借しました。
冒頭の写真は「サイ・ウア」と呼ばれ、日本語で「チエンマイ・ソーセージ」とも呼ばれますが、チエンマイを初めとする北部タイ地方の郷土料理の一つです。街中で七輪を使い、網の上に輪のように丸めて焼かれ、売られます。食する時には適当に切って食べますが、ピリッとした辛味が特徴で、美味しいもので、今では家庭で作れるようにセットにしてスーパ−等で売っています。
動画は、チエンマイの代表的な踊りである爪踊り「フォーン・レップ」ですが、これはラームチャーン寺院奉納用に踊られているもので、この踊り手は村人のようです。
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2012年04月01日
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