|
昨年の12月24日
クリスマスイブだというのに
だんなさまの実家方面へ行ってきました。
目指すは
数十年間、一族の誰からも忘れ去られていたお稲荷さん。
実はお世話になっている
スピリチャルヒーラーのj先生に
だんな様の長年の体調不良に加え、
だんな様の実家の人たちが
順番に事故に遭ったり、
病に倒れたりするのは
『神仏』にかかわるものの影響がある
というアドバイスをもらい
数年前から家探しがはじまったのが・・・
もとのはじまり。
だんな様の実家に電話をして
何か粗末にしている
神さまか仏さま系の何かがあるはずだ。と
お義母さんに捜索をしてもらったのであります。
が、特に何もないかと思いきや
忘れ去られた小さなお守りが出て来た!
これだったのか。と思ってホッとしていたら
とんでもなく古い位牌がいくつも
後生大事に納屋にしまい込まれ
十年以上放置されていたのが見つかり、
誰もがギョッとする大騒ぎに。
それでもまだ、何か神さま系の気配があるような?
と首をかしげるj先生に
そんなものはないそうです。
と言うしかなかったわけでありますが
そういえば
誰も立ち入らなくなった裏山に・・・
お稲荷さんがあったっけなぁ。という事を
義父が昨年の夏頃に突然思い出し
再びギョッとして
ついに出たか・・・
という思いに駆られたのであります。
家族はもちろん
義母も結婚してから半世紀近く
お稲荷さんの存在を今の今まで知らずにいたらしく
まさにびっくり仰天。
というわけで、忘れ去られていた
お稲荷さんのケアをするためと
他のもろもろの目的もひっくるめ
j先生に同行していただいて、
だんな様の実家へ行って来ました。
ここまでたどり着くには実に10数年の歳月があり
ようやくここまで辿り着けたのか。
というのがワタシの本音。
いつかどなたかにお願いしたいと思っていたものの
その道の信頼できる方との出逢いもなく
もうだめなのか・・・と諦めかけていた時
ひょんな偶然からご縁があり
背中を押されるように
ようやく願いが叶ったのであります。
義父が12月の初めに
忘れ去られていたお稲荷さんを下見に行った時、
四十年以上ぶりに目にしたお稲荷さんは、
まだ崩れずに残っているという話だったのですが
石段(階段)は使えないという事なので
藪をかきわけ、道なき道を進み
(想像していたよりも、近くてホッとしました。)
お稲荷さんとついにご対面。
2つのうち、一つは崩れ落ちてしまい
土台の石や、祠(ほこら)らしきものが
崩れて地面に埋まっているだけでしたが
もうひとつは驚くほど綺麗に残っていました。
側面に彫られた文字を見てびっくり。
『文化七年 午六月吉日』
その場で携帯で検索してみると
文化七年・・・1810年(江戸時代)
午六月吉日・・・午年(うまどし)6月吉日
後ろにある大きな樹が風雨から祠を守っていたのでしょう。
実に207年前に造られたものでした。
お稲荷さんと聞き
木でできた古い祠があるのだろう。
ぐらいにしか
想像していませんでしたが
200年以上も前に造られたものが
こんなところにあったとは。驚きです。
ワタシ達が驚くのは当然ですが
一番驚いていたのはお父さん。
「前に来たときは、二つ並んでいたんだけどなぁ。」
との事。
前に来たのは一体いつだったんでしょうね。
放置され続けたお稲荷さんですが
まだ気(パワー)は十分あるという事で
きちんとケアをしていただき
(専門的な用語など知らないため
ケアとしか表現できませんが)
後に控えていた大仕事の為に
力を貸していただくという事でした。
ワタシはと言えば
ここから一族を見守るためにひっそりと、
山と共に長い長い時間を歩んできたお稲荷さんに
ただただ手を合わせ
ありがとうございます。
と、お礼を言い、その場を後にしました。
その後は先祖代々の土地を浄化し、
結界をはっていただき
実家の浄化をしてもらい・・・の浄化三昧。
これですべての問題が解決するとは
思ってはいませんが
ようやく役目を果たすことが出来たな。と
肩の荷をおろす事ができて
ホッとして新しい年を迎える事が出来ました。
さて、余談ですが・・・
道中、j先生が発見し、
ご馳走して下さった これ↓
だんな様がチューチュー。
(もちろん、j先生も ワタシもチューチュー吸いました。)
マヨネーズではなくて
ほんと、良くできていますね。
びっくりするほど
超・濃厚で、クリーミーなプリンでした。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 超常現象
- >
- その他超常現象

偽妊娠って こ...
私はやっぱりブログ...



