チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

閑話休題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

三人の妃

画像参照:
閑 話 休 題−69−
 
狭い閉鎖社会にあっては、血が濃くなり過ぎることを本能的に嫌う気持ちが外来者を歓迎して外の血を入れようとするのかも知れません。そうした社会では、自然と外来者に対する温かなもてなしが社会の常識となり文化ともなります。
そうすると、「微笑みの国」と言う言葉で代表されるタイの国と言うのも、本能的に外来の血を受け入れてきたのでしょうか。今のタイ国においてタイ族がどのくらいいるのでしょうか。タイ人とはいいながら、一滴もタイ族の地の混じらない人がどのくらいいるのでしょうか。それはかなり古い時代から続いているようです。
アユタヤー時代から続くある名門は、その祖を辿るとアラブ系です。ある著名な元首相は、自らの身体に一滴のタイ族の血も流れていないことを告白しています。ならばタイ人とは何なのか・・・大変に興味ある問題です。
一般庶民に至っても異国の人と結婚することに何の躊躇いもなく、時には憧れすら抱くのもそこにその因があるのでしょうか。
 
三人の妃
鳳凰の背に乗り、鬼の国を目指すホンヒンは、途中の国でムックワディー姫と出会い、愛し合いました。
ムックワディー王女は、一目見ただけで激しい恋心をホンヒンに対して抱くと、父王の元に案内しました。
両親の許しもなくその身を許すことは昔のタイ女性にとって大変に恐ろしい結果を招くと信じられていました。即ち、祖霊の祟りです。両親の許しを得、祖霊に報告をしなければなりません。
大切な王女より見知らぬ男性を生涯の伴侶として紹介された国王は、ホンヒンの人骨卑しからざる相を見、その身のこなしの堂々としたところを目にすると、大変に好もしく思い、若い男女の結婚を許し、二人の手首に聖糸を巻いて魔除けとし、二人の人生の門出を祝いました。
しかし、ホンヒンには新婚生活の甘い蜜を吸っている時間はありません。彼には大きな任務が待ち受けています。一夜明けるとホンヒンはムックワディー王女に告げて言いました。
「ムックワデイ−姫よ。こうしてあなたといつまでも暮らしていたい気持ちではありますが、あなたに暇を告げて、鬼の住むと言う国に囚われているわが祖母を救出に行かねばなりません」
新しい人生が始まったばかり、たった一夜が明けだだけで愛しい夫が自分を捨てて見知らぬ土地に旅立つと言う。ムックワディー王女は、乱れる心をそのまま言葉にしてホンヒンを責めました。
「何ですって・・・。昔の人の言う通りだわ。男なんて皆食事の面倒を見させるためだけに女性と関係を持つのね。あなたも本当はあたしをそのような女にしか見ていなかったのね。本当は、私を愛していないのだわ」
女性が品を作っておねだりするように駄々をこねるのであれば、どこか可愛くもあるのかも知れませんが、感情に押し流されて非難の口調で言葉を発すると、男性として、宥めるのに苦労するかも知れません。
「愛してるよ。私は、姫を一目見たその瞬間よりお前を生涯の伴侶と決めたんだ。姫を愛する気持ちは今も、これからも少しも変わるものではありません。でも、私には、お祖母様を救い出す、と言う重大な任務があります。その任務を果たしたら、必ず姫の元に帰ってきましょう」
「あなたのお祖母様は、私にとっても大切なお祖母様です。私もご一緒させて下さい。いや、絶対に一緒に参ります。私も一緒に行きます」
ホンヒンとしては、ムックワディー王女がどれほど非難し、哀願しようとも新妻を鬼の国に連れて行くわけには行きません。
「私は、鬼の国に行くんだよ。姫のお父さんが行かせないに決まっているじゃないですか。よおく考えても見てごらんなさい。この度私が行くのは、平坦な旅路でも、楽しい旅でもありません。恰も急峻な道なき山を車を曳いて上って行く様なものなんです。姫には似つかわしくありません。用件が終われば必ずお迎えに帰って来ますから、ここで待っていてください」
ホンヒンは、理を尽くして王女を説得しましたが、頑ななまでに同行をせがむ王女は、父王にまで訴え出ました。
「お父様、ホンヒンがお祖母様を救出に鬼の住む国に行かねばなりません。私もホンヒンの妻として一緒に出かけとう存じます」
頭からホンヒンとの同行を告げるムックワディーの話を聞いた国王は、愕いて翻意を促しました。
「ホンヒンにそのような大事が待っていたのか。鬼の国に行くとすれば、女性が行くことは決して出来るものではない。お前は、行かなくてもいいんだよ。ホンヒンには用事が片付いた後で迎えに帰ってこさせれば良いではないか」
ムックワディー王女にそれだけ告げると、次いでホンヒンに向って言いました。
「ホンヒンよ。わしは、ムックワディーを目に入れても痛くない程に愛しておる。お前は、わしのそれほどまでに愛する大切に育ててきた娘を嫁にした。お前はわしの婿である。この度、お前がお祖母様を救出に鬼の国に向かうという大事を成すに際し、わしは、お前が首尾よく鬼を退治してお祖母様を救出し、無事帰ってくることを祈っておるぞ」
そう告げると、国王は王室呪術師を呼び寄せ、ホンヒンのために厄除けの儀式を執り行いました。
こうして国王の了解、祝福を受けたホンヒンは、愛しいムックワディー王女の身体を国王に預けると、鳳凰の背に跨って上空高く舞い上がりました。
そうして鬼の国を目指すホンヒンは、途中今一つの国に降り立ちました。
その国のシーチャンター姫に廻り合ったホンヒンは、彼女の美しさに心を惹かれ、姫もまたホンヒンの魅力に心奪われてしまいました。
シーチャンター王女は、満面に羞恥を秘めながらも父王に愛しい人を紹介しました。すると、国王もまたホンヒンを一目見るなり、尋常の人物でないと思い、すぐに二人の結婚を許しました。
甘い新婚生活もわずか一晩だけ、翌朝になると、ホンヒンはお祖母様救出の旅に出ることを告げました。勿論新婚のシーチャンターが素直に見送る筈もありません。執拗に旅立ちを責め、反対します。
「姫よ。男とは、川に流れる船にも似て、水の流れに逆らうことは出来ないんだ。自然と水の流れのままに流れ下って行かねばなりません。しかも、今回の用件は、焦眉の急なのです。ようく、考えて下さい」
「もしも、そうなら、あなたの妻として私も行きます。夫のいく所に共にいることは妻の務めでしょうから。私は、お父様にお願いに上がるわ」
シーチャンターの願いも空しく、ホンヒンが鬼の住む危険な国にお祖母様救出に向かうということを聞くと、国王は、シーチャンターの同行を許しませんでした。そこで、止むを得ず王女は、ホンヒンを一人で行かせざるを得ませんでした。
鳳凰の背に乗って鬼の国に向ったホンヒンですが、帝釈天はホンヒンを三人の女性が待っていると予言していました。
三人目のホンヒンの妻は、鬼の国の隣国にいました。その国のチュンラカンター王女と愛し合ったホンヒンは、国王の許しを得ると、先の二人の女性との婚姻同様、手首に生成りの聖糸を巻いて婚姻の儀式を挙げました。
そして、また結婚の翌日には新妻を残して鬼の国に出かけました。
鬼の国に入ると、不思議にも人影が見えず、一人の老婆が道端に腰を下ろしていました。ホンヒンは、近寄り合掌して尋ねました。
「お婆さん。この国には、たくさんの家があっても男の姿が見えませんが、どうして、お婆さんが一人でいるんですか」
ボソリと老婆が呟くように言いました。
「年をとってしまったよ。若者を見て婆さんは嬉しいね。この森に来て20年になるが、人間の顔を一人として見たことがない。お前は、どうしてここにやって来たんのかい。鬼の奴は、昼間は獲物を探しに皆出掛けてしまうんじゃ。わしは、その中から残りをもらって一日一日命永らえておる」
ホンヒンは、祖母に会えて涙を流して喜こびました。しかし、老婆はホンヒンの身を心配するばかりでした。
「お前は、長くここにいてはならん。もしも、奴らがお前を目にすれば、お前を捕まえて食べてしまう」
そこで、ホンヒンは、この国にやってきた理由を話して聞かせました。
「お父さんは、私にお祖母様を連れて帰る様命じられました。お祖母様は、もう二度と悲しみに沈むことはありませんよ」
「じゃがな。私は、杖なしでは歩くことも侭ならぬ身じゃ。何処まで歩き続けても深い森で、国に帰り着くこと等どうして出来ようか、お前一人で帰りなさい」
「心配することはありません。私は、お祖母様を鳳凰の背に乗せて飛んで行きましょう」
「ああ・・・。ならば、鬼奴が帰って来る前に出かけよう」
ホンヒンは、祖母を鳳の背に乗せて大空に舞い上がりました。三人の妻の国に差し掛かると、その都度立ち寄り、妻を迎えて、帝釈天に妻の城を持ち上げてきてくれる様頼みました。六人の王子たちの待つ川辺の森に辿り着くと、愛する三人の妻に告げました。
「ここで、私を待っていておくれ。あっちの岸へ行ってはならないよ。他の人間がお前たちを奪い取るかもしれないから。こっちの岸にいて、私を待っていておくれ。私は、お祖母様を彼等の所に送って行って、お前たちを迎えに帰って来るから」
それから、ホンヒンは、祖母を連れて川向こうの六人の王子の所に送り届けました。六人の王子は、お祖母様を迎えると喜び勇み、お祖母様を象の背に乗せ、美々しい行列を作りましたが、その一方で今では邪魔となったホンヒンをそのばにおいて暗殺しました。
 
(続)
マユリー・アヌカモン著『ラーンナーの御伽噺』収蔵の『ホン・ヒン(石の鳳凰)』より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、生成りの聖糸で出来た輪を新郎新婦の頭に乗せて両者を繋いでいます。手首には聖糸が巻かれています。この聖糸を刃物で切ることはご法度で、不要になれは引き千切ります。
 
 

英雄の旅立ち

閑 話 休 題−68−
 
人は、時として思いもよらない事態に遭遇して右往左往することがあります。本来そこにある筈のものがないとか、走っている筈のバスが運休されていたり、中には、雨天で運動会の中止を喜んだ子供が当日になると晴天で嫌なかけっこに出なければならなくなったりします。
かと思うと、とんでもない失敗をしたと怯えながら帰ってくると、誰からも叱責を受けることがなかったり、人生、決して思いのままにはならないもののようです。
一寸のつもりで席を外し、時間を忘れた挙句に悲惨な結果を招くこともあれば、何気なく口にした一言が思わぬ大役を引き受けさせる羽目になることもあり得ます。
まして、自慢したいばっかりに嘘を吐いた時、それを証明しなければならなくなると、どれほど狼狽するでしょうか。昔のお噺では、それが命を賭けることにまで発展していしまいます。このお噺の六人の王は、それを如何にして克服するのでしょうか。
 
英雄の旅立ち
「お前たち、鬼と戦い、鬼を殺すとは大したものだ。お前たちのその武勇を見込んで、頼みたいことがある。お前たちに鬼の国に祖母を連れ戻しに行って貰いたいのじゃ」
いい気になって国中の災いの元である鬼を殺したと国王に自慢したまではよかったのですが、六人の王子は、まさか自分たちに鬼の国への出征が命じられるとは思いもよりませんでした。
「ああ。俺たちはどうすれば良いんだ」
国王の前を辞した六人の王子は、額を寄せ合って相談しました。しかし、もともと武術の鍛錬に精を出してきたわけではなく、単に折り余る時間をサバー遊びで費やしていただけの六人です。鬼退治どころか鬼の姿を見ることすら怖ろしくて出来ません。
「あいつの所に行って、俺たちの代りに行かせればどうだろう」
ある王子が、藁をもすがる思いで言い出しました。誰もがそれに飛びつきたく思いながらも、鬼の国に行くことを如何に承諾させるかを考えると、気が重くなるばかりでした。 
「それで、奴が承知するかい。奴の母親が行かせはすまい」
別の一人が言うと、すぐに最初の王子が言い返しました。
「頼むんだよ。言葉でも頼み、手を合わせて頼むんだよ。背に腹は代えられまい」
「奴は、貧乏人で黄金に目がない。この前は、余り良くない黄金をやったが、それでも喜んで受け取ったじゃないか。今度は、良質の高価な金をやろうじゃないか。金の為には奴はきっと行くよ」
サバーの競技に使っていたのは純度の低い黄金でしたが、今度は純度の高い良質の黄金でホンヒンを釣ろうと言うのです。
「金より何より、奴の母親が行かせると思うかい、鬼の国だぞ」
「ここであれこれ言うよりも、とにかく明日、聞いてみようじゃないか。奴は、きっと広場にやって来るから」
とにかく、彼らにはホンヒンに頼む以外他に道がありませんでした。何しろ、彼らだけはホンヒンが一人で鬼を退治たことを知っているのですから。
翌日、六人の王子が広場に出て行くと、既にホンヒンが広場に来ていました。
気が進まない重い足取りでホンヒンのもとに行った六人の王子のうち、この話の提案者が顔を強張らせて言いました。
「実は・・・おまえに是非にも引き受けてもらいたいことがある。鬼の国に行ってもらいたい・・・勿論、十分な報酬は出す。良質の黄金でどうだ」
しかし、ホンヒンにとって黄金などさして興味はありませんでした。
「どんなに高価なものであっても受け取らないほうがいいと思う。母さんが許してくれる筈がないもの」
ホンヒンは、言下に断りました。
断られるであろうことは、初めから承知していました。六人の王子たちは、王子と言う立場も忘れて貧乏人の子供に手も合わせ、頭を下げてお願いもし、高純度の黄金を支払うこともいい、夫々に哀願してホンヒンに行ってくれる様頼みました。
「実は、我々の御婆様である国王母が鬼に攫われてもう20年が過ぎている。昨日おまえが鬼を殺したことから、国王より、我々六人に鬼の国に行って国王母を無事連れ帰してくるようにと言う厳命を受けたのだ。何とか俺たちを助けてくれ」
ホンヒンにとっても祖母である国王母の救出と聞いて、かすかに彼の心が動きました。王子と言う身分違いの高貴な人から手を合わされると、それ以上無碍に断り続けることも出来ず、一応母に聞いてみることにしました。
その日はサバーの遊びをする気持ちも失せたホンヒンは、意気消沈している六人の王子をその場に残して家に帰りました。
家に帰って来たホンヒンは、母の前に座ると、ポツリポツリと正直に王子たちの依頼を話して母の意見を求めました。
「母さん。王子が、俺を雇って鬼の国に行かせたいらしいんだ。黄金を一杯くれるらしいけど」
「駄目。どれほど黄金を積まれても、母さんは、大切なおまえを鬼の国などへは決して行かせません。どれ程の金銀も、母さんは興味がありません。あいつらは我々の敵なんですよ。生まれてきたばかりの頃からお前を殺そうとして来たのよ。母さんは、決して行かせません。母さんは許しません」
生まれたばかりの我が子を川に捨てた憎い王宮の人たち。そんな彼らの言葉を真に受けては大変なことになる、ウィマーラーには、王宮の人たちに対する憎しみの常が消えていませんでした。
しかし、そんな下界の騒動を逐一見ていた天上の帝釈天は、全く別の考えを持っていました。
ホンヒンの養父である帝釈天は、ホンヒンの背負ってきた宿命を知っていました。ホンヒンは、その前世よりの宿縁によって結びついている三人の女性がいて、その三人の女性と廻り合う為には、鬼の国のある方角に向って行かねばなりませんでした。そこで、帝釈天は占い師に身をやつして下界に下りてくると、ウィマーラーの元にやって来て告げました。
「ううう・・・ん。こいつは、不思議な相をしておる。最後にはキッといい思いをするであろうが、その前にとんでもない辛い目に遭うであろう。今回行けば、幸運を掴み、思い掛けないものを手に入れるに違いない。がしかし、鬼の国から帰ってきた時、暫く死ぬ定めにあるようじゃ。あいつは、奴を殺すだろう」
こうした占いの話を聞く前に、ホンヒンの心は既に決まっていました。恐怖と言うものを知らないホンヒンの気持ちが固まると、如何にウィマーラーが諌めても我が子の気持ちを抑えることが出来ないまま、承諾しなければなりませんでした。
「わかりました。代わりに鬼の国に行って国王母をお助けいたしましょう。あなたがたは行かず、河口当たりに人目を避けていて下さい。その上の方のどこかに私が帰ってくるのを待つ場所を探して、そこに身を潜めていてください。必ず国王母をお助けして帰って来ますから」
ホンヒンが承諾してくれたことを聞いて安心した六人でしたが、川を渡ってホンヒンの指定した河口に向うことが出来ませんでした。そこで、岸辺の森の中に臨時の小屋を拵えて身を潜めました。
小心者の王子たちは、その夜、暫くまどろむと、はっと目覚め、鬼が追い掛けて来ると大声を立てて騒ぎ立てる始末でした。鬼の国に行ってもいないのに、怯えて悪夢を見たのでした。その朝、ホンヒンは、鳳に跨がって王子たちのいる森の上空に現れると、大声で言いました。
「俺が帰って来るまでは、決して町に帰ってはいけませんよ」
六人の王子たちは、突然耳に響いた声の主を探して周りを見ると、優雅に上空に舞う鳳凰の背に跨ったホンヒンの姿を目にして、飛び上がらんばかりに愕きました。そして、負け惜しみを含んで大声で応えました。
「ああ、分かってるよ。我々はな、地上を歩く普通の人間に過ぎないんだ。おまえのように空を飛んだり出来ないからな」
サバーでも負けを知らない強運、鬼を殺す怪力といい、決して普通の人間ではないような気がしていましたが、こうして鳳凰の背に乗って上空を飛ぶホンヒンを目にすると、憎悪の感情を抱くものまで出てきました。
「我々は、金持ちで、奴は我々に使われる奴隷に過ぎないんだ」
誰ともなく複雑な胸の内をこうした侮蔑の言葉と共に吐き出しました。
一方、ホンヒンの方は、そんな王子たちのことを気にも掛けず、鳳凰に「さあ、俺たちは鬼の国へ行こう」そう告げると、大きく輪を描いて鳳凰は一目散に鬼の国目指して飛んでいきました。
途中ある一つの国の上空に辿り着くと、鳳凰が美しい庭園で花と戯れる美女の近くに舞い降りました。たくさんの花に囲まれた少女は、その国のたった一人の王女で、国王が目に入れても痛くないほどに可愛がり、国民からも慕われているムックワディー王女でした。
若い二人はひとたび視線を合わせただけで、互いに強く惹かれあい、心の中に沸き起こる激しい愛情を抑えることが出来ませんでした。
(続)
マユリー・アヌカモン著『ラーンナーの御伽噺』収蔵の『ホン・ヒン(石の鳳凰)』より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、タイの文芸作品「ラーマキアン」の主人公ラーマ王子の宿敵である夜叉王トッサカンを演じる人の被る仮面です。 
 

コマ遊び

イメージ 1
閑 話 休 題−68−
どの民族にも夫々に独特の遊びと言うものがあります。日本では、男の子は駒廻し、凧揚げ、昔であれば竹馬などもあり、女の子はお人形さん遊び、羽子板、おはじきなどがあります。
注意してみるとタイ北部の山の民の中には日本の弾き駒と同じ遊びがあります。
同じようにタイ族もそれなりに遊びがあります。木を丸く切り、平らにします。丸いお餅を叩いて伸ばしたようなものです。これを一般にはサバーと呼びますが、これを使っていろいろな遊び方がありますが、今それを見ることは殆ど不可能に近いようです。いまのタイ族の若い人たちに聞いても知らないかもしれません。ただ、同じような遊びがモーン族の中に残っています。そして、彼らはそれを民族文化として大切に残しています。
 
コマ遊び
「お母さん、ちょっと王宮に行って来るね」
ヒンホンの言葉に母のウィマーラーは、飛び上がらんばかりに愕きました。王宮と言う言葉を聞いただけで、ウィマーラーは恐怖しました。
「行ってはいけません。あの人たちは、私たちの敵なのよ。あの人たちは、お前が生まれたばかりの時から、お前を殺したくて、悪事を企んでいたんだよ。覚えていないのかい」
生まれたばかりの我が子の顔を見せる代わりに犬の子を抱かせ、可愛い我が子を無慈悲にも川に投げ捨てたおよそ人の心を持たない人たちの集まりとしか思えない王宮に、奇跡的に巡り会えた我が子を行かせるほどウィマーラーは気が強くありませんでした。言葉を尽くして我が子の翻意を促しました。
しかし、帝釈天に育てられ、人間世界に下ってくるに際して、鳳凰を友とし、身には帝釈天より剣を授かっています。何者をも怖れることを知らないホンヒンは、ついに母の警告、哀願を振り切るようにして王宮に向いました。
すると、ホンヒンは、六人の王子たちがサバーを投げて遊んでいる光景を目にし、自分も彼らと遊びたくなりました。
イメージ 2このサバーというのは、今ではモーン族の正月行事の一つに冒頭のような形で幅8メートル、長さ30メートルと言う広い砂を敷き詰めた平らな場所でサバーを投げて相手のサバーを倒す遊びがあります。今でこそ、そのサバーは硬い木を選んで丸く削って作りますが、昔は、写真のような鞘に入った木の実を利用していたようです。
六人の王子は、さすがにこうした木の実ではなく、黄金のサバーを使って遊んでいましたが、勿論ホンヒンにそんなものはありません。しかし、何としてでも彼らと遊びたい衝動を抑えられませんでした。
「母さん。金のサバーを一つ探してよ。それを持って王子たちと賭けをしに行くんだ」
王子たちは、単に黄金のサバー投げで遊んでいたのではなく、そのサバーそのものを賭けていたようです。
ホンヒンの言葉を聞いても、尚ウィマーラーは、我が子の翻意を願って言いました。
「お前は、どうして、少しも覚えておこうとしないの。彼等は、お金持ちで、お前が、彼等の様に黄金のサバーを持つことがどうして出来ますか」
しかしながら、生まれてこの方怖れる、と言うことを知らずに育ったホンヒンは、母の言葉にも拘らず、どうしても、彼等と遊びたくて仕方がありませんでした。
ウィマーラーは、根負けすると独り森に入り、一莢のサバーの実を拾ってくると、ホンヒンに与えました。それが黄金のサバーではないとは言え、本物のサバーです。ホンヒンは莢を開いてサバーの実を穿り出すと、綺麗に磨き上げ、大切に袋に仕舞いました。
朝になり、ホンヒンが勇躍して彼等が遊んでいる広場に行くと、彼等は、既に3〜4度黄金のサバーを投げて遊んでいました。
ホンヒンは、そんな彼らの遊びの横に行くと、袋の中からサバーの実を掴み出し、砂の上にたてられている黄金のサバーに向って投げ転がしました。
突然割り込んできたサバーの実に愕いた六人の王子は、ホンヒンのサバーの実を拾うと投げ捨て、しかも罵倒するかのように言いました。
「これは、単に赤いサバーの実じゃないか。わし達のは、金で作ったサバーだ。お前は物の区別も付かないし、物が分からない能無しか。第一、お前のような貧乏人がわしらに負ければ、何を持って支払うというのか」
そんな罵倒の声にもびくともしません。ホンヒンは自分が賭けに負けるなどと言うことは夢にも思ったことがありません。第一、これまで負けることを知らないホンヒンですから、胸を張って言いました。
「この身をもって質としましょう。皆さんは黄金のサバーを持って賭けているのですから、私にもそのサバーを一つ貸して下さい。もしも、勝てば、お借りしたサバーをお返ししましょう。もしも、負ければ、私を奴隷にするなりお好きなようにこの身体をお使い下さい。奴隷にして、あなたたちの為に水汲みでも、水運びでも命じればいいではないですか」
奴隷が普通に存在していた時代のことです。
こうした遊びで奴隷一人手に入るとすれば、王子たちも決して悪い賭けではないと思い、ホンヒンの申し出を受けて黄金のサバーを貸し与えました。
長さ30メートルにも及ぶ長い砂場を転がし、相手の立てた駒に当てる競技を、ホンヒンはまるで何事もないかのように、相手の五個のサバー全てに転がし当てて倒すと、忽ちにして借りた黄金のサバーを返しただけではなく、王子たちの持ってきた全てのサバーを獲得しました。もう王子たちには賭けに使うサバーがありません。といってホンヒンに借りるのも悔しいのですが、たまたま日が西に暮れる頃となり、ホンヒンが帰ることになりました。
「もう暗くなった。早く帰らないと・・・明るいうちに帰らないと、俺の母さんが泣くんだ」
そういって獲得した黄金のサバーの駒を袋に仕舞いこみました。しかし、六人の王子からすれば、ホンヒンの行為は勝ち逃げです。悔しさが込み上げて来て威すかのように、また、近付く危難を告げて援助の手を差し伸べるかのように言いました。
「今日は、丁度七日目だ。お前は知らないのか。七日毎に、鬼がやって来て城門のサトウ椰子の所で人間を待ちぶせて捕まえ食べてしまうことを。だれかれ構わず、奴は、一人として城門から出てくる人間を生かしてはおかない。今日は帰らずにここでわしらと寝よう。明日になってゆっくり帰ればいいじゃないか」
どうやら、当時村はずれに鬼が出没しては通りすがりの人間を捕まえて食べていたようです。しかし、ホンヒンがその話に恐怖を覚えることはありません。
「どうして鬼がそんなに怖いのだい。図体の大きな象が来ても、小指程のフック一本で操って見せる事だって出来るし、1,500個のピーマンといえども、鼠の糞ほどの唐辛子にも、その辛さは及ばないよ」
ホンヒンは、王子たちの忠告に何の関心も払いませんでした。
「奴を誘っていさせようとしても、奴は帰っちゃったよ。口も達者だし勇気もある。サバー遊びでも勝てない。奴は頭がいいのか、頭の中が空洞なのか、どっちなんだ・・・」
「とにかく、生死は、明日になれば分かる。金のサバーも奴が全部持って行ってしまったし、俺たちも帰ろう」
ホンヒンの背中を見ながら王子たちは呆れながらも、失望の色を隠せず王宮に引き返しました。
翌日、王子たちが広場に目をやると、ホンヒンが何の変わった様子もなく既にそこで待っていました。
六人の王子は、大変に不思議な気持ちになり、降りてきても、遊ぼうとはしないで、逆に尋ねました。
「お前は、どの方向に帰って行って、鬼に食べられなかったのだい。奴は、これまでに一人として見逃したことがないのに」
「鬼のことなら、殺したよ」
平然と応えるホンヒンに不気味なものを感じる六人の王子は、昨日のサバーの腕前を思い出すと、嘘と決め付ける自信もないままに言いました。
「えっ。何代にも亘って誰も殺すことが出来なかった鬼なんだよ。行こう、とにかく、皆して行ってこの目で確かめよう」
ホンヒンが鬼を殺した、と言う場所にいて見ると、本当に巨大な鬼の体が大地に横たわっていました。一番年下の王子が鬼に矢を射ましたが、鬼はじっとしたまま、身動き一つしませんでした。間違いなく死んでいると知ると、言いました。
「お前が殺したとは決して他の誰にも知らせるな。わしら六人が殺したことにするんだ。いいな、その代わり・・・」
ホンヒンの口封じに六人の王子は夫々が黄金をホンヒンに渡して手柄を買い取りました。ホンヒンから了解を取り付けると、六人の王子は、鬼の血を持って身体に塗りつけ、王宮に帰ると、王に奏上しました。
「何代にも亘って、七日ごとにやって来ては人間を食べ、誰も殺すことが出来なかった鬼は、我々が殺しました」
我が子の六人の王子が、国の災いの元ともいえる鬼を殺した、と言う報告を聞いて国王は大いに喜びました。
実は、20年以上も昔のこと。鬼が王の実母を鬼の国に攫って行きました。これまでにも武勇の誉れある幾人もの勇士に実母救出を依頼し、条件に多額の報奨金を出しましたが、誰も志願するものがありませんでした。
そんな折に六人の王子の武勇を聞いた国王は、鬼を殺した六人の王子を鬼の国に祖母を尋ね行かせ様と考えました。そこで、六人の王子に告げて言いました。
「お前たち、鬼に勝ち、鬼を殺すとは大したものだ。わしは、お前たちに鬼の国に祖母を連れ戻しに行って貰いたい」
思わぬ進展に六人の王子は言葉を失い顔を見合わせるばかりでした。
 
(続)
マユリー・アヌカモン著『ラーンナーの御伽噺』収蔵の『ホン・ヒン(石の鳳凰)』より題材をお借りしました。
冒頭の写真は、モーン族が行うサバトー投げの遊びの場所で、文中の写真が、サバーの実です。
 
 

取り替えられた子供

イメージ 1
(画像参照:http://www.oknation.net/blog/print.php?id=414544
 
閑 話 休 題−67−
 
人間が犬の子供を生むことがあるでしょうか。もしくは犬が人間の子供を生むことがあるでしょうか。自然界においては決して有り得ない現象ですが、昔語りの世界においては必ずしも有り得ないことではないようです。
日本においても桃太郎は桃の中から生まれました。チエンマイの昔の伝承においても、かつてこの地に出来た町は、隠者の小水を飲んだ雌鹿から生まれた子供が統治したり、その他にも動物の足跡から人間の子供が生まれたりしています。
以前、ムー・ヒンという石が不思議な霊力を備えていて呪文を唱えて木槌で三度叩くと豚に変身して空中を飛翔するというのがありましたが、ここに紹介するのは、豚ではなく、想像上の動物で、神の乗り物のようですが、これが中国から日本に伝わると、南方の守護神獣朱雀となります。
時には、白鳥とも思われたりしますが、伝説に出てくる霊鳥ですから、ここでは鳳凰としていきましょう。
 
取り替えられた子供
はるかな昔のある国のお噺です。その国の王様にはお二人のお后がいました。国王の寵愛を一身に受けている主席王妃は、ウィマーラーというお名前でしたが、既に御懐妊の十月十日、ご出産は今日か明日かといわれ、既に占い師たちは聡明な王子のご誕生を予見し、町中は王子ご出産の期待に膨れ上がっていました。
もしも予言の通り、ウィマーラー妃に王子が生まれますと、当然に次の王位はその王子に受け継がれることになります。
国の上下を挙げて王子のご出産を待ちわび、その時の一国もはやからんことを希う王室内外の喜びの中で、聡明な王子のご出産さんを心嬉しく思わない人がいました。
即ち、次席妃です。
彼女は、既に男の子を産んでいましたが、もしも主席妃に王子が生まれると、后としての席次からして我が子に王位が受け継がれることはありません。
世に嫉妬とは恐ろしいもので、事実を打ち消してでも相手を蹴落とそうとします。それは正に畜生の世界のことですが、人の心の中に潜む悪魔は時に畜生以下に嫉妬に狂います。
次席妃は、我が子可愛さに王統も、正当性も考えることなく、側近を使って王宮に策を廻らせると、生まれて来るであろう聡明な王子を生まれたばかりの犬とすり替えようと考えました。そして、実際に王子が生まれてくると、まだ臍の尾を切ったばかりの赤子を用意の犬の子と取り代えてしまいました。
そして、赤子は産湯に浸かるよりも早く、人目を避けて川に投げ捨ててしまいました。
宮殿産室での一部始終を見ていた帝釈天は、石を鳳凰に変身させると、その石の鳳凰を使って川に投げ捨てられた赤子を拾い上げて、自らの天上世界に連れて来させました。石の鳳凰から赤子を受け取った帝釈天は、赤子を天上世界で育てることにし、石の鳳凰が運んできたことからその名前をホンヒンと名付けました。
一方、ウィマーラー后は、我が子として抱かされたのが犬の子であると知って死ぬほど愕きました。頭の中では信じられないことであっても、その小さな命を胸に抱き締めると、母としての愛情が迸り、周りの者にもはっきりと聞こえる声でまだ目を閉じたままの子犬を抱きしめて自分に言い聞かせるかのように言いました。
「例え、犬であろうとも、母は、育てましょう。お前は、私の大切な子供、宝物だから。私は、決してお前を捨てたりはしません」
后が犬の子を出産したと言う報せを受けて愕いたのは国王も又同じでした。国王がこれまで抱いていた首席妃に対する溢れるほどの愛情は一瞬の内に煙のように消えてなくなり、代わって犬の子を産む人間の女に対する恐怖と同時に嫌悪と怒りの情が沸々と湧き起こりました。
「お前はカーリーである」
国王は、罵倒の言葉を浴びせるとウィマーラーを追放しました。
カーリーと言うのは日本人には馴染みのない言葉ですが、これはタイ語で使うとすれば女性に対して使われるもので、これ以上ないほどの侮蔑の言葉で、『魔女』『疫病神』と言う感じですが、実は、これはバラモン教における恐るべき女神で、三大神の一人シヴァ神の妃の別の性格をも表しています。
カーリーとは恐るべき威力を持つ女神で、その肌は黒く、複数の腕を有し、夫々に恐るべき武器を持っています。勇気の象徴である反面、災いをもたらす神としても知られています。
遵って、この国の王様は、自らの妃ウィマーラーが犬の子を生んだと言う報せを受けると、彼女は不祥・不吉の女であるとして王宮より追放したのです。
追放されたウィマーラーは、産後の不安定な体にも拘らず犬の子を胸にしっかりと抱え、放浪者のように覚束ない足取りで王宮を出ました。どこに行く当てもない彼女は、力なく歩き続け、いつしか森に入りこんでいました。
その森の中でウィマーラーが目にしたのは、貧しい老夫婦の住む一軒の掘っ立て小屋でした。
小さな布包をしっかりと胸に抱きしめた、今にも倒れそうなウィマーラーを目にし、老夫婦は哀れみを覚えると、小屋に招き入れ食べ物を用意し、その夜の宿を提供しました。老夫婦の親切を得て森の中で彼らと共に暮らすことになったウィマーラーは、実の子供と信じて疑わない子犬をまるで人間の子のように大事に育て、人の子と同じように衣を着せ、一緒の床の中で寝る毎日でした。
南国タイですが、ここに住む犬はやはり寒さに弱いようで、気温が20度を切ると寒さに震え出し、雪が降ると『犬は喜び』と言う日本の童謡が示す犬が寒さに強いと言うのはどこの世界のことかと思うほど寒さを怯えます。焚き火をすると、犬は近くに寄って来て暖を取り、中には人々が古着を着せることもあります。
一方、帝釈天に育てられたホンヒンは、成長すると自らの母に会いたいという思慕の念を抑えることが出来ませんでした。止む無く帝釈天は言の次第を話して聞かせました。自らの出生の秘密を知ったホンヒンは、人間世界に降りて実の母に会いたいと帝釈天に願い出ました。そこで、帝釈天は眼下の雲の中に下界の森の姿を映し出すと、ホンヒンの実母と老夫婦が住む小さなみすぼらしい小屋を教えました。
かくして鳳凰に乗り、帝釈天より授けられた吉祥の剣を手に天上世界から森の中に舞い降りたホンヒンは、老夫婦の掘っ立て小屋にやってきました。
「お母さん・・・」
小屋の中で一人針仕事をする母と思しき美しい女性にホンヒンが呼びかけました。彼女の足元に蹲る犬は、ホンヒンの姿を見ても吠えることもせず、じっと見上げているだけでした。
「何を言い出すの。この子は・・・」
ウィマーラーは、突然現れた少年に「お母さん」と呼びかけられて愕くよりも憤りすら覚えました。
「どこの子だい。あたしにはお前のような子供はいないよ。あたしのたった一人の可愛い子供は、ここにいるこの子だよ・・・」
足元の子犬を見ると、犬もまた頭をもたげてウィマーラーを見つめ返しました。
「お前のような子供は知らないよ。さあ、自分の母さんのところにお帰り」
「でも、本当にあなたは私のお母さんです」
「まだいうの・・・この子は」
涙を堪えながらホンヒンが帝釈天から聞かされた自分の出生の秘密を順序を追って話し始めると、ウィマーラーの表情が次第に柔らかくなり、警戒の色が薄れました。とはいえ、すぐに信じることも出来ませんでした。
「お母さん。私は、願を掛けましょう。もしも、お母さんが真に私のお母さんであるならば、お母さんのお乳が噴き出して私の口の中に入ります様に」
ホンヒンがウィマーラーの前に正座して両手を合わせ、誓いの言葉を継げると、愕いたことに出る筈もないウィマーラーの母乳が噴出すと、弧を描いてホンヒンの口に入りました。この不思議を目にして、ウィマーラーも目の前の子供が自分の子供であることを認めない訳には行きませんでした。
その瞬間、子犬が悲しそうな鳴き声を上げてウィマーラーを見上げ、次いでホンヒンを見つめると、その目には泣いているかのようにさえ見えました。
「お母さん。この子犬は、お母さんがこれまで愛情こめて育てて来ました。犬だからと捨てることなど考えず、今まで通り育てて行きましょう。母さん、奴を他の犬のように埃まみれ土まみれで寝かさないで下さい。又、床下などに寝かさないで下さい。お願いします」
「勿論ですとも。この子も私の可愛い子供ですよ」
犬にもこうした会話が伝わったのか、ウィマーラーの顔を舐め、次いで、ホンヒンの足元にやって来てじゃれました。
この日以来、貧しい老夫婦の小屋でホンヒンも母と一緒に暮らすようになりました。貧しいながらも老夫婦の掘っ立て小屋には明るい性格のホンヒンが加わって笑い声の耐えない明るい家族が出来ました。
病気でウィマーラーを悩ませることも泣くすくすくと育ったホンヒンは、やがて悪戯盛りの少年に成長しました。
そんなある日、ホンヒンがいきなり母に言いました。
「お母さん、ちょっと王宮に行って来るね」
ウィマーラーは息が止まるかと思うほど驚き、一瞬言葉も出ませんでした。
 
(続)
マユリー・アヌカモン著『ラーンナーの御伽噺』収蔵の『ホン・ヒン(石の鳳凰)』より題材をお借りしました。
冒頭の絵は、想像の神鳥である鳳凰です。

開く トラックバック(1)

藁の灰で綱を編む

 
 
閑 話 休 題−66−
旧い昔と言うと、絶対権力を誇る王がいて、王の権威を傘に来た役人が農民の収穫を横取りし、一旦急ある時は農民を徴用して戦場に駆り立て,農地は荒らされ、作物は掘り返され汗の結晶は無残な姿となる。
こんな上下関係の暗い社会を思い浮かべるかも知れませんが、決してそのようなことはなかったのではないでしょうか。庶民なりに娯楽を享受し、農民なくして国が成り立たないことはいずこの国も同じですから、決して蔑ろにはしなかったでしょう。
チエンマイの創設者マンラーイ王は、常に庶民の生活に気を配っていたようで、その最期の日も市場に庶民の生活を見に向う途中に雷の打たれたものです。
しかし、そうした史実とは別に、庶民の話の中に残る彼らの息抜きを覗いてみるとまた楽しいものです。
 
藁の灰で綱を編む
タイ・ルー族と言うのは、タイ族の中の一つで主に中国雲南省に広く分布して暮らしています。雲南省の省都昆明に行くと郊外に民族村があり、そこにタイ族の村とされている一角がありますが、そこにいるのがタイ・ルーではないでしょうか。その言葉はチエンマイの言葉に殆ど同じと言っていいかも知れません。
そんな彼らが残している旧い話の中にアイ・スック、アイ・シーと言う兄弟の話があり、彼らは権力者、民衆に不正を働く商人を懲らしめる庶民の英雄です。
彼ら兄弟は、優れた知恵で王の姦計を打ち破り、役人の面前で王に恥をかかせることがしばしばでした。
ですから、国王としてもいつかは彼らに一泡吹かせて笑いものにしてやろうとは思っているのですが、なかなか妙案が浮かびません。
「王様。必ずやアイ・シーを打ちのめし、赤恥をかかせるに違いない、策を考え付きました」
国王の心のうちをよく知る役人が、ある日国王に取り入ろうとアイ・シ―を懲らしめる知恵をもって国王に面会に上がりました。アイ・シーたちを懲らしめることが出来る策、と聞いて国王は満面に笑みを浮かべると直ちに部屋に入れました。
「して、どんな計略なのか、そのアイ・シーを懲らしめることが出来るに違いない策とやらは。早く申せ」
こうした話に出る役人の例に漏れず、この役人もまた、自らの考えに絶対的な自信を持ち、アイ・シ−が逃れることが出来ないこと疑いなしと思っていました。
「王様の力は近隣にまで鳴り響き、その居城は広大にして堅牢です。もしも、王様がアイ・スック、アイ・シーに命じて、たった一本の綱で王様の王宮の塀の礎を一週取り囲むことが出来る一本の綱を藁の灰を使って撚らせ、しかも、一日の内に撚り終わらせ、王宮の塀を取り囲むよう命じられれば、如何にアイ・スックとアイ・シーが知恵を誇りましょうとも、成し遂げる術がないものと信じます。もしも、彼等が出来なければ膝ま付いて王宮の廻りを一周して廻ることを事前に彼らに命じて置かれます。さすれば、王様の名誉も益々高まりましょう」
灰で綱を綯う、そう聞いただけで国王はいかなアイ・シーと言えども絶対なしえないであろうと思うと、この妙案に飛びつきました。
翌日、国王は早速アイ・シーを王宮に呼び出しました。心の中ではアイ・シーたちの泣き面を思い浮かべると、思わず顔が綻びます。
「アイ・シーとアイ・スックよ。お前たちは、国中で並ぶ者もない知恵ある者といわれており、これまでにも数々の難問を解いてきた」
威厳を示して語り始めた国王ではありますが、目は口ほどに物を言い、とも言いますので、心の中の嬉しさ、楽しさが自然と目に優しさを表します。ニコニコしたその表情を身ながら、アイ・シーとアイ・スックは、顔色一つ変えず、真剣に聞いていました。
「・・・ついては一本の綱で我が王宮の塀をぐるりと取り囲んで欲しいのじゃ。どうじゃな」
「一本の綱でですか」
「そうじゃ・・・」
アイ・シーは国王の性格をよく知っています、これにはどこかに仕掛けがあるに違いないと察すると、条件を聞き出そうとしました。
「一本の綱で王宮を取り囲めばよろしいのですね」
「そうじゃ。一本の綱でじゃ。ただし、今夜のうちにじゃぞ、明日の朝、日が昇るまでに藁を縒り合わせて長い一本の綱とし、王宮の塀を取り囲むのじゃ・・・そうじゃ、言い忘れておった、その綱はな、藁を焼いた灰で撚るのじゃぞ」
「灰の藁・・・」
アイ・シーは、そこで王の計画の全てを知りました。
アイ・シーはアイ・スックと顔を見合わせると、互いに胸の内で通じるものがあったのか、時を同じくして微かな笑みを浮かべました。
「はい、分かりました。確かに、明日の朝までに一本の灰の綱で王様の王宮の塀を一蹴させましょう」
国王に向き直ったアイ・シーの表情は謹厳そのままに、恭しく奏上すると、最敬礼をしました。
その返答を聞いて、国王は益々嬉しく思うと、追い討ちをかけるように罰則を言い渡しました。
「それでこそ、わが国一の知恵者アイ・シーとアイ・スックじゃ・・・じゃが、もしも明日夜明けまでに出来なければ、お前たちは両膝をついて、綱に代わって我が王宮の周りを一周するのじゃぞ。よいな」
国王の勝ち誇ったような口調をよそに、アイ・シーとアイ・スックは、このような子供じみたことしか考えられないのか、と可笑しくなるほどでしたが、勿論それを顔に出すほど愚かではありませんでした。
「はい、了解いたしました。キッと仰せの通り致しましょう」
王宮を出た二人は、家に帰りつくと、藁を手に入れるべく外に走り出ると直ちに手分けしてたくさんの藁を集めてきました。そして、二人して藁を両手で器用に縒り合わせて一本の長い綱を作りました。
その日の夕食は、国王にとっては特に美味しいものであった様で、どの器の料理をもその美味を褒めて調理人を喜ばせ、全ての器の中の料理に手をつけ、好物の酒を存分に嗜み、上機嫌のうちに床に就きました。
国王が心地よい眠りに付いた頃、アイ・シーとアイ・スックは二人して長大な綱を担いで王宮前にやってきました。塀の前に綱を置くと、綱の端を持って二人が左右に分かれて塀に沿って歩いていきます。そして、二人が出会うと、丁度綱が王宮の兵を一蹴していました。
二人は、念のために自らの足で綱が切れていないことを確かめると、次いで綱に火をつけました。
乾燥した藁に火がつくと、ゆっくりと綱の心まで燃やしながら燃え広がっていきます。アイ・シーとアイ・スックは、その燃えていく姿を歩いて追っていきます。満月の明かりの中、やがて一本の綱は、途切れることなく、燃え残ることなく、しかも綱の形を少しも崩すことなく見事に灰になっていました。
翌朝、国王は多数の役人を伴って王宮の外に出てくると、そこには塀の周りを見事に一周する灰の藁の綱を目にしました。
その場に居合わせた誰も、我が目にする目の前の出来事を信じることが出来ず、一言の言葉も出ませんでした。
国王は、今回もまたアイ・シーとアイ・スックを笑いものにするはずの計略が、彼らに笑いものにされたような屈辱感に苛まれると、朝食を摂っても味もなく、苛々した感情に周りの誰もが声をかけることも近寄ることも憚られました。
一方アイ・シーとアイ・スックは、何事もなかったかのように、二人して朝食を摂り終えると、仕事に出ました。
 
(了)
スチャート・プーミポリラック訳「雲南省内のタイ・ルーの伝承 」収蔵の「藁の灰で綱をなう」より題材をお借りしました。 
 
冒頭の写真、これがタイのお正月「ソンクラーン」の名前の由来を示すものです。女性たちはソンクラーン王の娘で皆同じ顔で名前も皆ソンクラーンと言います。盆に乗っている首がソンクラーン王のもので、こうして毎年娘がこの首を持ち回りで支えます。この首は猛毒で空に投げれば空気が毒に冒され、地に撒けば草木は枯れ、水中に流せば水が干上がり魚が死に絶えます。このお噺はいつか別の機会に・・・
 

開く トラックバック(1)


.
mana
mana
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(37)
  • 憂国烈士
  • tousan
  • cocoa
  • アジアや世界の歴史や環境を学ぶ
  • ishujin
  • 保守の会会長 松山昭彦
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事