チエンマイの原風景

古書を片手に霧の彼方の古都チエンマイを訪ねる旅です・・・

トップページ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

新幹線での帰郷の旅

浦島太郎の一時帰国(6)

今日はいよいよ実家へ帰る日です。

思えばこれが主目的で、ブログネタになどなる筈もありませんでしたが、やはり友達との関係は壊したくなく立ち寄った東京で思わぬ珍道中を繰り広げてしまったのです。

カバンを引き摺り地下鉄で東京駅へ・・・学生時代に慣れたコースです。

中央口に出て緑の窓口を探して切符を購入・・・しかし、またしても広い東京駅で『おのぼりさん』になってしまったのです。

辛うじてそれらしい場所を探して中に入ると、何故か銀行の様にロープが張られ、クネクネと歩いて行きます。

『どうぞ』

びっくりしました。これまで国鉄でこうして声を掛けてもらった記憶がなかったですから。面倒臭そうに偉そうに切符を売ってやる態度の国鉄職員ではなかったようです。

『高松までの乗車券と岡山までの『こだま』の自由席券一枚』

二枚の切符を手にすると何故かホッとしました。

『改札口はどちらでしょうか・・・』

馬鹿な質問なのでしょうね。

一瞬黙り込んだ彼女がやがて一言。

『出て左が少し早いかな、でもさして変わらないですよ』

とにかくどちらに行ってもいい事だけははっきりしました。

結局、元来た道を引き返して左手に改札口を見ました。ところが、何度繰り返して乗車券を投入口に入れても改札口出口が開きません・・・

二度・・・三度・・・四度、五度・・・後続の人々は嫌な顔一つしませんが、次々とあたしのいる改札口を避けて別のところへ行きます。

仕方なく一度改札口を離れてキョロキョロと駅員らしい人を探しました。端の小さなボッ来る野中に一人の若い駅員がいました。

『入れないんですが・・・』

『一緒に入れてください』

『・・・』

どうやら、この駅員はあたしが戸惑い何度も繰り返し繰り返し改札口付近でウロウロしている姿を見ていたようです。見ていれば助けてくれてもよさそうに思うのですが・・・二枚の切符を同時に改札口に入れて、一つの機械が二枚の切符を同時に読み取れる筈がありません。機械が故障すれば教えた駅員の責任・・・本当にそう思いました。

半信半疑で、それでもきちんとお礼だけ入って改札口に戻りました。

機械が止まるかブザーが構内に鳴り響くかビクビク、心臓はドキドキと自分でも分るほど激しく高鳴っていました。言われた通り二枚の切符を入れました・・・その時です。何と改札口を閉じているゲートが開いたではないですか。

前方に飛び出した切符を掴むと急いで改札口を出ました。切符はきちんと二枚ありました。ホッとすると同時に、未だ釈然としないまま、新幹線ホームへ・・・

案内板のどこにも『こだま』の発車ホームを告げる掲示がありません。遠いはるかな記憶を頼りにもっとも奥のホームに・・・

ホーム上の掲示板にも『こだま』の文字が見当たりません・・・あるのは『のぞみ』・・・
仕方なくホームいる係官に尋ねました。

「岡山行きの次の『こだま』はどのホームですか」

一瞬彼の表情が曇りました。仕方なく切符を取り出して見せると、小さな時刻表をポケットから取り出した彼が言いました。

『岡山行きですか・・・隣のホームから間もなく出ますよ・・・』

『ありがとうございました』

再びバッグを引き摺って階段を下りると隣のホームへ・・・車両の先頭部が自由席の筈ですから、そちらに向って只管歩きながらホームの掲示板を見て再び衝撃が・・・『こだま』の文字がありません・・・

正直一瞬今日帰れるのだろうかと不安に思いました。

しかし、駅員は切符を確認してこのホームだといったのです。

その時ホームに博多行き新幹線『のぞみ』が止まっていました。暫く考え込みましたが、戸惑いながらも意を決して乗り込みました。間違えていれば差額料金を払えば済む・・・そう決めると少し心が落ち着きました。何しろ、自由席ですから誰に文句を言われることもありません。

新幹線が発車し、やがて車掌の検札がありましたが、不思議と何のお咎めもなくパス・・・

かくして新幹線が岡山に・・・そこから在来線に乗り換えです。もう気持ちは故郷高松です。周りの風景なんて目に入りません。只管在来線乗車口に向って改札口を出ます・・・しかしまたしてもうっかりと新幹線特別急行券だけを改札口に入れて改札口通過拒否にあいました。しかし二度目にはもう通過しました。少しは、学習効果があるようです。

在来線に乗り込むと途端にローカル色豊かに乗客の表情が東京とは違っています。何故か田舎の人たちの表情を見てホッとしました。

学生時代は、在来線は岡山から宇野までで、宇野からは宇高連絡船に乗り込んで1時間の瀬戸内海横断の船旅でした。

船に乗り込むと、荷物を持ったまま2階デッキに駆け上がり、後部展望台近くの客室内の棚にバッグを放り投げてデッキのうどん売店前に列を作ったものです。職人すら未だ準備中です。船は未だ止まったままです。それでもうどん待ちの人の列は出来ています。多くは高松の人で、高松港到着後に急いで下船する必要のない人たちです。

うどんの準備が出来ると熱々のうどんに唐辛子を入れ、割り箸を手にデッキに立って食べたものでした。やがて船の乗客がぞろぞろとデッキに上がって長い列を作りますが、それを眺めながらどこか物知り顔の優越感を持ってうどんを食べていたものでした。

たとえ身体は岡山県内にあっても、こうして船上でうどんを食べた時、高松に帰ってきたなあ・・・そんな感じになったものでした。

うどんを食べてホッとして、ようやく座る場所を探しますが、さして問題ではありません。わずか1時間です。デッキでボーっと立っていることも出来ます。その間次々と階下の客室からうどんを求めて人の列が長くなります。

その列が終わりに近づく頃、あたしは再び列の後に並びます。もううどんの出汁は初めのように口にすることも出来ないほど熱くはありません。初めの一杯は、うどんを少しずつ味を噛み締めるように口にし、スープをゆっくりと飲んでいたものでしたが、二杯目は一気にです。

そうして二杯のうどんを無事食べ終わる頃、船は高松港に近づきます。デッキの上から下船する人たちを眺めるのもまた高松の人たちです。そこから松山、徳島に向う人たちは永い桟橋を駆ける様にして電車に向かうのです。最後にゆっくりと下船したのも今では遠いかこの思い出になりました。

しかし、瀬戸大橋が出来ると連絡船は廃止となり、岡山で乗り換えた在来線はそのまま橋を通って瀬戸内海を渡り、坂出に下りて、そこから高松に向かうのです。思えば瀬戸大橋が出来た時も連絡船が廃止された時もあたしは既に遠い南の国にいました。関西空港すら外国にいて知ったのでした。

長い旅の末にやっとたどり着いた高松駅。改札口に向いながら漂ううどんの香り。左手に見えた連絡線うどんの看板。高齢の父に会いたい気持ちもありますが、うどんの誘惑にも勝てません。ガラガラとバッグを引いて足が自然とそこに向います。

店の前でポケットからコインを出します。

どこか期待の味とは違っていましたが、とにかく高松へ帰ってきたことを実感した瞬間でした。

満足感を得て改札口を無事通過。駅前にあるタクシー乗り場・・・はどこにも見当たりません。

広々としたコンクリートの広場があるだけです。右に行けばいいのか左に行けばいいのか見当が付きません。真っ直ぐ行ってもいいのでしょうが、意識の中では真っ直ぐ行けばそこはタクシーが走る道路なのです。足がすくみました。

呆然と立ちすくむことしばし。やがてはるか前方に黒いタクシーの群れを眼にすると、思い出したように一歩を踏み出してそこに一目散。

こうして実家に向ったのでした。

(続)

開く トラックバック(1)

関取の朝稽古見学

浦島太郎の一時帰国(5)

いよいよ東京観光最後の日です。

明日の朝には実家に向けて東京を離れなければなりません。

実家では、高齢の父と兄、姉が待っている筈です。

『一人で大丈夫ですよね。錦糸町の丸い側出口で・・・』

前日の別れ際、知人がそう言いました。そう、今日は一人で目的の駅まで行かなければならないのです。

部屋を出る前、頭の中でJRの路線図を思い起こしていました。路上風景はどれほど変わろうともJRの線路が変わることはない筈です。目的地の錦糸町駅は、総武線にある筈です。

まず、例によって地下通路を歩いてJR新宿駅へ・・・もう迷いませんよ。

手には知人なら預かっているパスモが握られていたことは勿論です。それからおもむろに総武線ホームに。

総武線は、ラッシュアワーは過ぎていましたが、空席とまでは行きません。学校が休み中であったのが幸いだったかもしれませんが。

どこかでハラハラドキドキする部分がありましたが、無事錦糸町駅に到着しました。駅についてまずしたことは、丸い側出口を探すことです。何しろあたしには携帯と言う便利な味方も、知人もいません。一人で集合場所に行かなければならないのです。

この日は知人と二人ではありません。五人になる予定なのです。残り三人のうち一人は、共通の旧い知り合いのY・I 氏で、他の二人は全く面識がありませんが、その未知の二人のうちの一人が今回の旅の主役なのです。

錦糸町駅に到着したあたしは、まず初めに駅員を探して尋ねました。

『丸井へ行くにはどこから出るのでしょうか』

『ここですよ。出て正面にありますよ』

こともなげに、それでも丁寧に教えて頂きました。

馬鹿ですね。確かに駅の外を見れば見慣れた丸井のマークがあったのです。今も丸井は駅の前なんですね。

そして、改札口を出て四方を見回しても知り合いはいません。

待つことしばし、知人がやってきました。ついで、本日の主役が知り合いを伴って・・・しかし、今一人のあたしの知り合いが来ません。

仕方なく、知人が携帯で確かめると、何とこの人は反対側に出ていたのです。

かくして、全員揃ったところで改めて皆が自己紹介。

出発です。

どこへ・・・

今日の旅行はお相撲の力士を見に行くのでした。

あたしの一時帰国を迎えた知人には、相撲部屋に話が出来る知り合いがいて、その人にお願いしたらしいのです。それは、全くあたし一人の為に整えられた特別メニューで、この機会を利用してと他に参加者二人が出てきたのです。

その相撲部屋とは、伊勢が浜部屋でした。

伊勢が浜と言えば名門です。あたしは最近の部屋の状況を知りませんが、そんな名門部屋の朝稽古を見ることが出来る。しかも力士が作ったホンモノのチャンコが食べられるというのです。

道を行きながら胸躍っていました。

小さな通りに入るといつの間にか住宅街・・・大きな体のお相撲さんには、やはり旧い木造建築物で大きな格子戸。表には大きな看板が掛かっている。そんな姿を勝手に想像していたあたしは、キョロキョロと・・・

『ここですよ』

言われたところは普通の民家?

しっかりした建物には違いありませんが、旧い様子はありません。玄関には真新しい文字で黒々と『伊勢が浜部屋』と書かれた看板が掛かっていました。

ドアーを開けて入ります。

『おはようございます』

五人の訪問者が入ると、ひとりの若者がでてきて迎えてくれました。

『どうぞ、コチラへ』

玄関を上がって進むと、ドスン・・・ドスン・・・大きなぶつかり音が響いていました。3−4メートルはあるでしょうか、稽古見学者用?の座敷があります。若い衆が急いで人数分の座布団を用意してくれます。

『どうぞ・・・』

どうしたわけか、あたしは最前列に座らされました。

『あの白い回しの力士が日馬富士関ですよ』

教えられてもピンと来ません。目の前の稽古場では暗い色の回しを巻いた力士が全身から汗を流し、髪振り乱して稽古しています。その向こうの壁の上には神棚があります。

そうです。相撲が神事である事を示しています。

その壁際に数人の力士が立っています。誰もが白い肌で艶があり、体つきは土俵で稽古している誰よりも大きく見えました。

白い回しの力士の一人が安美錦と言う名前であることが偶然回しの前垂れが落ちてわかりました。回しにもちゃんと名前が書いてあるのですね。

気が付けばあたしたちが座っている座敷の後ろに一人の男性がいて、しきりに声を掛けていましたが、彼が伊勢が浜親方だったのですね。そうして、稽古が進むうちに、日馬富士が力士を呼びつけると、分厚い板で回しの上からお尻をたたいていました。バシ〜〜ッ。部屋中に響いていました。その稽古場では彼が最高権力者なんですね。

ついで、白い肌の力士たちの稽古です、土俵に上がって若い衆に稽古をつけます。どれほどぶつかっても幕内力士がグツと腰を下ろせばビクとも動きません。鉄砲一つとってもまるで違います。さすが大関、幕内力士は違うと感じました。

彼ら幕内力士同士がぶつかると、その音は重厚で、形容する言葉もありません。この間には親方は一言も口を利きません。若い衆は次々と姿を消していきます。残った数人は、幕内力士が一番取り組むごとに土俵を掃き清めて行きます。

やがて、時間が過ぎると、日馬富士関が中心になり、力士全員が出てきます。そして、神棚に向って蹲踞の姿勢で両手を左右に大きく広げて柏手を打ちます。それを二度ほど繰り返したでしょうか。
朝稽古の終了です。

そして、いよいよ楽しいチャンコです。

『どうぞお二階へ』

若い衆に促されて階段を上がっていきますと、すでに膳が用意されていました。丸テーブルに一杯料理が並んでいます。十皿以上はあったでしょうか。皆座布団に腰を下ろすと、何と親方があたしの横、その横に日馬富士関です。

飲み物を注ぐ若い衆は決して座布団を踏むことはありません。慎重に座布団の下に足を潜らせて前に進みます。

今回の案内役の人の話では、その食事場所は若い衆たちの寝室だそうです。幕内は更に上に個室を持っているそうですが、若い衆は雑魚寝だそうです。そう思って周りを見ると、確かに壁際には幾つもの使用の品々が纏められて綺麗に並んでいました。今も昔からの伝統が息ついているのですね。

しかし、お目当てのチャンコ鍋が食卓の上には見当たりません。この部屋に案内して頂いた人の話によりますと、食卓に並ぶ、力士が食する料理を総称してチャンコと呼ぶそうで、チャンコ鍋、と呼ばれるものはそのうちの一つだそうです。

別の部屋で調理された料理が丼に入れて運ばれて来ました。いわゆるチャンコです。想像を超えて美味しく、本当に料理素人の力士たちが作ったのかを疑いたくなりましたが、どれも力士の手料理で、とても美味しかったです。お代わり自由で無制限だそうですが、そう食べられるものではありません。

力士は稽古の後には酒を一杯呑むもの、と勝手に決めていましたが、少なくともあたしたちの前では一滴のお酒も呑まず、一本の一升瓶、ビール瓶も見ませんでした。

食事を終えると、日馬富士関以下早々と部屋に引き上げて床に付いたそうです。只、あたしたちの横には紙袋が置かれ、中には幕内力士の手形付きサインの色紙が四枚入れられていました。今回の旅の最大の実家へのお土産になりました。

部屋を離れる際に玄関で見たのが師匠の現役時代の写真、横綱旭富士時代の優勝写真でした。カメラを持たないあたしの為に知人が横綱の写真と一緒にあたしを写してくれました。部屋の前では看板と一緒に写してもらいました。

東京観光最後の半日はこうして胸一杯の充実感と幸福感のうちに終わりました。

錦糸町駅で別れた皆ですが、あたしとY・I 氏は、そのまま秋葉原へ、そして、歩いてアメ横へ・・・といっても買い物などしませんよ。久闊を叙して喫茶店に入って只管話をしていたのです。

またまたお水が美味しいこと・・・そして、窓際のテーブルでは女性がタバコを吸っている姿を見てびっくり・・・そういえば別のテーブルでもタバコの煙・・・今のタイでは考えられないことですが、日本は未だタバコ天国なのですね・・・

そんなことを思った楽しい一日でした。

(続)

東京観光

浦島太郎の一時帰国(4)

翌朝、ロビーに降りて待ち合わせの知人を待ちます。チエンマイで知り合った10歳近く年上の人ですが、知り合って十数年の年月が経過した今でも未だ忘れずにお付き合いして頂いている人です。

昨夜もこの知人がはるか遠くからホテルにやって来て夕食に誘って頂きました。東京滞在の間、全てこの知人が取り仕切ってくれると言うことで全てを任せていました。

その昨夜のことです。ホテルに帰って部屋に入ると突然この日未だ用足ししていなかったことを思い出しました。

慌てて駆け込むとびっくり・・・便器までこんなに変わっているなんて・・・

聞いてはいました。コチラの友人から聞いてはいましたが、こうして直接目にすると、ココまで手を汚すことを日本人は厭うのか、それともココまで無精者になったのか、と思いますが、単に技術を応用しただけなのでしょうね。

それと昨日、この友人と新宿の町に出て食事をするに際して、手渡されたのがクレジット・カードにも似た、パスモ、とか言うものでした。確かに、地下鉄でもJRでも駅の売店でも使用できる便利なものですが、プリペイド・カードだったのですね。

知人が奥様のものを借用して来たらしく、いまさらながら奥様に申し訳なく思っています。

さて、東京での最初の朝、何と4時に目覚めました。タイ時間の午前2時です。確かに就寝が午後9時と早かったのですが、かなり緊張していたことが解ります。

この日は、原宿から浅草だそうです。

早速地下鉄に乗り、このプリモを使いました。便利ですね。早いですね。

それ以上に驚いたのは、知人が携帯を手放さず、常時携帯をポンポン押していました。どうやら彼自身余り地理を知らないようです。無理もないです若者の町原宿ですから。

かくて携帯で原宿への電車での近道を探っていたのです。

地下鉄で明治神宮前に。JRで原宿へと思っていたあたしは、この地下鉄路線を知らず、確かにこれなら新宿3丁目から真っ直ぐで近いですね。

しかし、到着すると、すぐ目の前に明治神宮があります。

『まず、明治神宮へお参りしましょうか』

知人の言葉に否やはありません。

すぐ近くのかつて東京オリムピック会場ともなった代々木体育館へは数え切れないほど来ていた知人は、かつてあの体育館の横で子供たちが踊っていたのですよ。と竹の子族?の話を聞かせてくれました。

そんな話をしながら明治神宮へ。広い静寂の空間を歩きながら、昨日の靖国とは又異質の厳粛なものを感じました。多数の酒樽があったのも印象的でしたが、それ以上にココにも多数の外国人がいました。

思想的先入観を捨てれば、世界の人たちの心に訴えるものを有する日本がそこにあるのだと思いました。

明治神宮を参拝の後、よさこい祭り?の準備に忙しい沿道を通っていよいよ原宿です。

と言っても共に若くない二人です。原宿など似合いません。そこで知人がまたまた携帯を開くと、近くの大学で学ぶ教え子からの連絡があり、外国人が良く行くというお店が紹介されていました。

大学生の教え子にはあたしが外国人に思えたのでしょうか。

携帯に映し出された建物には赤い柱様のものが見えますが、二人してその場所がわかりません。仕方なく近くの交番で聞くことに。

教えられた道を歩きながら知人が思い出したように、右手に見える店の前で立ち止まって、このお店は若い女の子に人気なんですよ、と教えてくれましたが、小さなものがごちゃごちゃしていてあたしには良くわかりませんでしたが、少女たちの好みそうなものばかりでした。そこはキディーランドとか言うそうです。

そして終に目的の赤い柱のお店に・・・

小さなステッカーから、古い和ダンスに至るまで、確かに中にあるものは外国人がお土産に喜ぶものばかりでした。

しばし店内を散策した後、昼前ながら食事をすることに。地理不案内の二人は店員に聞くことに。

『お店を出て左に3ブロックほど言って左折すると、左手に美味しいラーメン屋さんがありますよ』

教えて頂いたのは嬉しいのですが、次の目的地浅草へ向う地下鉄の駅への道はお店を出て右へ行かなければなりません。お店の人の好意を無にするようでしたが、店を出て右に駅に向かって歩き出しました。しかし、歩けどもお店は見えません。

仕方なく引き返して、お店の人の教えてくれたラーメン店に。注文したラーメンには小さなおむすびが付いていました。これが美味しかったですね。

『地元の人の勧めるお店が一番だね』

二人の共通した意見でした。

さて、次に浅草へ。

ここでも携帯の威力で何とか待ち合わせ場所に・・・

ココで知人は今一人の友人と待ち合わせしていたのです。何と浅草に詳しい現役警察官が案内してくれることになりました。たまたま非番のこの日、突然入った会議を抜け出して駆けつけてくれました。

仲見世から裏の道へ。昼間から酒を飲む人たちのポピー通り?何でもこのあたりにはたくさんの浮浪者を始め外国人が住んでいるそうです。しかも不法滞在者もかなりいる模様ですが、地元の人たちがそうした人たちを受け入れているかのようで、なかなか一掃できないと嘆いていました。

無職ながら、年金以上に高額の生活保護を受けて優雅に朝から酒を呑み、場外馬券売り場が出来て博打に精出しているそうです。話していると、法律が整理していないからと法の整備を求めていました。こうした姿を直接見ると、生活保護に頼って働く意思を失った人が増えた社会は異常だと思いますね。

次に警察官に案内されたのは、首相官邸、皇居桜田門初め霞ヶ関街でした。

首相官邸への道が交通整理されて車両の乗り入れが制限されているとはいえ、通りを渡った歩道は誰でもが通れるのであれば、無防備にも等しい、とココを警備したことのあるこの警察官は警備上の問題であると明言していました。これも国民の歩行の権利侵害を言い立てる人がいるが故に、首相官邸を防御する立場からすれば危険性が除去できないそうです。

権利を主張する人が多くなった日本社会の歪が首相官邸の安全性すら脅かしているのでしょうが、同時に、首相官邸の設計の素晴らしさを褒めていましたね。外からどんな専門家が見ても官邸の構造は理解できないようになっているそうです。その点では非常に安全性を考慮した設計だそうです。

そして、次に入ったのは皇居桜田門です。広々とした皇居は一部庶民に解放されています。

貴重な午後の半日、現役警察官の案内で普段知りえないいろいろなこと、浅草の警察官派出所だけに見られる秘密なども知ることが出来て楽しい時間でしたが、彼は会議の途中ですので、警察庁に帰ることになりました。そこで彼を送りがてら、あたしたちも地下鉄で新宿に帰ってくることにしました。

楽しくも歩き疲れた東京観光の一日でした。

(続)

一路靖国神社へ

浦島太郎の一時帰国(3)

メールで予約を入れ、確認のメールも受け取っていましたが、当日のカウンターの女性はコンピューター上に名前がないと・・・

混乱する意識の中で、バッグからメールの写しを取り出して差し出す。

カウンターの向こうで数人の従業員がメールを読む。

『・・・・』

カウンターの向こうで何やらヒソヒソ・・・

『少し広めのお部屋を手配致しました』

早速チェックインの手続きを済ませると、荷物を預け、再び新宿の街中へ。全身の筋肉はギューッと固まり、立ったまま、その姿勢を崩すことが出来ないほどでした。空腹は感じませんでしたが何かを食べなければ・・・そんな思いでした。

ホテルを出ると、花園饅頭目指して逆戻り、地下への入り口も何とか発見。

降り立った地下は人通りの少ないかすかに上りになった長〜い通路でした。

やがて目の前に人・・・人・・・人・・・人の波。PCの画面を思い出しながら人波に飲み込まれるように右に曲がり、人込みの中を只管前に進みます。足が自然と前に出て止まらないのです。でもどうしたわけか伊勢丹もサブナードも目に入りません。混乱する頭の中で前の人に続いて階段を上がりました。

狭い階段・・・???脳裏に浮かぶ疑問符も足を止めることは出来ません。狭い通路には小さなお店がぎっしり。曲がりくねった店先をクネクネと商品を避けながら歩く・・・こんな所に食堂があるとは思えません。でもどこから降りるのかもう階段の場所さえ分りません。

迷路のような狭い通路を歩きながら、突然表れた一人の女性の後ろについて行くと下りの階段が・・・一瞬前途に希望が湧いてきました。建物の外に出られるかも・・・そのまま付いて行くと階段の向こうに外の明かりが・・・どうやら歌舞伎町に出ていたのでしょうか。

うどん屋さんが目に入りました。讃岐の人間としては期待はしませんが、うどんの文字に惹かれて『三○一』と言うお店に。

注文より先に出された冷たいお水。

このお水、只なんですね。しかも目の前に出された冷たいお水がこれまでのどんなお水よりも美味しく感じられたのはどうしてでしょうか。一息に飲み干すと、もう一杯・・・。

待つことしばし、目の前に出されたうどんを見て、自分で注文していながらどうしてこんなものを・・・そんな後悔の念が浮かびました。トロロにマヨネーズに豚肉に、それにあろうことかキムチまでが・・・もううどんではありません。化け物です。それでも食べ物を目の前にして空腹を覚えると完食。

生気を取り戻して次に目指すは、何はさて置き念願の靖国参拝。

交差点に出て信号待ち、目の前には新宿駅東口がある筈・・・その時,突然鼻腔を擽る香ばしい,懐かしい香り。そうです、あの果物の王様ドリアンの匂いです。

こんなところにまで輸出されているのか・・・でも日本人の口に合うのだろうか・・・そんな思いが一瞬脳裏を過ぎりました。

気を取り直して信号待ち・・・道を渡り階段を下りて新宿東口・・・知っているように歩きながらも心の中では不安だらけ・・・切符自動販売機の前では再び緊張。でも今度は大丈夫。

切符を手に改札口を過ぎいざ総武線ホームへ・・・どこに総武線が・・・急ぎ足の人たちの中を田舎者が歩きます。やっと見つけて階段を上がります。

電車が入ってきます。黄色い電車・・・????銀色の車体に黄色のライン。でもアナウンスは確かに総武線津田沼行き。懐かしい名前です。学生時代よく利用した線です。そして学生時代よく利用した駅で降ります。間違えることなどない。そんな安心感が全身を包みます。空腹が癒えたことも大いに関係しているでしょう。空席があったのですが、何故か学生時代同様、ドアーに肩を預けて立っていました。やがて懐かしい外堀が見えてきました。目的の飯田橋はすぐ目の前。

飯田橋で下りて左へ下って真っ直ぐ・・・その先には目指す靖国神社が。

ココは自信の道。

しかし、目にする風景は別世界、どこにも記憶を呼び覚ますものがありませんがとにかく歩きます。やがて懐かしい喫茶店の前を通り過ぎなお進みます。

やがて右手に靖国神社の森が・・・

鬱蒼と茂る木々の中に佇む靖国神社。

そこだけは時代の変化が嘘のように時間が止まったかのように静かに佇んでいました。様々な年代の人々が歩いています。鳥居から出て行く人、入っていく人。

大鳥居の前で一度立ち止まってはるか前方の大村益次郎の像を拝する。近代日本の軍隊を作り上げた人物。一礼の後鳥居を潜って境内へ・・・

幾人もの人たちが大村益次郎の像の前で佇み、案内板を読んでいました。

未だ日本人の心をもつ人たちがいることを実感した時でした。

嬉しさがこみ上げてくると同時に、彼の銅像の台座の石の継ぎ目に雨が染み込んだ痕が・・・どこか悲しい・・・修理の手は・・・

更に進んで小鳥居を潜り、神門に。

そこで先ほどよりやや深く一礼。

正直、作法など知りませんが、何故か頭を下げました。見れば一礼する人、一度立ち止まって中を見つめ、ゆっくりと歩を進める人、様々でした。

正面に位置する拝殿に進んで英霊を拝す。

その後遊就館へ。

受付に美少女一人、何気なく置かれているDVD。

『みたまを継ぐもの』

じっと手にしてしばし。小さく美少女に一言

『いつの製作ですか』

『・・・さあ・・・』

突然の質問に少女は慌ててDVDを裏返してみるも製作年の記載はなし・・・直ちに電話でどこかに問い合わせ・・・

『昨年の9月だそうです』

だったように思います。記憶違いでなければ9月製作のようです。

値段も聞かずに即購入。田舎者には少し高かったような・・・でもこれで少しでも靖国に寄進でも出来ればそれも良しとしましょう・・・

その時子供が受付に来て入れないという。そうです。小さな子供が遊就館に見学に来ていたのです。

『只でもこの券を改札口に入れるんだよ』近くにいた守衛が優しく子供に教えています。子供の入館は無料のようです。

『入場券はココで買うのでしょうか』

『その券売機でお願いします』

すぐ横にあったのですが、緊張した田舎者は目に入りませんでした。

思った以上に館内にはたくさんの人の姿。若い男性が小さな声で友人に戦史を聞かせていました。又じっと説明文を読む人、若い男女の姿も目にしました。そして驚いたことに異国の人の姿の中に中国語らしき言葉を話す人の集団がいましたが、台湾の人でしょうか。半島人の姿も目にしました。

誰もが真剣に見つめ、仮初にも英霊たちを貶めるかのような言動は微塵も見受けられませんでした。

そこに佇み、陳列されている品々を見つめるだけで自然と涙が滲み、ぐっと堪えなければなりませんでした。それはどうやらあたし一人ではなかったようです。あたしの前に常に一人の若い男性が先を案内するかのようにゆっくりとした足取りで歩きながらガラスの中を見つめ、立ち止まっては読み耽っていました。その人もまたどこか堪えているような雰囲気を醸し出していました。

時間がいくらあっても足りない遊就館。途中映画の上映もありましたが、あたしはなお館内を見学していつの間にか降りてきていました。

外に出ると近くにテントが・・・たくさんの自動販売機が並べられていました。幾人もの老若男女が思い思いの場所に腰を下ろして休んでいます。急に疲れが出てあたしも休憩。何を呑んだのか記憶にありませんが、全身には未だあの館内で受けた衝撃の余韻が響いていました。

飯田橋へ向う道すがら、目の前を歩く高校生たちの誰一人として学生カバンを持っていません。スポーツバッグを持ち、ペットボトルを持ち、かつての高校生たちの下校風景ではありませんでしたが、これが昨今の日本の高校生なのでしょう。

新宿駅ではまたまた田舎者になりながらも何とか地下通路を見つけ、新宿3丁目改札口を右に曲がる道を見つけました。決して自信があったわけではありませんが、前の人の後に続いただけだったのですが幸運でした。

真っ直ぐ進んでいくと左手に伊勢丹が見えました。今度は用心して案内板をしっかり見ました。

E1です。通路の付きあたりを左折。エレベーター・・・怖いものは利用しないで更に右の下りの通路へ・・・なんとなく見慣れた人寂しい通路です。只管E1を目指して出てくると、昼前とは風景が一変。通りを渡ろうにも花園饅頭がありません。でもホテルらしい建物が通りの向こうに・・・

何とか横断歩道があるところまで行って通りを渡り、ホテルに帰りつきました。

疲れました・・・

(続)

ここまで書いて気付きました。この頃は夏休みなんですね。山手線の黒い背広の若者は就職活動中???九段の高校生は夏休み中のクラブ活動の帰り???
そんなことも気付かないほど平常心をなくしていたのでしょうか・・・

迷子の田舎者

浦島太郎の一時帰国(2)

税関では青ランプと赤ランプがあり、課税品および不明品所持者は赤ランプのカウンターへ・・・速やかに税関を出るには人数の少ない赤ランプへ・・・

過去の経験から意図的に見せる為の物を用意してわざと綺麗に包装して用意していたのですが、そんな思いで赤ランプを探すも見えず・・・思えば税関申告書を貰った記憶も定かではない。それほど緊張していたのですね。

ともかく人数の少なそうなカウンターを探して歩き出す。係官はしばし旅券を捲ると機内から用意していた言い訳の言葉も耳に入らないかのように一言

『どうぞ』

昔は、それでも一応はバッグを開けて『その』品を見たものでした。

その後どこを如何歩いたのか分らないまま、気が付けば目は京成電車の看板を探していました。

運良く一組の外国人男女が目に入り、彼等の前にいる日本人を見、その場の看板を見ると、そこが京成電鉄のチケット売り場。

上野までのスカイライナー乗車券一枚。

どうしたことか先ほどの外国人が見当たりません。急に不安になり、とにかく、係官が指示する方向に下りていくと、左手に電車が止まっていました。

ホームにいる係官に

『上野まで行きますか』

馬鹿な質問ですね。でもコチラは真剣です。

『行きますよ』

そっけない返事、いざ乗り込もうとして、チケットに示されている車両番号を探せど見えず、バッグを引き摺りながらホームで右往左往。

そのうち、ホームに響くアナウンス。折り返し上野行きスカイライナーの到着です。正に地獄に仏の心境とはこのことかと思いました。

やがてアナウンスに従って乗り込み、上野へ・・・

窓の外を見ても懐かしさより、旅の疲れが一度に噴出すと、呆然としてうつろに見つめるだけでした。

それでも、少なくともスカイライナーの中では、不安はありませんでした。ただ只管上野到着を待つばかりです。

約一時間ほどでしょうか、京成上野駅に着きました。電車が停車すると、バッグを引き摺りながら人の後ろを付いて行くだけ、どこの階段から降りていいのかもう旧い記憶は消されていました。

ただJRの文字だけを目で捜し求め、やっと日の当たるところに出てくると、これまた人の後を付いていくだけ。

無表情で駆ける様に歩く人、力なく頼りない足取りで歩く人、何とか頭の中でPCで探索した上野駅周辺の地図を思い出し、人の波に飲まれました。

到着しました。JR上野駅です。

キョロキョロと視線だけを忙しなく左右に走らせながら建物の中を歩きます。そこにPCで見たスターバック・コーヒー店を見つけた時、なぜかホッと。広々とした上野駅コンコースへ来ていたのです。

ガタゴトと大きな音を響かせながらバッグを引き摺る田舎者に呼びかける売り子さんの声・・・声・・・カステラが・・・舟和の出店が・・・

何とかJRの切符売り場を探そうと広い広場をグルグルと・・・同じ風景の中を幾度も回りながら辛うじて切符売り場に・・・

目の前に並ぶ機械の列・・・それが切符自動販売機であることは分ります。上の路線図を見て宿泊ホテルのある新宿までの料金も分りました。でも自動販売機が使えません。機械にはスイッチの切られたPCの画面用のものがあるだけです。どこにも目指す数字を記入したボタンがありません。

不安を抑え、恥を忍んで少し下がり、立ち止まって人々の動きを目で追っていきます。誰もがお金を投入して画面に指を掛けています。釣銭の落ちる音があちこちから響きます。魔法に掛かったようでした。

周りの人たちに問いかけようにもそれを拒むような緊迫した雰囲気が漂っています。意を決して少し前に出て他の人の指の動きを追いました。

分りました。お金を入れるとPCの画面にスイッチが入って明るくなり、そこに数字が映し出され、その数字の場所を指で押さえればいいのですね。

頭では理解できましたが、いざ実行となると心臓はドキドキ・・・指先は何故かかすかに震え・・・

かくして何とか切符を手にしてインクで指先が汚れないように注意しながら改札口に向うと、定期入れを機会の上に軽く押し当て、何事もないように進む人ばかり。あたしは切符を入れ、前方に飛び出した切符をあわてて掴み取ると、バッグを引き摺って改札口を通過。

もう秋葉原で乗り換えて・・・などと言う考えは浮かびませんでした。いや、そうした『冒険』はしたくありませんでした。睡眠不足と歩き疲れ、そして、何より極度の緊張でとにかくどこかで腰を下ろしたかったのが実情です。

山手線で一路新宿へ・・・。

運良く昼前の社内は空席だらけ。でも車内はどこか違っていました。昼間だと言うのに仕事をしていないのか私服の若者、若い女性たちは耳にイヤーホーンをかけて一人だけの世界。疲れ果てた表情の男性陣の中で、逆に中年婦人たちはどこか元気あるように見えました。

乗り込んでくる背広姿の若者の顔は緊張し、真剣にすぐさま何か書類を読む。でもどうして黒い暗い背広ばかりなんでしょうか。途中ポケモンを描いた電車を見かけると何故かPCで見たニュースを思い出して緊張が解けました。

とにかく新宿へ無事到着しました。とにかく西口へ・・・

稀代の巨大駅新宿です。それでも学生時代は毎日ここで降りて総武線に乗り換えていたのです。迷うことは・・・と思いながらも終にどこを歩いているのか分らなくなり、西口であることは確かなような感じですが、地下なのか地上なのかも分らないままに人波に呑まれて右往左往。やがて突然右手に三菱東京UFJ銀行の文字が飛び込んできました。見慣れない銀行ですが、ここへは後で来る用事が・・・そう思いながらとにかく地下道への道を探ることどのくらいでしょうか。

グルグルと同じところを回りながら偶然にもメトロを示すMのマークが目に飛び込んできました。早速その場に向ってまっしぐら・・・階段を下り、後は丸ノ内線、赤いMこれだけを頼りにやや上を向き加減に案内板を探しながら歩いて行きました。

宿泊ホテルは花園神社近くです。とにかく地下に潜って地下道をまっしぐら・・・途中PCで知ったサブナード案内板、新宿3丁目改札口も無事発見。伊勢丹も左に見ました。道を間違えていません。でも目指す花園神社へは丸ノ内線の端まで行かなければなりません。更に進んでいきます。

足の赴く侭、人波の流のままバッグを引き摺るのか足を引き摺るのか、意識すら朦朧としそうです。どこまで歩いているのか・・・

やがて地上出口番号を示すアルファベットがEに変わりました。ホッとしました、この端から出れば目指すホテルは目の前にある筈。

只管歩いて端と思われる所から地上に出ました。地上に出て通りの反対側にホテルが・・・ありません。

PCで見た地図を思い出して歩き出しますが、それらしいものが見えません。代わって目に入ったのが『渋谷』の文字。E1とE7を間違えてしまったようです。

混乱する意識の中で辛うじて先ほど交番の前を通り過ぎたことを思い出して引き返すと、初老の男性が警察官になにやら聞いていました。少し離れて初老の男性が立ち去るのを待って警察官に質問。

『新宿サンラ○ト・ホテルへ行きたいのですが』

『サンル○ト?』

『いいえ、新宿サンラ○ト・ホテルです』

怪訝な顔で交番内に引き込んだお回りさんは真剣に地図を見ます。

『確か花園神社の近くだと思うんですけど・・・』

その一言で警察官の疑念も解けて一言。

『それなら方向が違いますよ。この前を真っ直ぐですが、かなりありますよ』

『どちら側でしょう』

『同じ側を真っ直ぐ行けば、左手に花園時神社があります。鳥居さんが見えたらそこが花園神社ですが、さあ・・・五ブロックくらいありますからね』

どれほどの距離があろうと希望の光が見えると、足取りも軽くなります。ただ一筋に歩くだけ。後からガタガタ、ゴロゴロと古ぼけたバッグの歯車の重い音だけが響きます。

花園神社の鳥居より早く花園饅頭の看板が目に入りました。もう目指すホテルは目の前、通りを渡って花園饅頭の店内を横目に更に通りを渡りました。そして左を向いて更に前進。

前進して終に大通りに出て再び不安が・・・大通りに出る筈はない・・・通り過ぎたか・・・再び回れ右、バッグが益々重く感じられます。思えば疲れから下を向いて歩いていたようです。

何とかホテルまでやってきましたが、チェックインは午後3時。未だ3時間以上あります。でもその点は既にメールで予約を入れた際に確認済み。

時間前でもチェックイン手続をして、荷物は預かってくれることになっています。

残った力を振り絞ってホテルに入り、目の前のカウンターへ・・・

名前を告げる・・・

しかし、予約が入っていないと言われ、目の前は真っ暗・・・

(続)

追記:昨日、訪問者数が終に10000に達しました。
    皆様方のご支援を得てこれまでやってこれました。
    感慨無量です。
    拙いブログですが、これからも皆様方のご支援を宜しくお願い致します。

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
mana
mana
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(37)
  • 親日支那人
  • pathvr_machaira
  • keiwaxx
  • 底質汚染
  • ishujin
  • ヘムレンしば
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事