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一年経っての変化として、今年の3月11日に友人向けに書いたものを、備忘として記載します。 、、、、、 今日は、3.11を検索すると1人につき10円寄付が、 今年もヤフーで行われています。 そのままではお金にもならない声を活かしてくれて キャンペーンをしてくださるのは、ありがたいと思う。 これは、あの日から4年間に検索された言葉をまとめたフラッシュ。 http://search.yahoo.co.jp/searchfor311_2015_flash.html 長いから、全部見切るのはつらいけど、ただ映像が出されるよりも思い出されます。 検索をして、小さな寄付をした気分になるけれど、 自分の懐はこれっぽっちも痛んでいない。 募金というけれど、自分は払ってはいない。 それは、きちんと覚えていなければと思う。 自分がきちっと立っていられる状況でないと 長く人を助けることはできない。 きちんと立って、自分に出来ることを考えて動かなくてはならないと思う。 あの日から、 世界中の人が助けてくれた。 助けたいと思った。 なんだかわからない中で助かりたいと思った。 東京にいた、私なんかが怖いというのは、おかしいでしょうか。 地震・津波・そして原発。 本当に大変な状況に合った方々とはかけ離れた東京にいたけれど、 それでもやっぱり怖かった。 今でも考えるたびに怖いと思う。 今日も、 原発で動いてくださっている方に生かされている。 今も行方のわからない方がいる。 お家から遠く離れなくてはいけない方がいる。 行方不明者数は、まだ2584名もいる。 亡くなった人のことばかりニュースになるけれど、あの日からの怪我に苦しまれている方もまだ沢山いるだろう。 先日読んだ本の言葉が、 今日近所の神社で掲げられていた。 「天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけにはいかない」 寺田寅彦の昭和9年の随筆の言葉です。 この言葉の後に、寺田寅彦は、これからの人類の進歩として。 戦争は人災なので人の手で止められる筈と述べてから、 愛国心や大和魂について語っている。 「砲弾弾雨の中に身命を賭して敵の陣営に突撃するのも確かに貴い日本魂であるが、◯国や△国よりも強い天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講ずるのもまた現代に相応しい大和魂の進化の一相と期待してしかるべき(略)」 「天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮するのも結構であるが、昆虫や鳥獣でない20世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしかるべきでないかと思う次第である」 と、こんな風に書いていた。 あっという間の気さえするこの4年。 震災での不便を、元に沢山のものができた。 軽くネット検索しただけでも、例えばこんなものがでてきた 自転車を車いすに http://blog.goo.ne.jp/koube-69/e/91537cb40e226d4c97d020288333794f 災害時用水電池 http://atom-management.biz/blog/%E9%9B%BB%E6%B1%A0%E3%81%A7%E7%81%BD%E5%AE%B3%E3%81%AB%E5%82%99%E3%81%88%E3%82%8B-750.html システムでも、こんなものが・・・ 救援物資などの支援マッチングの日本語版 shahana http://www.sahana.jp/ ヤフーの検索での寄付キャンペーンも、 3.11でぐっと意識されるようになったと思う。 銀行も、通帳などがなくても便宜的に当座資金を渡すような仕組みができた。 無数にある沢山のもの、 どれも同じ苦しみが少ないようにと考えて作られたもの。 私達の意識もずいぶん変わったと思う。 国の言うことを、無条件に信用出来なくなったり、風評被害という言葉の意味を変えられ、事実と都合の悪いことをさもひどい嘘だと言われるようになった。 情報は、力。 今になっても、何が本当かわからないことが多くて、 過激な悪い情報こそ、自分に役に立つ情報だと思う所がある。 国やマスコミが築いてきた情報への長年の信頼に、常に疑心暗鬼が、まとわりつくようになった。 震災がきっかけでの避難生活を23万人もの人が余儀なくされているという。 今、日本の人口が1億2697万人だから、 総人口の0.18%の人が避難中だということになる。 (しっかりと引っ越した人はまた別) 震災と言っているけれど、 「避難している」これはほとんど原発と考えてよいと思う。 あり得ないことを考えてみる。 日本には54基もの原発があって(そんなにあるのに、他の国より格段に電気代が安くなかったって不思議よね)、これをざっくり50として、0、18×50をする。 原発が全部壊れて、日本に領土があったら、土地に対して人口の少ない東北を基準にしても0、9%の動ける人が、4年経っても避難生活をするのかな? これは、少ない人数でしょうか。 1つの場所での被害が、こんなに広範囲に影響を与えているのに、そんなに日本は広くないよね。 震災直後は絶対原発はなくそうという傾向があったけれど、 ここ最近の政治やパブコメでも 海外での日本の原発設置に先立つ海外の原発技術者の日本留学費用への援助や、 海外の原発施設が大変な状況になったとき、 汚染されたものを日本に持ってくるのが簡単になるよう、 いくつもの書類を省略できるようにしていたり。 そんなものが目立つようになってきた。 なんで原発の大事故が今も起こっているのに、 内外への原発推進の力はそちらへ加速しているのか。 アメリカが日本の原発導入を進めているベトナムを、 原発技術販売先リストに入れたというのを見ると、 後始末は日本がすることになったからだろうかと そんなうがったことも考えたりする。 節電どころか、光を浪費するような今はなんなのだろう。 震災の時、「こまめに光を消すよりつけたままにしておいた方が節電というのは嘘だ」なんてニュースがあった。 使っておいて、使ってないなんてことを言い張る不思議な主張が横行していたなんて知らなかった。 太陽の明るさがあれば、電気を切ってもできることはある。 無ければなにもできないなんて、思い込みだと肌で知ったことも忘れられない。 今知られていること以外の解決法が、あるかもしれない。 できないことは、大変そうで前例がないだけなのかもしれない。 人が作った、いつまでも終わらない天災が明らかになっている。 亡くなった方々が、生きられなかった今を生きている。 生き抜いて、自死なさった方も、原発関連作業事故で亡くなった方もいる。 震災がきっかけで、ご飯がなければ人は生きていけないと、改めて感じ、円安になると輸入国の日本は物資を国内に購入するのも辛いのだと、 いまさらながら為替について考えた。 外貨を稼いで、円を強くするのはやっぱり大切なことだと思う。 都内が暗くなっていた頃、人が早く帰るようになって、地元で飲む人が増えた。 家族と過ごせる時間は、「有限」なんだと突き付けられた。 出生率が少し上がった。 目先も、これからの経済も大事だけれど、皆が安全で健康な状況でないと、経済も食い潰すと思う。 本当に避けなくてはいけないのは何なのか。 覚えて考えているのが本当に大切なんだと思う。 4年前の今日からの日々でお亡くなりになった多くの方のご冥福を 心からお祈り申し上げます。 |

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