チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

閑話休題

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健忘症の男

閑 話 休 題−74−
 
世の中には、様々な人間がいるもので、中には方向音痴と言う人がいます。どこに歩いていっても自分が初めの位置からどの方向に歩いたのかわからない為、元の位置に帰っていくことが出来ません。こんな人が一人ドライブをすると悲劇でしょうし、運転させるとどこへ行ってしまうのか怖い気さえします。そんな人間を救うように最近では自動車が道案内してくれるようですが。
しかし、最近では、そうした可愛い方向音痴どころか恐ろしい病気として、痴呆症、と言うのがあります。最近ではこれを認知症と呼ぶのでしょうか、どうして病名が変わるのか理解できませんが、それは兎も角、ご本人はもとより世話する家族のご苦労は他人の伺い知れないものがあると思います。
しかし、性格的に物忘れの激しい人はいるかも知れませんね。頭にメガネを載せながらメガネを探している人などは時として笑い話のネタにすらなります。
 
健忘症の男
ある村に物忘れにかけては右に出るものがないほどに記憶力と言うものが生まれつき欠如しているかのような男性がいました。それでも不思議なもので、それほど物忘れの激しい男性にも家庭を持つ才覚があったのか、妻がいました。そして、不思議なことにどうやら妻のことと自分の家の場所だけは忘れずにいるようです。
男の名前はシーモーイと言います。
ある日のこと、シーモーイは、朝の食事を終え、一本の山刀を手に家を出ました。
「母さん、昼の弁当はどうしたかいの。作ってくれたかい」
階段を下りた途端にシーモーイの声が裏にいる女房に呼掛けました。
「腰を見てごらん、先ほど結びつけておいたじゃないか」
「あったあった・・・」
つい数分前に山刀を手にする前に女房が腰に結びつけてくれていたのでしたが、シーモーイはそれすら忘れていました。
「で、こんな刀をもってどこへ行けばいいんじゃ」
「森に行って木を伐って来るのよ。もう薪も少なくなったからね」
「薪をな・・・分かった、任せとけ・・・じゃあ、行ってくるな」
歩き出して間もなく、村外れまでくると、もう自分がどこへ行くのか忘れてしまいました。
「おーい。シーモーイよ・・・どこへ行くんじゃ」
親切な村人が彼の姿を見て話しかけました。
青、白、赤の格子島のパーカマーを腰に巻き、山刀をそこに手挟み、今片方の腰には竹編みの籠をぶら下げています。ニコニコして歩くシーモーイが物忘れがひどいことを知らない村人は一人としていません。
「どこへ・・・」
一言呟くと《そういや、俺はどこへ行くんじゃろうか・・・》不安が過ぎると懸命に考えました。
「お前の歩いている道は森につながっているぞ。森へでも行くのか」
「そうだよ。森へ行くのさ・・・森へ」
村人たちは、シーモーイが可愛いのか、こうして彼を助けていました。村人が離れていくと、シーモーイにもまた不安が起こりました。せっかく村人が教えてくれたのですが、シーモーイは、森へに何をしに行くのか分かりません。
《森へ行って何をすればいいんじゃろう・・・》
どうやら自分が森へ行く為に家を出たらしいことは薄々気付きましたが、さて何をするのか分かりません。
「シーモーイじゃないか」
別の村人が声をかけて来ました。
「おお・・・」
「どこへ行くんじゃ」
「・・・」
一瞬悩みましたが、目の前には森が迫っています。
「森じゃ・・・そう、森へ行くんじゃ」
「・・・そういえば、お前の女房が薪が少ないとか言ってたな」
「・・・そうだ、薪だ。その薪を拾いに来たんじゃ」
友人の協力で何とか森へ来た目的を思い出しましたが、それも束の間、一人になって歩くともう忘れていました。
森の中に入ると人影はありません。遠近で獣の鳴き声だけが不気味に響きます。そんな中でシーモーイは、急に便意を催しました。
思えば、今朝起きてからまだ用を足していませんでした。
腰から山刀を抜き取ると、近くの木の根方に突き刺しました。
かつては、タイの人々のどの家にも山刀はあったようです。それはイザとなれば護身用の刀となって侵入者と命を賭けて戦ったこともありますが、今ではこうした刀を護身用に持っている人は少ないですね。
昔からその名を知られたアユッタヤーのアランヤジックの刃物産業は、いつの間にかステンレス製の食器を生産する様になりましたが、それでも実用のみならず装飾用刀剣に見るべきものがあるようです。
山刀を地面に突き刺し、木々を分けて奥に入ると何とか用を足すに適した場所を見つけました。
用を済ませると、さて、どうしたものか・・・シーモーイは暫く考えましたが、もとよりいい考えなど浮かぶ筈もなく、森の中を歩いていると,キラリと木々の間を縫って地上に差し込む南国の太陽の強い陽射しを受けて光るものがありました。
シーモーイは、その光を求めて歩いて行くと、そこに見事な山刀が地面に突き刺さっていました。
「何と今日は運がいいのだ・・・こんな見事な山刀を手に入れるとは・・・」
手にとって見ると、握りといい、重さといい、長さもまた気に入り、まるで十年来使ってきたかのようにシーモーイの手にシックリと合致していました。
バサッ・・・バサッ・・・
試しに近くの木の枝を伐って見ると面白いように伐れます。
手にした山刀を振り回しながら森の中を歩くシーモーイはやがて渓谷に出ました。
渓流の流れに体を洗おうと腰のパーカマーを解いたとき、タカリと落ちた竹篭を見て、お昼の弁当を思い出しました。
手と顔を洗ったシーモーイは、近くの岩場に腰を下ろし、糯米に焼き塩魚、タイ味噌で昼食を終えると、意気揚々と森の中を歩きました。
シーモーイの腰には相変わらずパーカマーが巻かれ、右の腰には糯米が入った竹篭が吊るされ、右手には先ほど拾った山刀が握られていました。
ベチャッ・・・
気持ちよく歩いているうちにシーモーイは、誰が捨てたのか未だ新しい大便を踏みつけてしまいました。
「ワア……誰だ。所も構わず糞をしやがって。蹴っ飛ばしててやりたいわい。こいつの親はどんな教育を子供にしてきたんじゃ。親の顔が見たいものだわい」
しかし、シーモーイが手にしている見事なお気に入りの山刀は、自分が地面に突き刺したものであり、いま踏み付けて憤懣やるかたない排泄物の主もまた彼自身であるなど、もうとっくの昔に忘れています。はじめから意識になかったでしょう。
散々誰とも知れない相手に向って罵声を浴びせたシーモーイは、近くの草で汚れを拭き取り、渓流で洗い流して、辛うじて森を出てくると、一人の村人と出会いましたが、勿論名前など覚えていません。村人のほうでもシーモーイのことは誰もが知っていますから、自分から声をかけて何とか彼の記憶を蘇らせようとします。
「シーモーイよ。今日の昼は森か」
「おお・・・森の中じゃ、ちょっと森の中を歩いてきたワイのお・・・」
「昼は何を食ったぞ」
「いや、まだ食っておらんが、不思議と腹が減らんのじゃ、今日は」
「ほほ・・・じゃあ、早く帰って女房に飯の支度でも頼めよ」
村人は、シーモーイの腰にぶら下がっている竹篭が昼飯であることは知っています。
頼んだ薪一つ持って帰ることのない甲斐性なしのシーモーイでしたが、女房は暖かく迎え入れると、何はともあれ冷たい水を用意して飲ませ、疲れを癒させましました。
「ここに新しいパーカマーを置いているから水を浴びて汗を流しておいで」
女房は、シーモーイを連れて床下の水浴び場に連れて行きました。
彼が水浴びしている間に女房は夕食の準備をしていました。
「もう終わったのかい」
食卓に着いたシーモーイに言いました。
「何が・・・」
「水浴びですよ・・・」
「未だだよ・・・このパーカマーだが、ちょっと濡れてるぞ・・・」
全身に水を浴び、汗を洗い流してすっきりした表情で、シーモーイは平然とまだ水を帯びていないと言うのです。
《困った人だこと・・・そのうちあたしのことも忘れるのかね・・・》女房は心の中で思いました。・・・とさ。
 
ここまで物忘れが酷いと何をも期待・依頼することはできないですね。
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承」に収蔵されている「物忘れの激しい人」より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、タイ人たちが持つ作業用の刀で、様々な形のものがありますが、そのひとつです。

雛星

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閑 話 休 題−73−
 
夜空を見上げれば無数の星が瞬いています。人々は昔からそんな夜空に浮かぶ星を見上げながら、様々なお噺を作ったようです。そして、終には星を繋いで動物を作り、そこに名前を当てて神話を作るまでになりました。
その小さな小さな星を見詰めながら今は亡き人を偲ぶこともしばしば見られます。そして、幼い子供になき祖父母はお星様になって見ていてくれると話して聞かせた昔もありました。
太陽、月と言う身近なものに比べて、星はどこかはかなくもろく、それでいて心和ませてくれるものを持っています。
 
スバル
昔々のお噺ですから、いつの時代のどの国のどの町、どの村のお噺とも語り継がれていません。
小さな村にお爺さんとお婆さんが住んでいました。子供もなく孫もなく、老夫婦二人だけの寂しい生活ながら幸せでした。昔の人ですから、日常生活に宗教は欠かせません。毎朝托鉢にやってくる村の寺院のお坊さんへの喜捨は老夫婦が幼い頃より続けてきた日課です。
毎朝、まだ暗い早朝、目覚めるとまず何はさて置いてご飯を蒸し、おかずを作り、やがて素足で粛々とやってくるお坊さんを家の前に出て待ちます。それは、彼らが仏教徒であることの証明でもあり、自炊すら禁じられているお坊さんの生活を支える善行に心から喜びを感じていました。
ある日の夕方、珍しいことにお婆さんは翌朝やってくるお坊さんに、喜捨する食事の内容についてお爺さんに相談しました。
「爺さん。明日、何を托鉢にやって来るお坊さんの鉢に入れようかいの」
いきなりそんなことを聞いてくるお婆さんにお爺さんは可笑しくなりました。一緒になって何十年もの間、こうした相談など一度としてなかったことです。何やら考え事をしていることは知っていましたが、まさかこんなことで悩んでいるとは思いもよりませんでした。
「ええーっ。婆さん。どうして、こんな些細なことに、座り込んで悩んでいるんだい。わしらの庭に果物がたくさん生っているじゃないか。食べ物も十分に豊富なのに、どうして、こんなことに気を悩ますんだい」
庭先には他の家と同じようにマンゴーの木もパパイヤの木も竜眼の木さえあります。裏に行けばバナナの木も幾本もあります。
何も托鉢に対して肉、野菜、魚、ご飯がなければならないことはありません。こうした果物でも十分お坊さんを助けることが出来ます。
「ああーっ、情けない。爺さん」
そんなお爺さんの言葉が益々お婆さんを消沈させました。お爺さんの言うことはお婆さんも十分承知です、承知でいながら心配しているのです。
「爺さんは知らないのかい。わしらの家には何もないんじゃよ。果物もまだ小さいし、バナナも蕾を出したばかりなんじゃよ。葉野菜も、まだ摘み取る程には生っていない。爺さん。明日の朝には、私たちの家の前でお坊さんがじっと立っていることじゃろう。わしらはいまだかつて寄進を欠かしたことはなく、毎朝一品か二品を寄進してきたじゃないか。それに、この当たりで、さてどれ程の人たちが、わしらの様に毎日托鉢に応じているかいの」
ここに来て、お爺さんにもお婆さんの苦悩が理解できました。
「なるほど・・・そのお坊さんが、誰からも托鉢に応じて貰えず、空腹を抱えて明日一日を過ごすことを心配しているじゃろ。違うかい」
「それなんじゃよ。昼を過ぎてしまうと、お坊さんは、水以外に何も召し上がれない。わしは、お坊さんが、空腹故の苦しみに耐えねばならないのを思うと遣る瀬無いのじゃよ」
お婆さんの苦悩の色は益々濃くなりました。その時、お爺さんが自らの足をバシッと叩いて言いました。
「婆さん。明日の朝、母鶏を絞めて托鉢に間に合わそうじゃないか」
怪訝な表情の婆さんを真っ直ぐ見て、お爺さんは、名案だろう、と言わんばかりに笑みを浮かべて言いました。しかし、お婆さんは黙り込んで応えようとしません。お爺さんとお婆さんの家の床下には、一羽の母鶏と六羽の雛がいますが、お爺さんもお婆さんも可愛がっていました。例えお坊さんへの喜捨の為とはいえ、可愛がっている鶏を絞めるには気が引けます。
「惨過ぎはせんかいの、爺さん」
「善行・寄進の為にするんじゃよ、何もわしらが絞めて食べようと言うのじゃないぞ、婆さん。明日まだ暗い内に起き出して、鶏を絞めて托鉢の鉢に入れるおかずを作ろう」
爺さんが宥めて言いました。お爺さんの言葉を聞くまでもなくお婆さんも他に名案が浮かびませんでした。
昔の家屋です。建物は高床式で、床下には様々な動物を飼っていますが、爺さんと婆さんには豚もなく、代わりに鶏がいました。その鶏のうちの親鶏を絞めてしまおうと言うのです。
その母鶏は、六羽の可愛い子供を羽で包んで夜気から守りながら母鶏が聞くとはなしに、屋内で買わされる、老夫婦のそんな会話を耳にしました。
明日には殺される自らの運命を知った母鶏は、悲しみを堪え、全六羽の子供を起こして言いました。
「みんなよおくお聞き。母さんが教えるのは、これが最後になるのよ。母さんの言葉をよく覚えて置くのよ。お前たち六羽は、皆仲良くして、仲違いしてはなりません。良いわね、お前たち」
母鶏は、教え諭しながらも、一つ一つの言葉を吐く度に胸が締め付けられる思いがしました。六羽の雛たちには今ひとつこんな夜更けに起こす母の気持ちが分かりません。
「かあちゃんは、あたしたちを捨ててどっかへ行っちゃうの。かあちゃんがいなくなれば、あたしたちは、どうやって生きていくの」
六羽の雛は、母鶏の翼の下に身体を押し込むと訴えるかの様に思い思いにブツブツ囀りました。母鶏は、懸命に苦痛を噛み殺し、翼を動かし子供を胸に抱きかかえ、しきりに教え諭しました。
「明日になればね、この家の人が母さんを殺して、お坊さんの食事にするのよ。母さんはお坊さんに捧げられるのだから、お前たちは、悲しんだり、母さんのことを心配したりすることはないのよ。でもね、お前たちは、まだ余りにも幼過ぎる。だから母さんは心配なの。よおく覚えて置きなさい。これが最後ですからね。決して遠くに餌を探しに行ってはなりません。鷲の目に留まったら、ひっさらわれて行ってしまうからね。母さんは、これまでお前たちを見守り、庇護し続けて来たけど、これからは、誰も助けてはくれないのよ・・・」
ここまで喋ると母鶏は涙が溢れて言葉に詰まりました。雛たちもただ悲しくなるばかりでしたが、明日にはもう母さんがいなくなることだけはわかったようです。
「・・・あらゆる危難が、お前たちの上に降りかかってくるだろう。お前たちが遊びまわり、お爺さんとお婆さんの野菜畑を引っ掻いたりすれば、きっと嫌われるよ。そして、家に上がり込んで遊んだりしたら、叩かれるよ・・・お爺さんとお婆さんに嫌われたら、住む場所がなくなるんだよ・・・だからね、餌を探して地面を引っ掻く時には、塀の廻りにしなさい。地中の幼虫を探して食べる分には、誰も文句は言わないからね。お前たちが母さんの言うことを守れば、お爺さんとお婆さんも、続いてお前たちを嫌わずに可愛がって飼い続けてくれるでしょう」
母鶏は、同じことを何度も何度もくどいほどに日が変わっても六羽の雛に繰り返し教え諭しました。
「お日さんが昇る頃には、お爺さんとお婆さんは、母さんの肉を持ってお坊さんに献上するおかずを作るんだ。お坊さんが来たらね、お前たち、心を込めて私たちが再び会える様祈っておくれ。我々を育ててくれたお爺さんとお婆さんの善行の為に、母さんの命と身体を捧げた功徳により、末永く時間を超えて生きるものとして、生まれ来ます様に。忘れてはいけませんよ。いつの世においても我々は、又廻り合い、二度と離れないということをね」
母鶏には、もうこれ以上言う言葉がありませんでした。六羽の雛鶏は、言葉もなく、ただ涙の滴をポタポタと落としていました。誰が、母が殺されようとしている雛の胸の内を察することが出来るでしょうか。
翌朝、お爺さんとお婆さんがまだ暗いうちに起き出してきて、火を起こして水を沸かしました。爺さんが母鶏を捕まえて首を絞め、婆さんが用意した熱湯が煮え滾った鍋の中に入れました。その瞬間です。六羽の雛も母鶏の後に続いて突進しました。母が、熱湯が煮え滾った鍋の中に下ろされるのを見て、六羽の雛たちは皆、燃え盛っている火の中に飛び込んだのでした。
六羽の雛たちは、お爺さんとお婆さんが吃驚仰天する只中で火に焼かれてしまいました。
母鶏と六羽の雛は、その勇敢な心により、魂は、天上に上って一般によく知られている七つ星の形をした、星座になって生まれました。
即ち、「ダーウ・ルーク・カイ(昴)」北の地方で「ダーウ・カイ・ノーイ(雛星)」と呼ぶものです。
(了)
マユリー・アヌカモン著「ラーンナーのお伽話」に収容されている「ダーウ・ルーク・カイ」より題材をお借りしました。
冒頭の画像は、下記URLよりお借りしました。

予想は裏切られるもの

 
 閑 話 休 題−72−
 
かつては、女性は結婚までは操を大切に守るもの。そんな風潮がありました。「傷物」などと言う言葉すらありました。しかし、今の時代それほどまでに操に拘らなくなったのでしょうか。恋愛が心だけではなく体の繋がりにまでなったのでしょうか。昔流行った歌に「同棲時代」があり、「神田川」など言う歌もありました。親の知らないところで若者は少しずつ大人になっていったのでしょう。
タイにおいては、つい最近まで操と言う観念がありましたが、それも時代の流れの中で次第に変わりつつあります。アルコールに親しむ女性も増えてきているのも最近の若者社会でしょうか。外国の様子が日々流れ込み、同年代の外国の若者たちの行動を目にすると、次第に変わって行くのかも知れませんし、まして、故郷を遠く離れて都会で暮らし初め、親の目が届かなくなるとそうした誘惑に負ける機会もまた多くなってくるのでしょう。
昔のタイ人社会は、今では考えられないほどに男女の間の垣根はかなり高かったようですが、それでも若者の激しい感情をせき止めることは難しかったようです。
 
予想は裏切られるもの
どこの村とも名前が伝わっていませんが、ある村にブアカムと言う名前の乙女がいました。両親の手伝いをしながら田仕事、畑仕事に精を出していましたが、年頃になると当然のように恋人が欲しくなりました。幼馴染の中には、既に結婚して子供がいる人もいます。そんな幼馴染から結婚生活の話を自慢されると、何となく焦りを感じていたのでしょう。
丁度そんな時、村祭りでアイ・マーと言う若者と知り合いました。
アイ・マーは、言葉巧みに言い寄ると、何かと口実をもうけてはブアカムの家に出入りする様になり、時にブアカムの両親の仕事を手伝ったり、ブアカムの父が酒を飲むとその相手になって一緒に飲んだりするまでになりました。
家族の一員のように親しくなると、ブアカムの周りの誰もが、二人は結婚するのだろうと言うことが若者たちの間に広がりました。
ブアカムの両親としても、仕事を手伝ったり、父の機嫌をとって酒を一緒に飲んだりしますので、まるで息子のように考えていましたが、ブアカムとアイ・マーはまだ手さえ繋いで歩くことはありませんでした。
互いに、恋を囁き、一緒にお寺に行ったり、お祭りに出かけたりするくらいでした。
しかし、若い男女が二人きりになって恋を囁き、互いに気持ちを伝え合うと、次第に行動が大胆になって来ます。
そんなある日、ついに若い二人は両親の目を隠れて結ばれました。
二人の間の変化に気付いたのは、両親よりも早くブアカムの幼馴染たちでした。
アイ・マーのブアカムに対する態度にそれまでの一歩引いたところがなくなり、二人の視線の絡まりにすらこれまでにない熱いものを感じる様になりました。
「ねえ、ブアカム・・・それでいつなの」
「何が・・・」
「アイ・マーの両親がいつ来るの」
当時も今も結婚には、男性側の両親もしくはそれに相応しい地位の人が女性側に正式に申し込みに行きます。女性側が承知であれば、改めて結納についての細かいことが女性側から伝えられます。これはこれまで女性側両親が娘を育てるのにどれほどの愛情と資財を投じたかを告げるもので、相応のものを求めます。
ブアカムと彼女の幼馴染の間では、既にそんな話が出る様になり、二人の間柄は若者たちの間で誰一人知らないものはないまでに広まりました。それでも、まだアイ・マー側から嫁取りの話が出ませんが、二人の関係は益々深まっていきました。
アイ・マーはこれまでと変わらず、連日のようにブアカムの家に入り浸って一緒に食事をしながら農作業を手伝い、まるで婿になったかのように両親の機嫌を取りながら、両親の目を盗んではブアカムとの甘い一時を過ごしていました。
ところが、アイ・マーは、どうやら浮気性のようで、ブアカムを我が物にしてからと言うもの、こうした恋愛遊びが楽しくなったのか、幾つかの村でエーウ・サーウの遊びに興じていました。勿論ブアカムのいる村では若い女性は誰もが二人の間柄を知っていますので、アイ・マーとしても言い寄ることが出来ませんし、そんな素振りを見せることも出来ません。しかし、村を違えると、二人の仲を知る人は居ません。
そして、ついに彼の苦労が報われたのか、トゥンコーと言う村のブアカムよりも年下のブンシーと言う少女を口説き落とすことが出来ました。
新しい恋人が出来ると、アイ・マーがブアカムの元にやってくる頻度が当然のことのように少なくなってきましたが、それでもブアカムも彼女の両親も、結婚の準備を始めた、と言うアイ・マーの言葉を素直に信じていました。
アイ・マーの女遊びが続いていたある日、そんなブアカム一家の幸せを余所に、村の若い女性の間で密かにある噂が流れていました。
「ねえ・・・知ってる?」
「何を?」
{アイ・マーのことよ}
「ブアカムと結婚結婚の段取りが出来たの」
「違うのよ」
「え?」
「アイ・マーがトゥンコー村のブンシーとか言う女と結婚するらしいのよ」
「まさか・・・」
こんな話がブアカムの幼馴染の間で密かに広がりました。
トゥンコー村の親戚がいるという一人の女性がこの話を持ち込んだもので、こうした他人の色恋話は瞬く間に広まりましたが、ブアカムとその家族の耳にだけはなかなか入りませんでした。
これまでのように連日ではなく数日置きになりましたが、恋しいアイ・マーが尋ねてきた翌日はブアカムはいつにもまして上機嫌でした。
幼馴染が男性に弄ばれていると知っている彼女たちは、そんなブアカムを見るのがとても辛く堪りませんでした。
そして、ある日、ブアカムに話すことにしました。
「ねえ、ブアカム・・・アイ・マーのことなんだけど・・・」
「なあに・・・」
アイ・マーの心を疑うことなどない明るいブアカムの声を聞くと、誰も言い出しかねていました。
そこで、既に結婚して子供までいる、この話をトゥンコー村の親戚から仕入れてきた女性が意を決して悪役を引き受けました。
「アイ・マーなんだけどさ、彼のことは諦めなさい」
「何よ。急に・・・」
冗談を笑い飛ばすかのように、幼馴染たちに言ったブアカムですが、友達の表情が一様に緊張に強張り、冗談ではないことを知ると、ブアカムの身体が凍りついたように動かなくなり、目は落ち着きを喪って救いを求めるかのように友達の顔を見比べ、表情は今にも泣き出しそうに震え出しました。
「アイ・マーが他の女と結婚するのよ。うちの親戚の人が嫁になる女性の両親から聞いてきたのよ・・・御免ね、悪い知らせで・・・でも、いつかは言わないとあんたが可哀相だから・・・」
じっと俯き、両手の拳をぎゅっと握り締めたブアカムは、それでも何とか壊れそうになる気持ちを奮い起こして言いました。
「それで・・・相手は誰なの」
「トゥンコー村のノーン・ブンシーよ」
ブアカムにはその名前に聞き覚えがありません。
「ねえ、皆して、そのトゥンコー村のノーン・ブアシーを取っちめてやりましょうよ」
「それよりもアイ・マーこそ取っちめてやらなきゃ」
「そうよ。ブアカムの大切なものを食い逃げするなんて・・・」
周りの女性たちが口々にアイ・マーの不実を責めながら、処女を捧げた男性に裏切られたブアカムの悲しみを何とか慰めようとしました。
「ハハハハハハ・・・・」
その時、突然ブアカムが大きな声で笑い出しました。一瞬その場の誰もがブアカムが悲しみの余り気が触れたのかと思いましたが、ブアカムの次の言葉を聞くに及んで誰もが唖然とし、次いで気乗りしないながらもブアカムに倣って笑いました。
「何よ・・・あいつはあたしの処女を奪った気でいるかもしれないけどね、あたしこそ、あいつの童貞を奪ってやったのよ・・・ハハハハ・・・」
 
ブアカムの悲しみを予想した村娘たちは、見事に予想を裏切られたことになり、著者は、この噺をもって「物事と言うものは、何事も予想通りにはいかないもんだ」と言うことを言いたいようです。
(了)
アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「筆おろし」より題材をお借りしました。
 

カム婆さんの猫

シャムネコ
閑 話 休 題−71−
人は、いつの頃からか社会生活を営む様になり、それに連れて動物を飼う様になりました。初めは牧畜用の動物を守るためだったのかも知れませんが、そうした使役よりも人間の友達としての立場をしっかりと掴んだ動物もいます。
タイにおいては、水牛を自分の子供のように精魂込めて育てたり、象を家族の一員であるかのように育てたりしているところもあります。そうしたところでは、当然のことにその動物に人と同じように名前をつけます。しかし、そうした動物はやはり特殊で、世界的に見れば犬とか猫が一般的かも知れません。
ところで、犬であり、猫ですが、どちらも可愛いものではあります。最近外国にいてもしばしば日本国内での動物愛好家の話が流れて来ます。そして、タイ国においても次第に動物を飼う人たちが殖えてきており、犬の床屋もあれば、南国の犬に服を着せることもあり、コスプレらしきことをする人もいます。
そうなると、当然タイの在来種以上に外来種が珍重されるようになり、飼育する動物の種類も変化して兎になったり、蜥蜴になったり、ハムスターになったりと千差万別です。
一方、タイの在来種の中にも世界にその名を響かせる動物もいます。
シャムネコと呼ばれる猫がそれです。確かにどことなく気品すら漂わせていて、冒頭の写真がそのシャムネコですが、見ていて時に抱きしめたくなります。そして、そんな可愛い猫を題材にした噺もまた作られることになります。
 
カム婆さんの猫
昔々の話です。どことも名前の知らない小さな村に一人の老婆が住んでいました。村人はその老婆をウイ・カムと呼んでいました。
ウイと言うのは、チエンマイを初めとする北部の言葉で、爺さん、婆さんとも訳し得るそうした年代の老人の名前に付きます。今でも田舎に行けば、ポー・ウイ、メー・ウイと言う言葉が生きていますが、これは爺さん、婆さん、と言う意味でしょうか。
このウイ・カム=カム婆さんには、亭主とは早くに死に分かれていたのでしょうか、子供も親戚もなく、一人の身寄りもいませんでした。朝日の出と共に起き出し、夕方日の入りと共に休みます。そんな一人きりの生活がどれほど続いているのでしょうか。
それでも村人の誰もカム婆さんの悲しそうな表情、寂しそうな姿を見たことがありませんでした。
誰にも親切で、毎日懸命に働き、正直者で通っていました。
何を楽しみに亭主もなしで一人暮らしているのか、などと噂する村人もいません。
カム婆さんには亭主も子供も孫も血のつながりのある誰一人としてこの世にいませんが、何年も前から不思議な同居人がいました。それを人と呼んでいいのかとなると、人ではないのですが、カム婆さんはまるで血肉を分けた子供のように扱い、話しかけてきました。
それは、どこから現れたかも分からない一匹の雄猫でした。
銀色の美しい毛並みながら顔と四本の脚、そして尻尾は灰色でした。いつの間にかやって来ては、カム婆さんの家に住み着き、決して贅沢はしていませんが、十分な食事を得ているらしく貧相なところはありませんでした。
そのその猫にはまだ名前がありません。
名前はまだ付けていませんが、どこからともなく現れては目の届く近くに蹲っている猫をカム婆さんはとても可愛がっていました。わざわざ部屋の隅に寝床を作り、猫の為に水まで用意していました。
そんなカム婆さんの愛情に応えるかのように、猫は毎日のように鼠を捕まえて来ます。猫がやって来て以来、家の中は勿論回りにも鼠の姿を見かけなくなり、夜中に家の中を走り回る鼠に悩まされることもなくなりました。
そんなある日のことです。この猫が腰を下ろして休息しているカム婆さんのところにやって来ては、膝頭に頭を擦りつけ、脚にじゃれ付き、まるで甘えているかのようでした。この家にやって来て以来、この名無しの猫がこれほどまでにカム婆さんに身体を擦りつけ、頭を婆さんの脚に擦り付けて甘えることは一度としてありませんでした。
「どうしたの」
やや呆れたような、それでいて楽しそうに微笑を含んで話しかけるカム婆さんに、名無しの猫は、ただ、ミャーオ・・・ミャーオと啼くだけで、時に外に視線を投げながらも、カム婆さんの元を離れません。
カム婆さんもそんな猫の仕草に不審なものを抱くと、立ち上がりました。それを待っていたかのように猫が部屋の外に駆け出すと、またカム婆さんの方に振り返ります。
「変な子じゃな・・・まさか・・・蛇でもあるまい」
そういえば、一度、この猫が蛇を咥えてきたことがありました。その時はさすがに処理に困って村人を呼ぶと、若者はそれを持って行ってスープにして食べたそうで、後で感謝されたことがありました。
まさか蛇をまた掴まえてきたわけではないだろうに・・・カム婆さんも蛇は苦手です。
猫について外に出ると、愕いたことに雌の猫が一匹きちんと座っていました。その横には名無しの雄猫が座り、ニ匹は頭を寄せ合ってじっとカム婆さんのほうを見詰めていました。
「お前にも連れ合いがいたのか・・・」
カム婆さんは、自然と独り言をつぶやきましたが、どこかで猫を羨む自分に気付き、恥ずかしくなりました。
「まさか、お前はわしに聖糸を巻かせたいのじゃないじゃろうの」
聖糸とは、生成りの木綿の紐で、一方の端を仏像に結び、呪文を唱えて霊力を吹き込み、それを手首に巻いて様々な害が我が身に降りかかるのを防ぎ、また時には聖糸を巻いて祝福の門出とすることがあります。
カム婆さんは、ニ匹の猫を見て、二匹は好き合っているのかもしれないと思いました。
「ミャーオ・・・ミャーオ」
そんなカム婆さんの気持ちが通じたのか、名無しの雄猫が甘い声で啼きました。
「そうか・・・そうか・・・ならば、ちょっと待ってろや」
カム婆さんは部屋に入ると、仏像の前の盆の上にある聖糸を二本もって来ました。
「一人身のわしが、猫の結婚式を取り仕切るとは因果じゃのお」
カム婆さんはそう小さく呟きながらも、まず名無しの雄猫の前足の片方を掴んで、そこに白い聖糸を巻きつけながら、祝福の言葉を告げます。
「さあ、お前たち・・・これからはお前たちは夫婦じゃぞ。一緒に暮らして愛し合い、助け合い、仲良く暮らすんじゃよ」
僧侶のようにサンスクリット語で祝福の偈を唱えることは出来ませんが、それでも心を込めて二匹の門出を祝いました。次いで同じように始めて見た雌猫の前足に手を差し伸べると、猫のほうが「お手」と言う感じで前足をカム婆さんの掌に載せました。カム婆さんは、また同じように祝福の言葉をかけながら聖糸をその脚に巻き結んであげました。
二匹の猫に聖糸を巻き結んだカム婆さんは、フト思い出したように付け加えてニ匹に告げました。
「そうじゃ・・・それからな、お前たちはこれからも二匹仲良く鼠を捕まえてくるんじゃよ・・・」
そうして、祝福の言葉を贈り、聖糸を巻き終えると、水の入った小さな銀の碗に右手の指先を浸し、指先に付いた水を弾くようにして二匹の猫の頭に振り掛けました。
これで二匹の結婚式は無事終わりました。
二匹は揃ってじっとカム婆さんを見詰め、ミャーオを小さく啼くと、どこかへ揃って出かけました。
カム婆さんは、我が子の結婚式を執り行ったかのような気分になると、式を終えた新郎である我が息子が新婦を伴って新婚旅行に出かけて行ったような、もう自分から離れて行った、そんなどこか寂しさすら覚えました。
「幸せにな」
寂しそうに一人呟くと、カム婆さんは、また一人家に入り、久々に一人きりの夕食を摂った後で、この日は早々に床に着きました。その日はいつにもまして一人身の寂しさを味わいました。
その夜、ただならぬ物音に起き出してきたカム婆さんの目の前に二匹の猫が現れました。二匹の猫はそれぞそが一匹ずつの鼠を口に咥えていました。
「おお・・・おお・・・お前たち・・・よくやったな、鼠を捕まえてきたか、それを報せに来てくれたのか。ほんにお前たちは可愛い子じゃ」
カム婆さんがニ匹の猫を褒め、頭を撫でてやると、二匹してまたどこへともなく姿を消しました。
その日以来、カム婆さんのもとには、毎日二匹の猫が一匹ずつの鼠を捕まえては報告にやってくる様になりました。
 
この物語は「不肖の子供を育てるよりも猫を育てるほうがいい」ということを教えているそうですが・・・
(了)
このお噺は、アッチャラー・ワンナエーク著「ラーンナーの民間伝承物語」に収蔵されている「カム婆さんの猫」より題材をお借りしました。

因果応報

バーイ・シー・スー・クワン(BAAY SRII SUU KHWAN)
閑 話 休 題−70−
 
世の中には他人の功績を自分のことのようにして何の恥じるところもない人もいれば、他人のものを平然として盗み取って自分のものだと言い張る人もいます。もしもこちらにそれを拒むだけの気力と意思と力がなければそうした無謀が通ります。
そうした無謀は社会の秩序を乱すもので排斥されねばなりませんが、力あると信じるものは時として無理を承知で横槍を入れて我を通します。世の中は不思議なもので、いつかはそうした無理は破綻していくのかも知れませんが、それまでじっと待っていることはその時の人々にとっては苦しみ以外の何ものでもないでしょう。ならば、それを跳ね返す為の力をつけるか、自分以外の誰かの力を持ってそうした無理を遮るしか術はないかも知れません。
 
因果応報
川岸の森でホンヒンと祖母の帰りを待つ六人の王子たちの気持ちは、誰もが同じであったようです。彼らにとってホンヒンほど恐ろしい存在はありません。
何故なら、過日村外れで鬼を殺したのはホンヒンであり、今祖母を救出に向ったのもまたホンヒンであり、六人は何もしていないからです。確かに大金をはたいてはいますが、事実が露見する恐怖に怯えなければなりません。
そこで、祖母が鳳凰の背に乗って帰ってくると、六人は、ひとまず祖母を用意の象の背に乗せると、かねての手筈通り、従者に命じて先に森を抜けて宮殿に向わせました。そして、ホンヒンには、約束の良質の黄金に代えて鋭い切っ先の剣を突き刺したのです。帝釈天の養子ホンヒンは、あっけなくその場で息を引き取りました。
一方、ホンヒンの帰りを待つ三人の王女たちは、いつまで待っても帰って来ない夫ホンヒンを待ち侘び、時の経過と共に異郷に置き去りにされた寂しさから涙が溢れてきました。
「ああ。あなた。あなたは、父母の所へ訪ね行き、ここに私たち三人をお見捨てになられるのでしょうか。私たち三人は、どうすれば良いのでしょうか」
既にホンヒンの死を知る帝釈天は、泣き悲しむ王女の館をホンヒンの倒れ死んだ場所に移しました。
三人の王女が愛しいホンヒンが血に汚れて死んでいる姿を目にすると、驚き、チュンラカンター王女は、腕を抱きしめ、シーチャンター王女は、脚を抱きしめ、ムックワディー王女は身体を抱きしめて泣き崩れました。
「ああ。何たることなの。林を抜け、森を越えてあなたを頼って参りましたのに、あなたは、死を持って私たちと別れてしまわれるなんて」
三人の王女は、夫々がホンヒンの死を受け止めることが出来ないかのように、ホンヒンの荼毘の火の中に飛び込もうと考えました。
帝釈天にとってはホンヒンが大切な養子であるように、三人の王女たちは大切な嫁たちです。しかし嫁たちの心根が一時的なものであるのかどうか、更に試そうと思い、美青年に身を変えて王女たちの前に現れました。
「諦めなさい。彼の業がやって来たんだよ。死んだ人はもう帰っては来ない。泣き哀しむよりも私と一緒に行こうではありませんか。あなた方が何を望もうとも必ずそれを叶えてあげますから」
「いらないわ。私たちは金銀なんて欲しくはないの。愛するのはホンヒンただお一人よ。私たちは、ホンヒンを荼毘に付して、その火の中に飛び込むのよ」
富豪の若者に姿を変えた帝釈天には一瞥もくれることなく、三人は昂然とホンヒンへの愛を誓いました。対して、帝釈天は、次に鬼に姿を変えてやって来ると、響き渡る声で言いました。
「お前たちの亭主は、死んでしまった。わしがその死骸を食べても良かろう」
「駄目です。もしもお前が私たちの愛する人を食べるなら、まず先に、私たち三人を食べなさい」 
そう言うと、三人の王女は、目の前に現れた恐ろしい形相の鬼を見ても一歩も引かず、我が身をもってホンヒンの遺体の前に出ました。
「私たちは、まだ命があり、血は熱く、赤く、肉は柔らかく、甘い。ホンヒンの身体はすでに固く、美味しくないわ。だから私たちは、燃してしまうの」
鬼が如何に乞い、脅そうとも、三人の王女は、ホンヒンの遺体を譲ろうとはしませんでした。
三人の嫁たちの心がホンヒンに忠実であると知った帝釈天は、その心根を愛でて、次に老爺に姿を変えてやってきました。その手には、水差しと、神薬を携えていました。三人の王女は、この老爺を目にすると王女であるという身分すら忘れて揃って足元に合掌拝跪し、ホンヒンの命を助けてくれる様頼みました。
老爺は、ニッコリと微笑むと、無言でホンヒンの遺骸に近寄り、口に神薬を押し入れると、頭を撫で、顔を撫でてやりました。すると、ホンヒンの顔に赤みが注し、止まっていた息が吹き返し、命が蘇りました。はっきりと意識を取り戻したホンヒンは、老爺に拝跪し、言いました。
「どうか、私を国に返して下さい。そうしたら、必ずやご恩返し致しましょう。あなたのお国は、いずこでしょうか。私は、訪ねて参りましょう」
「わしは、人間の国の者ではない。わしは、遥か彼方の空高くの天国に住んでおる」老爺は、言うとインドラ神に姿を戻し、四人に七種の祝福を授けました。
「無事に行け。共に暮らし、助け合い、幸せに暮らし、健康を損なわず、何事もなく、何もわしに恩返しをしよう等と考えることはない」
帝釈天はそれだけ告げると、姿を消しました。ホンヒンは、三人の王女を伴って、母親ウィマーラーの元に訪ねて行きました。ウィマーラーは、嫁に尋ねました。
「誰が、何という名前なの。聞かせて頂戴」
三人の妻のうちの最初の妻であるムックワディー王女が、夫々が国を異にしていること、如何にしてホンヒンと廻り合ったか、誰が先に結婚したのか、詳しく話して聞かせました。聞き終えると、ウィマーラーは、ムックワディーをまず初めにホンヒンと廻り合ったが故に、正妻とし、三人の嫁に諭して言いました。そこには、かつて自らが王宮の中で見聞きしてきたことを反面教師とする姑としての教えでした。
「あなたたち三人は、同腹の姉妹の如く仲良くししなさい。仲良くすることは、大変価値あることです。夫を共にすることも、一緒に暮らすことと同じなのよ。姉妹なのよ、あなたたちは」
一方、王宮に無事帰り着いた祖母は、姿の見えないホンヒンのことが気になって落ち着かず、食事も喉を通らず、水も飲みませんでした。六人の孫を見れば見るほど、ホンヒンが恋しく、悲しみの涙だけが止め処もなく溢れてきました。
そんな母の姿に不審と不安を抱いた国王は、ある日母の館に出向いて尋ねました。
「無事帰ってきて、一緒に暮らしているというのに、お母様はどうされたんですか。どこかお悪いのでしょうか、何なりと私に言って下さい」
「そうじゃないのよ。鬼の国から私を助けてきてくれた孫が恋しいだけなの」
国王は、一瞬母の言葉が理解できませんでした。
「その孫は、私を鳳凰の背に乗せて鬼の国から連れ出してくれたのよ。私を鳳凰の背に一緒に乗せて来たのよ。抱き付き、汗垢の匂いを嗅いで来たのだもの、決して忘れないわよ。私が知っているのはその孫だけ、この六人の孫を目にしたのは、川を越えてきた時だよ。そして、それ以来、あの私の孫を見たことがない」
六人の王子の他にまだ子供が・・・国王は愕きましたが、母の為には何としてでもその若者を探し出そうと心に決めました。そこで、国王は、国の隅々にまで布告を出し、国王母の無事帰国を祝う奉祝行事と商魂の儀式を執り行い、同時に恩赦の令を出しました。
この行事には国中の人々が参加しなければなりません。国王母は、宮殿の中にいて集まってくる人々の中からその孫を見つけ出そうというのです。
「母さん。私をお祭りに行かせてよね」
ホンヒンは、布告を知ると母に告げて言いました。
「駄目です。あの人たちは、敵だよ。お前を一度ならず二度も殺したのよ」
「私は、外で静かに見ているだけにします。決して、王宮の中に入ったりはしませんから安心してください」
母が如何に押し止めても聞き入れず、終に行ってしまいました。
国王母は、必死の形相で人込みの中にあの孫をの姿を探していました。そして、ホンヒンの姿を目にすると、手招きしました。
「さあ、ここにおいで。お婆さんに、可愛い孫の顔を見せておくれ、お婆さんのたった一人の可愛い孫の顔を」
しかし、ホンヒンには母との約束があります。心を鬼にして告げました。
「私は、上がることが出来ません。私は、ここにいてお祭りをみます」
そんなホンヒンの言葉に老婆の涙腺が緩むと、涙が頬を伝って流れ落ちてきました。すると、さすがのホンヒンもお祖母様を泣かせる罪を恐れるかのように駆け寄りました。
「小僧。お前か、鬼の国から国王母を連れてきたのは」
ホンヒンは、何も知らされていない国王に対して、自らの出生の秘密から事の次第の全てを事細かく話して聞かせました。
王は、間違いなく我が子であると確信すると、大変に喜び、役人に命じました。
「お前たち、煎り米、花を盆に入れ、3〜4人で行って、我妻プラナーン・ウィマーラーに詫びに行き、3人の我が嫁も共にお連れしろ」
愕き慌てる役人たちが、森のあばら家にウィマーラーを訪ねると、彼女は冷たく言い放ちました。
「覆水は盆に返らず、とも言います。帰って我が息子を返す様にあの方に言いなさい」
役人の報告を受けた国王は、どうしようもなく、ホンヒンに縋りました。
「どうすればいいんだ。謝罪に行こう、わしと一緒にお願いしてくれ」
ホンヒンも、父王をお連れして母上の下に行きました。ウィマーラーは、謝罪の水盤を受けようとしないばかりか、王の顔を見ようともしませんでした。彼女は自分を犬と共に国の外に追い出した国王に対する怒りが未だ消えていませんでした。そこで、ホンヒンは、父王に代わって盆を持って、母に謝罪に行きました。
「母さん。私が父上に代わってお詫び申し上げます。どうか前世の業とお考え下さい。私と一緒に国作りに行きましょう。宮殿に居ましょう。怒りを鎮め、羞恥を捨て、どうかこれまでの出来事を記憶の中から消し去って下さい。全てを水に流して父上と一緒に暮らしましょう」
ホンヒンは、理を持って母に哀願しました。
「もしも、お母さんが宮殿に帰らなければ、お祖母様もお前を帰しはしないだろう。もしもお前が帰ってくれば、お祖母様は死んでしまうだろう。私には、お祖母様のお心がよく分かる」
同じ子を持つ女性として姑の胸のうちを知るウィマーラーは、ホンヒンと共に王宮に帰ることを決意しましたが、それには絶対に譲れない一つの条件をつけました。
「あの人たちを追い出してください。あの母と六人の子供を追い出して下さい。これまでの不孝な出来事の全ては、彼等の所為なのですから」
国王は、ウィマーラーの求めの全てを受け入れました。
六人の王子と次席妃が王宮から追い出されたその日、天が叫び、空に雷が走り、大地が裂け、母と六人の子供を飲み込んで行ってしまいました。
王宮の中ではウィマーラーとホンヒン、そして三人の嫁がその後共に幸せに暮らしました・・・とさ。
(了)
マユリー・アヌカモン著『ラーンナーの御伽噺』収蔵の『ホン・ヒン(石の鳳凰)』より題材をお借りしました。
冒頭の写真は「バーイ・シ−・スー・クワン(BAAY SRII SUU KHWAN)」と呼ばれるもので、身体から離れた魂を呼び戻す儀式に使うだけでなく、吉祥時にも使いますし、様々な儀式において用いられます。神々、高貴なる霊、人への敬意の表明とでも理解すればいいかも知れませんね。
画像は、下記URLよりお借りしました。
 
 

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