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閑 話 休 題−65−
もしも輪廻転生があるならば、過去生と現生の間の時の流れの中で変わらないものがあるのでしょうか。
どうやら、昔の人たちは、肉体が死に絶え、灰となり、土に返ったとしても、魂は滅んではいない、と信じていた様です。即ち、肉体は魂の仮の宿りに過ぎないということになるのでしょうか。
少なくとも、タイ族にあっては、肉体と霊魂を別のものと考えていたようです。昔話を見ていると、そうした思いになります。それは単に御伽噺の世界だけではなく、正史とも看做されがちな、プーン・ムアンと言う形式の伝承本においても時として見られます。このお噺に主人公の一人であるサッパシットと言う名前からして、全ての呪文に通じたものと言う意味があることを考えれば、呪文を習って魂を自由に操ることが出来ると考えていたのでしょうか。
従者の裏切り
さて、王女ケーソンと別れ、従者を伴って王宮を出たサッパシットは、そのまま実家に帰ることなく、只管森を目指しました。果物を食べ、小鳥の声を聞きながら森を歩いていると、一頭の鹿が死んでいるのを目にしました。獣に襲われた様子もなく、また鷲、鷹に啄まれた形跡もありません。
サッパシットは、戯れに自らの魂をその死んだ鹿に移し入れて、森の中で遊んでみたい衝動に駆られました。
「俺はこれからこの鹿の中に魂を入れて森の中を少し駆けて来るから、お前は俺の身体を見守っていてくれ」
サッパシットは、そう告げると、鹿の横に腰を下ろし、両手をあわせて目を閉じ、口の中でブツブツ偈を唱えると、自らの魂を目の前に横たわる鹿の中に移し入れました。サッパシットの体が力なく項垂れるのと、鹿が目を開いて跳ね起きるのが殆ど同時でした。
死の世界から蘇った鹿の体は、一瞬サッパシットの項垂れた身体を視線に捉えると、愕いたように飛び跳ねて後退し、そのまま森の中に姿を消しました。
鹿の姿が森の奥深く木々の間を抜けて視野から消え去ると、サッパシットの従者は、この機会を捉えて自らの魂を抜き取ってサッパシットの身体に移り住みました。しかも、魂の抜けた自らの体を焼却してサッパシットが帰ってきて利用されることを防ぎました。
従者にとっては、密かに盗み習っていたこの秘術を利用して、いつの日にか主人のサッパシットに生り済まそうとその機会を伺っていたのです。
そして、その好機が今やって来ました。
美しい妻と、将来の国王の地位が約束されています。彼は、勇躍して王宮に帰ると、ケーソーン王女にもとに向いました。
夫サッパシットの姿を目にしたケーソン王女は、これまでとは別人のように喜びを全身に表して部屋を出て迎えました。しかし、そこには影のように主人に付き従う従者の姿が見えません。
「ああ、帰っていらしたのね、あなた・・・。ところで、あなたの従者はどこへ行ってしまったのですか」
「ああ。彼は、あの向こうの森の中でキョンと戯れているよ。楽しいらしくてまだ帰って来ようとしないんだ」
平然と答えるその声は、恋しい夫サッパシットのものではなく、むしろ従者の声に似ていました。そのことがケーソン王女をして不安にしました。
「どうして、あなたの声は、従者の声に似ているのでしょうか」
「風邪をひいてるんだ、王女さま、いや、姫」
王女の問いに動揺した従者は、言葉を間違え更に王女の疑惑を深めましたが、それを吹き消そうとするのか、サッパシットになり済ました従者は、ツカツカと歩み寄り、いきなり王女を抱きしめようとしました。
声のみならず、全体に漂う雰囲気、その立ち居振る舞いにも夫とは違う何かを感じ取ったケーソン王女は、抱きしめようとするその腕を振り払うようにして逃れると、後ずさりして自分の部屋の中に駆け込み、閂をしっかりと嵌めて中に立ち入らせませんでした。
一方、鹿に姿を変えたサッパシットは、森の中を駆け回って遊ぶことにも飽き、自らの身体に戻ろうと元のところに駆け戻って来ました。しかし、そこには従者の姿はなく、自らの抜け殻の代わりに焼け焦げた大地の上に積った灰があるだけでした。
「まさか・・・」
疑いたくはありませんが、目の前にあるものは従者の裏切りの証拠以外の何ものでもありません。
意気消沈してフラフラしながら歩いていると、いつの間にか森を抜け、一組の老夫婦の所有する畑にやってきました。
その日、老夫婦が可愛がっていた鸚鵡が亡くなり、老夫婦は、その亡骸を森に捨てようとしていた時でした.
サッパシットは、老夫婦がオウムの屍骸を森の中に投げ捨て、背を向けて帰っていくと、急いでそこに駆け寄り、魂を鹿から鸚鵡に移し替えました。
翌朝、鸚鵡は王女の館のすぐ横の木に止まると、王女に呼びかけました。
「わたしは、ご飯も食べず、水も飲んでいない。どうか恵んでおくれ」
「ねえ。鸚鵡さん。お前は、どうしてご飯も食べず、水も飲んでいないの。広々とした森の中は心地よく、果物は豊富だというのに、お前は、どうして自分で探して食べないの」
余りにも夫サッパシットの声色、話し方にそっくりな鸚鵡の言葉に戸惑いながらも、王女が言いました。この時とばかりに、サッパシットは、事の次第を王女に話して聞かせました。
「下劣な従者は、私の身体を持って来たでしょう。姫は、奴を受け入れ、奴と床を共にしたのでしょうか」
サッパシットは、昨夜一晩の時間が気になって仕方ありませんでした。
「何と言うことを。声も話し方も、それに立ち居振る舞いが以前のあなたとは異なっており、外見は同じでも決して心を許すことはありませんでした。ですから、決して一緒にいることを許さず、部屋の中に一歩と言えども足を踏み入れさせませんでした」
そう答えると、王女は、ご飯と水を持ってきて鸚鵡に与え、部屋の中に招じ入れると今後のことを相談しました。
「どうすれば、あなたの身体を取り戻すことが出来るのでしょうか」
今のケーソン王女は、数日前までの彼女ではありません。彼女の中で何かが変わり、サッパシットを夫としてしっかりと受け入れ、心を開いていました。そんな王女が夫サッパシットの身体を従者から取り戻す方法を尋ねました。
そこは、彼をよく知るサッパシットです。
「こうしよう。姫は、奴と上手く話して、わざと愛している素振りをして奴を騙し、国王、王妃、姫、そして、住民に魂を取り出す術を演じて見させるのです。奴は、術を自慢したいに違いないですから、キッと喜んで申し入れを受け入れるでしょう」
ケーソン王女は、サッパシットの言う通りにしました。
親しく王女から声をかけられた従者は、嬉しさの余り、人に命じて、死んだばかりの動物の死骸を探して来させ、自分が神通力を発揮するのを見に来る様に人々に触れを出させました。
軍隊が布告の言葉と共に四方に走り、一頭の死んだ山羊の死骸を持って帰って来ました。従者は、瞑目して合掌し、口の中で何やら呟くと、自らの魂を取り出して山羊の身体に乗り移りました。瞬間、その死んだ山羊は、目をパッチリと開けると立ち上がり駆ける命を得ました。
死んだ山羊が息を吹き返し、元気よく駆け出す姿をその目でしっかりと見た住民は、興奮して夫々に歓声を揚げました。
スッパシットは、住民が息を吹き返した山羊に注意を奪われているこの機会を捕らえて、魂の抜け殻となった自らの身体の近くに飛んできて、鸚鵡の身体から魂を取り出して自らの身体の中に入りました。
そして、ケーソン王女と共に城の中に入って、走り回っている鹿を見ていました。住民が歓声を揚げている時、ケーソン王女は、夫の身体を奪ったのみならず、その奪った身体で騙して主人である自分を抱こうとした歪んだ心の従者に対する怒りを抑えることが出来ませんでした。
「あなた、山羊を殺してしまいましょう。それから、奴の魂を取ってきてください。無道な従者の魂を私が踏み躙ってやるわ」
ケーソン王女の怒りの気持ちを理解しながらも、サッパシットは、慰めて言いました。
「そこまで言ってはいけない。彼はかつて俺の世話をし、俺を助けてくれたんだから。放っておこう。彼には彼の業があって、彼は自然と死んでいくのだから。姫は、そうしたことで罪を作ってはいけません」
サッパシットは、従者を山羊としてそのまま生涯を終えさせようとしたのです。
山羊は、飽きることなく走り回ること夜にまで及びました。その夜、天空に稲妻が走り、大気を裂くように光が走ると、大音響と共に山羊のすぐ目の前で大地が裂けました。愕いた従者は、急いで魂を取り出して他のものに乗り移ろうとしましたが、移るべきどんな動物の屍骸もありませんでした。
悲しげな悲鳴と共に山羊の体が大地の裂け目に落ち込んでいくと、底なしの闇を果てなく落ちて行ったそうです。
(了)
マユリー・アヌカモン著「ラーンナーの御伽噺」に収蔵されている「ノック・クラチャープ」より題材をお借りしました。
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閑話休題
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閑 話 休 題−64−
かつて日本では浄土思想が流行しました。西方はるか彼方にある浄土の世界に生まれ変わって、この世で適わなかった恋を実らせようと言うのです。いわゆる心中物語などはこうした浄土思想によるものかも知れません。
浄土思想と言うものは、ある意味で輪廻思想によっているのかも知れませんが、死後この苦界の汚れた世界を離れて御仏のいます清浄の地で生まれようとするものでしょうか。もしも、輪廻の思想であるならば、生まれ変わりは人から人へだけとも限らないことになります。
人が地獄に、阿修羅に、餓鬼に、畜生に成ることもあれば神になることも有り得ます。また逆に畜生が人に生まれ変わることも可能な筈です。
男性不信の王女
あの小鳥の夫婦は、どのくらいの時を経たのでしょうか、同じ時代の同じ国に雌の鳥は王女として、雄の鳥は富豪の一人息子として生まれてきました。しかし、実に不思議なことに、その前世が雌の鳥であったケーソンと言う名前の王女は、生まれてこの方、一度として男性と親しく言葉を交わしたことがなく、父親といえども、彼女は必要最小限のことしか話しませんでした。幼い頃には父王が抱き上げてさえも大声で泣き出し、手に触れることすら躊躇われるほどでした。そんな王女も成長すると結婚を考えなければなりませんが、如何せん、生まれてこれまで如何なる男性とも話をしたことがありませんので、王が異国の王子を探してきても話が成立しません。
そこで、国中に布令を出して王女と話をした者を婿とし、国を譲ろうと言う婿選びの儀式を挙行することを知らせました。
その為に一軒の館をケーソン姫の為に建設して、国中の青年は一人残らず、この館に来て王女に話しかけねばなりませんでした。国王からの呼び出しとはいえ、言葉を交わすだけで王女を妻とし、やがては国王ともなることが出来るのですから、若者たちは夫々が秘策を胸に集まってきました。
その館の下には係りのものが潜んでいて、王女が言葉を発すればその都度太鼓、トラを叩いて王宮にいる国王と王妃に知らせる手筈を整えました。
やがて国中の青年たちが、様々に試みましたが、誰一人として王女の口を開かせることが出来ませんでした。中には面白い話を仕入れてきた若者もいれば、呪文を習ってきたという者まで表れました。
「俺の父が、鼠が猫の乳を飲む呪文を教えてくれたんだ。頼むよ。俺に先に試させてくれ」
「お前が上手く行けば財宝を俺にも分けてくれよな。俺は、貧乏人なんだから」
頼まれた若者は、半信半疑ながらそういって順番を譲りましたが、やがて、呪文を自慢していたその男性も首を呻だれて友人の所に帰って来ました。
「まるでタカサゴギクの葉を幽霊に嗅がせる様なもんだよ。俺はお手上げだよ。お前が試してみな」
どれほど秘術を尽くしても、王女の関心を呼ぶことが出来ない侭帰ってくると、先ほどの自慢が恥ずかしくなったのか、ボリボリ頭を掻きながら言い訳がましく言いました。
かくして、次々と若者たちが王女の館に登っていきますが、誰もが一言も王女の言葉を聞くことがないばかりは、口元を綻ばせることすらできない無力感に苛まれ、意気消沈して帰ってくるだけでした。
昼食時になっても、館の外に男性たちがいると思うと、侍女たちに食事の用意を命じることすら躊躇われ、王女は空腹に耐えてついにその日一日、一言も言葉を発することがありませんでした。
かくして集まった国中の男性が誰一人として王女の婿となる条件を満たすことがなかったことを知った国王は、翌朝になって役人に調べさせると、サッパシットと言う名前の若者一人がこの婿選びに出ていないことが判明しました。
富豪の一人息子サッパシットははるか遠くに従者を伴って勉学に出ていて、昨晩帰って来たばかりでした。
国王の命で役人がサッパシットを詰問にやってきました。
「お前は、どうして国王の命に反して王女の館に出頭しなかったのか」
「お許し下さい。息子は昨晩異国での勉学を終えて帰って来たばかりで、お触れについては逆らう意思など毛頭ございませんでした。ご不審でありますならば、如何か近所の者にお尋ね下さい」
サッパシットの父は、息子が罪に問われることを恐れて懸命に事情を説明しましたが、そんな父親の苦衷など役人には理解される筈がありません。理由の如何を問わず、国王の命令ですから、役人は怒りを表してサッパシットに出頭を強く命じるだけでした。
サッパシットとしても、国王の命に反する気持ちなど微塵もありませんでしたが、逆にこの機会に学んできた術を試したいと思いました。そこで、出立に先立ち、従者を自室に呼び寄せると、彼は習ってきた偈を唱えて従者の魂を抜き取って服のポケットに忍ばせました。
やがて準備の整ったサッパシットを引き立てるようにして王宮に帰って来た役人は、サッパシットを真っ直ぐ王女の館に向わせました。
役人に命じられるまま、王女の館にやってきたサッパシットは、そのまま階段を上がって王女の部屋の前に腰を下ろしました。
そこには、盆が置かれていました。その盆を目にしたサッパシットは、従者の魂を盆に移して、盆に話しかけました。
「おうい、盆よ。王女の館に来いと言うことでやっては来たが、誰もいない一人きりだ。何か面白い話しがあれば、退屈凌ぎに話しておくれよ」
これに対して盆に宿った従者の魂が応えて言いました。
「俺が面白い話など知っている筈がないじゃないか。俺は、単なる盆で、客がやって来て俺を持って客を迎える。ただそれだけですよ」
そんなサッパシットと盆の会話を部屋の中で耳にした王女は不思議な気持ちになりました。
「ええっ。どうして、盆がお喋り出来るのかしら」
二人の会話を聞いて愕いたのは王女だけではありません。王女と若者の会話を監視する役人もまた耳にすると、手にしたドラ、太鼓を一つ叩いて王と王妃に知らせました。
サッパシットは従者の魂を盆から門に移して話をし、次いで、魂をカーテンに移して話しました。その都度ドラと太鼓が音を立て、その音が王と王妃の耳に届きました。
「今日はどうしたのかしら、お盆がお話をするし、門だってカーテンまでもが人とお話しするなんて」
王女はますます怪訝な気持ちになりました。一方、サッパシットは一向に王女と話が出来そうもなく、諦めて腰を上げました。
「もう帰ろう。日が暮れてしまった」
サッパシットは、従者の魂をカーテンから取り出してポケットに入れると、王女の館を後にしました。
ドラ、太鼓の響きを耳にして喜んだのは、国王であり、王妃でした。サッパシットが帰って行ったという知らせを受けると、お二方はケーソンの館に駆けつけました。
「今日、お前は男と話をした。さあ、その男と結婚しなさい」
国王は満面に笑みを浮かべってケーソン王女に結婚を迫ります。
「そんな・・・私は誰とも話しておりません」
ケーソン王女がどれほど否定しても、国王も王妃も信じませんでした。
「話したではないか、ドラと太鼓が何度も鳴ったぞ」
「それは、盆が喋り、門が喋り、カーテンが喋ったに過ぎません」
しかし、誰も盆、門、カーテンが喋るなどとは信じません。
「さあ、行って、今すぐ父と母にカーテンが喋るのを聞かせて見なさい」
しかし、カーテンも門も盆も一言も人の言葉を発する筈がありません。
国王は、ケーソン王女の意向を無視して、富豪の家に役人を派遣するとサッパシットとの婚姻の準備を整え、同じ城の中で生活をさせました。しかし、ケーソン王女は、全く喋らなかったのではありませんが、それは会話といえるものではありませんでした。
日々表情を曇らせるサッパシットに王妃の心配の種は尽きることがありませんでした。
「娘のケーソンを許してやっておくれよ。生まれてこの方、ケーソンは、男性が触れることを許さなかったのよ。父上が抱き上げると、その都度泣きじゃくったものよ。喋る様になっても、男性とは誰とも喋らないの。父上がお尋ねになっても、まともに喋らない。しかも、お顔すら見ないの。あの子は、女性とは話をするが、男性と話をすると、頭痛がするらしいの。サッパシットよ、我慢してケーソンを許してやってね」
ケーソン王女のことを話して何とかサッパシットの気持ちを引きとめようとしました。しかし、ケーソン王女の余りにも寡黙すぎる性格にサッパシットも耐え切れず、分かれることにしました。
ある日、朝食を終えたサッパシットは、ケーソン王女に穏やかな声で話しました。
「私たちは、縁あって身体を寄せ合い、結婚の契りを結んだが、どうやら分かれたほうがいいようです。私は、森に行こうと思います。隠者になり、戒を守り、法を護持して姫の為に祈っていましょう。これ以上、お互いに業を重ねることがないようにね。さようなら」
「私も一緒に行くわ」
サッパシットが立ち上がると、その時、王女は、何故か自分でも分からない悲しみを覚え、思わずそう告げていました。
「止めて置きなさい。姫は、ここにいる方が良い。アブはたからないし、蚊も刺しません。カーテンがあり、蚊帳もあるのですから」
サッパシットは、お城育ちの王女を野獣の住処である森に連れて行くことに忍びませんでした。
従者を伴って森に遊行に向う名前ばかりとはいえ夫の後姿を見ながら、ケーソン王女は分けもなく流れ出る涙を禁じえませんでした。
(続)
マユリー・アヌカモン著「ラーンナーの御伽噺」に収蔵されている「ノック・クラチャープ」より題材をお借りしました。
ケーソン・・・・・「花のしべ」を意味します。
サッパシット・・・「全ての呪文に通じた者」を意味します。
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閑 話 休 題−63−
全ての生き物は、親から子へと世代をついで行きます。世代を継いで行きながら種を保存し、仲間を絶やすことなく、時には環境の変化に戸惑いながらも可能な限り適応して命ながらえようとします。
人もまた同じようで、その環境により、言語、文化、習慣風習が異なり、それを民族の独自性として守ってきました。そうした種の保存にとって最も基本となるのは、両親であり、その間に出来た子供です。両親と子供、家族と言うものが合ってはじめて種の保存が可能となります。そして、親は自らの子供を通じて世代を超えて血を残そうとします。両親は子供を愛情を持って育てることにより、世代交代の後にも種の保存と血筋の継承を図ります。
我々人間にとって馴染み深い動物である、犬も猫も時期が来ると、本能的に種を残そうと相手を求めます。鳥もまたこうした摂理の中から逃れることはなく、時が来れば相手を求め種の保存と血の継承を本能的に図ります。
鳥がこうした摂理を自覚し、子供を愛し、夫婦間の愛情を確かめ、互いの責任を知り、家庭を築いているとすれば、一つのお噺が出来るかも知れません。
小鳥の家族愛
はるかな昔のお噺です。どこの国のどの町だとは残っていませんが、昔々、あるところに一組の鳥の夫婦がいました。クラチャープ(KRACAAB)と言う鳥だそうですが、雲雀のようでもあり、ヒヨドリのようでもあり、ただ雀のように小さい鳥で幾種類があるようです。しかしお噺の中ではその中のどの種類の鳥かまでは詳しく記されていませんので、ここでは単に小鳥とだけしておきます。
時が来て、このワセオバナの密集地に巣を作った雌雄二羽の小鳥の夫婦は、愛をかわしながら、営巣して卵を産み落としました。二羽の小鳥は、大切な愛の結晶である卵を外敵から守りながら、交互に抱卵して育てました。雌が抱卵している徒には雄が外に出て餌を探して、帰ってくると、雌が外に出て餌を探しますが、その間雄がメスに変わって抱卵して我が子を暖め続けます。
やがて雛が孵りました。二羽の子取りはとても喜び、交互に餌を捜しに出ながら残る一羽が子供の世話をしていました。それは楽しく、幸せな日々でした。
そんなある日のことです。
雌が生まれたばかりの子供の世話をし、雄が外に餌を探しに出ました。
雄は蓮の花の雌蕊から漂う甘い香に誘われて夢中になって啄み、戯れていました。余りの美味しさに雄はつい時間の経つのを忘れてしまい、蓮の花は時が来れば美しい花を閉じてその身を守ることをうっかり忘れてしまっていたのです。
甘い密の香りで小鳥を呼び寄せた蓮の花は、時間が来るとゆっくりと花を閉じ始めました。しかし、蜜の甘さに酔う雄の小鳥が気付いた時は既に遅く、しっかりと閉じ合わされた花弁を押し開くことが出来ません。
遠く離れた所で帰りを待つ雌を思い、生まれたばかりのまだ目も見えない幼い命に思いを馳せながら如何とも出来ませんでした。
一方、巣の中で雄の帰りを待ちながら我が子の側を離れない雌は、次第に心細くなってきました。普段であれば、雄が帰って来る筈の時間はとっくに過ぎ去っています。空腹を覚えながらも雌はじっと雄の帰りを待っていました。
《まさか、別の雌の所に》
一瞬心の中で悪魔の囁きが響きますが、必死になってそれを打ち消しては雄を待ち続けました。
はるかな昔、まだこの大地は自然に満ち、草花木々で覆われていました。
そんな頃にはよく森林の自然発火が起こったようです。今でもインドネシア、マレーシア、オーストラリア、アメリカ、などで大規模は森林火災が起こって膨大な被害を残します。そして、多くはタバコの不始末など人に関わることのようです。
昔には、勿論焼畑などによる火の不始末、猟師の焚き火の不始末など事故もあったかも知れませんが、自然発火が多かったのではないでしょうか。
今も大木を根っ子からなぎ倒す強風が吹き荒れることがあります。強風は大木を揺らし、枝は絡まり合い、擦られ、熱を持ち、終には発火します。発火すると、もう手に負えません。何しろ消火する組織がないのですから。
乾燥した空気、密生した草木。
小さな火の手は風を呼び、風に煽られ、忽ちにして周りに広がると、上空高く黒い煙を舞い上がらせます。
忽ちにして、火から逃げる獣の叫び声が森を走り、虫たち、小さな地上の生き物は文字通り命懸けで走って逃げて行きます。その後を煙と匂いが追い掛けます。
雄の小鳥が蓮の花に閉じ込められている時、雌の小鳥の不安が的中してどこからともなく燻る匂いが漂い出すと、次第に黒く空が汚れ、風は熱風となって吹き寄せて来ます。
「お父さん」
雌は、黒ずんだ空を見上げながら必死になって雄を呼び続けました。
見上げる空には既に無数の鳥たちが揃って避難の飛行をしています。やがて襲い来る黒煙の中、雌はそれでも雄を待ちました。雌には待つしか出来ませんでした。空気が身体を焼くかと思うほど熱を帯びてきました。
巣を離れて、空を飛ぶ鳥の群れの中に雄の姿を求めますが、どこにも見えません。既に真っ赤な火の手すら目にします。ばらばらと火の粉も飛んでくるほどに近付いてきました。
火の手は見る見るうちにワセオバナの集落を舐めると、目の前で助けを求めながらなす術もなく猛火に焼かれていく我が子を如何ともすることが出来ないまま雌は悲しみに暮、雄への怒りに燃えました。
蓮の花が開き、心急いて帰って来た雄の目にしたのは、まだ火の手が収まらずに黒く焼け焦げていく大地と、子供の死を痛んで泣きくれている雌の姿だけでした。
「あんた。どこを遊び惚けていたの。他の雌の所に行っていたんでしょ、そうに違いないわ。今になってやってきて。見て見なさいよ。私たちの子供が火に焼かれて死んでしまったじゃないの」
「そんな・・・おれは・・・」
しどろもどろに説明する雄も心は崩れ、乱れ、何も考えることが出来ず、言葉すら出ませんでした。
「他の雌のところなんて・・・蓮の花が俺を閉じ込めて帰れなかったんだ・・・本当だよ」
雄の言い訳の言葉も涙に濡れて聞き取れないほどでした。
「もう、良いわよ。言い訳なんて言わないで・・・」
雌は、ついに堪忍袋の緒が切れたかのようにかなきり声を上げました。
「男なんて・・・男なんて・・・。もう話したくもないわ。あっちへ行って頂戴。こっちにこないで頂戴。もう私の所に来て顔を見せようなんて思わないで頂戴。男なんて、誰も彼も皆こんなものよ。子供を捨てて遊びまわるのだから・・・」怒りに燃えて雄を睨みつける雌の瞳には狂気すら感じられました。
「いつの世に生まれ来ても、もう二度とどんな男にも関わり合うのは御免だわ」
言い終わると、雌鳥は、翼を閉じて未だ燻る火の中に身を投げ込み、子供の後を追って死にました。
目の前で雌が火中に飛び込んで自殺する姿を見た雄は、さすがに気を失うほどの衝撃を受けました。妻に捧げる愛は決して嘘ではなく、止むを得ない事情で帰れなかったにも拘らず、子供を焼け死なせ、今こうして最愛の妻を焼身自殺させると、もう生きていく気力すら失いました。
じっと、焼け死んだ子供と妻の姿を見ながら、雄は翼を広げて天を仰ぎ、次いで、翼を合わせて亡き子供と妻の冥福を祈って合掌しました。
「いつの世に生まれ来ても、この女房と一緒になります様に」
心を込めてそう念じると、翼を広げて二人の亡骸に覆い被さるのように火の中に身を投げて死にました。
(続)
マユリー・アヌカモン著「ラーンナーの御伽噺」に収蔵されている「ノック・クラチャープ」より題材をお借りしました。
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