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閑 話 休 題−60−
父が子を殺し、子供が殺された兄弟の復習をする。しかもその後押しをするのが母親。何とも痛ましい光景ですが、世の中には、子供を作れば親であると言う考えがあるのかも知れませんが、こうした話を見ていくと、果たしてそうなのだろうか、と言う疑問が湧いて来ます。
結婚して妊娠して出産して子供を抱いて、それで親なのでしょうか。それは確かに動物としては親かも知れませんが、人間の親は、子度を出産したその時から親になることが始まるのかも知れません。いや、妊娠したその瞬間から、夫婦共に親になる準備をし、その為の心の準備、環境の準備をするものではないでしょうか。そして、生まれてきた子供に贅沢はさせてあげることが出来なくても、自分たちの持てる限りの愛情を注ぎ、自分たちの力の限り懸命に子供を守り、育てることで、夫婦は親になるのではないでしょうか。
父と子の死闘
今、万を越える雌水牛の支配者として、雄の存在を許さず、我が子すらも情け容赦なく殺してきた水牛の王に対する復讐の時がやってきました。十年余に亘る激しい訓練の末、水牛の子供は逞しく育ち、山をも砕く力を得、今岩から流れ出た清水が角を洗うと、磨かれたようにピカピカと耀きました。
母親は、嬉しく思い、悲願達成の日の到着を確信しました。しかし、まだそれを子供に告げるには早すぎます、最後の試験を行わねばなりません。
「さあ、去年と同じ様に、飛び掛りなさい。お前が恨みを晴らす時が来たのか否かのを判定するんだよ」
岩から流れ出た清水に洗われて輝く両の角を目にした母は、ついに悲願達成のときがやってきた嬉しさに胸が一杯になりましたが、まだ安心はしていません。その角の威力をこの目で見て確かめたい思いが募りました。そんな思いで子供を呼び寄せると、はるか彼方の丘陵を指差してそう言いました。
母水牛が言い終わると、子供は真っ直ぐ全力で駆けて行きました。丘の上にピカッと光が走り、大地は大音を発して揺れ動き、同時に、何千何万というオリーブの実は、一つ残らず子供の水牛の頭と見事な一対の角の上に、バラバラと落ちて来て重なりました。それを目にした母水牛は、嬉しさにしっかりと子供を抱きしめ、歓喜の涙が流れ落ちて顔を濡らしました。
「さあ、今こそ、母に代わって恨みを晴らしに行くのよ。でも、覚えておきなさい。父を見た時、その傲慢な威風堂々たる姿勢に怖気づいてはいけませんよ。そして、彼が父親であるということを理由に哀れみの心を起こしたりしては決してなりません。お前は、最も残忍な敵に対してするのと同じように、慈しみも哀れみも捨て、彼を殺さねばなりません。四人の兄達と他の子水牛達に代わって恨みを晴らし、ムアン・ランカーの人間の為に大災害を駆除する為なのだということを忘れてはいけませんよ。さあ、行きなさい」
彼女は、感激に言葉を詰まらせながらそう子供に告げました。
子供は、母の言葉の一つ一つを胸に刻み、故なくして命を奪われた同胞、人間の恨みをその身を抱いて、ただ暴虐の水牛の王打倒だけを心に念じて、父の勢力圏に向って駆けて行きました。
その日、いつものように幾多の雌の水牛の群れの只中で悠然と暮らす水牛の王は、山裾に現れた水牛が耀く一対の角を高々と掲げ、威風堂々と立っている姿を見ると、それが雄であるととっさに判断しました。
信じられない光景に彼は急いで群れの中の成長した雌水牛の数を数えました。すると、11,105番目の雌がいません。姿を消した雌が密かに雄を生み育てていたことを知ると、彼の怒りは正に怒髪天を衝くかのごとくでした。彼は、怒りに任せて雷のような雄叫びを上げ、巨大な角を揺り動かして突進しました。
若水牛は、突進してくる父の姿を始めて目にし、その目に宿る狂気を見ると、全身に宿る同胞、人現たちの恨みが炎となって燃え上がりました。水牛の王の角は、これまでどれほどの生き物の血を吸ってきたことでしょうか。誰もその第一劇であっけなく倒されました。
若水牛は、心を落ち着け、重心を低くすると、父の体が触れるその直前、ヒラリとかわしました。空を打った水牛の王の巨大な角は、ブーンと唸りを発して空気を切り裂き、前のめりになって巨大な木に突き当たると、バキッと木が折れました。
方や水牛の王であり、百戦錬磨の猛者、方や若年ながら10余年に亘り今日この日の為に懸命の努力を重ねてきた若水牛。父子は互いに力の限りぶつかり力比べをしながらも、ついに雌雄を決することが出来ないままその日が暮れました。
翌日、水牛の王はタマリンドの木に似たマラッカノキの下に位置し、若水牛はアカシアの木に属するソムポーイの木の下に位置して、再び戦いが開始されました。
水牛の王は、ただぶつかるだけでは勝敗が付かないと思ったのか、角を山に突き刺すと、大音声共々山ごと我が子の身体に投げつけました。若水牛は、渾身の力を振り絞り、角を揺り動かすと、しっかりと山を受け止め、次の瞬間にそれを父に投げ返しました。
生まれて始めて反撃を受けた王は、一瞬の動揺がその身を包んだのでしょうか、投げ返された山を受け損ねると、体の半分が山の下に押し潰されました。
それを合図に、今度は若水牛の反撃です。清水で清められた一対の角がきらりと日に映えると、父の身体に覆い被さった山に突き当たり、岩を砕くと、その角は父の背中にまで達しました。
背中に走る激痛に思わず父の口から悲鳴が上がります。
暴虐の王は、痛みを怒りに変えて立ち上がると、山を振り払い、キッと我が子の方に向き直りました。暫くの間両雄は力の限り闘いましたが、若水牛の角は常に父の体に触れては傷を負わせ、飛び散る血飛沫が大地に模様を描きます。いつの間にか、父子の戦いを取り囲むようにたくさんの雌が集まってくると、若水牛に声援を送っていました。
幾万とも知れない水牛の群れがただ一頭の例外もなく若水牛の勝利を求めて声の限り応援すると、その力が若水牛の全身に益々英気を与え、父を次第に追い詰めていきました。
これまで敵するものもない絶対的な力を誇った水牛の王も、普段の残忍、残虐、悪行の報いでしょうか、いざ窮地に立つと応援する声もなく、力になろうと寄ってくる者もいませんでした。全身に受けた傷が益々痛みます。次第に痛みが増すと、戦う気力すら萎えて来ました。
ついに、水牛の王は、敗北を悟ると我が子に背を向けて一目散に森の中に逃げ去ってしまいました。自らの住処でもある大きな洞窟の中に駆け込むと巨大な岩でその入り口を閉ざしてしまいました。
昨日とは一変した戦いの原因は、彼らが戦いに先立って位置した場所にあったようです。北部の人々は、ソンクラーンの日の聖水掛けに好んでソムポーイの実を水に漬けますが、ソムポーイの木には霊力があると今も信じているのです。ソムポーイの木に満ちる破邪の霊力が水牛の子供に更に勇気と力を与えたのでした。
高さ200メートル、幅100メートル、厚さ40メートルの水牛の王が篭もった洞窟の入り口を塞いだ岩の扉は、一万頭の水牛の力を持ってしても開けることが出来ません。その中は、水牛の王にとってこの上ない絶対安全な場所でした。
その場の誰にも失望の色が浮かびました。若水牛は、このまま父王を放置して、その体力が回復する時間を与えることは、今日の勝利を無にすることになると考えると、残る力を振り絞り、見事な一対の角を振り動かせると頭を下げ、全力で岩の扉にぶち当たりました。
その瞬間、雷鳴が轟き、天地が避けるかと思うほどの大音響が響き渡ると、さすがに頑強を誇る岩の扉も、若水牛の素晴らしい一対の角の前にはその大半を壊され、一瞬にして石の欠片となって飛び散りました。
疲れ果てた身体を壁に持たせ掛け、乱れた息を整えようとする水牛の王でしたが、我が子の姿を見ると、気力だけで立ち上がりました。そんな水牛の王の姿に若水牛は漲る闘志を全身に溢れさせて雄叫びを上げると、洞窟の中の父に向かって飛び掛って行きました。もう水牛の王には生気溢れる若者の角を受け止めるだけの力はありませんでした。力なく壁にたたきつけられると、その場で息絶えました。
数え切れないほどの我が子を殺し、戦いを挑む雄たちを殺し、人間すらをも恐れることなく殺し、田畑を踏み荒らしてきた水牛の王は、ただ、自らの地位を守り、その力に全ての生きとし生けるものを平伏させようとする為でした。
それに対して、水牛の子供が父と知りながら手加減することなく果敢に戦いを挑み、見事に倒したのは、幾千幾万の同胞の恨み、母の恨み、そして罪失くして殺されてきた全ての生きとし生けるものたちの恨みと将来の禍根を取り除く為でした。
その時、山向こうの母水牛はゆっくりとした足取りで山から下りて来ました。幾万もの母娘の水牛たちが駆け寄るとこの母子二人の周りに集まり、若者の勇気とこの世に比すべきもののない正義の心を歓呼の声を上げて賞賛しました。同時に、そんな彼を密かに生み育てた気高さと功績を褒め称える歓呼の叫びがいつまでも原野に響き渡ったと言います。
(了)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「素晴らしい角を持った水牛」とアッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承」に収録されている「水牛トーラピー」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、ぶつかって戦う水牛の写真で、下記URLよりお借りしました。
http://www.pixpros.net/forums/showthread.php?t=12810
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