チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

閑話休題

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父と子の死闘

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閑 話 休 題−60−
父が子を殺し、子供が殺された兄弟の復習をする。しかもその後押しをするのが母親。何とも痛ましい光景ですが、世の中には、子供を作れば親であると言う考えがあるのかも知れませんが、こうした話を見ていくと、果たしてそうなのだろうか、と言う疑問が湧いて来ます。
結婚して妊娠して出産して子供を抱いて、それで親なのでしょうか。それは確かに動物としては親かも知れませんが、人間の親は、子度を出産したその時から親になることが始まるのかも知れません。いや、妊娠したその瞬間から、夫婦共に親になる準備をし、その為の心の準備、環境の準備をするものではないでしょうか。そして、生まれてきた子供に贅沢はさせてあげることが出来なくても、自分たちの持てる限りの愛情を注ぎ、自分たちの力の限り懸命に子供を守り、育てることで、夫婦は親になるのではないでしょうか。


父と子の死闘
今、万を越える雌水牛の支配者として、雄の存在を許さず、我が子すらも情け容赦なく殺してきた水牛の王に対する復讐の時がやってきました。十年余に亘る激しい訓練の末、水牛の子供は逞しく育ち、山をも砕く力を得、今岩から流れ出た清水が角を洗うと、磨かれたようにピカピカと耀きました。
母親は、嬉しく思い、悲願達成の日の到着を確信しました。しかし、まだそれを子供に告げるには早すぎます、最後の試験を行わねばなりません。
「さあ、去年と同じ様に、飛び掛りなさい。お前が恨みを晴らす時が来たのか否かのを判定するんだよ」
岩から流れ出た清水に洗われて輝く両の角を目にした母は、ついに悲願達成のときがやってきた嬉しさに胸が一杯になりましたが、まだ安心はしていません。その角の威力をこの目で見て確かめたい思いが募りました。そんな思いで子供を呼び寄せると、はるか彼方の丘陵を指差してそう言いました。
母水牛が言い終わると、子供は真っ直ぐ全力で駆けて行きました。丘の上にピカッと光が走り、大地は大音を発して揺れ動き、同時に、何千何万というオリーブの実は、一つ残らず子供の水牛の頭と見事な一対の角の上に、バラバラと落ちて来て重なりました。それを目にした母水牛は、嬉しさにしっかりと子供を抱きしめ、歓喜の涙が流れ落ちて顔を濡らしました。
「さあ、今こそ、母に代わって恨みを晴らしに行くのよ。でも、覚えておきなさい。父を見た時、その傲慢な威風堂々たる姿勢に怖気づいてはいけませんよ。そして、彼が父親であるということを理由に哀れみの心を起こしたりしては決してなりません。お前は、最も残忍な敵に対してするのと同じように、慈しみも哀れみも捨て、彼を殺さねばなりません。四人の兄達と他の子水牛達に代わって恨みを晴らし、ムアン・ランカーの人間の為に大災害を駆除する為なのだということを忘れてはいけませんよ。さあ、行きなさい」
彼女は、感激に言葉を詰まらせながらそう子供に告げました。
子供は、母の言葉の一つ一つを胸に刻み、故なくして命を奪われた同胞、人間の恨みをその身を抱いて、ただ暴虐の水牛の王打倒だけを心に念じて、父の勢力圏に向って駆けて行きました。
その日、いつものように幾多の雌の水牛の群れの只中で悠然と暮らす水牛の王は、山裾に現れた水牛が耀く一対の角を高々と掲げ、威風堂々と立っている姿を見ると、それが雄であるととっさに判断しました。
信じられない光景に彼は急いで群れの中の成長した雌水牛の数を数えました。すると、11,105番目の雌がいません。姿を消した雌が密かに雄を生み育てていたことを知ると、彼の怒りは正に怒髪天を衝くかのごとくでした。彼は、怒りに任せて雷のような雄叫びを上げ、巨大な角を揺り動かして突進しました。
若水牛は、突進してくる父の姿を始めて目にし、その目に宿る狂気を見ると、全身に宿る同胞、人現たちの恨みが炎となって燃え上がりました。水牛の王の角は、これまでどれほどの生き物の血を吸ってきたことでしょうか。誰もその第一劇であっけなく倒されました。
若水牛は、心を落ち着け、重心を低くすると、父の体が触れるその直前、ヒラリとかわしました。空を打った水牛の王の巨大な角は、ブーンと唸りを発して空気を切り裂き、前のめりになって巨大な木に突き当たると、バキッと木が折れました。
方や水牛の王であり、百戦錬磨の猛者、方や若年ながら10余年に亘り今日この日の為に懸命の努力を重ねてきた若水牛。父子は互いに力の限りぶつかり力比べをしながらも、ついに雌雄を決することが出来ないままその日が暮れました。
翌日、水牛の王はタマリンドの木に似たマラッカノキの下に位置し、若水牛はアカシアの木に属するソムポーイの木の下に位置して、再び戦いが開始されました。
水牛の王は、ただぶつかるだけでは勝敗が付かないと思ったのか、角を山に突き刺すと、大音声共々山ごと我が子の身体に投げつけました。若水牛は、渾身の力を振り絞り、角を揺り動かすと、しっかりと山を受け止め、次の瞬間にそれを父に投げ返しました。
生まれて始めて反撃を受けた王は、一瞬の動揺がその身を包んだのでしょうか、投げ返された山を受け損ねると、体の半分が山の下に押し潰されました。
それを合図に、今度は若水牛の反撃です。清水で清められた一対の角がきらりと日に映えると、父の身体に覆い被さった山に突き当たり、岩を砕くと、その角は父の背中にまで達しました。
背中に走る激痛に思わず父の口から悲鳴が上がります。
暴虐の王は、痛みを怒りに変えて立ち上がると、山を振り払い、キッと我が子の方に向き直りました。暫くの間両雄は力の限り闘いましたが、若水牛の角は常に父の体に触れては傷を負わせ、飛び散る血飛沫が大地に模様を描きます。いつの間にか、父子の戦いを取り囲むようにたくさんの雌が集まってくると、若水牛に声援を送っていました。
幾万とも知れない水牛の群れがただ一頭の例外もなく若水牛の勝利を求めて声の限り応援すると、その力が若水牛の全身に益々英気を与え、父を次第に追い詰めていきました。
これまで敵するものもない絶対的な力を誇った水牛の王も、普段の残忍、残虐、悪行の報いでしょうか、いざ窮地に立つと応援する声もなく、力になろうと寄ってくる者もいませんでした。全身に受けた傷が益々痛みます。次第に痛みが増すと、戦う気力すら萎えて来ました。
ついに、水牛の王は、敗北を悟ると我が子に背を向けて一目散に森の中に逃げ去ってしまいました。自らの住処でもある大きな洞窟の中に駆け込むと巨大な岩でその入り口を閉ざしてしまいました。
昨日とは一変した戦いの原因は、彼らが戦いに先立って位置した場所にあったようです。北部の人々は、ソンクラーンの日の聖水掛けに好んでソムポーイの実を水に漬けますが、ソムポーイの木には霊力があると今も信じているのです。ソムポーイの木に満ちる破邪の霊力が水牛の子供に更に勇気と力を与えたのでした。
高さ200メートル、幅100メートル、厚さ40メートルの水牛の王が篭もった洞窟の入り口を塞いだ岩の扉は、一万頭の水牛の力を持ってしても開けることが出来ません。その中は、水牛の王にとってこの上ない絶対安全な場所でした。
その場の誰にも失望の色が浮かびました。若水牛は、このまま父王を放置して、その体力が回復する時間を与えることは、今日の勝利を無にすることになると考えると、残る力を振り絞り、見事な一対の角を振り動かせると頭を下げ、全力で岩の扉にぶち当たりました。
その瞬間、雷鳴が轟き、天地が避けるかと思うほどの大音響が響き渡ると、さすがに頑強を誇る岩の扉も、若水牛の素晴らしい一対の角の前にはその大半を壊され、一瞬にして石の欠片となって飛び散りました。
疲れ果てた身体を壁に持たせ掛け、乱れた息を整えようとする水牛の王でしたが、我が子の姿を見ると、気力だけで立ち上がりました。そんな水牛の王の姿に若水牛は漲る闘志を全身に溢れさせて雄叫びを上げると、洞窟の中の父に向かって飛び掛って行きました。もう水牛の王には生気溢れる若者の角を受け止めるだけの力はありませんでした。力なく壁にたたきつけられると、その場で息絶えました。
数え切れないほどの我が子を殺し、戦いを挑む雄たちを殺し、人間すらをも恐れることなく殺し、田畑を踏み荒らしてきた水牛の王は、ただ、自らの地位を守り、その力に全ての生きとし生けるものを平伏させようとする為でした。
それに対して、水牛の子供が父と知りながら手加減することなく果敢に戦いを挑み、見事に倒したのは、幾千幾万の同胞の恨み、母の恨み、そして罪失くして殺されてきた全ての生きとし生けるものたちの恨みと将来の禍根を取り除く為でした。
その時、山向こうの母水牛はゆっくりとした足取りで山から下りて来ました。幾万もの母娘の水牛たちが駆け寄るとこの母子二人の周りに集まり、若者の勇気とこの世に比すべきもののない正義の心を歓呼の声を上げて賞賛しました。同時に、そんな彼を密かに生み育てた気高さと功績を褒め称える歓呼の叫びがいつまでも原野に響き渡ったと言います。
 
(了)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「素晴らしい角を持った水牛」とアッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承」に収録されている「水牛トーラピー」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、ぶつかって戦う水牛の写真で、下記URLよりお借りしました。
             http://www.pixpros.net/forums/showthread.php?t=12810

明かされた胸の苦しみ

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閑 話 休 題−59−

この話を紹介しながら、常に心の片隅で自分を責める部分があります。日本だけではなく、タイの倫理においても子供が親に手向かうことは決して許されるものではありません。タイにおいても、今も「親不孝」と言う言葉が厳然と生きていて、「親不孝者」と呼ばれることは子供として耐えられない苦痛を覚えるようです。
しかし、翻って考えれば、父としてなすべき事をなした時、その時父という尊称を受けるのではないでしょうか、そう考えると、父としての務めをなすことなく、父としての尊敬だけ受けようとすることはできないのではないでしょうか。
父親が不在で、父親の力強さを知らない子供は、代わって母親より母の優しさと父の強さの両方を獲なければならないのでしょうか。その時、母親の苦労は並大抵ではないでしょうが、子どもの資質もまた母親を困らせることなく、それでいて男の強さも身につけなければならないのでしょう。
今、はっきりとした目的も知らされないままに母の命令に従って懸命に戦闘訓練に励む水牛の子供は何を考えているのでしょうか。


明かされた胸の苦しみ
連日繰り返される激しい戦闘訓練の中で、子供は敏感に母の胸の奥深くに秘めた悲しみを推し量ると、母の精神的苦痛を見るに忍びませんでした。一度沸き起こった母への愛情と母を苦しめる原因に対する激しい憎悪、次第に膨らむ自信が次第に彼を大人にしていきました。
懸命に支えてくれた母のこれまでの苦労に応える時が来たのではないか、母の苦しみの原因を取り除き、自分が母を支えなければならないと言う自覚がでてくると、どうしても母の胸の奥を見たい衝動を抑えることが出来ませんでした。
如何にその秘密が大きなものであっても必ず母より聞き知り、母に代わって自らが背負う覚悟を固めました。
自分の心の中のこうした決意を推し止めることが出来るほど世故に長けてもいない子供は、心の奥底から搾り出すように、思いの丈を母に告げました。
「お母さん、この私には、父がいないのですか。どうして兄弟がいないのですか」
こう切り出した子供の目には、何としてでも母の苦衷の原因を知りたいという硬い決意が表れていました。
「生まれてからこの方、この洞窟を住処として、お母さんと二人だけの寂しく孤独に満ちた暮らしの中で、一人の仲間も見出さないのはどうしてなの。お母さんが私に乳を飲ませる時、悲しみで涙を滲ませるのはどうしてなの。どうか、お母さんの胸の中の苦しみを吐き出して下さい」
一気にここまで言葉を継いだ子供の目を見ながら、母の目には涙さえ滲んできました。しかし、子供はなおも堰を切ったように止め処ない心の叫びが溢れ続けました。
「例え、どれほど重要なことであろうとも、お母さんの許しを得ないならば、決して軽率なことはしません。お願いです。どうか胸の内を明かしてください。もしも母さんの苦しみの全てを吐き出してしまわないならば、心静かに戦闘訓練に励むことが出来ないでしょう」
長らく胸に秘めてきた母への問いの言葉が溢れ出すと、子供の水牛は母の目の前に倒れこむと大粒の涙が溢れ出し、声を限りに泣きました。
大きな身体を振るわせ、流れる涙を拭うこともせず大声で泣く我が子の姿。心の底から搾り出すようにして自らの心の苦しみを吐き出した我が子の姿を目にして、気丈な母の心は、それでも尚心を固く閉ざしているほど非常ではありませんでした。
我が子の言葉の一つ一つが、母の心の中に染み込んでいくと、これ以上事の次第を隠し続けることは、余りにも子供を苦しめることになるのではないかと思えました。
十年余に亘る艱難辛苦、堅忍不抜の訓練の日々は何故か、近付く復讐劇にとって、子供に全てを知らせることは必要であろうと思えるようになりました。
母は、子供を抱え起こすと、目の前に座らせて、一つ一つ苦しみを堪えて語り始めました。言葉にすると、心に秘めていた苦しみが全身に響き渡り、益々彼女の心に苦痛を呼び起こします。しかし、それに耐えて話しました。
彼の父は、水牛に王であり、たくさんの群れを率いているにも拘らず、その行ないが如何に残忍であるか、如何にして何千何万の雄の水牛を殺し、如何にして彼の四人の兄たちを踏み躙り、如何にして自らの子供を死に至らしめたか、のみならず、人間の生活をすらも危険に陥れ、広大な農地を踏み荒らしたのか。その全てを語りました、そして最後にこういいました。
「これこそが、私達母子二人がこの人里離れた山奥の洞窟に身を隠すようにして寂しく暮らさねばならなくさせ、お前が10年余りにも渡って戦闘訓練を堅忍不抜の精神でしなければならない理由なんだよ。お母さんは、お前がお母さんやお前の四人の兄達に代わって恨みを晴らす日を心待ちにし、いつの日にか人間の為にも全ての生き物の為にも大いなる災害の原因を駆除することが出来ることを願っているんだよ」
そういい終えると、母子は抱きあって悲しさに泣きました。
涙が枯れるまで泣き晴らすと、子供はこの世の危難を駆除しようと今にも山を駆け下りる勢いを示しました。しかし、そんな我が子を母は心配になりました。十分な訓練の日々が我が子を雄々しく力強い逞しい雄の水牛に変えましたが、そうした力以上に、彼女は我が子の勇気と能力を試しておかねばならないと考えていました。
彼女は、我が子に向って丘陵の上でたくさんの果実を付け、枝を広げているオリーブの木の方を指さして言いました。
「あの丘陵の上のオリーブの木が見えるかい。お前は、走って行ってオリーブの木にぶつかり、一撃でその木になる果実の全てを落とし、その落ちて来る果実が大地に触れるより早く頭と角でその全てを受けなさい。もしも、一つと言えども零すことがあれば、お前には未だ父に勝つ能力がないことを示しているのだよ。分かったね。さあ、始めなさい」
母にとってはこれが最後の訓練であり、子供にとっては兄弟、従兄弟、この世の生きとし生けるものの命を守る戦いを告げる陣太鼓にも似ていました。
はるか彼方の丘陵に聳えるオリーブの木を目指して、角を振り回し、後ろ足で大地を蹴ると雄叫び共々まっしぐらに突き進んでいきました。
ドドド・・・大地が触れ、轟音を轟かせて巨体が疾駆していきます。
雄の水牛がオリーブの木に体当たりすると、大音響が天地にこだましました。瞬間、丘陵全体が揺れ、何千何万と言うオリーブの実が一つ残らず枝から離れました。同時に、水牛の角が忙しく左右に揺れ、落ちる実の一つ一つを角の上に受け止めて行きました。
《一つ残さず受け止めた》
子供の思いとは裏腹に、彼の動きにはまだ素早さに欠けるところがありました。オリーブの実が三個地上に転がっていたのです。
母の目はその落ちた三個のオリーブの実を見詰めると、きっぱりとした声で言いました。
「もしも今日お母さんがお前に山を下りていくことを認めると、お前はお父さんの角にいとも簡単に突かれて死んでしまっていたでしょう。さあ、頭からオリーブの実を降ろしなさい。それから、もう一度その角をより鋭く研ぎなさい。恐れることはありません。お前が恨みを晴らす時は、必ずやって来ます。お前が更に戦闘訓練を積み、更に力を備えた時、母さんは、お前の願いの通り恨みを晴らしに行くことを認めるでしょう」
自らの力不足を知った子供は、母の言葉に従って、更なる訓練に励みました。もうこれまでのように硬い岩を見つけて角を磨くことをしませんでした。彼は巨大な山そのものにぶつかって角を磨いたのです。頑強な他に比すべきものもない強度を誇る岩そのものが山となって聳えています。彼がそこにぶつかると、やがて山に角が突き刺さるまでになりました。
訓練を積めば積むほど彼の強靭な角は鋭利になり、彼の全身に生気が漲ります。連日彼は巨大な山を相手のぶつかり稽古の中で、1年と3ヶ月の時が経過しました。さすがの岩山も傷付き、ところどころに穴を開け、訓練の激しさと子水牛の角の威力の凄まじさを見せていました。
この日もいつものように全身の力を込めて山に体当たりすると、鋭利な角は深々と見事に山に突き刺さりました。その瞬間、砕かれた岩から流れ出た一筋の銀色の清水が一対の角を洗い清めると、汚れた角は見事に耀きピカピカと日の光に映えました。
《もう大丈夫でしょう》
我が子の角の輝きを目にした母親は、艱難辛苦の日々を思い浮かべると喜びに目を潤ませました。
《四人の子供の恨みを晴らし、幾百、幾千の同胞たちの哀しみに応え、地上の生きとし生ける全てのものに平安をもたらす時がやってきた》
彼女は激しく高鳴る胸のときめきをそれでも未だ抑えて冷静でなければなりませんでした。

(続)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「素晴らしい角を持った水牛」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、水牛の家族の幸せそうな写真です。下記URLよりお借りしました。
            http://www.dnp.go.th/wildlifenew/images/รางวัลชมเชย%20ควายป่า.jpg

ハーレムの王者

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閑 話 休 題−58−

タイ族というのは、農耕民族で、この地域に水稲栽培の技術を持ち込んだ民族とされています。昔にあって水稲栽培に欠かせないのは、勿論水ですが、同時に牛であり、水牛です。そして、水牛が大切な役を果たす有名な映画もあります。タイ農村の姿を現す時に欠かせないのは象よりもむしろ水牛の方かも知れません。
水牛は平地にいますが、象は基本的に森の中です。水稲栽培以前の狩猟時代、象は恐ろしい動物であったでしょうが、伐採した木を引き出すには象に勝る労働力はありませんでした。
しかし、水田耕作に象は不適切で、水田農家にとっては水牛が大変な労働力ともなり、家畜ともなり、人々の友達でもありました。それ故といいますか、それにも関わらずと言いますか、水牛をタイ人は尊敬していないのでしょうか。
水牛が時として「うすのろ」の代名詞のように言われることがあります。決して水牛がうすのろではないと思うのですが、水牛を意味する言葉を人に向って発すると諍いの基にもなります。そんな水牛の勇気と愛情溢れるお噺です。


ハーレムの王者
それは、ムアン・ランカーで生まれたお噺です。通常ムアン・ランカーと言えば、現在のスリランカを表しますが、勿論ここでは全く想像上の町です。
そこに一頭の水牛の王がいました。その体躯は山ほどもあり、両の目はどんな獅子王の目よりも巨大で、しかも獰猛さにおいても獅子に劣りません。その角に至っては、長く固く、鋭く尖り、その先は小山に突き刺して持ち上げることすらできたと言います。
そんな巨大な体躯の力強い水牛が、この地域のすべての水牛を支配していました。数え切れないほどの水牛の群れの支配者ですが、不思議なことにその群れの中にいるのは、雌ばかりで、この水牛の王を除いてただの一頭の雄もいませんでした。
彼は自らの支配地内に他のオスの水牛がいることを許さず、見つけると鋭い角で一突きにして死なせて来ました。
それは例え我が子といえども同じでした。
もしも雌が雄の子供を生むと、直ちにその生まれたばかりの子牛を太い足で踏み潰して死なせていました。そして、彼の凶器は単に水牛の雄に向ったばかりではなく、村に住む人間すらをも幾千人も突き殺し、踏み殺してきました。
豊饒な大地に住む如何なる生き物といえども彼の暴虐を如何ともすることが出来ませんでした。
そんなある日のこと、水牛の王のたくさんいるメス水牛の中の一頭が五度目の妊娠をしました。このメスの水牛は、お腹の中の子供が雄に違いないことをこれまでの経験で知っていました。しかし、水牛の王にとってどのメスが妊娠したかなどいちいち覚えてはいませんでした。
この雌は、これまでに4度の出産で4頭の子供を産み落としてきましたが、そのいずれもが雄であり、出産・育児の母としての喜びを噛み締める暇もなく、生まれたばかりの子供は、目の前で夫である水牛の王に踏み潰され、なす術もなく死なせて来ました。
可愛い我が子を目の前で踏み殺される瞬間を目にするのは、心臓を抉られるよりも辛いものでした。しかし、その辛さを表に表すことはオスの水牛への不満の表れとしてどのような仕打ちを受けるか知れません。雌水牛は悲しみの感情を表すことも出来ず、じっと心の奥深くに激しい憎悪と共に秘めなければなりませんでした。
そして、今五度目の妊娠で、これまで同様雄の子供であることを知った雌は、これまでの四度と同じことが繰り返される、と言うやがてやって来るであろう恐怖の現実を想像すると、恐怖に食事を摂る気力すら失せていました。オスの水牛に対する恐怖は、やがて子供を殺された母の怒りを呼び覚ますと憎悪に変わり、消えることのない復讐の炎に火を燈すことになりました。
これまでの悲劇を繰り返さない為には、復讐心を胸に秘め、密かに群れを離れて深い森を越えて山向こうで子供を生み、育てる以外にはありませんでした。しかし、それはそのまま強大な力を持つオスに対する反逆以外の何者でもありません。もしも見つかれば母子共々生きていることは出来ないでしょう。しかも決断は急を要します。
徐々に膨らんで来るお腹を気にしながらも、まだ雄の水牛には妊娠が気付かれていません。
意を決したメスの水牛は、密かに群れを離れると、はるか彼方の洞窟に身を隠しました。群れから離れてただ一人で生活しながら子供を生み、これまでの4頭のオスの子供以外にも幾千、幾百頭の仲間が殺された恨みを晴らすことを生まれてくるオスの水牛に託していたのです。
孤独な生活の中で半年が過ぎると、立派な子供が生まれでました。そして、生まれてきたのは、予想通りオスでした。
その日以来、母は子供を連れて近くの山に登り、草を捜しては食べ、夕方になれば洞窟に帰って休む何の変化もない単調ながら幸せな日々が5年間に亘って続きました。
子供が5歳になる頃、その体躯は雄々しくなり、母の目には頑強な身体は十分に過酷な戦闘訓練にも耐えうるものと思われました。
これまでの草を求めての連日の山登りもまた思えば訓練の一環だったのです。しかし、これからはこれまでのような無目的の散歩にも似た生ぬるいものではありません。足場の悪い急峻な山道を全力で上り下りすること100回、大きく伸びた角を最も硬い岩で研ぐこと100回、最も幅広い渓谷を飛び越えること100回、過酷とも言えるこうした訓練を連日子供に課しました。
ただ母に命じられるまま疲れをも知らぬ若い身体で連日繰り返される訓練にも、子供は一言の愚痴をもこぼすこともなく、こうした訓練の目的を聞こうともしませんでした。只管に母を信じ、母に命じられるままに重ねられて来た訓練は、9年間の永きに亘って飽きることなく雨の日も風の日も止むことなく繰り返されました。
9年が過ぎる頃、急峻な山肌は、水牛の連日の走破によって削り取られて平になり、固い岩は子供の両の角に突き立てられ、鋭く研ぎだした代わりに削られて粉々になってしまいました。のみならず、連日子供の水牛が飛び越えた渓谷の両岸は、力強い脚に引っかかれた土、石の塊が渓谷を埋め尽くしてしまうまでになりました。
ある日、子供の水牛が母のもとにやってくると、神妙な表情で言いました。
「母さん。私が物心ついた頃より、母さんは、心の中にたくさんのことを仕舞いこんでいることに気付いていました。もしも母さんが誰かに対して果てしない復讐の心を抱いているなら、早く私に言って下さい。私が母さんに代わって恨みを晴らしてあげますから」
9年間の厳しい訓練で自分の力に自信を持った子供は、これまでうすうす感じていた母の胸の苦しみを和らげようと、母の前で身体を屈して訊ねました。
子供の言葉を耳にした母は、永年の目的が適う日が近づいたことを知ると言いようのない喜びに包まれました。しかし、残忍な水牛の王との戦いは一度しかありません。それは生死を賭けたものです。そして、必ず勝利しなければなりません。
9年間の永きに亘った過酷な訓練に耐えた子供は母の目にも雄々しく映りましたが、相手は水牛の王であり、かつて一度として戦いに敗れたことがありません。
目の前にいる子供は、この地に住む全ての水牛のみならず生きとし生ける全ての命あるものにとって、その恨みを晴らし、無念を晴らし、そして将来に亘って悲しみを味わうことがない日々をもたらす為の最後の希望の灯火なのです。安易に自信を与えることも,恐怖心を煽ることも慎まなければなりません。
子供が暴虐の王に勝利する、と言う確実な自信がもてない今、事の真相、胸の内に秘めた復讐心を告げるわけには行きません。
「ねえ、お前は生まれて来たばかりでまだ世の中のことを深くは知りません。どうして、あれこれと考えるのですか。お前が戦闘の訓練をしてくれること。それだけが母さんの望みなの。お母さんの言うことをよく聞いてこれからも訓練に励み、二度と心を乱すようなことを何も考えないでおくれ」
母水牛は子供の成長を喜びながらも、尚心を鬼にして秘めた復讐心を面に出さず、いつもと同じように慈愛溢れる表情で、優しく告げると、子供を立ち上がらせました。
そんな母の気持ちが通じたのでしょうか、その日以来子供の戦闘訓練はこれまで以上に熱の篭もったものとなり、一心不乱に連日訓練に励みました。


(続)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「素晴らしい角を持った水牛」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は「水牛に載って遊ぶタイ農村の子供」です。下記のURLより画像をお借りしました。
      http://www.carabao2524.com/board/images/2009/07/Carabao2524_00004867001.gif

ハト

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閑 話 休 題−57−
小さい頃、故郷の小さな村でもハトを飼う家がありました。単に可愛いからと飼う人もいたのでしょうが、巣から放して元の巣に帰って来るように馴らすのが大変なようでした。
かつての日本にも鷹狩の習慣があり、侍たちの中には、それに習熟した人もいたでしょうし、専業として鷹匠という人もいました。
ここタイにおいても、決してそうしたことがないのではなく、むしろかなり普及しています。タイ南部に行きますと、そこは住民の多くがイスラム教を信じ、民族的にはマレー族の血が混じっているようですが、彼等の好む趣味がこのハトの飼育です。
ハトを入れた精巧に作られた鳥籠を高い柱の先に吊るしてその鳴き声を競わせるのです。それはどうやら南部タイのマレー系の人たちばかりではなさそうです。
チエンマイの民間伝承の中にもそうしたハトを題材としたお噺があります。


ハト
ハトというのは、クックルー・・・クックルーと美しい声で鳴くものです。しかし、そのハトの見た目の美しさとは別に、その糞害は甚だしく、衛生状態も悪く、美観を損ねることにもなります。
南部タイ、もしくはハト愛好家のように、籠に入れて飼育し、糞の世話から、餌の調合まで丁寧に世話するなら兎も角、放し飼いにすると、それは寺院の中を徘徊する野犬が不衛生で危険であることと何ら変わりはありません。
今、チエンマイの町を歩いても不思議なほどハトを飼っている人を見かけません。時々ハトを入れた籠を外に出して日に当てている人がいるようですが、南国の炎熱の下では大変だな、と可哀相になります。
しかし、昔はこの北部タイにもハトを飼う人が決して少なくはなかったようです。
小さなある村にもハトを飼っている人がいたようです。ただ、飼っているだけではなく、かなりの愛着を抱いているようです。
「知ってるかい・・・俺のハトほど美しい声で鳴くハトはいまいよ・・・」
一人の村人がハトを入れた籠を手で支えるようにして持ち歩きながら、たまたまであった親友に自慢して言いました。どうやら、動物を飼っている人は、その動物に肉親と同じような愛情を抱き、他の誰の飼っている動物よりも可愛いと思い、自慢するのが常のようです。
「良い鳴き声とはどんなものだい」
そんな自慢を聞いた友人がやや嫌味を込めて言い返しました。
「そりゃ、決まってるじゃないか・・・クックルー・・・・クックルー・・・と鳴くのさ、でも俺のハトの鳴き声の見事なことっと言ったらないぜ」
彼は、自らハトに代わって鳴いて見せました。
しかし、友人も黙ってはいませんでした。
「でも、儂の飼っているハトのほうがお前のより上手だぞ。なにしろ、クルー・フック・クルー・モン……クルー・フック・クルー・モン……とドラを打ったような鳴き声すら時には発することを知らないのかい・・・」
自慢する相手を間違えたのでしょうか。自慢された人もまたハトを飼っていたのです。そんな彼の前でハト自慢されれば、自分のハトが貶められているように感じたのでしょうか、対抗するように彼はやや胸を張り、更に続けて自慢しました。
「・・・しかも、ただ鳴き声がいいだけではないぞ。囮の鳥として使っても素晴らしいもので幾羽も呼び寄せることが出来るんだ。終最近も囮にして鳥を捕まえてきたぞ。毎回必ず鳥を取って来るよ。儂のハトには適うまい」
どうやら、このラーンナーの地でも南部タイと同じようにハトを飼う人が決して珍しくはなかったのでしょう。
「おい……お前たちハトの自慢をしているのか。どれほど自慢しようとも俺の飼っているハトには適わないぞ」
近くにいるいま一人の友人が自慢話の輪に入りました。
「俺もハトをつれて囮に行ってきたぞ。渓谷の当たりじゃったかな。真鍮の籠にハトを入れてな、山に入ったのじゃよ。それを川岸の木の枝に吊るしたのさ」
そこで一瞬話を止めて二人を見てやおら話を続けました。
「・・・どれほどたくさんの鳥を呼び寄せたと思うかい・・・」
自慢されると、先の二人は益々嫌な気持ちになりました。しかし、この村人は、そんな二人を更に落ち込ませるかのように言いました。
「・・・鷲が飛んできてな、急降下してきて俺のハトが入った籠を攫って行ったまではよかったが、何しろ真鍮の籠だよ、お前たち。鷲は籠の重さに耐えかねてそのまま籠を咥えたまま水の中に落ちて行きよったわい・・・」
二人は顔を見合わせ、鳩の姿を思い描くと、耐えられませんでした。
「・・・それでもよ、ハトの奴は、未だ水の中に沈められても大きな声でチュククー……おうい、こっちだぞ・・・おうい・・・おうい・・・チュッククー……おうい・・・と鳴いておるわい」
それだけ告げると、胸を張って肩で風切るようにその場を離れていきました。
残されたハト自慢の二人の村人は、深い渓谷の中に落ちていく可愛いハトの姿を思い描き、まるで目の前でハトが死ぬかのような悲しみを覚えました。
「おい……お前たち何をそんなに悲しそうな顔をしているんじゃ」
その時やって来たのは、なかなか世間のことをよく知る老人で、村人たちの知らない異郷の話もよく知っていました。
「なあんだ、ハトの話をしていたのか。ならばいい話を教えてやろう」
こうして二人のハト好きの村人に山向こうのカムという名前のこれまた大のハト好きの村人の話をして聞かせました。
そのカムおじさんは、ハトを飼うことがこの上ない喜びであり、唯一つの趣味で生き甲斐ですらあったそうじゃ。これまでも数え切れないほどにたくさんのハトを飼ってきたが、そのどれよりも優れて美しい鳴き声で鳴き、仲間のハトを呼び寄せることにかけて村のどのハトも比べ物にならないほどに優秀な囮だったという。
これまでも森に入って失望したことが一度としてなかった。そんなカム伯父さんじゃったが、ある日、いつものように森に入り、木に止まらせて鳥を呼び寄せている時、うっかり余所見をしている間に鷹が舞い降りてきて可愛がっているハトの頭を千切っていってしまったそうじゃ。
さあ、大変なことになった。生き甲斐でもあり、最も気に入っていたハトの首が千切られると、ハトをそのまま捨てるに忍びず、九官鳥を捕まえてきてその首を代わりに取り付けたのじゃ。まるで象の首を子供につけたシヴァ神のようにな。
そのハトと九官鳥が繋ぎ合わさったハト九官鳥は、実に不思議な声で鳴くことよ。
「クッククー・イアン、クッククー・九官鳥だよ、クッククー・九官鳥だよ……」
何とも不思議な鳴き声ですが、試しに高い木の上に吊るして鳴かせてみると、不思議なことに、大切に育てていたハト以上にたくさんの鳥が寄って来たものじゃ。
気をよくしたカム伯父さんは、ある日森の中に入り竹薮の上にハト九官鳥を入れた籠を置いて鳴かせると、夥しい数の山ハトが集まってくること、集まってくること。しなやかな竹は、寄ってきたハトの重みに耐え切れず、終には竹がしない、折れて川の中に落ちてしまったというな。
それでも尚籠の中のハト九官鳥は、不思議な声で鳴き続けたそうじゃ。
すると、何としたことだろうか、満々とたたえていた川の水が干上がってしまったのじゃよ。まるで巨大な地下壕に吸い込まれるように川の水が瞬く間に地中に吸い込まれていきよったわい。
渓流の流れが絶え、水が尽きると泥鰌や鯰が後に残され、ピチャパチャ跳ねていたそうじゃ。
カム伯父さんは、こうしてハトのみならず、期せずして泥鰌や鯰その他のたくさんの魚さえも手にすることができたのじゃった。
その時、どこからかオオトカゲが飛び出して来たから愕いた。カム伯父さんは、とっさにそのオオトカゲの尻尾を掴むと、その尻尾に干上がった川底で蠢く魚を捕まえては突き刺し、捕まえては突き刺ししていった。疲れ果てると、次には鳥の籠程に大きな亀を捕まえてきて腰を下ろし休んだそうです。
そして、バナナの葉で作ったタバコを口に咥えると「わずか一匹のハト九官鳥のお陰だ」と一人呟いたな。

「如何だな、お前たち、この話を如何考えるかな」
物知りの村人は他村のカム伯父さんの話を終えると、最後にそう問いかけ、答えも聞かずにゆっくりと歩いて行きました。

著者は「何も教えるものも答えるものもない。読者の方々が自ら考えて下さい」と言っていますが、何を如何考えればいいのでしょうか。

(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「ハト」と「鳥好き人間」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、ハトとオオトカゲで、下記URLよりお借りしました。
            http://www.nokkhao.com/smf/index.php?topic=768.0
         http://www.oknation.net/blog/zoozoo/2008/07/04/entry-1/comment

魔物の恩返し

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閑 話 休 題−56−

母親というものは、自らの命を削るようにして胎内で子供の命を育て、苦しみの中で新しい命をこの世に生み出します。それは人も動物も同じです。そして、まだ目も見えない赤子を抱きしめて外気から守り、おっぱいを飲ませて栄養を与え、頼りない命の炎をしっかりとしたものにします。
自らの食事を削ってまでも子供の命を紡ぎ、よりよい明日を与える努力を怠らず、子供の自立後も尚心配し続けるのが母親かも知れません。そして,そうした自らの命を削って子供を生み育て限りない愛情を注いで幸せを望み、願い続ける人こそ母親であるといえるのかも知れません。そして、そんな母親の愛に応えるのが孝行という形の子供の親に対する恩返しでしょう。
しかし、世の中には、自らの務めを捨てて顧みない親がいて、子がいます。夫々に事情があるのでしょうが、悲しいことです。


魔物の恩返し
国王から頂いた箱に母である犬を隠したシーブアトーンは、恐怖の念を持って国王が箱の蓋を明ける瞬間を待ちました。
しかし、蓋を開けた国王が目にしたのは、あの母犬の姿ではなく、巨大な金塊でした。驚嘆する国王の叫びを他所に、シーブアトーンは、忽然と消えた母の姿が気になって仕方ありません。
《キッとあの住処にこっそりを帰ったのだろう》
シーブアトーンは、母が死んだとは思いたくありませんでした。何かの間違いであってほしい、そんな気持ちから国王の許しを得て懐かしの住処である森に帰りました。
「残りの財宝を掘り起こして来たいと思います」
これが彼女の森へ向う口実でした。
彼女は、箱の中の金塊が、母の骸であるとは気付かなかったのです。彼女にとって母以上に価値あるものはこの世に存在しませんでした。そんな彼女の気持ちも知らない国王は、更なる財宝を掘り出してくるものと期待して、仰々しい行列を整え、役人をつけて旅に出しました。
行列を率いて森に帰って来たシーブアトーンは、山の麓に一行を残し、一人懐かしい岩陰に向いました。そこには、まだ母の匂いが残っています。シーブアトーンはその場に転がり、母の匂いを嗅ぐと見えない母を求めて泣き悲しみました。全身に母の匂いをこすり付け、母の足跡を見ては大きな声で呼びかけました。森にこだまする母を呼ぶシーブアトーンの声。
探せど見えず、呼べど応えぬ愛する母の姿を求めて、当てもなく森の奥深く入り込みました。どこまで分け入っても不気味な獣の叫び声が響いてくるだけです。やがて、シーブアトーンは、これまで一度として足を踏み入れたことのない渓谷にやってきました。
しかし、どこまで分け入っても母の姿も匂いもありません。代わって彼女の前に現れたのは、森を徘徊し、渓谷に迷い込んで来る人間を食べて生きる恐ろしい魔物でした。
母の姿を見失い、生きる気力すら失せたシーブアトーンは、この魔物に食べられて死のうと心に決めると魔物に向って自らの身体を投げ出すように進んで行きました。
ところが、その恐ろしい魔物は、向ってくる妙齢の美女を見てもいつもの荒々しさがどこにも見受けられません。ただ、渓谷の岩に腰掛けているだけでした。
実のところ、魔物は膝に腫瘍ができて苦痛の余り食欲はなく、激痛をもたらすこの腫瘍を脚ともども切り捨ててしまいたいほどに苦しみ、苦しみを取り除くこと以外何も考えられない悲惨な状況が続いていました。
恐ろしい渓谷の魔物がじっと腰掛けているだけで一向に襲い掛かってくる素振りが見えません。シーブアトーンは、恐怖を抑えて尚膝を屈して魔物に我が身を捧げようと、下を向いたまま両手で這うようにして近付いて行きました。
魔物の荒々しい息使いが耳に聞こえ、吐き出す魔物の息が感じられます。目の前には毛むくじゃらの魔物の体があります。
思わずシーブアトーンは目を閉じると顔を伏せました。
ところが、シーブアトーンが伏せた所にあったのは魔物の膝で、彼女の額が膿で満ちた大きな腫瘍に当たったのです。激痛をもたらす腫瘍は、シーブアトーンの額によって破られ、夥しい量の膿が流れ出しました。同時に、あれほどまで魔物を苦しめていた激痛が潮が引くように引いていったのです。
シーブアトーンは、消えた母恋しさの余り生きる気力も失い、たまたま出会った渓谷の魔物に食べられて死のうと自ら進み出たのですが、偶然のことに魔物の苦しみの原因である腫瘍を裂いて膿を流し出し、苦痛を取り払ってあげたのです。
この渓谷に住む魔物は、森に入り罪ない生き物を殺し、木々を断ち切る人々をこの渓谷で食い殺し、彼等の財宝を奪い貯めていたのですが、決して罪咎のない者に危害を加えることがなかったようです。
むしろ、こうして自らの苦痛を取り除いてくれたシーブアトーンに対して恩義を感じると、空腹とはいえ噛み付くことなど微塵にも思いませんでした。
流れ出る膿がなくなる頃、全身を襲う苦痛も消え失せていました。
魔物は、大変に喜び、シーブアトーンを自らの住処に案内しました。そこは、シーブアトーンの住処以上に広い岩の隙間でした。その隙間には、ダイヤモンド,尖晶石、宝珠、その他金銀財宝が山と積まれていました。
魔物は、先日商人たちから奪った天秤棒をシーブアトーンの肩にかけ、その両端に、箱、笊を置くと、あるだけの財宝を詰めてお礼の気持ちとしました。そして、自らシーブアトーンを案内して、彼女の住処まで送り届け、そしてかすかに兵たちが見えるところまで送り届けました。
重そうに天秤棒がしない、シーブアトーンが頼りない足取りで森を出てくると、世話役は兵に命じて迎えに走らせました。天秤棒と共に夥しい金銀財宝、宝石の数々を目に兵たちは、歓呼の叫びを上げました。そして、意気揚々と王宮に引き上げてきました。
シーブアトーンは、図らずも金銀財宝を手にしましたが、母を失った悲しみはいえませんでした。しかし、王宮に帰って来たシーブアトーンが、その言葉の通りに残された財宝を掘り起こして帰って来たことを愛で、国王の彼女に対する愛と信は益々深くなりました。
一方、姉のセーティカーウォーイは、夥しい財宝に囲まれた妹の噂を聞くと心穏やかではありませんでした。事の起こりは国王から箱を下賜されたことだと知ると、シーブアトーン以上に大きな箱を国王に強請りました。
そして、同じように森に遊びに行くという許しを得ると、大勢の兵たちに囲まれて生まれ故郷の山裾の森にやってきました。
「シーブアトーンはどこへ行くと言ったのか覚えてるかい」
セーティカーウォーイは供の兵に聞き、生まれ故郷の岩場に一人やってくると、匂いを頼りにシーブアトーンの後を追って森の奥深くに分け入りました。彼女の頭の中には、シーブアトーン以上の財宝を持って帰る自らの姿がしっかりと思い描かれていました。
ただ一人希望に胸膨らませ、微かな笑みすら浮かべて森の奥深く分け入るセーティカーウォーイは、やがてシーブアトーンと同じように密林の中の渓谷にやってきました。
その渓谷には、相変わらず魔物が獲物を待っていましたが、腫瘍が引き起こす激痛ゆえに幾日も一切れの肉すら食べていませんでした。そして、やっとシーブアトーンが破って膿を取り出した治療で痛みが収まり、傷口も癒えて来ると、尚更に空腹を覚えていました。そんな折り目にしたのがセーンティカーウォーイでした。
人の肉に餓えていた魔物は、セーンティカーウォーイの出現に狂喜すると、飛び掛かるようにして彼女を捕まえると、頭からむしゃむしゃと食べてしまいました。
山裾で只管セーティカーウォーイの帰りを待つ世話役初め兵たちは、日が西に傾いても姿を現さない王妃を探して森の中に分け入りました。
初めて彼女を見かけた岩の隙間にやってくると、そこから足跡を頼りに奥に入ると渓谷に出ましたが、同時に襲い掛かってくる魔物に兵たちが狂乱状態に陥り、捉えられて斃れる者夥しく、無傷で王宮に帰り着いた者は一人もいなかったといいます。
そして、そんな兵たちから知らせを聞いた国王は、一瞬悲しみの表情を見せたものの、すぐにセーティカーウォーイの存在を忘れたかのようにシーブアトーンとの幸せな生活に耽りました・・・とさ。

(了)
マユリー アヌカモン著「ラーンナーのお伽話」に収蔵されている「シーブアトーン(SRII BUA THOONG)」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、九種類あるといわれるタイ吉祥菓の一つで「一番菓」とも訳す「カノム・エーク(KHANOM EEK)」と呼ばれる御菓子です。写真は下記URLよりお借りしました。卵の黄身、ココナッツのミルク、砂糖、小麦粉を原料とし、最後に金箔を落します。
       http://www.oknation.net/blog/home/blog_data/675/38675/images/aek.jpg


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