チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

閑話休題

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王様と鬼の約束

閑 話 休 題−79−
 
仲のいい友達というものは、いい意味の競争をして互いに切磋琢磨すれば友情も長引くのでしょうが、もしもその競争の中に嫉妬心が入ったり、勝利することに絶対の価値を置いたりすれば、時に自分の向上よりも相手の下落を願う邪な考えが起こります。これは非常に悲しいですね。
自らの努力を知らず、偶然手に入れた物のお陰で今の生活を送りながら、それを自分の努力の賜物といつしか勘違いし、自分が築き上げた物でない物を自分で築き上げた自分の物と思う。
如何なる物であろうとも願えば望みのままに手に入る如意珠を持つが故に、裕福な生活を送ることが出来ますが、それなしには自らの力で何事をもなすことの出来ない人物は、ついに、その如意珠をなくしたが故に奴隷の身分に落とされてしまいました。しかし、これで彼が自分の愚かさに気付いたのでしょうか。
 
王様と鬼の約束
話は戻って三叉路です。ムアン・チャムパー・ナコーンに向かう富豪と別れた知恵者は、一路ムアン・パーラーナシーに向かいました。ムアン・パーラーナシーの隆盛は遠くにまで聞こえ、商人たちは富み栄え、その王室には世界の宝のすべてが集まっているかのような噂さえ広まっていました。
町にやって来る旅の商人たちから異郷の話を聞くことを好んだ知恵者は、ムアン・パーラーナシーについても十分な知識を持っているつもりでした。しかし、今現実にやってきて目にするムアン・パーラーナシーには人の影はなく、まるで廃墟の町でした。
無人の街を歩いていると、路傍に一人の中年の女性が腰を下ろして項垂れていました。
「おばさん。この町は、近隣に比べるものもないほどに栄華を誇る町と聞いていましたが、今見ると、道に人影はなく、どの家も物音ひとつしないようですが、何があったのですか。どんな災難がこの町を襲って町から人影を消し、廃墟の町にしたのですか。それにどうして、おばさんはそんなに悲しそうにしているのですか。もしもよかったら、話してくれませんか」
大樹の陰で一人腰を落として悲しみにくれる女性は、余所者の若者を目にしても楽しむことなく、むしろ心配するかのように一刻も早くこの町を立ち去るよう言うだけでした。
「どこの若者か、どこの町から何の用があってこの町にやってきたのかは知らんが、悪いことは言わぬ。今すぐ、日の明るい内にこの町を立ち去り、出来るだけ遠くに離れるがよい」
「どうしたというのですか。何か心配事でもあるのでしたら、無関係な他人ですが、話せば、心の痛みも少しは和らぎ、少しは気分がほぐれるかもしれません。もしよかったら遠くからやってきた親戚の者だと思って話してみませんか、少しは気持ちも楽になるでしょうから」
悲しみに沈む女性に知恵者が優しく話しかけましたが、女性の表情はますます曇るばかりでしたが、ぼそぼそと語り始めました。
「旅の若者よ。あんたに話しても詮無いことじゃが、もう他に話す相手もいなくなることじゃし・・・」
女性は、そこで言葉を切り、何か思いつめたように知恵者の顔を見つめると、話し始めました。
「儂は一人娘と一緒に暮らしておっての。儂にとってはこの世にたった一人の縁続き、身内じゃが・・・可愛そうに・・・実は・・・明日の朝になれば、儂は、娘を郊外の東屋に連れて行かねばならん。そこで鬼がやってくるのをじっと待ち、そして娘は鬼の餌食になるのじゃよ。まだ15になったばかりで、女の幸せも知らん可哀想な娘じゃ」
「鬼に食べさせる・・・どういうことですか?どうして鬼に可愛い娘さんを食べさせねばならんのですか」
知恵者はさすがに声が詰まりました。
魂の抜けたような女性が話し出した内容は、驚くような話で、まるでこの世のものとは思えませんでした。
「事の起こりは、うちの王様の身勝手からじゃった・・・ある日、兵たちを引き連れて鹿狩りに出た王様は、黄金色に輝く美しい鹿に目を奪われての、徒歩の兵たちを置き去りにして馬に乗って世にも珍しい鹿をたった独りで追い駆けて行ったそうじゃ。追いかけては見失い、見つけては追いかけ、そんな鹿狩りで王様は、これまで誰一人として生きて帰ったこともない密林に紛れ込んだのじゃよ。王様の馬も疲れ果てて心臓が破裂して死に、さすがに心細くなった時、その黄金の鹿が王様の前に歩いてきて、突然鹿が鬼に姿を変えたのじゃよ。・・・そうよ、黄金の鹿は鬼の仮の姿で、王様を兵たちから引き離す為に化けていたのさ・・・」
「それじゃ、王様は・・・」
「いや、王様は助かったわい。王様は鬼と取引をしたのじゃよ。もしもここで自分を食べれば、たった一人しか人間を食えない。だが俺を帰してくれれば、毎日生きた人間を一人ずつ食わしてやろう・・・そんな約束をしたんじゃよ。じゃから鬼が王様を無事兵士たちのところに返した日以来、毎日町から一人一人人間が消えて行ったのじゃよ。鬼に食われることを避けて、親戚のある者は、親戚のいる他の町に逃げ、残ったのはわしたちのように行く当てもない貧乏人ばかりじゃ、じゃから、町はもう人もいなく死んだようになってしまったんじゃ。たまたま今日王様から呼ばれて我が家から人身御供を差し出すよう命じられたのじゃが、さっきも言ったように我が家には儂と娘の二人限じゃ。娘はどうしても儂を行かせようとせず、自分が鬼に食われるからと言って聞かんのじゃ。それが不憫でのお・・・」
話を聞いて知恵者は、鬼への怒り、王様に対する憤怒よりも女性の身代わりになる少女が不憫で助けてやることにしました。
「心配ないよ、おばさん。わしが、おばさんの娘の代りに行って鬼に食べられよう。だが、おばさんは、誰にもこのことを言ってはいかんよ。おばさんは、娘さんと一緒に食事をして何事もないようにゆっくり休みなさい。ただひとつだけお願いがある。七輪、炭、一本の長い鋭く尖った鉄、そして、20メートルほどの長さの一本の綱を何とか都合付けてくれんかい」
天の助けとはこのことか、と娘の身代わりになって鬼に食われようという見知らぬ男が、神のようにも思えると思わず両手を合わせて感謝し、若者の欲しがる品物を家の中をひっくり返して探し出してきました。
翌朝、郊外の東屋で目を覚ました知恵者は、七輪の火を起こすと、鋭く尖った鉄の先を七輪の中で真っ赤に燃える炭火の中に突き刺し、次いで、東屋の小さな穴から用意の綱を外に通すと、長く引きずり出しました。
東の空に太陽が昇り、東屋に光が差し込むころ、大きな地響きが伝わってきました。鬼がやって来たのです。
「誰だ・・・中にいるのは」
全身が震え上がるような恐ろしい響きの鬼の声が東屋を震わせますが、知恵者は平然として、鉄棒の焼け具合を見ていました。そして、横目で綱を通した穴を見ながら精一杯大きな声を張り上げるように外に向かって叫びました。
「わしは、仏である。その外に出ているわしの向こう脛の毛が見えぬか・・・」
「仏・・・とな、この町に仏が現れたとは聞いておらんが・・・これか・・・仏の向こう脛の毛とはこれほどまでに太く長いものか・・・」
「どうしても信じられなければ、その穴から我が瞑想の姿を見るがよい」
鬼に食われようとしているにも関わらず、知恵者の声はどこまでも堂々として、東屋の外に大きく響いていました。
《これほどまでに太い物が向こう脛の毛であるとすれば、仏の本体はいかほどに巨大なものであろうか》鬼はまだ見ぬ仏に対する恐怖と興味が沸き起こりました。
知恵者の計略に引っかかった鬼が東屋の節穴から中を覗こうとしたその時、知恵者は両手で掴んだ真っ赤に焼けた鉄串を部屋の中から鬼の目目掛けて力の限り突き刺しました。一瞬の出来事に避けることも出来ず、鬼は、目を真っ直ぐに射抜かれ、苦悶のうちに敢無くその場で死にました。
知恵者は鬼が死んだことを確かめると、女性の家に帰り、鬼が死んだことだけを告げ、自分のことを決して口外しないよう念押ししてどこへとも告げず出て行きました。
翌朝鬼に食われる予定の人が郊外で鬼の死骸を見て驚き、鬼の死を触れながら一目散に我が家に走って帰りました。この噂はたちまち町中に広がりました。この噂が王宮にまで届くと、王様としては誰が鬼を退治したのか知らねばなりません。早速昨日の予定の女性が王宮に呼び出されました。
「誠にもって申し上げ難いことではありますが、約束故に私奴の娘の代りに行った人物が誰であるのか、奏上する分けには参りませんし、その人も名前を告げませんでした。ただ、年の頃30歳過ぎの異郷の若者で、今もこの町に潜んでおりますです」
それだけ聞くと、王様は、すべての村の村長を呼び集めて異郷からやってきた若者について問い質すと、忽ちにして知恵者の所在が判明し、身柄を押さえられました。
王様に呼び出された知恵者は、並み居る将軍、高級官吏に囲まれ、王様の前に引き出されても臆する様子もなく、問い質されるままに事細かく一部始終を話して聞かせました。それを聞いていた王様は、彼の知恵と度胸にいたく感服し、まだ一人身の王女を娶らせると、王様の傍近くで親しく国政を手伝わせました。
知恵者の統治は領民たちにも評判がよく、町に争いはなく、人々の顔に笑顔が戻り、幸せをもたらしました。遠く異郷に避難して行った領民も陸続と帰ってきて元の仕事に就き、町は日々賑わいを取り戻して行きました。
しかし、彼の心の中では富豪との再会の約束を忘れることはありませんでした。
(続)
マユリー・アヌカモン著「ラーンナーのお伽噺」に収蔵されている「二人の親友」より題をお借りしました。
冒頭の写真は、タイのおやつというのでしょうか、バナナとココナッツミルクからなる簡単なもので、「カノム・クルアイ・ブアットチー(KHANOM KLUAY BUAD CHII」といいますが、強引に訳せば「尼僧になったバナナ」でしょうか。正式に得度出家しての黄色い衣ではなく、尼僧が身にまとうように白いものに包まれているところからの命名?でしょうか。バナナもココナッツミルクも十分に火を通していますが、バナナは通し過ぎて実の硬さがなくならないように注意します。

親友二人の賭け

閑 話 休 題−78−
 
タイ族の昔話をたくさんご紹介してきましたが、似ているものもあるようで、ここに紹介する話もかつてご案内したかもしれませんが、記憶にありません。原本をもとに再度、自分なりの言葉で記してみましょう。
世の中には身分を越えて仲のいい友達というものはどこにもいるようです。かつてチエンマイのマンラーイ王朝の第四代目の王は、チエンコーンというとんでもなく離れた場所の富豪の醜い顔の男性と無二の親友でした。これまでの物語の中でも禿げ頭の親友の話もあれば、妻の心を探った三人の仲良しの話もありました。
そして、前回は、兄弟が思わぬところで心の奥深くに潜んでいた欲望を呼び起こして兄弟ともに悲しい最後を迎えました。
では、もしも財持ちと、知恵持ちという異質の人間が親友であればどうなるのでしょうか。これが今回のお話です。
 
親友二人の賭け
友情とは美しいもので、立場を超えて心を許しあえる友のいる人は真に幸せだといえるのでしょう。
昔々のお話である名前も残っていない町に伝わっているお話です。二人の親友がいましたが、一人は、かろうじて日々の生活の糧を得ることが出来るほどで、誇るべき家名もなく、崩れかけた家屋に財と呼べる物は一つとしてありませんでした。しかし、彼には人一倍優れた知恵がありました。これが彼の自慢でした。
一方、今一人は、町一番の豪商で蔵には財がうなり、増えることがあっても減ることがありません。そんな彼に今ひとつの宝物があり、世界広しといえども彼しか持っていないであろうという自慢の物で誰にも話したことがありません。これはある意味家宝でもあったのです。
こんな全く対照的な生活環境にいる二人が信じられないほどに仲良く、正に親友と呼ぶにふさわしいものでした。しかし、この二人、仲が良いにも拘らず会えばいつも口論しては互いに譲ることがありませんでした。
その口論も常に同じことの繰り返しでした。
すなわち、財ある者は、いくら知恵あれども知恵でお腹が膨れることはなく、財あるものには敵わないといい、知恵ある者は、その財の使い方を決める知恵なくしては財も意味を成さない、といって譲りませんでした。
ある時、二人は、誘い合わせて異郷の地に商売に出掛けることにしました。まだ未婚の二人です、あわよくばどこかで美女と知り合いそこで腰を落着けるのも悪くはないという気もありました。
楽しい筈の旅の途中でも、二人は、またしてもいつもの癖で財と知恵のどちらがいいかと口論を始めました。口論しながらも二人は三叉路にやってきました。一方の道は、ムアン・パーナーラシーに向かい、今一方の道は、ムアン・チャンパー・ナコンに向かいます。別れ道でどちらに向かおうかと思案している時、知恵者が言い出しました。
「なあ、我々は、いつも同じ話で今日もまた朝から言い争って来た。俺も、あなたに負けを認めないし、あなたも俺に負けを認めない・・・」
財あるものは、一瞬知恵ある者の言うことが理解できませんでした。
「お前が知恵などよりたくさんの財宝を持つ俺に負けを認めればそれで済む話ではないか・・・」
でも、知恵者はいつまでもこうして同じ話を何年も続けていることにうんざりしていました。
「あなたがいう通りかも知れないが、あなたも知恵が優れていることを認めない。そこでだ・・・」
知恵者は言葉を切って富豪に挑戦するかのように真正面から見つめて言いました。
「お互いに自分が正しい、と言い張って結論が出ないならば、こうしようではないか。たまたまここで道が二手に分かれている。この分かれ道に目印を立てて、われわれはここで分かれよう。そして、3年後にここに帰ってきて再び会おうではないか。会ってその時どちらが成功しているか互いに見比べようではないか」
富豪は自信を持って挑戦を受けました。
富豪には、誰にも知らせることがない秘宝があり、それがある限りこの世界の誰にも劣ることがないと固く信じていました。
そこで、富豪は、ムアン・チャムパーへの道を進んでいきました。ムアンに辿り着くと、その町の大きな構えの商店に入っては有名な役人の住所を次々と尋ね行き、ついにマハー・アムマートと接触することが出来ました。すなわち、君側の御用人、側用人、それも最高位の側用人と接触することに成功したのです。
何しろ秘宝をもつ身で、実家には唸るほどの財宝があります。こうした王室の高級役人と接触しても怯えることはありません。
側用人を訪ねて行くと、いきなり告げて言いました。
「これは、お側用人様。私は、異郷の地で数多の財を有する大富豪であります。私は、この国のただお一人の王女様がいまだ一人身であられると耳にし、その王女様と結婚したくやって参りました。出来ますならば、私の為に国王様にお取次ぎして頂けますでしょうか」
多数の絹布と宝石を持って側用人に国王への取次ぎを求めると、富豪の自信溢れる態度、言葉使い、物腰を目の前に、側用人は一も二もなく了承しました。
「宜しいとも。お取次ぎしましょう。言われる通り、王女様にはいまだ決まった方はおられませんから、王様にあなたの意向をお伝えしましょう」
側用人としては、もしも自分が推薦した人物が王女の婿となれば自分の将来も安心ですし、駄目であれば異郷の商人です、簡単に始末できるという計算が一瞬のうちになされました。
「ええっ。貴公はそのように言うが、わしは、どうすればよいのか。考えても見てくれ。わが町一の富豪から求められた姫と彼の息子との縁談の申し込みを断ったのは、つい先月のことではないか。もしも、わしが貴公の言う人間に姫を与えようものならば、わが国の富豪が気に入らぬだろうし、断れば異国との関係に皹が入るかもしれないではないか」
国王としては、どうにも判断に困ってしまいました。
「こうしては如何でしょうか。彼はこの世に比べるものもいない富豪だと豪語しております。ならば、王様の望む物を毎日、7日間に亘って取り揃え、王女に献上することが出来るならば、王女との婚姻を認めよう、だが、しかも一品といえども取り揃えることが出来なかった場合には王女がご成婚されるまでの間奴隷となって水汲みをする・・・」
「フムフム・・・」
側用人の提案を聞いて王様は少し木が楽になりました。
「こうした条件を出せば、彼に自信がなければ黙ってわが国を出て行くでしょう」
「ああ。それが良かろう。もしも彼が帰らず、合意した通りの行なうというならば、貴公は、郊外に彼の為に館を用意して休息させるが良かろう」
側用人が館に帰って王の言葉を伝えると、この富豪が怯えるどころか喜んで提案を受け入れました。七日に亘って望みの品を揃えること等さして難しいことではありませんでした。
郊外の富豪に最初に求められたものは、宝石を鏤めたブレスレットと指輪を王女に献上するように、というものでした。
その国王の命を受けた富豪は、一人部屋に閉じ篭ると懐から小さな宝玉を取り出すと口に含みました。そして、目を閉じ、心の中で宝石の鏤められた指輪とブレスレットを念じると、どこからともなく忽然と彼の念じた物が全てが目の前の絹布の上に現れました。
さして家財を持って来ているわけでもない男が何の苦もなくこうした高価な物を整えて献上すると、国王のみならず側用人も不思議に思いました。そして、第二日目には、天上の絹地の様に美しい絹地を所望しましたが、これすらも難なく国王の望み以上に素晴らしい物が献上されました。次いで第三日目、大きな籠一杯の宝石類を所望しましたが、それすら、何の苦もなくまたまた献上しました。
こうした不思議が続くと、国王ならずとも《財ある男は、何か不思議な物を所有しているのではないか》という疑念が生じました。そこで、第四日目には、王女を使って財ある男に食事をご馳走し、彼の秘密を探りだそうとしました。
王女は、財ある男にお腹一杯満足するまで食べさせ、次々とさも親しそうに、心を許したかのように話し掛けました。そんな王女との話に夢中になる富豪の様子を見て、頃は良し、と王女が尋ねました。
「あなたは、お金持ちだそうですが、本当なのですか。本当に、終生私が何不自由ない贅沢な暮らしをしても咎めることがなく、私の望む全てを取り揃えて私を喜ばせることが出来ますか」
「それなら心配はありません。王女様の望むいかなる物をも差し上げることが出来ます」
「ならば、本当に富豪であるということを示す証拠となる、どんな財宝をお持ちなのでしょうか、私にお見せ頂けますか。実際に目にすれば安心しますもの」
財ある男は、王女と二人きりの食事時間という甘い一時に酔い痴れて、うっかりと自慢して言ってしまいました。
「もしも、王女様が私と婚姻の儀を上げれば、王女様は世界一裕福な王女様となりましょう。何故なら、私が如意珠を持っていて、王女様の望むいかなる物をも瞬時に取り出して見せることが出来るからです」
王女は、事の真相を知ると、財ある男に別れを告げ、王宮に帰って王に知らせました。
翌日は、第五日目。王は、御自らお出ましになり、財ある男に如意珠を乞いました。如意玉を乞われた富豪は、出さねば生涯水汲みです。仕方なく献上せざるを得ませんでした。第六日目になると、王は煙の様に滑らかな絹地を王女に献上する様乞いました。しかし、もう如意珠を持っていない財ある男は、粗末な布地一枚すら用意することが出来ません。
そこで、王女が婚姻の儀を上げるその日まで、奴隷となって王女が水浴びする水を汲まねばなりませんでした。
(続)
マユリー・アヌカモン著「ラーンナーのお伽噺」に収蔵されている「二人の親友」より題をお借りしました。
冒頭のお菓子は「カノム・トゥアイフー(KHANOM THUAY FUU」といい、フー(FUU)という言葉の通り「膨らまし」ています。米粉、グラニュー糖、水、ジャスミンの香りつけ、重曹からなっているようです。好みでレーズンなどを飾るのもいいかもしれませんね。

ピー・ポープ

閑 話 休 題−77−
 
誰も死にたくはないものですが、死を逃れることは出来ません。逃れることが出来ないならば、死を否定してしまえば楽ですが、現実にわれわれはたくさんの死を眼にします。つい最近もバンコクではたくさんの死が路上に転がりました。
現実には死を眼にしながらもその死を否定することは可能です。すなわち目に見える死が肉体の死であり、精神という目に見えないものは死ぬことがない、とすれば、死を否定できます。そして、その精神こそが霊魂であり、ここに霊魂不滅の考えが出てきます。
その霊は、死後さまざまな形でわれわれの周りにいるもののようで、それらの霊が祖霊となって家族を守りますが、一方で仕来りの遵守を求めて、それに反する者に霊が悪意を持って懲らしめることもありますが、それが病であるのかもしれません。
 
ピー・ポープ
兄のチャウ・カムパウが一人帰国し、弟のチャウ・カムセーンは帰途亡くなったという偽りの報告をすることによって、目論み通り、王位と弟の妻を手にしました。一方のハトの体に魂を移し入れて森の中を飛び回るチャウ・カムセーンは、それなりに自由を味わい自分が人間であることを忘れたかのようでした。
自由気ままに空を飛び交い、果物を突付いての生活にも慣れていましたが、ある日喉の渇きを覚えたハトは、視野に森の渓流を捉えると、舞い降りました。岩にしっかりと摑まり、首を折って水を飲もうとした瞬間、水面の映るわが姿を見て驚きました。
水面に映るわが姿に愕然としたハトの霊は、すぐに自分の本来の姿は人間であることを思い出しました。脳裏に走馬灯のように駆け巡る様々な思い出。3年間の修行を終えた帰国途上の旅のこと、父と妻に帰朝の報告をする途中にあることを思い出すと、魂を抜いたわが体を探して森の中を飛びました。
苦労の末に見つけた自らの体は無残に切り刻まれていくつもの肉塊になり、蛆すら湧いていました。もう魂を移し替えることが出来ません。その身はハトであっても魂は、自分がチャウ・カムセーンであることを明瞭に覚醒したハトは、人間の言葉を話すことが出来ないこと以外、その思考能力はチャウ・カムセーンそのものでした。
自分の本来の姿を思い出すと、父恋しさ、妻恋しさの念に止め処なく涙が流れ出てきます。ハトは、矢も盾もたまらず、森の上に抜け大空に舞い上がると、一路故郷ムアン・パラーナシーに向かって大きく羽ばたきました。
幾つもの山を越え、森の上を飛びすぎていきます。
幾日かの旅の末、やっとムアン・パラーナシーの町外れの森に辿り着きました。森の中を馴染みの兵が通り、宮殿の女性たちが木の実を採集に嬉々として木々の間を駆け遊び、中には小川で水遊びに興じるものもいました。
通りかかる王宮の者たちにどれほど呼びかけても、ハトの鳴き声が空しく森の木々にこだまするだけでした。
ハトは、疲れた羽を休め、空腹を癒すと、翌朝早く、王宮の屋根に止まりました。
父が王宮から広場に出て行きます。後ろには多数の兵がつき従っています。
チャウ・カムセーンは、屋根の上から大きな声で叫びました。
「父上・・・」
しかし、チャウ・カムセーンの言葉は人間の言葉ではなく、ハトの鳴き声に過ぎず、誰の耳にも「チュッククルー・・・チュッククルー・・・」としか聞こえません。やたらと泣き叫ぶ一羽のハトに王宮の誰もが怪訝な表情をします。
そんなハトを見上げたチャウ・カムパウは、異様なものを感じましたが、同時にチャウ・カムセーンもまた兄の視線を受けて危険を感じたのか、すぐにその場を離れて飛び去りました。
その日の夕方、王宮では不思議なハトの話で持ちきりとなりましたが、そんな時再びそのハトが飛んできて屋根の上で姦しく啼いています。
こうした日々が数日ついたある日、チャウ・カムパウは、ハトの正体が弟のチャウ・カムセーンであると確信し、部下に命じて弓で射させました。しかし、どれほどの弓の使い手であろうとも、チャウ・カムセーンの体に触れることはありませんでした。
ますます、不思議なハトの話が王宮内に広がると、ついにはその正体探しが始まりました。誰の死後霊であろうか、王家の亡くなった誰かなのか、敵の誰かなのか、不吉なハトなのか、吉祥のハトなのか。
王室占い師が呼ばれて占いましたが、ただ首をひねるばかりでした。
そんな噂が広まって一番恐怖したのは、チャウ・カムパウです。もしも、弟が人間の意識を取り戻し、人間の死者の体に魂を移し変えれば、恐ろしいことになります。とはいえ、いかに弓矢の名手といえどもハトを射落とすことが出来ません。
そこで、ある日の朝、チャウ・カムパウは、弩弓を手に王宮裏の空き地に降り立ち、ハトを待ちました。
誰もが朝食を済ませたころ、いつもの時刻にいつもの場所にハトがやって来て止まりました。チャウ・カムパウは、目を閉じると、口の中で習ってきた呪文を唱えると、弩弓の矢に霊力を吹き込みました。
異様な殺気を感じたチャウ・カムセーンが殺気の発生源を求めて飛びあがると、眼窩に兄の姿を眼にしました。兄の手になる弩弓を目にすると、急いでその場を離れて森に隠れました。
翌日の朝、チャウ・カムセーンを射損ねたチャウ・カムパウは、今度こそは逃すまいと王宮前広場隅の大きな木の下に身を潜めてハトを待ちました。目を閉じたまま弩弓を構えたチャウ・カムパウは、呪文を唱えて自らの殺気を消し、心の目でハトに狙いをつけました。
「チュッククルー・・・チュッククルー・・・」
かすかに耳に響くハトの鳴き声を頼りに弩弓を引き絞り狙いを定めました。
一方、ハトのチャウ・カムセーンには兄の存在が見えず、殺気が感じられません。さらに大きな声で鳴いて妻に呼びかけた瞬間、全身に鋭い痛みが走ると、屋根を転げ落ちるように地上に落下しました。
《しまった・・・》
兄の術に嵌った自分が殺されたことを察したチャウ・カムセーンは、地上に落ちる直前に魂を抜きました。
《兄のチャウ・カムパウは、生涯に亘って善人となることなく、領民を苦しめ、ついには、気が狂って精神に異常をきたした状態で領民から攻め殺されるであろう》そうした恐ろしいことを念じました。これは、正に恐ろしい呪に他なりませんでした。神々すらをも恐れさせるという、ルーシーの呪いです。
チャウ・カムセーンの魂は、そんな呪いを実現のものとするべく、夜間になると、密かに王宮の中に忍び込み、チャウ・カムパウの寝室に入りました。
チャウ・カムセーンの魂は、呪いの言葉を再び繰り返すと、心地良さそうに眠る兄の無防備な体に移りこみました。
翌朝、部屋を出てきたチャウ・カムパウは、いきなり泣き出したかと思えば、笑い出し、従者を罵倒したかと思えば抱きしめるなど、常軌を逸した行為を繰り返しました。呼び寄せられた呪術師がチャウ・カムパウの心に問い質そうとしますが、その悪態は想像を絶するもので、辻褄の合わない言葉が止め処なく吐き出され、呪術師を罵倒するばかりでした。
ついで、僧侶が呼ばれると、チャウ・カムパウは、目を吊り上げ、明らかに常軌を逸した精神状態を露呈して、荒々しく廊下を歩き出すと、そのまま王宮の外に駆け出していきました。
街中に出たチャウ・カムパウの異常な言動を目に、住民たちが怖れて遠巻きにするだけでしたが、チャウ・カムパウは、そんな住人を捕まえては殴打し、暴行を繰り返し、民家に入り込んでは家畜を捕まえると生きたままそれを口にする始末でした。
口の周りに鶏の血を滴らせたままなお町中を走り回りました。
あっちの村、こっちの村と、暴れまわるチャウ・カムパウがあるお寺に入ると、僧侶と出会いました。真正面からチャウ・カムパウを睨み付ける僧侶に対してさえも意味不明の言葉を吐くばかりでした。
「俺はピー・ポープだ。俺は生きた鶏を食うぞ。俺は人の心臓を食うぞ。人の生血が欲しい。俺は火が怖い、オオカミの牙が怖い」
一方的に叫ぶとそのままお寺を出て裏の民家で鶏を毟り食いました。
領民は、後継国王であると思うと取り押さえる不敬も恐れてただ逃げるばかりでした。
そうした領内の空気が王室に伝わると、国王は、苦渋の決断をせざるを得ませんでした。
「今後チャウ・カムパウは、わが息子ではなく、わが家系と関係のないものである」
「チャウ・カムパウは、すでに後継者の地位にいない」
触れだされる国王の言葉が領内を駆け巡ると、領民たちがチャウ・カムパウを追いかけるようになりました。
こうして、人々は常軌を逸したカムパウを目にすると、怖れながらも憎しみを表し、ある者は追い掛け回し、ある者は山に駆逐し、ある者はオオカミの牙で突き刺しました。火を付けて常軌を逸した行動をする旧主を焼き殺そうとするものまで出ました。チャウ・カムパウはそんな領民たちの怒りを目にして恐れ、森の奥深く逃げ去り、音沙汰がなくなりました。
チャウ・カムパウが森の中に姿を消した後しばらくして、領内に不思議な現象が多発しました。ある者はマラリアに罹り、ある者は高熱で意識を無くし、そして、ある者は意味不明の言葉を発して常軌を逸した言動を繰り返す奇病に罹りました。呪術師や呪術を好む僧は「これはピー・ポープが憑いた所為だ」と言い出しました。
それ以来、「ピー・ポープ」という言葉がムアン・パーラーナシーの領内に広く普及しました。
実際には、その発端は、パーラーナシーの国王の長男から来たものなのです。
(了)
スチャート・プーミポリラック役「雲南省のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「ピー・ポープ」より題材をお借りしました。
冒頭の写真はタイのお菓子の一種で「サンカヤー・ファックトーン」というお菓子です。新鮮なかぼちゃの種を取り除いて、そこに卵、ココナッツミルク、砂糖、塩でを混ぜ合わせたものを詰めて蒸しあげます。

兄の裏切り

ルーク・チュップ
 
閑 話 休 題−76−
 
どの民族も、目には見えない「霊」と言う物を信じているようです。それは、人の体の中にあっては、生きる人々の精神世界を形作り、死を迎えると体から離れて次の場所を求めるようです。こうした考えは、霊魂不滅となり、時空を越えて魂が生き続けることにもなります。こうした考えが日本では「七生報国」と言うことにも繋がるのかも知れません。
タイ族にあっては、ピーと言う言葉がありますが、これは時に「霊」ともなれば、まがまがしい「幽霊」ともなり、はたまた「お化け」にすらなります。タイの人々にとっても最も怖い存在こそ「ピー」なのですが、そんな怖いピーにも幾つもの種類があります。かつてこのピーについて「チエンマイの信仰」を記した際に若干言及しました。ではタイ族の中の中国雲南省を中心に広がるタイ・ルー族は、そんな怖いピーの一種であるピー・ポープと言う物をどのように見ているのでしょうか。
因みに現代タイにあって、ピー・ポープと言うのは、人の身体に取り付いて内臓を食べてしまいますが、この霊は、生物を好みますので、村の鶏などを襲って食べるものとされています。
 
兄の裏切り
昔々、ムアン・パーラーナシーと言う町がありました。このパーラーナシーと言うのは、物語にしばしば登場する名前ですが、インドのペナレスを模したもののようです。このパーラーナシーの王には、チャウ・カムパウとチャウ・カムセーンと言う二人の王子がいまして、共にかわいい息子ですが、将来国を譲るのはどちらか一人になります。王は、二人に将来の国王に相応しい能力を持たせる為に旅に出しました。
タイ族にあっては、国王は、単に武勇に優れているだけでは駄目だったようで、そこには通常の人々の及ばない優れた能力が求められていたようです。そして、そんな常人にはない能力を持つ人の存在が伝えられています。いわゆるルーシーと呼ばれる存在で、これは空を飛んだり、千里眼を持っていたり、物を創造したりする超能力を有しているとされています。日本で言うところの仙人にも等しいのでしょうか。
「お前たち兄弟は、ムアン・パーラーナシーの国王の息子である。国王の息子として当然にもっているべき学問・呪術を修めさせる為に、3年間に亘ってムアン・シラーに送ることにした。3年経って帰って来たら、どちらか知識能力に優れた方を父の玉座の後継者とするであろう」
国王は、かわいい二人の息子に等しく王となる機会を与え、共に同じ師について学問に励むよう送り出しました。まさに可愛い子には旅をさせよ、の諺通りですね。翌日、カムパウとカムセーンは、夫々が馬に乗り、師への教授料、3年間の生活費その他必要にして十分な金銀荷物を取り揃えると、兄弟揃ってムアン・シラーを目指して出て行きました。
3年という月日は瞬く間に過ぎました。
夫々に十分に学問を修めてきました。帰国の暁には、兄弟のうちどちらか一人しか国王の地位に就くことはできません。それは兄弟の人生を決定するものですが、今はそんなことより、3年ぶりに生まれ故郷に帰る嬉しさに心弾んでいました。
山を越え、谷を渡り、原野を横切り、森を抜けて帰ります。そんな途中に出会った広大な森の中で、一頭の鹿が横たわって死んでいるのを目にしました。鹿はまるでまだ命を持っているかのように肌に鳥に突付かれた傷もなく、腐臭を発することもありません。
こうなると、若い二人です。3年間に亘って習ってきた学問を実地に試してみたくなりました。
「おい、我々は3年に亘って様々な学問を修め、師よりも卒業の許しを得た。しかし、それが実際に役立つかどうか試したことがない。たまたま鹿が死んでいるようだが、学んできた呪術を試してみてはどうだろう。魂を身体から抜いて、鹿の身体の中に宿り蘇生させる術はどうだろうか」
兄のカムパウがいうと、弟のカムセ−ンも大いに賛成しました。
「まずは、言い出した俺が先に試してみよう。もしも、うまく魂を移し換えて、鹿が蘇生して走り出しそうになれば、お前は一声大声をかけてくれ。さもないと、どこへ駆けて行くか分からないからな。お前の呼びかける声を聞けば、俺はすぐに意識を取り戻すだろう。意識が戻らなければ、俺は、鹿になって、生涯森の中にいて、父上のもとへ帰っていくことが出来ない」
しばらく黙って聞いていたカムセーンが言いました。
「お兄さん、安心して下さい。鹿が動き出そうとしたら、すぐ兄さんに呼びかけて意識を呼び戻しますから。先にお兄さんが試してみて下さい」
弟の言葉を聴いて、カムパウは、緊張気味ながら地面に腰を下ろし、目を閉じると両手を合わせて口の中でぶつぶつなにやら唱えだすと、彼の体から急に力が抜けていきました。力なく項垂れたカムパウの体はまるで死んだようになりましたが、代わって目の前に横たわっている鹿の閉じられた目がパッチリと開くと、首をもたげて辺りを見回しました。
チャウ・カムパウの魂が鹿の中に移った瞬間でした。弟のチャウ・カムセーンはそんな兄と鹿の動きのすべてをじっと眼を凝らしてい見ていました。そんな彼の目と息を吹き返した鹿の目が真っ直ぐにらみ合いました。瞬間鹿が勢いよく立ち上がり逃げ出そうとしました。
「お兄さん、走らないで」
逃げようとする鹿の後姿に鋭いチャウ・カムセーンの声が襲い掛かりました。弟の声を耳にして鹿の体の中に入ったチャウ・カムパウの魂は、人間の意識を取り戻すと動きを止め、その場に立ち止まりました。やがて、何事もなかったかのように鹿の体から力なく項垂れているチャウ・カムパウの魂の抜け殻の中に魂が移りました。
こうして鹿は元の通り横たわった死骸に戻り、項垂れたチャウ・カムパウに命が甦りました。
習ってきた学問が実際に使えることを知った二人は、嬉しくなり、帰国の足取りもますます軽くなりました。
しばらく歩いていると、今度は一羽のハトが地上に落ちて死んでいるのを目にしました。弟のチャウ・カムセーンは、自分も魂を抜いて他に移る術を試してみたいと思いました。
「兄さん、私も、学んできた呪術を自分で実際に試してみたいのですが、魂をこの死んでいるハトの身体の中に宿し、奴を蘇生させてみたいと思います。ついては、もしもうまくいってハトが飛び立とうとすれば、呼び止めて下さい。さもないと一生涯ハトのまま生活しなければなりませんから」
「カムセーンよ 、安心しなさい。お前をハトにして置くこと等決してないから、安心して術を試して見なさい」
しかし、地位、名誉など欲に目が暗むと、人は時として悪魔にすら心を売り渡すのでしょうか、平然として恐ろしいことを考えるものです。
《カムセーンは、俺よりも頭がよく呪文も深く身につけて、どうしても勝てない。もしも二人して帰国したならば、父が有能なカムセーンに玉座を譲ることは間違いないであろう。だがもしも、奴がハトに魂を移してそのまま放置すれば・・・》
チャウ・カムパウの頭の中で怖ろしい考えが浮かびました。
《・・・もしも、カムセーンがいなければ、帰国の暁には当然自分が王位を継ぐだけではなく、美人の誉れが高いカムセーンの女房すらも手に入れることができる》
邪な考えが心に浮かぶと、チャウ・カムパウは、その実行を急ぎました。
「カムセーン、早く脱魂して見せてくれ」
幼いころよりどんな遊びも一緒にし、互いに気心をよく知り、互いに愛し合い、裏切ったり、苛めたりすることなどなかった兄弟二人です。まして、兄であるチャウ・カムパウが自分を亡き者としようと考えているなど夢にも思いませんでした。
チャウ・カムセーンは、兄と同じように腰を下ろして足を組み、目を閉じて両手を合わせ、習ってきた呪文を口の中で唱えました。
一瞬目の前が真っ暗になり、一切の音が消え、重量を感じることがなくとても気持ちよくなりました。そして、次の瞬間視界が明るくなると、目の前に人が項垂れて座っていました。どこかで見た記憶があるような気がしましたが、それよりも一刻も早く人間の側から離れなければ捕まります。羽根を広げると、数度大きく羽ばたかせました。
体がフワリと浮き上がると、そのまま人の姿が小さくなりました。
一方、チャウ・カムパウは、目の前で弟が魂を死んだハトに移し、ハトが空に舞い上がるのを黙ってみていました。
もしもカムパウが「弟よ飛び立つな」と叫び声を挙げたならば、これだけで何事も起こりませんでした。しかし、悪魔に心を売り渡したチャウ・カムパウは、なおも刀を抜いて魂の抜けた弟の身体に切り付け幾つもに分断してしまいました。
それからただ一人、ムアン・パーラーナシーに帰ってきました。
「ムアン・シラーを出てパラーナシーに帰ろうとした時、途中カムセーンに不幸が襲い病に罹って亡くなりました。そこで、私は、弟の遺骸を異郷の森の中に埋葬しました」
チャウ・カムパウが、父に拝謁してチャウ・カムセーンの不慮の事故による死亡の話を作り上げました。一方、チャウ・カムセーンの妻は、夫の訃報を耳にして意識は朦朧となり、眩暈に襲われ、今にも席から崩れ落ちそうになりました。
その後間もなく、チャウ・カムパウは父から後継者としての地位を得ました。更にカムセーンの妻をも我が者としました。
(続)
スチャート・プーミポリラック役「雲南省のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「ピー・ポープ」より題材をお借りしました。
冒頭の写真はタイのお菓子の一種で、もち米の粉を丸めて作ったものに、シロップをつけたお菓子ですが、大変カラフルで、様々な物を象っていますが、面白いお菓子ですね。
このお菓子の名前は「ルーク・チュップ」といいます。

悪徳商人を懲らす

閑 話 休 題−75−
 
世の中には、物を作る人がいて、売る人がいて、そして、それを買う人がいます。今ではそれが非常に複雑になり、一つの物を作る為にたくさんの人手を要し、たくさんの物を寄せ集めて組み合わせ、一つの製品とします。そうすると、非常にたくさんの組織の連携作業となり、そこにその連携をよりスムーズにする為の流通機関が出て来ます。
世の中は、こうして高度になるのでしょうか。複雑になり、最終消費者には生産者の顔が見えなくなり、誰が何を材料にして作ったものか判らないことになります。それを防ぐ為に産地表示をするのですが、世の中には、今も昔も消費者を騙す人がいたようです。そうした不正を防ぐ一つは消費者の身近で物を作ることでしょうが、消費地の半完成品を使用しなければならないという項目を入れると大変でしょうか。
不正があれば、警察が動き、公正取引委員会が動くのが現在の日本かもしれませんが、昔のタイ社会における正義の味方は、アイ・スック、アイ・シー兄弟です。
 
悪徳商人を懲らす
昔々、商人たちは、商品を担いで村から村を渡り歩いて商品を買い入れ、そして別の村に行ってはそれを売って利益を得ていました。それは、ラーンナーの若い男たちの一つの人生形態でもありましたが、今のように物流機構の発達していない時代にあっては、こうした商人の存在が欠かせません。
こうした商人たちの中には、一人で籠を担いで村から村へと渡り歩きながら生涯の伴侶を探す若者もいれば、牛、馬を伴い、荷台にたくさんの商品を積んでいく商人もいます。
アイ・シーの住む村にもそんな商人がやってきました。
この商人は大層羽振りがいいのか、幾頭もの馬を引き連れて後の荷台にはたくさんの商品が乗っていました。
時に冬です。年中夏と思われる南国ですが、冬の季節があります。日本人からすれば秋かと思えますが、日中気温が40度近い日々の生活の中で朝方10度を割り、日中気温の最高気温が25度前後まで下がると、さすがに寒さが身に染み、防寒着が欠かせません。
当然のように今の日本では見られない焚き火が見られるのもこの頃のことです。チエンマイにおいては、今でこそ空気汚染を理由に焚き火を禁じていますが、数年前までは田舎に行けばあちこちの空き地で枯葉を集め、焚き火をしている姿を見たもので、今も山岳部では木を燃やしての本格的焚き火で暖を取ります。山の人たちの凍死のニュースは10年近く前までは毎年のことでした。
そんな生活の中で、最高気温が30度を切る気温は涼しさから時に肌寒ささえ感じるようになると、人々は焚き火をして暖をとり、寒さが好きといわれる犬でさえも飼い主の横に寝そべって焚き火の傍を離れようとはしません。
この冬の時期、さすがに雪は降りませんが、商人は、寒さを避けて近くの民家にあるマンゴーの木の下で焚き火をして暖を取っていました。この商人は、村人たちに対して触れを出し、商品の買い付けは午前中に行い、午後には売却だけをするというのです。売りたい物があれば午前中に持って行って売り、買いたい物があれば午後に行って買うので、同じ人間が物を売りに行って同時に他の物を買って帰ると言うことを認めませんでした。
中間商人たちが利益を吸い上げ、生産者たる農民が赤貧洗うがごとき生活を余儀なくされるのは、今も同じですが、アイ・シーの時代にはそれがもっと酷かったようです。
アイ・シーはこの商人の仕事振りを見ながら不思議な気持ちがしてなりませんでした。不思議なことに村人がいない時になると、商人は秤の皿を火にかけて温めていたのです。
「秤の皿と言うのも不思議なもので、人間と同じように寒さを嫌い、暖を取るものらしい」
アイ・シーは、一人ニッコリと微笑むと呟きました。
アイ・シーが見つけた商人の秘密とは、秤の皿の下に蝋をつけていたのです。物を売る時には蝋を皿の下にくっつけて目盛りを誤魔化し、買い取る時には蝋を落としてそのままの重さで買っていたのです。これでは村人たちが堪りません。
村人を苦しめる如何なることにもじっとしていることができないアイ・シーです。何とかして商人の鼻を明かしてやろうと考えました。
翌日の午後、村人たちが彼から綿を買おうと集まってきました。そんな大勢の村人の中に混じってタイ・シ―も綿を買うことにしました。
注意してみると、秤の皿の下には既に蝋がくっついています。重さをこうして誤魔化されたのでは、高い買い物を余儀なくされ、せっかく貯めたお金も余分に出て行ってしまいます。しかし、アイ・シーは、秤の皿の仕掛けについて村人の誰一人にも話していません。
次々と綿を買って行く村人たちを黙ってみていました。アイ・シーの番が来ると、必要な重量を告げ、それに要する代価を言われるままの黙って支払いました。商人も商売ですからニコニコと愛想よく話しながら、綿を掴んでは秤にかけ、棹の先に分銅を下げて重さを量っていきます。
そんな商人を見ながら、アイ・シーは相変わらず黙ったまま、表情一つ変えることなく、片足を上げると横の焚き火に当たって暖を取るかのようにしていました。寒い冬の季節です、焚き火に当たったからといって文句を言う人はいません。
アイ・シーは暫く足に感じる熱さに耐えていましたが、商人が量り終える頃になると、足に感じる熱さにも絶えかねたのか、その足を秤の方に差し出すと、指先で秤の皿の下を押し上げるように触れました。瞬間、綿を乗せた皿が上に上がります。水平を保たねば、重さ分かりません。
しかし、アイ・シーの指先は更に下から尚押し上げるように動きます。その瞬間、棹に吊るした分銅が滑り動くと棹から外れて落ちてしまいました。
これを見た商人は、当然のことのように商売の邪魔をしていると判断し、顔を高潮させ、口角泡を飛ばせてアイ・シーの非を責めました。その手はしっかりと落ちた錘を握り締め、怒りにかすかに震えてさえいました。
「皆さん見て下さいよ。アイ・シーは、綿を買って、足で秤を蹴りあげた。皆さん、こんないかさまを今までに見たことがありますか。アイ・シーは、賢くて不正を嫌い、正直者であると世間では言っていますが、こうして自分が買う時になると、私のようなしがない商人を虐めています。こんなことが許されていいのでしょうか」
周りに集まっている村人たちに訴えるように、商人は大きな声でアイ・シーを責めました。商人の余りにも激しい言葉使いと口調に、村人が更に集まってきました。
そんな村人の中でアイ・シーの片足はまだ秤の皿の下を押し上げるようにしたまま動きませんでした。
商人の非難の叫びにもめげず、アイ・シーはさも困惑したように眉根を寄せ、口を歪めて言いました。
「これでもまだ、私を責めることが出来ますか。冬の気候はこんなに寒く、あなたの秤の皿だって寒さを怖がっているじゃありませんか。私の足も同じ様に寒さを怖がってしかたがないのです。私は、少し足を温めただけですが、あなたの秤の皿が私の足にぴったりくっついて、ほんに不思議なものです」
秤の皿の下に付いた蝋がアイ・シーの足の親指の熱に誘われるかのようにくっついてしまっていました。村人たちの最前列で腰を下ろしてアイ・シーの足を見ていた村人が秤の皿を取り上げると、アイ・シーの親指の形を残した蝋がしっかりと張り付いていました。こうして商人の悪巧みが露見すると、村人たちの非難の声が沸きあがりました。
人々は秤の皿の下の蝋の塊を目にして騒ぎたて、次々と村中に言い伝えていきました。村の中の綿を買った人、茶の葉を売った人、その他物を買った人たちの誰も彼もが家から飛び出してきました。彼らは誰一人の例外もなく、買った商品を腕に抱えていました。村人たちは、誘い合わせてやって来て商人に改めて計り直させ、ある人は買った商品を返却して返金を求めました。
村人の目の前で不正を暴かれた商人は、非難の嵐の中で村人の求めに対応する破目に陥り、這う這うの体で村を後にしました・・・とさ。
(了)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省のタイ・ルーの伝承」に収蔵されている「綿を量る」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、「カノム・チャン」と言うタイのお菓子で、通常九層になっています。
 

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