|
インドシナ・・・ってどこ?
「インドシナ」という言葉がありますよね。あれ、誰が作ったのでしょうか…あたしも何となく「インドシナ半島」なんて使ってるし、別に考えるほどのもんじゃない、と思ってた。でも一度疑問がよぎると、おかしなもんで気になって仕方がありません。
同じような言葉では「東南アジア」というのがあります。でもこの東南アジアというのもまた考えれば面白い呼び名ですね。日本は極東アジアだそうで、アラブは中東…中近東…
西アジアは中国西部みたいな気もするけど…
じゃあ北アジアは?東北アジアは?
どうやら米国の軍医用語らしいですけども・・・
昔は「南洋」と言う立派な日本語もありましたけど、今では死語になってしまったのでしょうか。これは日本を中心に世界を見た言葉でもっと使ってもいいような気もするんですけどね。個人的には・・・
余談はさておいて、
インドシナ、という時、何となく今の東南アジア大陸部をさすのかな…って感じ。
島嶼部、インドネシア、フィリピンなどを加えると東南アジアになるのかな?
でも「インド」と「シナ」を掛け合わせた「インドシナ」という言葉の響きにどことなく「継子」のような主体性を持たない頼りない存在のような感じを受けるのはあたしの僻みでしょうか…
コチラでは、この東南アジア大陸部をさす言葉として、レーム・トーン(LEEM THOONG)という言葉があり、また、スワンナプーム(SUWARNAPHUUMI)という言葉があります。その意味は、「黄金半島」「黄金の大地」、インドシナよりも遥かに情緒があって素敵だと思うんですけど、何故か使われませんね。
最近になって新国際空港の名前に使用されましたけど・・・
インドから見れば東方に位置する広大な大地、シナからすれば南方に広がる海に面した広大な大地。肥沃な大地に育まれた幾多の薬草と香辛料の数々。そして果物の数々。タイ北部、特にチエンマイの南ラムプーンの名産『苓枝(LINCII)』は、かの有名な楊貴妃の好物だったとも言われてますね。
両古代文明国からすれば魅力的な大地だったのかも知れませんね。
羅針盤を得た後の中国、特に明代の鄭和の大航海後の中国にとって、そこは魅力的な植民地というか、移民・海外移住の格好の地として写っていたのかもしれません。溢れる人口を要する両国の間に挟まれたこの地域にも人が住み、国があり、歴史が刻まれてきたはずなんですけど、「インドシナ」というどこか借り物の匂いのする言葉にそんな独自性がかき消されているように感じると寂しいですね。でも、二つの国のこの地への影響という面を見るとかなり異なっているようです。
広大な宇宙世界を生み出し、精神世界を浮遊することを好むインド文明が南西の季節風に乗ってこの地に来ると、バラモン教という精神世界の種を運んできて植えつけました。あたしの好きな「バリ島」なんて「劇場国家」と称されるほどバラモン教の精神世界に浸っていたように思うんだけど、今はどうなのでしょう…
遥かな昔のことです。
カウンディンヤがインド洋を渡って今のカンボジアの地オケオにやって来ると、裸形の未開部族の女性支配者と結婚し、きらびやかなバラモン世界を紹介したのがこの地に文明の光がさした初めであるとされています。
古くにはコームとも呼ばれたクメールの勢力拡大と共にバラモン世界が広がると、各地に消せないインド文明世界の刻印が刻み付けられました。各民族の持つ固有宗教・民俗信仰の上に重なるようにしてバラモン世界が覆いかぶさっていったのです。
次に、インドで興った仏教は、季節風を利用し、海を渡ってインドネシアに行けばボロブドゥールの大遺跡を残し、カンボジアにあっても石造寺院を建設していきました。本国内では西方イスラム世界の拡張とヒンズー世界の巻き返しの中で徐々に衰微していた仏教もスリランカでは衰えを知らずに発展を続けて行ったようです。
こうしたいわゆる大乗仏教系の伝播とは別に、いわゆる上座部系の仏教伝播のルートは、どうもモーン族の間を伝ってレーム・トーンの各地に広がって行ったようですね。しかし仏教は、先に到来していたバラモン教を押しのけることなく上書きされるようにしてこの地の基層文化を形作りました。ただ、上座部と呼ばれるモーン族の仏教すら決してそれほど単純ではなかったようですが・・・
こうして、民族固有の民間信仰にバラモン教の宇宙世界・精神世界が重なり、そして仏教の現世・来世世界が重なりながらも決して先の文化を消し去ることなく、不思議な調和を見せて溶け合ってきたみたいです。
近年あたらに建て替えられたバンコクにある巨大なブランコは、バラモン教のものだし、王室にはバラモン司祭がいるし、バンコク市内にある三面のブラフマン像を崇拝する市民は、願掛けと、大願成就の奉納舞踊を欠かしません。
工場新設に際しては、豚の頭を揃えての供儀は明らかにバラモン教の世界ですね。そして、敷地の片隅には、祠がありますが、たいていは中に仏も神もありませんが、そこには土地の神を祀る民間信仰が生きています。
それに何より、公式書類には必ずガルーダの紋章が印刷されていますよね。このガルーダは龍(NAAKH)共々バラモン教世界の動物ですよね。不思議なことに中国にも竜(MANGKOR)がいますが、インド世界のナーク(竜)は、キングコブラを抽象化したもののようですね。
仏教は、人々の生涯に亘って様々に関わり、切り離せないものです。子供が生まれると、信仰するお坊さんに命名を願い出、誕生日には祝福の言葉を受けに行きます。旅に出る時には交通安全の祈願をし、帰ってきてはお礼をします。自炊できない僧に日々の食を布施するのは信徒の大切な役目です。田舎に行けば、今も男子は出家の経験を積むものとされています。勿論、結婚式、家屋の新築においても僧侶を招請し、祝福の言葉を唱えてもらい、車には僧侶の有難い呪いをつけてもらいます。
こうした人々の生活の隅々にまで深く浸透したインド文明に対し、中国文化は、と見ると、余り見られません。勿論中国系の人々の中では父母より伝わる習慣を頑なに守る人もいますが、社会を規定するほどにはなっていないようです。
ところが、最近では、そうした中国系の伝統行事がマスコミに取り上げられている姿にどこか意図的なものを感じるのはあたしだけでしょうか。
中国式獅子舞、精進料理の習慣と苦行、御月見、そして何より中国人とは切り離せない食べ物、菓子類。年々形骸化していくタイのお正月行事に代わって陰暦の正月を『中国正月』と称して年々盛大になり、公的機関が後ろ盾にさえなっている感があります。
深く静かに社会の底に沁み込み、基層文化を形成してきたインド文化。
本国の強大化に伴って意図的に市民権を得させようとする中国文化。
二つの巨大文明国の影響は全く異質です。
そして・・・日本の文化は・・・お寒いですね・・・
|