チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

閑話休題

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男と女

閑 話 休 題−103−
 
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世の中男性と女性で成り立っていますが、それはやはり男性と女性で一組となる、というのが自然の摂理だからなのでしょう。どこの世界においても、小さい頃にはどちらも性などを意識しませんから、大人たちも気にもしません。しかし、性を意識し始めると、互いにぎこちなくなるもののようです。
タイでは、夕方日が暮れ、食事を終えると、若い女性は、母屋を出て忍び寄る他村の若者との話を楽しみますが、決して肌を触れ合うことはなく、手を握ることなどもっての他です。冗談でも男性が女性の身体に触れようものなら大騒ぎです。部屋の中から父親が飛び出してきて、若者は罵倒されるのみならず、打ち据えられ、娘を傷物にしたと如何なる仕打ちを受けるか知れません。
美人の誉れが広まったり、話し上手が広まると、女性のもとには連日のように男性が忍び寄ります。そんな中から女性は一人だけ選びますが,かといってすぐに両親に紹介などしません。それほど『ふしだら』ではなかったのです。気が合う相手を見つけると、村のお祭りを待ってその祭りの中でそれとなく手を触れたりしながら互いにより深く知り合います。昔のことですから、親に内緒で映画に行ったりなどできません。村のお祭りが唯一の場でした。
しかし、そこは男と女です。結婚するとそうした堅苦しい雰囲気も溶けてくるのですが、昔の人は、面白い話をそんな新婚夫婦を題材に作っています。
本来どれほどに長いものであるのか分かりませんが、今残されているのは非常に短い、日本の落語的に言えば、小話のようなもので、小話より短いかもしれません。
それでもそれらを繋げると面白い話になります。
 
男と女
新婚の夫婦を称して、タイでは『新しいご飯と脂ぎった魚』といいます。どちらがご飯でどちらが魚かは分かりませんが、新米の炊き上げたばかりの湯気立つご飯かとも思いますが、もしもそれがもち米であれば、ぴったりとくっついて、いわゆるタイ米のパサパサ感がありませんから、何となく新婚夫婦に似ているともいえます。又、脂の乗った魚を焼きボタボタ滴る脂を見ると、いかにも美味しそうです。
そんな新婚の夫婦がいました。
結婚したばかりです。二人の間に幸せそうな笑顔以外浮かびません。言葉よりも見詰め合っては微笑み、気配を感じては恥ずかしがる初心な新婚さんです。
 
朝起きて来ての食事の席ですが、いつもは一緒に賑やかに同席している筈の両親も、新婚さんに遠慮してその場にはいません。新婚夫婦二人だけの甘い朝食の席はどこかそこだけ甘い蜜の味がするようで、朝の光以上に輝いてさえ見えます。
男は、新妻が蒸しあげたばかりの温かいもち米を右手で掴み、指先で丸めながらチラッと新妻を見ればニコッとします。そんな夫の視線を感じて新妻は頬を染めます。頬を赤く染めながらも新妻もチラチラと夫を見てはクスッと笑うばかり。一言も言葉を交わさない二人ですが、そこには何萬語の言葉より多くのものが互いの心を繋いでいるようでした。いつまでたっても新婚夫婦の朝食は終わりません。
それでも何とか食事を終えた夫をまだチラチラ見てはクスクスと一人笑みを浮かべる新妻に、思わず聞いてしまいました。
「どうしたんだい。さっきから手が動いていないが・・・」
夫はそれでも嬉しそうです。
「だって・・・フフフ・・・」
「だって・・・なんだい・・・」
何を想像しているのか、男も満面の笑みを湛え、幸せ一杯です。
「だって・・・あんたの小さいんだもの・・・」
「・・・・」
夫がどう言い返したのかお話は伝えていませんが、どう解説すればいいのでしょうか・・・
初心に見える新婚さんですが、そこは女房の家とはいえ、新婚の夫も男、年頃になった女房の妹を見るとやはり気になります。しかも手を伸ばせば届く所にいるのです。同じ家に住む義妹は、新妻以上に新鮮に見えました。
夜になると、まだ電気などない時代、日が暮れて夜の闇が降りると、ランプの明かりだけが頼りです。それも食事が終わり、世間話が終わるとテレビもラジオもない時代、することとてありませんから、それぞれが床に就きます。しばらくして、ランプの明かりも消え、物音が消え、はるか遠くで犬の吼える声だけがします。
今のように密閉したアルミサッシの窓などありません、木の窓はたいていは大きく開けられたまま、鉄格子が嵌められて外からの泥棒の侵入を防いでいますが、家の中は自由に動けるようです。窓から差し込む淡い月の光を頼りにその家の次女の寝室に忍び込んだ黒い影が一つ。闇に解けて少女の眠る蚊屋に近づいていきます。
それからしばらくして、少女は、異様な気配に目を冷ましました、なんと自分の蚊屋の中に月明かりを浴びて姉の夫がいるのです。
「義兄さん・・・どうしてここにいるの」
しかし、少女の声は両親、姉に聞かれることを憚って微かなものでした。
「えっ・・・どこだ・・・ここは・・・」
驚いて問い詰める少女に、婿殿は驚く素振りも見せません。
「あたしの部屋よ、義兄さんの部屋は隣でしょ。・・・」
「どうしたっていうんだ・・・寝ぼけて来てしまったのか・・・」
「寝ぼけて・・・義兄さん・・・タバコ吸ってるのに・・・」
義兄は、ニヤつきながら、返事もせず無言で蚊屋を出て行きました。
しかし、このことは翌日の朝になっても誰にも知られませんでした。
女房の妹の部屋に入った後も何事もなかった日々が続き、相変わらず、新婚さんの甘いいちゃつきの日々は変わりません。
 
そんなある日のこと。
当時の人たちは、田仕事、畑仕事などのうち、力仕事は基本的に男性ですが、それ以外は男性というものは昼間からお酒を飲んでいたり、博打をしたり、適当に遊ぶようです。そんな男たちを女性は「しょうがないね、うちの宿六は・・・」などと愚痴をこぼすことなく、温かく見守り、どこまでも男性を立てます。
「何してるんだい・・・」
外から帰ってきた婿殿が、女房に言いました。
「機を織ってるのよ・・・あんたのパー・カ・マーをもう一枚と思って・・・」
ある人に言わせると、タイの民族衣装とは、男性はこのパー・カ・マー一枚である、といったそうですが、日本の手ぬぐい様のものですが、大きさはバスタオルよりも長い布地で、時には鉢巻に、時には腰に巻き、時にはバスタオルに、時には毛布に、時には布団にすらなる万能布です。昔は、そんな布を織るのもまた女性の仕事でした。男性の為に布を織るとき、女性は幸せを感じたそうです。
「ふうん・・・で、ちょっと金くれないか・・・」
そんな布より闘鶏に賭けるお金のほうが大切なようです。
「又闘鶏なの・・・」
女房が腰に挟んだ財布から幾枚かのコインを出します。闘鶏で勝ったためし等ありませんが、女房はこうしていつも金を出して断ったことがありません。
それから数日後、この日も、いつものように昼過ぎに婿殿が帰ってきました。
部屋の中からいつものようにカタカタと機を織る音が聞こえてきます。今日は闘鶏の賭場が開かれていません。遊び仲間も夫々家に帰りました。婿殿は、することがなく地面の餌をつつく鶏を見ていましたが、何を思ったのか、ニコッとすると、足音を忍ばせて階段を上がり、機織の部屋に近づきました。
木切れを打ち付けた部屋の壁には節穴が一つ開いています。やおら腰に巻いたパー・カ・マーをめくり、股間の一物を取り出すと、節穴にそっと差し入れました。
コンコン・・・
婿殿が女房の注意を引こうと薄い板壁を叩きました。
ところが、いつもそこで機を織っている筈の女房は、その時台所に出て不在でした。女房に代わって機を織っていたのは、女房の母親だったのです。
節穴から出ているものを見た義母は、
《うちの婿か・・・馬鹿にしをって・・・》
怒りを覚えると、近くにあったカマを手に掴み、エイッとばかり振り下ろしました。
夕方還ってきたその家の旦那が、床に落ちた肉片を見つけ、青白い顔で食卓に座る婿に聞きました。
「どこで鹿の肉を手に入れたんだい」
「なら、爺さんからも一切れ取ってやろうかいのお」
まだ怒り収まらない婆さんが沈黙の婿に代わって言いました。すると笑顔の爺さんが真顔になって言うには、
「婆さん・・・口が過ぎるぞ。わしの刀をその減らず口に食わしてやろうか」
 
この家族どうなりますことやら・・・他人の家の事です、これ以上の詮索は止めにして・・・
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「新しいご飯と脂ぎった魚」「女房の母と婿」「姉婿と女房の妹」の三話より題材をお借りしました。
画像は、『カーウ・マン・カイ(KHAAW MAN KAI)』で、夫々に秘伝があるようです。何となく、ジョウジさんの記事(http://blogs.yahoo.co.jp/totoya32/27323091.html
に触発されて画像を探してみました。
動画は、大変好きなチエンマイの歌手で、スントリーという人です。
「ピン川下り」とでも訳す「ローン・メー・ピン(LOONG MAE PING)」です。
 
 

欲張りの果て

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KHANOM THIAN
 
閑 話 休 題−102−
 
昔の人の言うことに『出すことは舌をも出さぬ、くれることは火をもくれぬ、取ることなら石地蔵の胸倉でも取る』という諺があります。舌さえ出すことを嫌い、竈の火を貸すことなどとんでもないが、取れるならば動かぬ石地蔵の胸倉さえ掴もうと言うのです。とんでもない強欲ですが、昔話には出てきそうです。
ここまで酷くないとしても、自分のタバコを吸うより貰いタバコ、割り勘は嫌ってただ酒を好み、義理欠きながらもせっせと貯金に励む人は今もいそうです。さしたる用件もなく意図的に夕食時を狙って友人宅を訪れますが、決して友人を自宅の夕食には招待しません。欲張りというか、ケチというか、どこの國にもいるものです。しかし、そうした吝嗇家と節約家は違うと思うのですが、ご本人は吝嗇ではなく節約と思っているのかも知れませんね。そうした世間の常識と外れた感覚を持つと、世間というのは冷たいもので、すぐ話の種にしてしまいます。
まして、そうした吝嗇家、欲張りが僧侶であればどうなるでしょうか。タイは敬虔な仏教徒の国ですから、僧侶は欲望とは別の世界にいて心広く慈悲深い存在である・・・筈だと思っています。でもそこまで行くには厳しい修行を重ねなければなりませんが、多くはそこまで行かないもので、村人たちの話しの種になります。
 
欲張りの果て
タイには至る所に仏教寺院があります。そして、小さい小僧さんから年老いた老師まで実にたくさんの僧侶が修行に励んでいます。お寺には台所がありませんから、僧侶は自炊などできません。日々の糧は信者からのお布施に頼るしかないのですが、敷地は十分にありますから、たくさんの木を植えたりします。好んで植えられるのがマンゴウであり、菩提樹です。
しかし、お話の中で揶揄されるお寺というのは、それだけではないようです。この田舎の小さなお寺の境内には、まるで菜園のような一角があり、種々の野菜が植えられています。和尚さんは、在家の時代には牛肉のたたきが好きだったようで、酒の肴にして夜な夜な酒宴を張っていたのでしょう。そこには、唐辛子があり、ハッカがあり、キュウリ、茄子、トマトまであります。どれも肉の叩きと一緒に食べるにはもってこいです。
そして、村人は誰もこの和尚さんが好きな料理を知っています。タイの僧侶は菜食ではありません。ですから、托鉢に出ると、実にさまざまな料理が集まります。
「和尚・・・」
「なんじゃ」
「ちょっとそこのキュウリとハッカを少し頂けませんか」
村のカムがやってきて和尚さんに境内の菜園の中のキュウリとハッカを所望しました。
「いいが・・・何故じゃ」
和尚さんにとっては、せっかく育てている大切なキュウリとハッカです。幼馴染の村人とはいえ、もって行かれるのは辛いものです。
「明日の朝ですがね、食事を差し上げたいと思いましてね・・・呼びに来ますので待っていて下さいよ」
「そんなことか。なら遠慮なく好きなだけもって行くがいいぞ」
和尚さんは、それを聞くと、明朝のご馳走に早くも涎が出そうです。嬉しさが顔に出ると、ニコニコ笑顔の大サービスです。
「それじゃ、これで」
手に菜園のキュウリ数本とハッカを手にお寺を出て行くカムを見送り、庫裏に引き返しました。
夕方、まだ日が暮れる前に、今一人の村人ケーウが庫裏にやって来ました。
顔見知りとはいえ、そこは僧と俗人です。ケーウは礼儀に従って三拝して和尚さんの前に腰を下ろします。
「実は・・・」
「・・・」
「牛肉のたたきを作るんですがね、それに入れる野菜とキュウリが少々不足してまして、お寺の端にある和尚さんのものを頂いていいでしょうか」
「いいが」
内心では、《それを俺にも少しもってこいよ》と思いながらも、それは表情には出さず、わざと億劫そうに許可を与えました。
「ありがとうございます。それじゃ。ところで・・・」
それからしばらく村の中での出来事を話した後、ケーウは再び三拝して庫裏を出ようとしましたが、草履を履くと振り返って和尚さんに言いました。
「あ、そうだ、言い忘れるところだった・・・明日の朝ですがね、牛肉のたたきを作りますので、朝食は任せてくださいよ。時間になれば呼びに来ますから」
そう言って出て行きました。
《しめしめ、これで明日は美味しい料理二品が頂けるわい。これも菜園を作っておいた功徳か》
和尚さんは、料理に思いを巡らせると嬉しくてなりません。
この日の勤行は、いつにも増して時間の経つのが遅く感じられます。
「和尚さん、何か嬉しいことでもあったのですか」
寺の小僧たちはニコニコ顔の和尚さんに聞いてきますが、「何にもない」と素っ気ない返事。
そして、夜が明けるより早く、朝の勤行が始まると、気もそぞろに幾度か読経の声が詰まります。
一通りの朝のお勤めを終える頃、村人たちが朝食を持ってやって来ました。
僧たちは、それでもしばらく自分たちの庫裏から出てきません。世話役が、僧侶の数だけの食膳を整え、数を数えると、呼びに行きます。庫裏からそろそろと布施所に向かって黄色い衣の集団が列を作ります。
「和尚さん、朝の食事をお持ちしました」
件の僧の目の前にも大きなカントークと呼ばれる膳に配された幾品もの食事が運ばれてきました。
「おう、すまんな」
食事を一瞥した和尚さんは、一言告げると、世話の小僧を呼びました。
「わしはいいから、お前たちが先に食べなさい」
お坊さんは、目の前の料理より、カムとケーウの料理を心待ちにしていました。
やがて、幾人もの小僧たちが食事のあらかたを平らげる頃、カムとケーウがやってきました。
「和尚・・・お迎えに上がりました」
ケーウが和尚さんを案内して布施所を出ようとすると、カムがやって来ました。
「ケーウ・・・どこにお連れするんじゃ。和尚さんはわしの家に来ることになっとるぞ」
「カム・・・お前こそ何も知らんくせに偉そうに言うな。わしは昨日和尚さんをお招きすると約束したんじゃ」
カムもケーウも互いに譲りません。
和尚さんに食事を差し上げることは大変な功徳だと信じられているタイ人にとって、折角の食事を召し上がって頂けないことは大変な悲しみです。
言い争いは尽きず、終に和尚さんの腕を左右から掴んで互いに引っ張り出しました。
小僧たちは、そんな大人の様子を見ながらきれいに食事を平らげると、食後のお経を上げ、食器を持って外に出て洗い出しました。
「俺のほうが先に話をつけている」
「俺は和尚さんの好物の牛肉のたたきじゃ」
互いに譲りません。両腕を左右に引っ張られる痛みにも増して空腹に和尚さんが終に声を荒げました。
「もう良い。二人とも。わしはどちらの料理も食わん」
腕を振り払うと、怒りの表情を表していざ食事を・・・と見てもそこには何一つありませんし、小僧一人いません。
和尚さんは、腹立ち紛れに大きな声で小僧を呼びつけると、食事を持って来るように言いました。
「・・・」
「どうした。食事じゃ、村人が先ほどたくさん持ってきたじゃろうが」
「全部食べてしまいました」
「ぜんぶ・・・?」
「はい・・・もうお皿も鉢も洗いました」
食事を蓄えることが許されないタイのお寺では、食事が残ることはありません。終わった時点で、残ったものは貧しい人に分けられるか、境内の犬などに施されます。
しかし、和尚さんは・・・・・振り返ると、カムもケーウも既に庫裏を出て、それでもなお言い争いながら歩いています。
一日一食のこの寺院では、明日の朝まで空腹に耐えなければなりません。
グ〜〜むなしく和尚さんの腹の虫が泣きました。
 
このお話は、「貪欲……幸運はえてして消え去るものであるโลภนัก...ลาภมักหาย」と言うことを教えているそうです。
 
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「けちん坊の和尚さん」より題材をお借りしました。
 
冒頭の画像は『カノム・ティアン(KHANOM THIAN)』といいますが、しいて訳せば『蝋燭菓子』となりますが、あまり意味はないです。もち米の粉に砂糖椰子から作った砂糖を混ぜて皮とします。そして、それを好みの餡を中に詰めて包み、バナナの葉で三角錐に包んで形を整えて蒸し上げます。
 
 
 
これは、過日ご紹介した動画に出ていた同じ少女ですが、今回は『剣の舞』です。
 

蟇蛙と虎

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「チエンマイの納豆」
画像参照:ラーンナーの郷土料理
閑 話 休 題−101−
 
人生山あり谷あり、喜びもあれば悲しみもあります。
人は誰も一人で生きることは出来ず、否応なしに社会の中で生きていきます。生きているうち乳幼児期には両親の腕の中、長じると自分で考えるようになり、両親の意見を参考にします。そして成人の暁には、自ら判断して物事を決します。我々は、生涯のうち幾度判断を求められるでしょうか。数限りない判断の中でも、時には人生を決するほどの重大な選択を求められる時もあります。
人生はやり直しが効くとも効かないとも言われますが、いずれにしても時間を後戻りすることは出来ません。やり直しは、現在を捨てて別の道を選ぶわけですが、そうした転換による無駄を省く為にはこれまでのことを分析して同じ過ちを繰り返さないことが大切でしょうか。
しかし、時には、判断するに際し、決心がつかず、清水の舞台から飛び降りる覚悟で選択する場合もありましょうし、あえて危険を承知で茨の道を進む人もいるでしょう。危険を覚悟の決断も無謀となってはいけないでしょう。
 
蟇蛙と虎
タイ続も大変動物が好きなようです。これまでの物語の中にハト、ウサギ、豚、水牛、犬も出てきました。そして、タイ族は水と深い関係があるのか、竜のお話もかつてありましたし、先日は貝まで言葉を話しました。そんな動物を題材としながら、ライオンを取り上げたものはいまだ目にしませんが、虎を登場させる話がいくつか残っています。ライオンがいないこの地では、虎が百獣の王となるのでしょう。無限に広がる森の中で、無数の生き物が先祖代々代わらぬ生活を営んでいます。
そこにはまだ人間などが入り込む余地はないようです。まさに動物の世界です。森閑とした森の中で時にキーッキーッと甲高い声で静寂を破るのはサルの叫びでしょうか。時には、遠くで象の吼える声が響きます。木々の間を駆けるのは鹿でしょうか。沼地に出ると、そこには犀もいたでしょう。
そんな深い森から一頭の巨大な虎がノシノシと出てきました。
《今日も暑いのお》
かんかんと照り付ける太陽の光が緑の草原を照らしています。ウサギはピョンピョン飛び跳ねて虎から離れて行きます。巨大なニシキヘビさえ、虎を察して身を潜めます。昨日鹿を御馳走にした虎は、まだ空腹感を覚えません。その鹿の群れが、やや離れて虎と同じ方向に向かっていきます。
彼らの向かう先には赤茶けた色ながら、満々と水を湛えた川が流れています。
一日の疲れを癒すのか、喉の渇きを癒すのか。誰もが川に向かっているようです。はるか彼方に巨大な象の背が見えます。象も川に水浴びに来ているようです。ここでは無用の殺生はありません。誰もが生きるために先祖代々の食べ物を食し、先祖代々の変わらぬ生活を守っています。この虎もまた、母と同じ一日を過ごしています。その母と離れ、ひとり立ちしてもう数年が経過します。
《象も、何を好んで水の中になんぞに入るのかいのお》
トラにとっては、大きな体の象が川に入り、ごろりと寝そべっているのは、あまりにも怠惰に見えたのでしょう。
そんなトラの足元をピョコンピョコンと何か小さなものが動いたような気がしました。
一瞬ギョッとした虎ですが、蛇さえ避けて通る道です。
「誰じゃ」
呼びかけましたが、足元は静まったままです。
また一歩足を踏み出すと、やはり何かが動いています。虎がじっと草の動きを追っていると、小さな蟇蛙でした。
片足で軽くと踏み付けるだけでペシャンコになってしまう、虎にとっては面白くも何ともない生き物で、勿論こんな小さなものを食べることなど考えたこともありません。
「誰かと思ったら蟇蛙じゃないか」
影の中で蠢くような蟇蛙に嘲るように虎が声をかけました。
「暑いですね。虎さん」
蟇蛙も、虎の機嫌を損ねて踏み付けられては堪りませんから、挨拶を返しました。
中天に差し掛かった太陽に照り付けられ、暑い中、虎も暇つぶしに話しました。
「この暑い時に、お前は良いな、草の陰に隠れて暑さも感じないじゃろ」
「何の、これでけっこう暑いものですよ。何しろ、こうして飛び跳ねるとやはり背中を焼かれますからね」
「そうか。でも俺などは一日中焼かれても何ともないぞ」
蟇蛙にそう言われると虎は自分を大きく見せるために疲れを隠して言いました。
「まあ、虎さんはこの森一番ですから、何があっても大丈夫でしょう」
「勿論じゃ。ところで蟇蛙よ。お前ピョコンピョコンとどこへ行くつもりじゃ」
「ええ、ちょっとそこまで・・・」
蟇蛙が指差す方向は草に隠れて見えませんが、どこまでも続く草原の向こうの川まではまだ蟇蛙では苦しい旅です。虎は、そんな蟇蛙をさらにからかう様に、言いました。
「偉いなあ。でも同じところでピョコンピョコン刎ねてばかりで一歩も前に進まないじゃないか。それで行き着けるのか。まあ、俺が向こうの川で水を飲んでゆっくり帰ってきてもお前はまだこの場所でピョコンピョコン無駄な跳躍をしているのだろうな」
さすがの蟇蛙にも自尊心があります。ここまで愚弄されては蛙一族に合わせる顔がありません。悔しさを怒りに変え、それをさらに闘争心に変えて虎に挑戦しました。
「虎さん。それほどまでにおっしゃるならば、わたしと駆けっこして見ますか。こう見えても蛙の運動会では一番になりましたから、その名誉に賭けて虎さんには負けません」
「馬鹿か、お前は。同じ四足でもお前は俺の足跡にすっぽり入る位の大きさしかあるまい。そんな俺に勝てるというのか。まして、俺は森の王者だぞ」
「それはやってみなければわかりません」
「良かろう、そこまで恥をかきたいなら受けてやるぞ、いつだ、どこでだ。好きな時間と場所を言え」
「明日、この時間に、この場所で、目標は、川岸に立つ一本の榕樹です。いいですか」
「よかろう」
虎は薄ら笑いを浮かべて言うと、ノッシノッシと川に向かい、その後姿を見ながら蟇蛙がピョコンピョコンと飛び跳ねています。
その日蟇蛙は、どう考えてもいい案が浮かばないまま夜を迎え、朝が来て約束の時間が来ました。
「逃げなかったとは関心じゃ」
近くの木陰で寝そべっていた虎は、草むらの動きの中に蟇蛙を見つけると、物憂そうに起き上がり呟きました。
「逃げる理由がありませんから」
虎と蟇蛙が所定の位置につくと、どこで虎と蟇蛙の駆けっこの話を聞きつけたのか、山鳩がどこからか降りてきて数メートル先に止まりました。
「良いね、お二人さん。わたしが飛び立ったらスタートですよ」
一呼吸おいて山鳩が静寂を破ってばたばたと大きな羽音を立てて真っ直ぐ上に飛び立ちました。瞬間、虎が勢いよく駆け出しました。虎の尻尾が勢いよく上下に触れます。それはまるで蟇蛙に『ほれ、ここに摑まれ』とでも言っているかのようでした。
渾身の力を振り絞って飛び跳ね、目一杯前に伸ばした蟇蛙の両手が虎の尻尾をしっかりと掴みました。それは、まさに死の恐怖でした。激しく揺れる身体、すでに大地はなく、虎の動きにあわせて蟇蛙の身体が宙に舞います。
蟇蛙は、振り落とされてなるものかと必死で虎の尻尾を掴んで放さず、しっかりと川岸の目標地点を見据えました。それは恐ろしい勢いで近寄ってきます。
目の前にそれが迫った時、ぶつかる瞬間、蟇蛙は全身の筋肉を使って虎の尻尾から飛び出すと、虎の頭を跳び越えて一瞬早く木に飛び移りました。
「勝った・・・虎さんに勝ったぞ・・・」
蟇蛙の勝利の叫びが響くと、川に水を飲みに来ていた動物たちが一斉に振り返りました。
それは百獣の王を自認する虎には耐えがたい屈辱でした。動物たちの視線を避けるように川に背を向けて森に走りこんだ虎は、その後、蟇蛙の声を聞く度に屈辱の瞬間を思い出し姿を隠したといいます。
 
だから森の中に入る時、もしも虎を恐れるならば、蟇蛙を供にすると良い、そうすれば虎が近寄らないだろう。昔の人が言ったとか????
 
作者は、「真偽は兎も角……危険を冒さない方が良いเท็จจริงอย่างไร...อย่าเสี่ยงดีกว่า」ということを教えているそうです。
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「蟇蛙と虎」より題材をお借りしました。
 
冒頭の画像、これがチエンマイの『納豆』です。大豆を煮詰めた後3日ほど衝けるそうです。わずかに醗酵してくると搗き潰します。その後葉で包み弱火にかけてもよし、蒸してもいいそうです。このまま副食ともなります。動画は、その製作過程です。
 
 
ฟ้อนวิถีคนเมือง.wmvチエンマイ人の生き方
動画は、市内プリンス・ローヤル・カレッジの17歳の少女の舞踊で、チエンマイの昔の人々の生活を踊りに表したもので、大変優雅な身のこなしですね。しばしご堪能下さい。
 
訂正:
本文冒頭の下記文章に対して近野様より誤りのご指摘を受けましたので、訂正させていただきます。
 
タイ続も大変動物が好きなようです。
 
の「タイ続」は「タイ族」の誤りです、ここにお詫びして訂正します。
 
ご指摘を頂きました、近野様、ありがとうございました。

泣き笑い

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タイ風巻きすしーカーウ・バーイ・プラーツー(KHAAW BAAY PLAA THUU
 
閑 話 休 題−100−
小さい頃、「ながら族」という言葉がありました。テレビを見ながら食事をし、ラジオを聴きながら深夜の受験勉強。そうした言葉があったのは、当時の日本では食事をしながら話をすることを避けていた余韻が残っていたが為に、若者のそうした風潮に大人たちが違和感を感じたのかもしれません。
特に食事中の会話は礼を失するとしてきつく戒められたのも今は昔のことでしょうか。しかし、これも一度宴席ともなれば賑やかなもので、食事中に席を立ち、別の人の席の前に腰を下ろして話し出す人もいれば、タバコをくゆらす人もいました。そうしたTPOを弁えながら生活に規律と変化を持たせていたのかもしれません。
とはいえ、人は誰も一つの身体しか有しません。一つの身体を有するにも拘らず、同時に二つのことをさせようとすると、それを如何にこなすか興味深々ですが、同時に出来ない状況を笑いの種にすることもまた可能かもしれません。
もしも、そんな無理難題を吹きかけて罪科のない村人を笑いものにしようとする領主がいたらどうなるでしょうか。
 
泣き笑い
庶民というのは、案外にたくましいもので、苦しみの中にも喜びを見出し、悲しみの中にも笑いを作り、自らの力の及ばないものには巧みに調和させます。一方、権力を傘に着るものは幸せの中にいてもなお、更に自らの権力を誇り、認めさせようとするものです。
アイ・スックとアイ・シー兄弟の住む町にもそんな王様がいました。
自分が一番偉い、自分以上に賢明な人間はいない、それが彼の自慢でした。しかし、そんな自慢の鼻をへし折ったのが、村で有名なアイ・シー、アイ・スック兄弟です。「わしを騙して見事この玉座より立たせてみよ」王様が喧嘩を吹きかけましたが、見事に敗れてしまいました。
王様としては、役人たちの面前で誇りを傷付けられた悔しさは時間が過ぎても癒えることはありません。
《いかにして奴の鼻っ柱をへし折ってやろうか》
こればかりを考えていました。
そこで思い付いたのが、不可能な筈の相反する二つのことを同時にさせることでした。
「アイ・シーよ。お前は人を笑わせることが出来るか」
ある日、館にアイ・シーを呼びつけて言いました。その顔には自らの計略の成功を信じて疑わない笑顔が浮かんでいました。
「はい、出来ます」
「そうであろう・・・」
アイ・シーの返事を聞いた王様はますます喜んで言いました。
「聡明と評判のお前が、人を騙して笑わせることが出来ない筈があるまい。しかも、同時に泣かせることさえ出来るであろう。違うか」
アイ・シーは、奥歯に物の挟まったような王様の言葉使いに警戒しながらも答えました。
「はい、できます」
「出来る・・・そういうか。お前は。でもそれは庶民相手だからじゃな。わしのように頭脳明晰で、物事の是非、善悪を瞬時に判断できる聡明な人物を泣かせ、かつ同時に笑わせることは出来まい」
「恐れながら申し上げます。王様が如何に位高いとはいえ、同じ人間であります。泣くこともあれば、笑うこともありましょう。ならば、なぜその二つを同時になさないことがありましょうか」
王様は、アイ・シーが罠にかかったことを喜び、早速たも網を用意して掬い上げようとしました。
「よくぞ申した。それでこそ、賢いと評判のアイ・シーじゃ。ならば、三日以内にこのわしを泣かせ、かつ笑わせてみよ。もしも出来ないならばお前はわしの厩舎の掃除をしなければならん、わかったな」
王様の命を受けたアイ・シーは、顔色一つ帰ることなく家に帰って来ると、アイ・スックと手分けして森から枯れ枝を拾ってきて、縁台に腰を下ろし、黙々と削りだしました。その日、二人は拾ってきた枝の先を豚の足の形に彫刻しました。
翌朝、まだ暗いうちに起き出した二人は、昨晩彫り上げた豚の足型に彫り上げた木の枝を両手に持ち、裏山に駆け上がると、そこから王様の果樹園に向かって豚の足跡をつけていきました。無数の豚の足跡が果樹園の中を十分に駆け回ると、ついで、果樹園から裏山に向かって帰って行きました。
木の枝を森の中に捨てたアイ・シーは、朝食を済ませると直ちに王様の館に駆け込み、大きな声で叫びました。
「大変でございます。王様の果樹園が・・・」
アイ・シーの真剣で大きな声に館中がざわめくと、王様が威厳を示すように出てきました。
「何事じゃ。アイ・シー」
「大変でございます。王様の果樹園が、猪に荒らされてございます。たまたま私とアイ・スックが見つけて何とか追い払いましたが、マンゴウの木が散々です。アイ・シーの言葉を聴くと、もともと狩猟をこよなく愛する王様は、「猪」という声に果樹園の被害以上に狩猟欲を呼び覚まさせ、直ちに役人たちに猪狩りの準備を命じました。
王様の一言で館の中には慌しい人の流れが置き、従者が庭先に走り出ました。
「猪は裏山に逃げたのじゃな」
「はい、今アイ・スツクが追ってございます」
王様は、準備が整うと直ちに館を出て行きました。果樹園には、確かに無数の獣の足跡があり、それが豚のものであることがすぐ知らされました。そこに残された果樹園を出る足跡を追って、駆けていくと、深い森の中に分け入りました。それを見たアイ・シーは、一瞬笑みを浮かべると、次の瞬間には、今にも泣き出さんばかりに悲しみの表情を浮かべて、館に駆け戻りました。
館では、屈強の男たちは一人としていません。一人残らず王様のお供をして猪狩りに出ています。
「どうした、アイ・シー」
一人の老僕が血相を変えて駆け込んできたアイ・シーを呼び止めました。
「お后様を・・・王様が大変なことになりました・・・」
息を荒げるアイ・シーの叫びに館の奥から美貌のお后が二人の王女、多数の侍女を伴って現れました。
「何事じゃ、騒々しい」
「アイ・シー奴が・・・」
老僕が指差す先で、アイ・シーが平伏していました。
「お前は、アイ・シーではないか。先ほど王様を裏山にご案内したのではないか」
お后様は、先ほど館の男たちが騒々しく猪狩りに出て行く様子を見ていました。それというのも、このアイ・シーが王様に進言した言葉によるものです。しかし、今そのアイ・シーが一人帰って来て後ろに王様はおろか従者一人も付き従っていないことに不審な思いを抱きました。
「で・・・狩りのほうはどうした」
胸騒ぎを覚えながらお后様が真剣な表情で聞きました。
「それが・・・それが・・・大変なことになりました」
最後にはアイ・シーの声が泣き声に変わりました。
「どうしたというのじゃ、はっきりと申せ」
いよいよお后様は不安になりました。まさか・・・一瞬不吉な出来事が脳裏を掠めましたが、これまで狩に出て手ぶらで帰ってきたことのない我が王様です。アイ・シーの態度が解せません。
「それが・・・深い森の中で猪を追っているうちに、手傷を負った巨大な猪が逆襲して来て王様に飛び掛りました」
お后も二人の王女も侍女たちもその場の誰もが息をのみ、アイ・シーの次の言葉を待ちました。それは聞きたくないことでしたが、その場を離れることも耳を塞ぐことでも出来ませんでした。
「・・・すぐに兵が猪を取り押さえようとしましたが、到底叶わず、王様は、猪に首を噛み付かれて・・・・ワアア・・・」
終に泣き出すと、それを合図にお后様はじめ、王女、侍女、そして館の誰もが一人残らず泣き出しました。
「お后様・・・」
お后にすがるように王女侍女たちの泣き声が館に響き渡りました。館に広がる泣き声を聞くと、アイ・シーは、全力で森に帰りました。
「大変でございます・・・」
王様の前に進み出たアイ・シーは、館ではお后様が誤って階上から落下して亡くなられた、という偽の知らせをもたらしました。
「何、后が・・・」
一瞬絶句した王様ですが、話がアイ・シーからでは、眉唾物です。《騙されてなるものか》王様は心の中で冷笑すると、確認の為に傍に仕える役人を様子見に館に引き返させました。
役人は、館の中に入るまでもなく、館の女性たちの泣き声は外にまで響いていました。
『お后様』
お后の周りに集まって泣き叫ぶ女官たちの声をはっきりと耳にした役人は、お后の死が事実だと思わざるを得ませんでした。
「申し上げます」
森の中に帰ってきた役人は、館の中の騒ぎ、「お后様」と泣き叫ぶ女官たちの声を聞いてきたまま報告しました。報告を受けると、王様は一言も告げず、馬に飛び乗り、一目散に描け戻りました。役人がその後に続き、兵たちが素足で駆けて続きます。
館の外に来ると、女官たちの鳴き声が聞こえます。最愛の后の死亡を疑わず、王様は馬上で泣き崩れました。落馬しそうになる王様を駆けつけた役人が辛うじて抱えて下ろし、そのまま両脇を抱えるようにして館に入りました。
その瞬間、館に満ちた泣き声が消え、沈黙が支配しました。じっと見詰め合う王様とお后は、目の前にいる人物が現実なのか、夢なのか呆然と互いに沈黙の中で見詰め合っていました。
「誰?・・・王様が亡くなられた、といったのは」
「無事であったか・・・」
二人同時に安堵の表情で言いました。互いに無事を確認すると、安心したのか、大きな声で笑い出しました。しばし館に笑いが満ちると、王様がハッと、騙されたことに気付きました。
アイ・シーを取り押さえよ・・・そんな命令が発せられると、一早く人々を掻き分けるようにアイ・シーが進み出ました。
「不埒にもわしを騙すだけでは足りずに、后まで騙すとは許せん」
血相を変えて叫ぶ王様に、アイ・シーは平然と言いました。
「王様はもうお忘れですか。私に何をお命じになられたのか。今、わたしは王様を笑わせ、且つ泣かせました。ですから馬小屋の掃除の罰は受けかねます。ここに居並ぶ従者の方々にお命じになられれば如何でしょうか」
アイ・シーは、そう告げると、王様の言葉も待たず、頭を深々と下げて暇を告げ、そのまま館を後にしました。
 
またしてもアイ・シーの知恵に敗れた王様は、心に恨みを抱きながらも、いかんとも成す術もなく、誇らしげに出て行くアイ・シーの後姿を見ていました。
 
(了)
スチャート・プーミポリラック著「雲南省のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「アイスック・アイシー」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、タイ風巻き寿司とも言える「カーウ・バーイ・プラー・ツー(KHAAW BAAY PLAA THUU)」という食べ物で、使われている魚は、ツーといい、通常プラー・ツーと呼ばれ、タイでは大変の一般的で年中食卓に出ます。鯵のような気もしますが、辞書に寄れば鯖の一種で、沖縄ではグルクマーと呼ばれる魚のようです。このプラーツーという魚を焼いて、その身を解してもち米に入れて巻く、まさに日本の巻き寿司を見ているようです。これからも日本人とタイ族は案外近いのかもしれません。
その作り方は、こちらです。

愚かなウサギ

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閑 話 休 題−99−
 
日本人は昔から漫画の才があるのでしょうか。京都の高台寺には「鳥獣人物戯画」という絵巻があって、そこには動物を擬人化して描いているようですが、寺院に収められているところから宗教説話でしょうか。その中にウサギが楽しそうに遊んでいるそうです。その外にもウサギはさまざまな話に出てきますが、何と言っても有名なのはウサギと亀でしょうか。しかし、日本には因幡の白兎がいます。
そして、タイの昔話の中にもウサギがいます。
動物と人間の関係は生活の中に深く入り込んでいるのでしょうが、そんな動物に昔話の作者は何を託しているのでしょうか。タイの話は、日本とはかなり趣が違っているようです。
 
愚かなウサギ
昔の動物は、種を越えて互いに話しあうことができる共通の言語を持っていたようです。
ある時、一匹のウサギが広い野をピョンピョンと飛び跳ねながら、蝶々と戯れていましたが、気が付けば、蝶々は川を越えて向こう岸に飛んでいってしまいました。ちょうど喉の渇きを覚えていたウサギは、ついでにと川の水を飲んで喉を潤しました。
「羽があったらなあ・・・」
楽しみを中断されたウサギは、そんな思いで蝶々が飛んでいった川向こうを見ていました。
「こんにちは」
その時、小さな声がどこからか聞こえて来ました。キョロキョロと辺りを見回しても鳥一羽いません。
「ここだよ、ウサギさん・・・」
声は足元から響いてきました。岸辺の岩陰から顔を出しているのは、一つの小さな貝でした。
「お前かよ」
「よっこらしょ」
水から這い上がった貝が大きく溜め息をついて空を見上げました。
「貝さんよ。水から上がってどこへ行こうというんだい」
ウサギはいい遊び友達ができたと思ったのか馬鹿にしたように聞きました。しかし、貝は真面目な顔できっぱりといいました。
「あの空の果てまで行くのさ」
貝の胸には希望が一杯膨らんでいるのか、その声には明るい響きがありました。それを聞いたウサギは、自分がどれほど飛び跳ねても行き着きそうにない空の彼方に、掌にも満たない小さな貝が行こうというのですから、内心可笑しさを噛み殺すのに苦しいほどでした。
「ほう・・・」
一声、感嘆すると「あの空の彼方にねえ・・・」ウサギは、じっと遥かかなたを見詰めて呟きました。
「それで、いつごろ到達する予定だい」
「すぐだよ・・・向こうでお昼を頂くつもりなんだ」
ウサギの嘲笑気味の言葉にも貝は真剣に答えました。
「ということは、俺より早く走る・・・そういうことか・・・ふうん・・・なら、俺と駆け比べしてみるかい」
「いいとも、やってやろうじゃないか」
ウサギの挑戦を貝は受けて立ちました。その声には絶対に負けない、そんな自信が漲っていました。
「でも今じゃないよ。明日のこの時間、ここで会おうじゃないか」
貝の自信溢れる明るい声にも、ウサギは馬鹿にして思いました。
《俺の掌にすら満たない小さな体の貝がこの俺に勝てると本気で考えているのか、この馬鹿貝は》
ナメクジのようにあくびが出るほどのそのそと水の中に戻る貝の後姿を見ながら、ウサギは、早くも勝利の美酒の味を夢想していました。
ウサギが、のんびりと家に帰り、食事を済ませ、体を横に休んでいる頃、貝は、懸命に水中を泳ぎ、仲間の貝を見つけては事の次第を話して聞かせていました。ウサギとの駆け比べの話が貝の仲間の間をに々と伝達され、誰もがウサギの傲慢に腹を立てていました。しかし、誰一人としてウサギに勝てるなどとは思ってもいませんでした。
「で、どうするんだい・・・駆けっこしてウサギに勝てる筈がないじゃないか、第一俺たちは生まれてこの方走ったことがないじゃないか」
ある貝が心配そうに告げました。
「心配要らないさ。俺に秘策があるんだ。ただし、みんなの協力が欲しい」
「いいよ、ウサギの鼻を明かしてやるんだ、何なりと言ってくれ」
貝の秘策とは、「ほれ、行け」という言葉の「キャーツ」という金切り声が聞こえたらウサギの前に出て走る、というものでした。貝はリレーでつなぎ、一つの会に見せようというのです。この秘策を現実のものとするために川の中の貝という貝が全て駆り出されました。
翌日になり、全ての手配を終えた貝は、約束の時間に約束の場所へやってきました。
「さあ、ここから始めよう」
約束の川岸で、貝が言いました。
それを合図にウサギが一歩踏み出すと、貝は、大きく口を開けて空気を一杯吸い込むとフ〜と噴出してピョンと跳ねましたが、ウサギの足跡を超えることができません。ウサギは、口笛を吹きながら、蝶々と戯れながら、小鳥と語りながら、ゆっくりと歩いていきます。しばらく歩いて不思議なことに気付きました。
どこまで歩いていっても、いつの間にやってきたのか目の前にあの貝がピョン・・・ピョンと動いているではありませんか。「キャーツ」貝の掛け声が勇ましく沈黙の路上に響きます。しかも、貝の姿は次第にはるか彼方に遠ざかっていきます。
ウサギは懸命に駆け出しましたが、やはりその前に貝がいます。いつも遊んでいる野ははるか後ろになりました。川はうねりながら森の中に入って行きます。
兎は息も絶え絶えになり、ついに川岸の大きな木の根方に倒れこむように座りました。
どこまで駆けてもあの貝が目の前にいるのです。
「どうにも追いつけないわ」
失意のウサギは、川のせせらぎに喉の渇きを覚えました。
もう歩く力もありません。あいかわらず貝の声がどこからともなく聞こえてくると、悔しさが沸いてきます。
ちくしょう・・・川の水を両手ですくい、口に含むと冷たい水で辛うじて生気が蘇りました。
んやりと川岸に座り込んで休んでいると、今度はゲロゲロとカエルの声が聞こえてきました。失意のうちに沈んでいると、今度はアマガエルのゲロゲロ・・・ゲロゲロという声がうるさく耳について仕方ありません。
「アマガエルめ、お前はそんなに交尾の相手が欲しいのか」
ウサギはアマカエルのゲロゲロいう鳴き声が交尾の相手を探している声に聞こえてきたのです。
冷たい水で生気を取り戻したウサギは、貝に負けた悔しさに、心も引き裂かれるほど傷付いていました。そんな時に交尾の相手を求めるアマガエルの鳴き声を聞くと、自分が馬鹿にされているようで尚更に腹立たしくなります。それ以上に、そんな交尾の相手を求めるアマガエルの鳴き声に自らの股間が反応していたのです。貝、アマガエルに腹を立てながら、ウサギは、そんな心の怒りも知らず、アマガエルの誘いを受け入れる自分の体の変化に怒りの矛先を向けました。
「お前というやつは、この俺が死ぬかと思うほどに疲れ果てているというのに、アマガエルごときの呼びかけに応じて交尾したいというのか」
ウサギは自らの下半身の変化に憤りを覚え、罵声を浴びせかけると、何を思ったのかいきなり手近にある石を掴みました。
「ご主人様の苦しみも知らずに硬くなりやがって」
一言言うが早いか、右手を振り下ろすと自らの股間を力の限りを尽くして打ち据えました。
ギャ〜〜〜瞬間ウサギの叫びが川面を揺らしました。
全身を襲う激痛にウサギは文字通り飛び上がって苦しみ、川に落ち込むと、沈みました。川を流れるウサギを貝もアマガエルも不思議な面持ちで眺めていたといいます。
 
作者は、この物語の意味を「腹上死の方が水死よりよっぽどましだよตายคาอก   ดีกว่าจมน้ำตายだといいます。
 
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「ウサギと貝」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、下記URLの「ラーンナーの地元料理」よりお借りしました。
このお菓子は、「ンガー・タム・オーイ(NGAA TAM OOY)」というタイ・ヨーン族の冬のお菓子で、炒ったゴマを冷ました後で搗き潰し、そこにサトウキビを入れて搗き混ぜて作ります。こちらに来た頃には市場で見られたものですが、今では姿を消してしまいました。
ゴマとサトウキビから作られたもので、その作り方は、こちらです。
 
これにもち米をいれて搗けば前回の「カーウ・ヌック・ンガー」になります。
 

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mana
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