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−共和政体の誕生−水底に消えた王国(7)
この白い鰻の話は、鰻が地震予知する、という古い日本の信仰を思い出させてくれますし、どこか大晦日にやって来た貧しい乞食を親切にもてなした貧者が正月と同時に黄金の塊を手に入れて長者になった、という日本の民間説話『年越しの客』を思い出させてくれます…ネ。ただ、ここでは長者ではなく、命永らえたのでしたが…チエンマイの昔話を読んでいると、時として日本の古いお話にあるような世界に出くわすことがあってビックリ…
一方、郊外に住む人々は、夜間に襲った三度に亘る魂も消え失せるかと思うような大地震が静まった朝、目の前にある筈のムアン・ヨーノック・ナコーンが消え失せていることを信じられない目にして、地震の恐怖以上に信じられない気持ちになった…でしょうね…ア〜〜コワイ。
身寄りのない寡婦一人が住むみすぼらしい掘っ立て小屋だけが無傷で残ったのが不思議でした。一切の建造物が一切の生あるものと共に一夜の内に消え失せた都を前に呆然と立ち竦む彼らは、とにかく老女を助け出して何が起こったのかを尋ねました。
老女以外の全ての人たちが河で捕らえた白い鰻を夕食の糧にしたこと、不思議な若者が老女の小屋にやって来たこと、若者が老女の外出を強く止めたこと。老女の口から語られる話は、人々を更に驚かせ、その若者こそ『白い鰻の精』に違いないと思いました…とさ。
それにしても、町中の人々を養い得るほどに巨大な鰻とは、どれほどのものなのか不審に思って尋ねる人々に寡婦は、それを見てみなさい、村人が鰻を引き摺った跡が河になっているでしょう…と言ったそうです。その河ですか?『メーラーク河(MEE LAAK)』―無理に訳せば、引き摺り河とでも訳すのでしょうか―と呼ばれているそうな。
身寄りもなく、鰻の分け前を持って来てくれる人もいない天涯孤独の寡婦が、何故詳細を知って後世に残したのか…なんて野暮なことは考えないでね。
お噺ですから…
こうして遥かかなたの王舎城より実の妹を妻に多数の従者を引き連れてこの地にやって来て竜王『ナーカパン』の導きで都を建設した『シンハナワットクマーン』より連綿と続いてきた『ムアン・ヨーノック・ナコーン・ラーチャターニー・チャイブリー・シーチャーンセーン』が一夜にして忽然と地上から消え去ったのでした。
さて、ムアン・ヨーノックはその後どうなったのでしょうか。
白い鰻の祟りなのか、どうかは兎も角として、一つの町が実際に大地震に襲われて水没したことは間違いないでしょう…ね。多分。そして、僅かに生き残った人々がみすぼらしい老寡婦の話を作り出したのか、本当に町外れに住んでいた捨てられた身寄りのない老寡婦一人残っていたのか、今ではそれを知る術がないの。でも知らないで伝承を信じているほうが楽しい…カナ。全ての謎を飲み込んでヨーノックの町は水底に沈み、今も静かに眠っています。
残った人々は申し合わせて身寄りのない老女を大切に世話しながら自ら村を管理していかなければなりませんでした。しかし、そこにはもう王侯貴族は一人もいませんでした。ただの平民だけでした。
こうして平民の統治が始まったのです。これを『共和制』というのでしょうか、彼らは長老会議のようにして指導者を選んだようです。まず、『クン・ラン(KHUN LANG)』という人が指導者に選ばれました。
彼らは、水底に沈んだムアンに代わって東方に一つのウィアンを建設して『ウィアン・パークサー(WIANG PAAKSAA)』と名付け、新たな歴史の幕を開けました。パークサーというのは北部の方言で、タイ標準語で言えばプルックサー(PRUKSAA)となり、その意味は「協議する、相談する」です。即ち、彼らは集団指導体制を採用していたのかもしれません。
こうした平民の統治は、その後93年11代に及びました。
これがシンハナワット伝、チエンセーン伝に見るムアン・ヨーノックの輝かしくも悲しい話です。
そして、いよいよチエンマイに繋がる話が始まるのです。
この白い鰻の話が古い時代の終焉と次の時代の幕開けなったのも不思議ですが、その継ぎ目は深い…深い霧に包まれ、謎でもあり、伝説・伝承でもあり、御伽噺でもあります。
それについては後日探って行きます。
(-水底に消えた王国の巻-了)
次は、日本の国作りのお話にも似た『天孫降臨物語』よ。
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