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浦島太郎の一時帰国(6)
今日はいよいよ実家へ帰る日です。
思えばこれが主目的で、ブログネタになどなる筈もありませんでしたが、やはり友達との関係は壊したくなく立ち寄った東京で思わぬ珍道中を繰り広げてしまったのです。
カバンを引き摺り地下鉄で東京駅へ・・・学生時代に慣れたコースです。
中央口に出て緑の窓口を探して切符を購入・・・しかし、またしても広い東京駅で『おのぼりさん』になってしまったのです。
辛うじてそれらしい場所を探して中に入ると、何故か銀行の様にロープが張られ、クネクネと歩いて行きます。
『どうぞ』
びっくりしました。これまで国鉄でこうして声を掛けてもらった記憶がなかったですから。面倒臭そうに偉そうに切符を売ってやる態度の国鉄職員ではなかったようです。
『高松までの乗車券と岡山までの『こだま』の自由席券一枚』
二枚の切符を手にすると何故かホッとしました。
『改札口はどちらでしょうか・・・』
馬鹿な質問なのでしょうね。
一瞬黙り込んだ彼女がやがて一言。
『出て左が少し早いかな、でもさして変わらないですよ』
とにかくどちらに行ってもいい事だけははっきりしました。
結局、元来た道を引き返して左手に改札口を見ました。ところが、何度繰り返して乗車券を投入口に入れても改札口出口が開きません・・・
二度・・・三度・・・四度、五度・・・後続の人々は嫌な顔一つしませんが、次々とあたしのいる改札口を避けて別のところへ行きます。
仕方なく一度改札口を離れてキョロキョロと駅員らしい人を探しました。端の小さなボッ来る野中に一人の若い駅員がいました。
『入れないんですが・・・』
『一緒に入れてください』
『・・・』
どうやら、この駅員はあたしが戸惑い何度も繰り返し繰り返し改札口付近でウロウロしている姿を見ていたようです。見ていれば助けてくれてもよさそうに思うのですが・・・二枚の切符を同時に改札口に入れて、一つの機械が二枚の切符を同時に読み取れる筈がありません。機械が故障すれば教えた駅員の責任・・・本当にそう思いました。
半信半疑で、それでもきちんとお礼だけ入って改札口に戻りました。
機械が止まるかブザーが構内に鳴り響くかビクビク、心臓はドキドキと自分でも分るほど激しく高鳴っていました。言われた通り二枚の切符を入れました・・・その時です。何と改札口を閉じているゲートが開いたではないですか。
前方に飛び出した切符を掴むと急いで改札口を出ました。切符はきちんと二枚ありました。ホッとすると同時に、未だ釈然としないまま、新幹線ホームへ・・・
案内板のどこにも『こだま』の発車ホームを告げる掲示がありません。遠いはるかな記憶を頼りにもっとも奥のホームに・・・
ホーム上の掲示板にも『こだま』の文字が見当たりません・・・あるのは『のぞみ』・・・
仕方なくホームいる係官に尋ねました。
「岡山行きの次の『こだま』はどのホームですか」
一瞬彼の表情が曇りました。仕方なく切符を取り出して見せると、小さな時刻表をポケットから取り出した彼が言いました。
『岡山行きですか・・・隣のホームから間もなく出ますよ・・・』
『ありがとうございました』
再びバッグを引き摺って階段を下りると隣のホームへ・・・車両の先頭部が自由席の筈ですから、そちらに向って只管歩きながらホームの掲示板を見て再び衝撃が・・・『こだま』の文字がありません・・・
正直一瞬今日帰れるのだろうかと不安に思いました。
しかし、駅員は切符を確認してこのホームだといったのです。
その時ホームに博多行き新幹線『のぞみ』が止まっていました。暫く考え込みましたが、戸惑いながらも意を決して乗り込みました。間違えていれば差額料金を払えば済む・・・そう決めると少し心が落ち着きました。何しろ、自由席ですから誰に文句を言われることもありません。
新幹線が発車し、やがて車掌の検札がありましたが、不思議と何のお咎めもなくパス・・・
かくして新幹線が岡山に・・・そこから在来線に乗り換えです。もう気持ちは故郷高松です。周りの風景なんて目に入りません。只管在来線乗車口に向って改札口を出ます・・・しかしまたしてもうっかりと新幹線特別急行券だけを改札口に入れて改札口通過拒否にあいました。しかし二度目にはもう通過しました。少しは、学習効果があるようです。
在来線に乗り込むと途端にローカル色豊かに乗客の表情が東京とは違っています。何故か田舎の人たちの表情を見てホッとしました。
学生時代は、在来線は岡山から宇野までで、宇野からは宇高連絡船に乗り込んで1時間の瀬戸内海横断の船旅でした。
船に乗り込むと、荷物を持ったまま2階デッキに駆け上がり、後部展望台近くの客室内の棚にバッグを放り投げてデッキのうどん売店前に列を作ったものです。職人すら未だ準備中です。船は未だ止まったままです。それでもうどん待ちの人の列は出来ています。多くは高松の人で、高松港到着後に急いで下船する必要のない人たちです。
うどんの準備が出来ると熱々のうどんに唐辛子を入れ、割り箸を手にデッキに立って食べたものでした。やがて船の乗客がぞろぞろとデッキに上がって長い列を作りますが、それを眺めながらどこか物知り顔の優越感を持ってうどんを食べていたものでした。
たとえ身体は岡山県内にあっても、こうして船上でうどんを食べた時、高松に帰ってきたなあ・・・そんな感じになったものでした。
うどんを食べてホッとして、ようやく座る場所を探しますが、さして問題ではありません。わずか1時間です。デッキでボーっと立っていることも出来ます。その間次々と階下の客室からうどんを求めて人の列が長くなります。
その列が終わりに近づく頃、あたしは再び列の後に並びます。もううどんの出汁は初めのように口にすることも出来ないほど熱くはありません。初めの一杯は、うどんを少しずつ味を噛み締めるように口にし、スープをゆっくりと飲んでいたものでしたが、二杯目は一気にです。
そうして二杯のうどんを無事食べ終わる頃、船は高松港に近づきます。デッキの上から下船する人たちを眺めるのもまた高松の人たちです。そこから松山、徳島に向う人たちは永い桟橋を駆ける様にして電車に向かうのです。最後にゆっくりと下船したのも今では遠いかこの思い出になりました。
しかし、瀬戸大橋が出来ると連絡船は廃止となり、岡山で乗り換えた在来線はそのまま橋を通って瀬戸内海を渡り、坂出に下りて、そこから高松に向かうのです。思えば瀬戸大橋が出来た時も連絡船が廃止された時もあたしは既に遠い南の国にいました。関西空港すら外国にいて知ったのでした。
長い旅の末にやっとたどり着いた高松駅。改札口に向いながら漂ううどんの香り。左手に見えた連絡線うどんの看板。高齢の父に会いたい気持ちもありますが、うどんの誘惑にも勝てません。ガラガラとバッグを引いて足が自然とそこに向います。
店の前でポケットからコインを出します。
どこか期待の味とは違っていましたが、とにかく高松へ帰ってきたことを実感した瞬間でした。
満足感を得て改札口を無事通過。駅前にあるタクシー乗り場・・・はどこにも見当たりません。
広々としたコンクリートの広場があるだけです。右に行けばいいのか左に行けばいいのか見当が付きません。真っ直ぐ行ってもいいのでしょうが、意識の中では真っ直ぐ行けばそこはタクシーが走る道路なのです。足がすくみました。
呆然と立ちすくむことしばし。やがてはるか前方に黒いタクシーの群れを眼にすると、思い出したように一歩を踏み出してそこに一目散。
こうして実家に向ったのでした。
(続)
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