チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

閑話休題

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夫婦喧嘩のその果て

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閑 話 休 題−98−
 
全く異なる家庭環境の中で育った二人が、ある日出会い、愛し合い、そして家庭を作ります。夫婦とはそもそも他人の結びつきから始まる新しい社会です。親と子、兄と弟、姉と妹、こうした血縁で結ばれている仲というのは、どうにも切りようがありません。そのどうにも切り様のない仲を無理に引き裂いてしまうと、いわゆる近親憎悪という修復しがたい関係を作ってしまいます。
しかし、夫婦というものは、時に非常に脆いもので、もともとの基盤が全く異なる二人が、夫婦という土台を築いてその上に乗っているのです。その基盤を強固にするのは愛情であり、信頼であり、思いやりです。誰にも欠点もあれば、結婚後初めて知ったこともあるでしょう。それらの中でどこまで許すことができるか。人生という長丁場を、家庭という船にいっしょに乗り、子供という宝を守りながら目的の果てない彼方にある岸辺に向かわせることは大変な努力が必要でしょうね。
 
夫婦喧嘩のその果てに
夫婦喧嘩は犬も食わぬとか言いますが、夫婦は時に激しく喧嘩するようで、タイでは、夫婦の間の関係を「舌と歯の様な関係」だといいます。常にいっしょですが、時に歯が舌を噛むことがあります。夫婦のうちどちらが舌で、どちらが歯であるかは知りません。
プレームとカムアーイも時に人も羨むほど仲良く、甘い新婚気分が続いているように見える微笑ましい夫婦です。しかし、何か気に入らないことがあると、まるで仇に出遭ったかのように激しい口論が始まります。そこに暴力が伴わないことが二人の間での暗黙の了解のようでした。夫婦の間で口論が始まると、決まった様に「分かれましょ」「出て行け」という言葉になります。それを合図にカムアーイは荷物をまとめて家を出ます。といって、大した荷物があるわけではありません。日本の腰巻にも似た筒状のスカート何枚か、今で言うベビーパウダー、それに、数枚のシャツを胸に抱えて出て行きます。
カムアーイの目指す先は、もちろん実家です。とはいっても、昔は女性の家に男性が転がり込むことが圧倒的だったでしょうから、カムアーイたちの住居も彼女の実家から遠くないところだったのでしょう。何しろ、喧嘩の都度荷物をまとめて実家に帰りますから、遠ければ大変です。
「父ちゃん、母ちゃん、今度と言う今度はもう帰らないからね」
「また帰って来たのかい・・・」
両親ももう家出の理由など聞きはしません。カムアーイは、自分が育った家です、遠慮することなく、荷物を置き、食事をし、何事もなかったかのように家族の一員として振舞っています。
一方、カムアーイが家を出て行くと、しばらくは、怒りのあまり相手のいない空間に向かって罵倒の言葉を勇ましく吐き、時には腹に巻いた布を解いて床になげうち、鬱憤晴らしをします。しかし、1時間、2時間と経つにつれ、次第に何か物足りなさを覚えます。
空腹を覚えると、いつもの癖で「お・・・い飯はまだか」といった途端、一人である事に気付きます。そうすると、世の男というものは案外弱いものでしょうか。出て行った女房が恋しくなります。なんとか、その夜はもち米を用意し、棚から味噌を取り出して、空腹を癒します。
翌日、夜が明けると、余計に寂しさ以上に一人でいることが悲しくなると、無性に女房を思い出します。
「飯の用意もしないで・・・」
口では怒りの言葉を発しながら、それはそのまま「空腹だから帰ってきておくれ・・・」という哀願にも聞こえました。
食べるよりも、無造作に昨夜と同じ衣装で、女房の家に向かいました。
いつもの慣れた道です。
「あっちの部屋で待ってるよ・・・」
プレームの顔を見たカムアーイの両親は、優しく微笑みさえ浮かべて、カムアーイの所在を教えて暮れます。
「カムアーイ・・・」
「誰よ・・・」
プレームの優しい甘えるような声にも、カムアーイの声は棘を含みいまだ怒りが収まりません。
「カムアーイ・・・帰ってきておくれ・・・」
「うるさいわね・・・あの女の所に行けばいいじゃないの。あんたは場所を間違えてるよ」
プレームは、村外れにある娼婦の家に入る所をカムアーイに見つけられたのです。といって別に後ろめたいことはありませんが、その娼婦の家のマンゴウの枝を剪定したことが、カムアーイの逆鱗に触れたのです。
プレームは平身低頭誤りました。何しろ、家事一切カムアーイが仕切り、どこに何があるかも分からず、田仕事も畑仕事も全てカムアーイなしにはできません。といってこれを機に自分で炊事洗濯から田仕事畑仕事をしようなどとは夢にも思いません。カムアーイが帰ってきてくれるなら、とどれほど悪態を吐かれても平身低頭お願いを続けました。
どれほど激しく罵ろうとも、一度は夫婦の契りを結んだ仲です。こうして目の前で大きな体を二つ折りにし、今にも泣き出しそうな声で哀願されればさすがにカムアーイも凍りついた心が次第に溶けて行きます。
昼前にやってきたプレームは、女房の実家でお昼を食べ、食後にもまたまた女房の前で哀願を続けました。カムアーイの両親は、そんな二人の痴戯にも似た様子を無視するように、いつもと変わらぬ時間を過ごしていました。
「これが最後だからね・・・」
「勿論だとも・・・帰ってきてくれるか・・・ありがとう」
嬉しさに思わず、カムアーイの手を握ろうとすると、プレームの手は邪険に払われました。
「何をめそめそしてるのよ。うるさいわね」
カムアーイは立ち上がると、いきなり、プレームに水浴びを命じました。これは、これから食事をするよ、そんな合図でした。
「早く水を浴びておいで・・・どうせ、今朝は水を浴びてないんだろ・・・」
無言で怒りを含んだ表情ながら、プレームを部屋から追い出すように水浴びに向かわせると、自らは食事の準備を始めました。干し魚を七輪の火にかけて焼き上げます。未熟のパパイヤを千切りにしてソムタムというサラダを作ります。そんなカムアーイを助けるように母親が竹の子のスープを作ります。
以前なら、この間、水浴びを終えた男二人は、酒を飲むのでしょうが、今日はそんな雰囲気ではありません。プレームは、早々に座り込むと、食事を待ち、一刻も早くカムアーイを連れて家に帰りたくて仕方ありません。無言の食事中もプレームは、ニコニコしながらカムアーイの方にチラチラと視線を送っては意味ありげな表情をします。そんなプレームを無視して、無言の食事を済ませたカムアーイは、帰る準備を始めました。しかも、既に荷物はまとめられていたのです。いつものことで、亭主のプレームが詫びを入れることを承知で、こうして決まりきった芝居をしているに過ぎなかったのです。
それでも、プレームは心底嬉しくなりました。
そうして、食事を終え、自分たちの家に帰ってきたころには既に日が暮れています。
カムアーイは、真っ直ぐ寝室に入ると、蚊帳を広げてその中に入りました。
「カムアーイよ・・・お前一人を愛してるよ」
「あんたなんて愛してないわよ・・・」
プレームの甘い鯉のささやきをカムアーイは棘を含んだ声で返します。プレームは一つしかない蚊帳の裾をパッと引き上げると身を滑り込ませます。
「命に代えてもいいほど心から愛しているよ」
男性というのは、民族を問わず、こうした歯の浮くような甘い言葉を平然として吐くのでしょうか。女性は、そうした男性の言葉が甘えであると知りながらも、決して悪い気がしません。硬く閉ざされていたカムアーイの心も甘い言葉を吐き続けるプレームの熱意に少しずつ緩んできました。
背を向け、体を丸めて返事をしない女房に、終にプレームは泣き落としにかかると、ウェーン・・・ウェーンと泣き出しました。
「煩いわね・・・眠れやしない・・・」
しかし、プレームはなおも泣き続けます。しかしチラチラと薄目を開けて女房の反応を確かめることを忘れませんでした。何しろ、これまでどのくらいこうした芝居をしてきたことか・・・
プレームも、カムアーイの気持ちが解れてきていることを察していました。
「いつまで・・・」
寝返りを打つように向き直り、プレームに強く言おうとしたその瞬間、プレームは、カムアーイの両の肩を強い力で押さえ付け、体の下に組み敷くと、上乗りになりました。
「何をするのよ・・・あんた・・・放せ・・・」
その目には怒りよりも恐怖の色が浮かび、足をばたばたさせますが、所詮は女性、男性が本気で押さえると逃げることができません。
「うるさい・・・」
先ほどまでの弱弱しいプレームの姿はそこにはありませんでした。
「いやよ・・・」
といいながら二人の声は次第に小さくなりました。
「これでよし・・・」
カムアーイの抵抗がすっかりなくなると、プレームは勝ち誇ったように一言告げました。もうカムアーイに返す言葉はありません。
「ちょっとはましになった」
プレームの声が部屋に小さく響くと、やがて夜の闇が二人を包みました。
 
作者はいいます。「夫婦喧嘩というものは・・・・他人が関わるものではない」まさにその通りです。
 
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「逃げた女房」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、「カーウ・ヌック・ンガー(KHAAW NUK NGAA」とよばれるもので、日本的に言えば、お餅ですが、搗いたままで形を整えていないところが日本のお餅と異なります。
これは新米が出回る冬の食べ物で、もち米を蒸し、ゴマを炒った後冷まして塩といっしょに搗きます。そして、最後に蒸しあげた熱いもち米をいれて搗きます。どことなく日本のお正月のお餅と似ていますね。本来のタイ族は、案外日本人と近いのかもしれません。
下記「ラーンナーの食事(AAHAAR LAANNAA」よりの引用です。
 
お餅制作動画は下記URLにあります。
http://library.cmu.ac.th/ntic/lannafood/method_clip.php?id=193
 
 

諺の真偽

カイ・ケム
閑 話 休 題−97−
 
人は誰しも心の中にある種の欲望というものを持っているのが自然なのでしょうか。もしも、それが夢であり、希望であるならば、人は、その実現にむけて懸命に努力し、自己啓発の契機となります。自分自身の中に何がしかの夢を抱き、希望を持つからこそ、生きる目的があるのかも知れも知れません。
しかし、もしも、それが欲望という名の貪りの心となると、なぜか陰湿な感じを受けてしまいます。欲望という感情が心に芽生えると、前後の見境なく欲望を満たそうとします。そうするとそこに他人との軋轢を生じます。故にでしょうか、釈尊は欲望を毒だとして排斥しました。
男女の愛情すら、愛欲という欲望であれば、それは身を滅ぼす因となります。しかし、愛欲に囚われた人にとってその欲望を満たすこと以外に満足はなく、相手に対する労わりの気持ちも、周りのものに対する愛情もないようです。
しかし、中には、自制心なく、己の欲望だけで生きているかのような人もいるかもしれませんが、満たされることのない欲望に囚われ、毒に侵された人は不幸というしかないのでしょう。
 
諺の真偽
タイの昔の人は変わった言葉を残しています。
三度も得度出家した人物とは心を開いて付き合うな、というのです。得度出家したのち還俗、これはタイ社会で日常的に見られることで決して珍しいわけではありません。何らかの事情で再度出家する人もいるかもしれません。
ある僧は、一度出家し、遠く離れて結婚の日を待つ婚約者に対して婚約の破棄と仏門に生涯を捧げる決意を披露する為に一度還俗し、その後二度目の出家をしています。
しかし、三度までも出家・還俗を繰り返すような人間は、その心に確たるものはなく、信用できないというのです。
同じような話で「三人の亭主を持った後家は女房にするな」というのですが、三人の亭主を持った後家もまた信用できないというのです。とっかえひっかえ三人もの男性とくっついたり離れたりした女性と所帯を持ちたいなどと考えるな、というのですね。
その真偽はともかく、物語はそうした話を伝えて夫婦の結びつきと信頼関係の大切さを教えているのでしょうか。
昔からの諺というものは、案外昔の村社会では力があり、敢えてそれに異を唱えようとする変わり者はいなかったでしょうが、決して皆無ではなかったようです。あるタイ族の村にインという名前の一人の男がいました。どこで知り合ったのでしょうか、インは色気盛りの中年女性と結婚しました。
「インよ、止めておけ、あの女は遊ぶならともかく、結婚など考えるではない」
親戚の中で、善意で忠告する人がいました。
「あいつはいいやつだよ」
「でもな、昔の諺を無視するな」
そのインが惚れた中年女性というのは過去に三人の亭主と所帯を持ち、その三人と離婚していた未亡人でした。しかし、インが彼女と知り合って以来、彼女は常にインの世話をこまめにし、インを決して落胆させることはありませんでした。決して若い女性のような初々しさはありませんが、年相応にインの男心を捉えて離さない術を心得ていました。
親戚の誰がインを諌めようと、友人知人の誰が彼女の噂を伝えようと、妖艶な魅力に包まれた女性の魅力の虜となっているインの耳に彼らの言葉は入りません。終に、周りの反対を押し切って、インは彼女の家に家具を持ち込んで暮らし始めました。
それは、甘い甘い新婚生活でした。初婚のインは、妻の魅力に溺れ、終日彼女のもとを離れることがなく、彼女もまたインを放そうとはしませんでした。インの一日は、女房を喜ばせる為だけにあり、女房を喜ばせたその後に手にする報酬にインは満足していました。
そのうち、インにも疑問が浮かんできました。
「もっといいものを買って来てよ。前の旦那はたくさん買ってきてくれたのよ」
ある夜、寝物語の床の中で女房がふとした弾みで口にした言葉がインの心に棘のように刺さりました。
思えば、これまでも幾度かこれまでの亭主の話が出たことがありました。その都度、そんな前夫の面影を消し去るかのようにインは何かを買ってきて女房を喜ばせていました。その女房の喜ぶ姿こそインを幸せにするものでしたが、一度心に浮かんだ疑問は、容易には消えてくれません。
《こいつは、今も前の旦那のことを思っているのだろうか》
《何かを俺に買わせる為だけに一緒になっているんだろうか》
《昔の人は、亭主を三人持った後家を女房にするな、といったが本当だろうか》
その頃、城主の鳳凰の素晴らしさが領内で評判でした。隣国の城主たちも自慢の鳥を持ってきますが、誰一人として鳳凰の素晴らしさにかなう鳥を有する城主はいませんでした。
一声啼けば、領内に響き渡り、花々はその声を愛でて咲き乱れ、雨は止み、雲は消え去り、真っ青な大空を優雅に舞う様は人々を魅了して止みませんでした。そんな鳳凰は、一人城主の自慢であるだけではなく、領民全てにとっても自慢でした。
「ねえ、お城に鳳凰がいるらしいけど、その肉はどんな味でしょうね。神の鳥だそうだから、きっと一切れ食べれば永遠の命を得るのかしら」
女房は、床の中でインに寄り添い、豊満な肉体を惜しみなく晒して、インの耳元にそう囁きました。鳳凰の話を知らない領民はいません。城主がどれほど可愛がっているか、領民にとっても自慢の宝、神の鳥であることをインも承知です。
しかし、女房の甘い囁きの声が耳に響くと、そうした常識の全てが消え失せ、女房を喜ばせることだけが脳裏を占めました。インは、それほどまでに大切な、国の宝とも言える鳳凰をある日の夜、月が隠れた闇を利用して城内に忍び込むと、鳳凰を盗み出してきました。
「おい、鳳凰を盗み出してきたぞ、さあ、スープにして食べよう」
朝方、女房が起き出してくるのを待ってインが言いました。
「まあ、あんた・・・本当に鳳凰を盗んできたの。あの城内から」
「ああ・・・この通りさ」
「あんた・・・命がないよ・・そんなことをして・・・」
「でも、お前が食べたがってたじゃないか」
「でも・・・とにかく、もう盗んできたのだから、いまさら返すことなんて出来ないわ。さあ、急いでスープにしましょう」
言葉とは裏腹に、嬉々として鍋に水を入れ竈に火を入れる女房を見ながら、インは急いで鳳凰を床下にもって行って隠し、代わって一羽の鶏を絞めて首を切り離し、スープを作って女房に食べさせました。
「鳳凰といっても所詮は鳥ね、いつもの鶏肉の味とさして変わらないわ」
そう言いながら、インに食べさせることなく、一滴のスープも残さず女房が綺麗に平らげている頃、城内では、大切な鳳凰が行方不明となって大騒ぎしていました。
特に城主の落胆は見るもの誰もの目を覆わせるものがありました。城主は、城門の前に高札を出し、同時に、横に黄金の入った絹布を吊るして領民に呼びかけました。
「わが国の宝である鳳凰を盗んで行った不届き者がいる。もしもその鳳凰を盗んだ犯人を知っている者があれば、直ちに申し出でよ。犯人を捕まえた暁にはここに吊るした黄金を褒章として与えるであろう」
この触れが瞬時のうちに領内の隅々にまで行き渡ると、何を思ったのか、インの女房は、買ったばかりの真新しい服に身を包み、家を出て行きました。
彼女の頭の中は布令に出ている報奨金のことで一杯でした。
「誰にも渡すものかい、この金はあたしのものさ」
高札の前で騒ぐ人々の群れを横目に、彼女は城内に入ると、城主に訴え出ました。
「申し上げます。大切なお殿様の鳳凰を盗み出したのは、家の亭主でございます。今朝、自慢してスープにして食べていました。あたしは、この目でしっかりと見ましたから、間違いございません」
この一言で、兵たちがインを捕らえて城主の前に引き立てました。
目の前で土下座して畏まったインを見下ろした城主は、怒りを全身に表し指差して問い質しました。
「お前か・・・わしの鳳凰を盗んでスープにして食った、という不届き者は」
「お殿様、確かに、私はお殿様の大切な鳳凰を盗みました。しかし、私は、昔の人の言った言葉が正しいかどうか、女房の気持ちを試してみたかっただけです。亭主を三人持った後家は信用できるか、と。残念ながら、昔の人の言葉に間違いはありませんでした。お殿様、お殿様の立派な鳳凰は傷一つなく、羽一本失うことなく、我が家の床下の鳥小屋に鳳凰は無事でいます」
その言葉を裏付けるかのように、まもなく鳳凰は無事帰ってきました。
それを目にした城主は、兵に命じてインの女房を捕らえると、処刑してしまいました。
 
著者は、いいます。欲望は人を盲目にするのでしょうか・・・
生まれ付いての性格というのは直らないものでしょうか・・・
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「三人の亭主を持った後家は女房にするな」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、「カイ・ケム(KHAI KHEM」で塩漬け卵です。通常アヒルの卵を用いて作りますが、粥料理などには絶好の副食ですね。
 

玉の輿

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串焼き肉団子
閑 話 休 題−96−
 
この世はままならないもので、正しいことがそのまま通らないことがあるようです。他人に害をなしてもなお栄華を極める人がいるようですが、善人が必ずしも報われないのがまた人の世かもしれません。しかし、天網恢恢疎にして漏らさず、という諺がある、ということは、悪はいつかは滅びるということでしょうか。そして、滅ぼすのは平凡な人間ではなく、どこか神意を帯びた人、もしくは神の化身なのでしょうか。
いずれにしても、悪を懲らしめ、滅ぼす人を自分たちと同じ凡夫とは看做さず、常人を凌ぐ特別な存在として尊敬の対称にしていたことはいずれの国においても同じでしょう。これは、またそうした常人では抗しえない恐ろしい悪の存在も、必ずどこからか高貴な存在が現れて凡夫に代わって胎児し、凡夫の苦しみを取り除いてくれる、と信じ、期待していたのでしょう。
そして、そうした期待、希望、夢は、物語の中で見事に成し遂げられるもので、そこに庶民の勧善懲悪の願いを見る思いがします。
 
玉の輿
二度に亘って母を失ったターラウですが、それでも健気に継母の言い付けを守って牛の世話、水汲み等重労働を涙を流しながらこなしていました。
牛を追って山に逝ったターラウは、いつものように牛に草を食ませ、近くの湖の岸辺に輿を下ろして休息していました。独りになるといつの間にか亡き母を思い出してはまた涙が流れてきました。ターラウは大きな声で母の名を呼びました。
その時、湖の中ほどの水面が揺れると、一匹の黄金の鯉が姿を現しました。この世のものとは思えないほど見事に黄金色に輝く大きな鯉は、ゆっくりとターラウの方に向かって泳いできます。
「母さんの可愛いターラウよ」
忘れることなど出来ない母の声に顔を上げたターラウに、水面に浮かんだ鯉がじっとターラウを見詰めて言いました。
「お前は本当に可哀想な子だね。お前の冷血で腹黒い父さんは、悪魔に魅入られ、我を忘れ、私達母子のことをすっかり忘れてしまい、母さんを二度に亘って殺し、母さんの骨をこの湖に捨てたのよ。お母さんは、こうして黄金の鯉になってしまって、もう人間になることが出来ないの。ターラウよ、母さんが恋しい時には、あの人たちに知られないように一人でこの湖の辺においで。母さんは、いつでもお前をここで待っているから」
そこまで言うと、黄金の鯉は、尾鰭で水を掬ってターラウの涙に濡れた顔を洗い、髪を洗ってやりました。すると、不思議なことに、わずか11歳にしか過ぎない少女のターラウが14−15歳の乙女に成長し、全身はふくよかでどこにも貧者の相が出ていませんでした。
しかし、それほどまでに姿形の変わったターラウでも、家に帰ると継母のみならず、父すらその変化に気付きませんでした。
翌朝、早く起き出したターラウは、糯米を蒸し上げると一包みを袋に入れ、牛の世話を口実に山に行くと湖の中の母に食べさせました。そして、日暮れ前、山を降りるターラウに黄金の鯉が尻尾で水を掬って顔を洗い、髪を洗うと、14−15歳の乙女が今度は16−17歳の美しい女性に変わりました。
その夜、継母と父は、初めてターラウの変化に気付きました。
幼い少女の筈のターラウの急激な変化に疑いを抱いた魔女は、翌朝、山に向かうターラウの後ろを忍んで付いていきます。そこで、湖の中の黄金の鯉とターラウの話の一部始終を聞き、にっくき女房が今度はハトから黄金の鯉になって生まれ変わったことを知りました。
その夜、魔女はまたしても仮病を使って愚かな男を唆しました。
「どうしたというだい、またまた体の調子が悪くなったのかい」
「まだ、ハトの呪いが解けてないみたいなの。山の上の湖に一匹の黄金の鯉がいるの。明日、それをスープにして食べないと、私は間もなくに死んでしまうでしょう」
今にも息絶えそうなほどに弱々しく告げる魔女の言葉を男はそのまま信じ、翌朝鯉のスープを作ることを約束しました。
そんな夫婦の会話をターラウはしっかりと耳にすると、こっそりと家を出て、夜道を山に向かって駆け、湖の縁で母を呼びました。
しばらくして黄金の恋が岸辺によって着ました。
「どうしたというの、こんな夜更けに」
一人娘の夜道を心配する母にターラウは、継母と父の会話の全てを話して聞かせました。ターラウの話が終わると、黄金の鯉が悲しそうに告げました。
「そうなの。でもね、母さんには、もうどこにも身を隠す所がないのよ。もしも父さんが母さんをスープにして食べさせたなら、どんなことをしてでも母さんの骨の一つを拾っておくれ。その骨を王宮前の広場に持って行って埋めて欲しいの。これが、母さんに対する最高の孝行だと思って頂戴」
ターラウは、母の言葉を一つ残さず記憶に刻み込むと、涙を拭う事も忘れて家路に着きました。
翌朝、愚かな父が、母の化身の黄金の鯉を捕まえてくると、継母はターラウを追い払うように牛を連れて山に向かわせました。
家を出る前、ターラウは床下にいる犬に語り掛けました。
「私は、これから山に行かなければならないけど、一つお願いがあるの。今日、父が一匹の黄金の鯉をスープにして継母に食べさせるの。でもね、その黄金の鯉は、私の母さんが生まれ変わったものなのよ。彼等が魚のスープを食べる時、お前は、継母に怪しまれないように何とかして魚の骨を一つ私の為に拾っておくれ」
犬は、ターラウの運命に大いに同情して言いました。
「どうかご安心下さい。必ずや私がお助けして見せます」
ターラウは、犬に感謝し、牛を追って山に登って行きました。
昼になり、家の中で鯉のスープを楽しそうに食べる二人の様子を、床下でじっと犬が伺っていました。やがて魚の骨の一欠けらが落ちてくると、犬は急いでそれを口に含むと、姿を隠してターラウの帰りを待ちました。
日が暮れ、牛を牛小屋に囲ったターラウの姿を見た犬が駆けて来ると、口の中から一片の魚の骨を吐き出しました。ターラウは、その骨を大切に衣服の中に仕舞い込むと、夜を待って王宮前に行きました。王宮前の広場の真ん中に母の命じて置いた通りに骨を埋めると、密かに家に帰って来ました。
翌朝、王宮前の広場に突如として生え出た、太陽の光を受けてキラキラと輝く不思議な木に宮殿の人々のみならず、道行く誰もが騒ぎ出しました。王様は、この一夜にして生え出た木は尋常ではないと喜び、御自ら太鼓を叩いて領内の全ての老若男女に集合を命じられました。
間もなく広場は夥しい数の領民で埋まり、王様が高台に立つと群集に向かって宣告しました。
「皆の者、どうか考えても見て貰いたい、僅か一晩で我が王宮前にこのように一本の不思議の木が生まれた。これは、インドラ神と女神の創造である。こうしたことは、この世のいずこの地にてもかつてなかったことである。この無皮の木の誕生は、大いなる繁栄と平安を我が王国の全ての者にもたらすものであろう。今、皆の者にはっきりと布告するであろう。『誰か、この木を自らの手で持ち上げ、今それが地上に立つ如く、手のひらの上に立てることが出来るならば、その人物は、この不思議の木と縁があるものと見做すであろう。この木を持ち上げることの出来た人物が壮年男性であるならば儂に代わって城主に任じ、壮年女性であるならば女城主に任じ、少年ならば王子に引き立て、若い女性であるならば我が王子の妻として迎えるであろう』」
しかし、群衆の中の誰一人としてこの不思議なキラキラと輝く木を引き抜くことが出来ませんでした。その時、一人の役人が農家の娘一人がこの集会に参加していないことを王様に告げると、王様は大いに怒り、すぐに係官を派遣して山からターラウを連れて来させました。
群衆の中に引き出されたターラウが、王様の命令で、昨夜自らが母の骨を埋めた場所に伸びている無皮の木を引き上げると、いかな屈強の男性が力を込めても引き抜くことが出来なかった木が、何の苦もなく引き抜け、彼女の手のひらの上に真っ直ぐ立つとキラキラと輝いていました。
広場に集まった領民の誰もが呆気に取られている中、王様は、大変にお喜びになられ、王子にターラウを抱き上げて象の背に乗せるよう命じられました。
王子がターラウを抱き上げ、二人して象の背上にいる間、不思議な無皮の木は彼女の手から離れて宙に浮かび、ゆっくりと舞い上がると、終には月に入りました。その瞬間、月は煌々と輝き、淡い光を地上に放つと、あの幾多の悪行をなしたターラウの継母である魔女は、淡い月の光に罰せられ、姿を元の長い牙、緑色の顔の醜い魔女に変えました。
この日より後、ターラウは王様の宣言の通りに王子の后として暮らすことになりました。
人々が顔を上げて天を仰ぎ見た時、煌々と輝く月の中に黄金の鯉の骨、即ちターラウの母が姿を変えた無皮の木が一本静かに立っているのを目にしました。
了)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「黄金の鯉」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、「ルークチン・ピン(LUUK CHIN PING」で「串焼き肉団子」です。これは、ラーメンに入っていたり、油で揚げたり、焼いたりしますが、タイ人に馴染みの深い手軽なおやつでもあります。タレは概して辛いですね。写真は、下記URLよりお借りしました。

傷心の少女と亡母の愛

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臼菓子
閑 話 休 題−95−
 
父母の恩は山よりも高く、海よりも深し、と言いますが、それは、それほどに大きな愛情で子供を育てた人に対して語られる言葉で、そうした愛情で子供を育てた人を父と呼び、母と呼ぶのだと思います。
子供を産んだが故に母となるのではなく、生んだ子供を自分の命を削るようにして大切に守り、育てた人に「母親」と言う称号が与えられるのかもしれません。同じように、子供のために世間の荒波に耐え、家族を養い、守る人に「父親」と言う称号が与えられるのであれば、そうした愛情を子供に注がない人を母とも父とも呼ぶことは躊躇われます。
しかし、世の中には親になる資格もないままに子供を持つ人たちがいます。男女間の欲望としての愛を持ちながら、他者に対する労わりの心を持つ無償の愛情を持たない人は、親となる資格がないのかもしれません。自分のお腹を痛めた子供であるか否かよりも、子供に愛情を注ぐことが出来るか否かで親としての評価が問われるのでしょう。そこに、生みの親より育ての親、と言う言葉が生まれるのかもしれません。
人間として生まれ、成長し、家庭を持ち、子供をもうけたならば、子供に愛情を注ぐことが親となる為の必須の務めで、その愛情は無償の愛ですから、なお更に尊いものだと思います。
無償の愛に育てられた人は、無償の愛を持って報いるのでしょうか。
 
傷心の少女と亡母の愛
10年余りに亘って何一つの不満もなく、可愛い一人娘までもうけて暮らして来ながら、魔女の言葉を信じ、これまで見たことのない異常な現象を眼にしただけで、妻を千尋の谷に突き落として死なせてしまった男は、家に帰りながら何を思っていたのでしょうか。
住み慣れた家にはもう妻はいません。心なしか重い足取りで階段を上がった男は、部屋の中に一人の美しい女性が座っているのを目にして驚きました。
「お疲れのようね。失礼だとは思ったけど、奥さんがいないので代わってお水を用意してお帰りを待っていました」
潤んだ目で見詰める女性は、昨日田んぼで彼に女房が魔女であると唆した、その同じ女性でした。
「どうして・・・ここに・・・」
「それより、あなたは自分の女房をどうしたの?」
「なんな魔女が女房な分けないじゃないか。谷から突き落としてやった」
「それでこそ、男よ。魔女なんてみんな殺してしまえばいいのよ」
そういう美女自身が、前世においてありとあらゆる悪を重ね、幾世にも亘って魔女の世界に落ち、人間世界に生まれ変わることが出来ない邪悪な存在でしたが、今の男にはそれを知る由もありませんでした。
こうして、来る日も来る日も男の家にやってきては、男の歓心を買い、様々に仕掛けて、終にこの家の妻の座を仕留めました。魔女を妻にして以来男の脳裏から先妻の面影がすっかりと消えうせ、あれほど可愛がった一人娘の存在すら疎ましく感じられるようになりました。
魔女は、計画通り、先妻を死に至らしめ、代わって美男の亭主を手に入れると、内心喝采をあげました。
しかし、妻の座を占めても母の座を欲しない魔女は、先妻の忘れ形見のターラウのことには見向きもしませんでした。ターラウの衣類が綻びても繕うことをせず、髪がどれほど乱れようとも梳ろうとはしませんでした。
継母がやって来て以来のターラウは、それまでの陽気な少女から無口で暗い少女に変わりました。床下に行けば、そこには亡き母が使っていた織機があり、近くには、毎日ターラウの髪を梳いてくれていた櫛があります。そうした品々を目にする度にターラウは亡き母を思い出しては、流れ出る涙を抑えることが出来ませんでした。
ある日、ターラウは、継母が亡き母の織機に腰掛け、亡き母の織りかけの布を織り続けている姿を見ました。亡き母の素晴らしい織り方に比べ、はるかに遅くぎこちなく、織りあがった部分の糸目も決して美しくありませんでした。大人しい筈の少女の口からついつい継母に対する普段の憎悪の気持ちが、言葉となって口をついて出てしまいました。
「ガタゴトガタゴト・・・何の音かしら。不器用な人は、私の母さんの織機を使って機を織らないで頂戴な。私の母さんは、孔雀の羽の様に奇麗な柄の布を織るのよ。それに対して何よこれ、見てられないわ。他人が嘲笑するのがわからないのかしら、恥ずかしくもないのかしら」
ターラウの蔑みの言葉を耳にした魔女は、羞恥心が憎悪に変わると、少女の頬を力一杯引っ叩きました。しかし、ターラウは、歯を食いしばって激痛に耐え、じっと魔女を睨み付けて怒りの炎を燃やし、泣き声一つ立てませんでした。
魔女は、さらに幼い少女を酷使し、米を搗かせ、牛を山に追っては世話をさせ、夕方になって帰ってくると水を汲みに行かせる日々が始まりました。頬を打たれても泣かなかったターラウですが、過酷な労働はさすがに少女の気持ちを挫き、父と継母に隠れて亡き母を呼ぶ日々が続きました。
ある朝、ターラウが軒端で顔を洗っていると、頭上で「クックルー…クックル…」と啼く一羽の雌のハトがいました。ハトは、啼き終えると、屋根から飛び降りてきて洗面器の縁に止まり、尻尾を水につけてターラウの顔を洗うかのような仕草をし、ついで、髪を梳くかのようでした。それはまれで泣き母の仕草に似ていました。
連日朝になるとやってきては同じように顔を洗い髪を梳いてくれるハトを次第に亡き母の化身ではないかと思うようになると、その泣き声すらどことなく、母の声のように聞こえました。
「クックルー、クックルー。貧しく可哀想な我が愛し子よ。服が破れているのに繕ってくれる誰もいないのね。髪が乱れても誰も梳いてくれないのね。お腹が空いたら誰が食べさせてくれるというの」
ハトの声が母の声に聞こえると、ターラウは、朝になるのが待ち遠しくなり、苦しみの日々の中にも喜びを見出した思いでした。
しかし、ハトの鳴き声を人間の泣き声と聴いたのは、ターラウ一人ではありませんでした。魔女もまた、にっくき先妻がハトに姿を変えてこの世に生まれてきたことを知ると、改めて憎悪の炎を燃やすと、その殺害を計画しました。
翌朝、魔女は全身を襲う激痛に床を出ることが出来ませんでした。
「どうしたというのだい」
おろかな男は仮病とも知らず魔女の横に腰を下ろすと、悲しみの表情で聞きました。
「あなたは気が付かないのね。山に住む魔女がハトに姿を変えて私たちの一家を呪いに毎日やってくるのよ。その呪いに私の健康が損なわれてしまったの」
「・・・」
「私の命もどうやらあと数日しかないようだわ・・・」
弱々しく今にも息絶えそうな魔女の言葉に男はおろおろするばかりでした。
「どうすればいいんだい。言っておくれ。どうすればお前の病が癒えるんだい」
「2−3日のうちに、その悪魔の化身のハトを殺して、その肉を焼いて食べさせて欲しいの、そうすれば私の病も癒えるから・・・」
その鳩は、実際にターラウと魔女が感じた通り、千尋の谷から突き落とされたターラウの母の化身でした。彼女は、ターラウの声を聞くと何はさておいても飛んできました。そして毎朝娘の顔を洗い髪を梳く日課に母としての喜びを感じていました。
しかし、男は、魔女の化身に心を奪われ、魔女の歓心を得る為にハトが飛んでくるのを待っていました。
魔女の手下となった亭主が弩弓を手に待ち受けているとも知らず、この日もハトは朝早くからやってきて屋根の上で娘を待っていました。男は、ハトの姿を捉えると、弩弓を引き絞り、射落としました。そして、魔女の言う通りその肉を焼いて食べさせると、魔女の化身はそれまでの苦しみが嘘のように消え、元気な元の美女に変わりました。しかし、彼女の悪計はこれだけでは終わりませんでした。
「それでハトの骨と羽はどうしたの」
「まだ片付けてないよ」
「だめよ。早く一つ残さず集めて焼くのよ。そして、その灰を少しも残さずに壷に入れるの。それからそれを山の上の湖に沈めるのよ」
「ああ・・・」
男は、女の剣幕に押されて、分けがわからないまま、言われる通りに骨と羽を集めて焼き、その灰を壷に収めて山の上にもっていくと大きな湖に投げ捨てました。
男は二度に亘って罪なき妻を殺害しました。
ターラウは、その日以来二度と母の化身であるハトを眼にすることはありませんでした。時折聞こえるハトの泣き声を耳にしても、もう母の声には聞こえませんでした。
 
続)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「黄金の鯉」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、「カノム・クロック(KHANOM KHROK」といい直訳すれば「臼菓子」となりますが、語源解釈的意図の元に別名「恋人菓子」とも呼ばれるようでそこには悲恋物語が創作されているようです。米粉とココナッツ・ミルクを主成分とするようですが、作り手により、そこに様々な物を加味しているようです。写真は、下記URLよりお借りしました。
 

魔女の嫉妬

閑 話 休 題−94−
 
人の心の中の嫉妬ほど恐ろしい毒はないのかもしれません。他人と比べて劣等感を持つと、汚れた心は他人の不幸をすら願うものかもしれません。嫉妬心を自分の努力不足と考えれば、自己啓発ともなって明るい未来になるのかもしれませんが、人間は、往々にして、他人が優れているのは、自分にはない、伝、美貌、経済力、家柄、学歴などにその因を求めて他人の努力を考えないのかもしれません。
そうした嫉妬の毒に冒された人生は、決して楽しいものではなく、一時の清涼剤を心の中に感じても長続きしないもののようです。
また、偽りの上に築かれた生活は、その破滅を恐れる戦々恐々としたもので、これもまた決して幸せにはなりません。他人の幸せを壊したことによって得られる一時的な幸せは、自分の幸せが壊されることを恐れる恐怖となるのかもしれません。
昔、中国雲南省のタイ・ルー族社会は、面白いひとつの話を伝えています。
 
魔女の嫉妬
はるかな昔の話です。どこの村とも知れない片田舎の村に農業を営む夫婦と幼い娘一人の三人家族が仲睦ましく暮らしていました。まだ若い夫婦は、喧嘩などしたこともなく、豊かとはいえないまでも、日々の生活に事欠くことはありませんでした。
また、一人娘のターラウもまた両親の言いつけをよく守り、母の手伝いをして川に水汲みに行き、洗濯をし、掃除を手伝い、食事の手伝いも楽しそうにしていました。父親は、決して広くはありませんが、家族三人が生活するには十分な広さの田を持ち、牛を山に連れて行って草を食ませ、飼っていました。
三人の食事風景は常に楽しく笑い声が絶えず、誰の顔にも苦労の欠片も感じませんでした。
しかし、三人が幸せであればあるほど、それに嫉妬するものが出てくるのもまた世の常かもしれません。
その一家が所有するわずかばかりの田のすぐ横には墓地がありました。古来、そうした墓地には、幾多の悪鬼が徘徊するもののようですが、遺体を埋葬する筈の墓穴の一つに、ある魔女が住み着いていました。
どうやら、この村ではまだ荼毘の習慣が普及していなかったのでしょうか、土葬が行われていたようです。チエンマイの町には幾箇所もの火葬場があり、無常の煙は日常茶飯のこととして目にすることが出来ますが、此村ではまだ伝統的な埋葬習慣を持っていたのでしょう。
かつて、インドのハーリティーという鬼女は、子供を浚っては食べて人々に恐れられ、村はパニックに陥っていたそうですが、それを聞いた釈尊が、ハーリティーの可愛がっている子供500人の中から一人を浚ってきて隠しました。一人の子供が行方不明となって嘆き悲しむハーリティーに対し、釈尊が教え諭しました。
「500人もの子供がいながら何故に一人の子供がいなくなっただけで嘆き騒ぐのか?」
「子供のいないあなたには母親の気持ちなどわかりません」
「ならば、お前が浚って食べている子供の母親が如何に悲しい思いをするかを考えないのか」
こうして釈尊は、ハーリティーがかつて人間であった時、聖者にマンゴーを500個寄進した功徳により500人の子供をもうけたが、お祭りの最中に踊りまわってお腹の子供を流産して死なせてしまった罪によって死後鬼女となったのだと諭し、今後子供の守護神となるよう教えたようです。これが今に伝わる鬼子母神です。
対して、この墓穴に住む魔女にどのような前歴があるのか詳らかではありませんが、幸せな家族を見るといたたまれない苦しみを感じ、激しい嫉妬心に焼かれて身悶えしていたようです。
そこで、魔女は、この幸せな家族を破壊し、幸せの輪の中にいる女房に代わって自分がその場に収まろうと考えました。罪の償いをするのならともかく、過去生において、ありとあらゆる悪行を重ねて魔界に落ち、墓穴の暗闇で暮らさねばならなくなった魔女は、まだ前非を悔いるまでに至っていませんでした。
魔女は、ある晩終に嫉妬心に急かされて計画を実行に移しました。
一家が寝静まった深夜、墓穴から這い出した魔女は、この家の鶏小屋に忍び込むと卵を盗み出し、その場で殻を割って啜り、殻をその場に捨て、帰り際には手についた卵の黄身を寝ている女房の口、頭、枕、そして頭巾に黄身を塗りつけ汚して帰って行きました。
翌朝、目覚めた亭主は、部屋に卵の腐った悪臭が満ちていることに驚きました。隣で寝ている女房の口、髪の毛、枕に卵の黄身のあとがこびりついているのを見て驚き、女房を揺り起こしました。
「どうしたんだ、これは」
亭主に問い質されても、身に覚えのない女房に答える言葉はありませんでした。亭主以上に寝ているまに鬼女の様な姿に変わってしまった自分自身に驚きました。自分自身で何故、生卵が自分の顔に髪に、枕についているのか想像もつきませんでした。
二人は、急いで床下の鶏小屋に駆け込むと、そこには、卵の殻がいくつも散らばっていました。家族三人の食事として飼っている鶏で、その卵もまた貴重な食料ですが、それ以上に、不可解な現場を見て亭主の心に疑問が浮かびました。
《彼女が本当にこれらの卵を食べた本人であろうか、もしも本当に彼女が夜中に生卵を啜ったのであるならば、俺は魔女と暮らしていることになる》
そう思うと、朝ご飯を食べる気力も失せ、憂鬱な気分を抱いて田に出て行きました。
生きる力さえ失ったように、意気消沈している美男の亭主を見て、魔女は墓穴の中で一人笑みが浮かびました。計画の第一段が見事に成功し、亭主の心の中に女房に対する疑惑の念が浮かんだことを見て取った魔女は、女房よりも若くより美しい女性に姿を変えると、田に近づきました。
「たとえ私がここに来て、あなたと二人きりでしばらく時間を潰しても、決してあなたに恥をかかせたり、ご迷惑になったりはしないわよね」
甘い女性の囁きに、思案に塞ぎこむ男が顔を上げると、目の前には自分の女房よりもはるかに美しい綺麗に着飾った女性が恥ずかしそうに佇んでいました。
「このあたりでは見かけたことがない様に思いますが、あんたはどこの家の嫁でどこの親類を訪ねて行くんだい」
「まあ、何を言うのかと思ったら。私は、まだ誰も嫁に貰ってくれる男性のいない一人身よ。この世においては、この村にも、どの村においてもどこにもこの身を寄せる所の無いことでしょう」
女は、恥ずかしそうに呟きながらちらちらと男の注意を引くかのように流し目を送っていました。
「もしも、この世の中で、お兄さんのように男前で、働き者の男性を夫にすることが出来たならば、毎日ご飯を噛んで食べさせてあげなければならないとしても、私は、喜んで夫に尽くすでしょうに・・・それにしても何て惜しいこと・・・」
背中を見せてその場を立ち去る素振りを見せた女は、それでも男の視線を背中に痛いほど感じてお世辞を言うと、それを後悔するかのように、言葉を切りました。
「・・・」
男には、初めて目にした美女の言葉が理解できませんでした。
「・・・でも本当に惜しいことだわ。こんなに良い男性が何をどう間違えて魔女を女房にしているのかしら、しかも、本人は何も知らないでいるなんて」
女は、呟くように、男の耳に囁くように悪魔の声を吹き込むと、振り返り、困惑する男に甘い流し目を送って微笑むと、腰を振りながら気取って歩いてその場を去っていきました。
女の後姿を見送りながら、亭主は、ますます混乱する頭の中で、自分の愛する女房が実は魔女であったということを確信するまでになりました。
《見も知らない女性ですら、俺の女房が魔女だと知っているではないか。それでいて、自分は結婚して10年以上たった今まで真実を知らなかった。奴は、魔女に違いない。だから夕べも生卵の盗み食ったのだ》
重苦しい気持ちを引き摺るように家路に着く男の後姿を墓穴の中の魔女は薄ら笑いを浮かべて見ていました。
その日の一家は、どことなく気まずい雰囲気に包まれていました。努めて明るく振舞う女房をまともに見ようともしない亭主は、何を聴かれても生返事をするばかりでした。
その夜、月さえ雲の中に隠れた暗闇を、魔女が穴から這い出すと、再び鶏小屋に忍び込んでいきました。今度は卵ではなく、生きた鶏をすばやく掴むと引きちぎり、そのままむしゃぶりつきました。
そして、昨夜と同じように、帰る前に女房の口の周りに鶏の血を塗り、針箱に鶏の羽を忍ばせました。
夜が明けると、女房よりも先に亭主が目を覚ましました。恐る恐る見た女房の寝顔には、予想通り鶏の血が口の周りについていました。亭主は、女房のその姿を確認すると、音を立てないようにそっと床を出ると、一目散に鶏小屋へ走って見に行きました。
案の定鶏小屋の中一面に鶏の羽が散乱し、鶏の血が飛び散り、二羽のメスの鶏が消え失せていました。ついで、女房が日頃使っている機織機の横の針箱の中を覗くと、そこにはに多数の鶏の羽と、噛み砕かれて粉々になった鶏の骨が隠されていました。《俺の女房は、魔女が姿を変えたものに違いない》と、確信するまでになりました。
そこで、彼は、意を決して有無を言わせず女房を引き立てて山に行くと、千尋の谷に彼女を突き落として死なせました。
 
続)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「黄金の鯉」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は「マンピン(MAN PING)」といいますが、「焼き芋」ですね。
 

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