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相手に腹を立てたり、ときには攻撃や仕返しをしたくなったり、
ということは誰しもあるものだと思います。
しかし腹立たしさを相手にぶつけるということは結局天井に唾をはいてるようなもの。
その怒りは自分に向けられるということなのです。
人の喜びや幸せが許せないと思うのは「自分だけが損している」と思うからです。
このことは人間関係からはたまた、国と国との関係まで、すべてにあてはまります。
人間関係が上手くいかないときにも、私たちは相手に非を求めます。
しかし、どんなに目くじらを立てても、相手はなかなか変わってくれません。
自分が成長する以外に、真の解決はありえないのです。
失敗や損や不愉快な思いは、誰もがしたくないと願います。が
いいことだらけの人生はあり得ないというのも、誰もが知るところ。
人間はここで分かれます。マイナスを糧に成長するか、いじけて、ひねくれるのか。
人生の分かれ道がここにあるのです。
私も大変だけど皆も大変なんだ。
そんな気持ちになれたとき、他人も自分も認めていけるのではないでしょうか。
そこから自分としての生き方がはっきり決まるのです。
真宗大谷派僧侶でアナウンサーである、川村妙慶さんの
「あなたは、あなたでいい」から抜粋させていただきました。
自分だけの幸せというのは考えられないのではないでしょうか?
相手があっての幸せ、世の中が平和であることがみんなの幸せに
なると改めて思わされます。
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心にとまった“いい言葉集”
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一目で彼なら大丈夫だと感じた。清々しい青年だ。浮ついたところがない。
手も逞しく、その爪のあいだに、洗っても取れない油の跡がしみこんでいた。
体を張って、一生懸命働いている、男の証しに見えた。
まだ若いのだ、貧しくたっていい。学歴なんか問題じゃない。
そんなものを鼻にかけて、お互いをないがしろにするような家庭だったら、
ほんとうの幸せは望めない。
高卒でも、専門卒でも、社会生活に困ることなど何もない。
幸せは、これから二人で築きあげてゆくもの。どんな幸せも、二人の努力にかかっている。
努力のない幸せなんてありはしない。忍耐のない愛なんてありはしない。
生れも育ちも違う二人が一緒に生きるのである。不一致があって当たり前。
だからこそ、愛の深まりが生まれる。
許しあい、助け合い、支えあって、二人の幸せを築きあげてゆかなければ。
手をたずさえて、ゆっくり歩いてゆきなさい。同じ方向を向いてね。
大石邦子さん 「人は生きるために生まれてきたのだから」より
4歳で母親と死別した姪御さんに結婚相手を紹介された時に贈った励ましの言葉です。
大石さんは会津出身で23歳の時に通勤途中のバス事故で車いすの生活を余儀なくされる。
20代ではもう生きられないと思いながらも、人は生きられるように創られているのだと
思うようになるまで長い歳月を要したそうです。
胸が熱くなるところがいっぱいです。事務所に置きますので読んでみたい方はどうぞ・・・。
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意識を変えれば、環境が変わる。
環境を変えれば、習慣が変わる。
習慣が変われば、人格が変わる。
人格が変われば、人生が変わる。
どんなに落ち込むことがあっても、
常にポジティブな気持ちで相手や周り、
たくさんの人を思いやれば、
きっと輝く人生にたどり着くはず。
こんなコピーを家内からよこされて、なるほど・・・・。
周りのたくさんの人に支えられている感謝を胸に、
日々邁進していこうと決意するところです。
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【バネ】辛いことを跳ね返して生きていく力が人間にはある
【定命】いつかはみんな死ぬから今日を力いっぱい生きよう!
【和顔施】にこにこした顔で接すると相手もにこにこして幸せになる自分も相手も幸せになれる
瀬戸内寂聴さんが震災後の東北を回ってこんなことをおっしゃってるのを見て
なるほどと感動しながら聞いてました。
今日であの阪神淡路大震災から17年目です。一口に17年と言っても長い日々です。
高速道路から落ちそうになってる観光バスの映像、そして街中が炎に包まれてる
あの映像はいまだに頭から離れません。
17年経って街はきれいに再建され表向きは立ち直ったように見えますが
ひとびとの心の傷は何年経っても癒されるものではないと思います。
ましてや東日本大震災は地震、津波、原発問題と、阪神淡路の比ではないので
相当の年月がかかると思います。
辛いこと大変なことをバネにして、ある種の諦めのような開き直りの気持ちと、
いつも笑顔でみんな幸せに。そしてもう一つ伴侶を持つことが大きな力になるものと思います。
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ねぇ 不幸だなんて
溜息をつかないで
陽ざしやそよ風は
えこひいきしない
夢は
平等にみられるのよ
私 つらいことが
あったけれど
生きていてよかった
あなたもくじけずに
百歳の詩人 柴田トヨさんの「くじけないで」より
二十歳の時お見合い結婚しましたが、相手はお金を一切家に入れず
とても結婚生活どころではなく6ヶ月で離婚しました。
結婚は懲り懲りと思ってましたが33歳の時に縁あって再婚、今度は優しくて
とっても良い男性でした。子供も一人恵まれ幸せに暮らしました。
詩を書き始めたのは90歳過ぎ趣味の日本舞踊が踊れなくなってからとのこと、
何があるかわからないし苦労はいっぱいしたけど、
“人生いつだってこれから朝は必ずやってくる”ととても前向きです。
この本を知ってるか知らないかで、人生が違うと思う(55歳・女性)
帯びにこんな言葉が載ってましたがほんとそんな気がします。
百歳と言う人生の重みを感じ、読んでるとじわっーと心あたたかくなります。
お読みになりたい方は事務所にありますのでどうぞお声がけください。
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