狐日和の今日と明日(きつねびよりのきょうとあす)

欠伸を一つ。夕焼け空に雲一つ。お昼寝しながら夢一つ。

食いしん坊なものだから

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くずもち

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小さい小さいお店なんです。
お店のおばちゃまが、自分で置いた自転車でお店の入り口見えない位。

ランチタイムに、ほとほと歩いて水天宮。
寒天、葛餅専門店の近松さん。
きらっきらに磨き上げられた銅の釜、100年以上、ずっとこの場所。

優しくて、プリッとシトリとしてるくず餅さん。
うん、好き好き♪好きなんだけど…中々買えない。
だってね、こちら、
あちこちの甘味屋さんへの卸もしている所だから~_~;

お値段は軽やかだけど、
20×10×3センチもあるようなパックに
みっちり三段‼︎

そう、重量級。
食べ切れるかな?持ち帰るのに、重いのよね?と、いつもちょっと二の足を踏んでしまう。

ところが、やっぱり食べ時ってあるもので、「あ、お母さん食べるかな?」と、思って、気づいたら…。

会計してから、思い出す。
うん、そんなもの。

少し重いビニール下げて家に帰って、
「あら、素敵」と、言われて母とお茶。

これだけあるから、
どう置いたら楽しいか、
なんてことをツラツラ考える私に、
「早く食べましょう」と、母。

昨日と、今日と、家族とそしてお客さま。
社交的な母なので、「食べ切れるかしら?」は、杞憂に終わる。

くず餅のぼってりした照り感ってなんだか可愛い。
とろっとした黒蜜さんと遊ばせて、黄粉が次の一口を誘う。
むちっとして、スッと噛み切れる。

くず餅の善し悪し、
こう淡白なものってなんとも言いづらいのだけど、
優しくて、じんわり美味しくて、私はここのがやはりとても好き。

お持ち帰りがちょっぴり重いけど、
水天宮にいらした際に、気が向いたら
お土産などにいかがでしょ♪

夕飯

 突然、ビーフンが食べたくなった。
 そこに意味などない。
 どんな時も、衝動は突如沸き起こるもので、
 どこから生まれたかなんて考えても意味がない。

 ビーフンを食べることはあっても、自分で作ったことはない。
 母も、大して好きというわけではないから、普通なら思い立った時にないのだろう。
 が、我が家は食いしん坊で、何故かビーフンでさえいくつも家にある。
 そんな時、我が家はやはり食料庫のようだと思う。
 
 変わった調味料だのスパイスだのは、我が家を捜してみるとひょこひょこと鎮座している。
 勿論、母が買い込んでいるわけだけど、そうした物はいざ買おうと思うと
 何やかんだと高額になるので、ありがたい。

 それはともかく、ビーフンだ。
 春雨は緑豆、ビーフンは米、うどんは小麦。
 茹で時間を見れば4分と意外に短い。
 
 どっかりとした大鍋に湯を沸かしつつ、
 肉野菜炒めをどんどこ作る。
 豚肉、玉ねぎ、人参、もやしに、キャベツ、椎茸などなどを
 ざくざく切ってはどんどん炒める。

 炒めながらふと、茄子の甘味噌炒めが食べたくなった。
 関西風の卵焼きも食べたくなった。
 小鍋で出汁を作りながら、茄子は母に任せることにする。
 
 もう一つ鍋に湯を沸かし、お浸しさんも作ることとする。
 
 ビーフン茹でる、4分チェック。
 浅葱を小口で切って、卵に混ぜる。
 出汁をボールに移し、荒熱を取る。

 お浸し上げる。
 ビーフン上げる。
 母が、茄子炒めとつみれ汁を作り出す。
 コンロは4つ。大人が二人。
 同じ場所で作業をするにはちょっと狭い。

 野菜と一緒にビーフンいため、塩コショウしょうゆでお味付け。
 米粉の麺は、案外しっかり味をつけることが必要で「ご飯だからね」と、
 理由になるか分からぬ理由で作業を進める。

 8分どおり出来たところで、今度は卵。
 関東風の甘いしっとり卵が好きな母。
 娘はあっさりふわふわ関西風好き。
 卵にだし汁、味を調えいざいざいざ。

 四角い年季の入った鉄の卵焼き器を前に少し武者震い。
 卵は、油が多くないと上手く巻けない。
 私はいつも少なすぎて失敗している。

 今回こそはと、頑張りはしたが・・・柔らかふわふわにはまだ遠かった。
 巻きに少々手間取りすぎた。
 いずれ私も「京都の店で出てくる卵焼き・・・」
 出来上がったは、少し固めの卵焼き。
 技術伸びしろは、まだまだ結構あるようだ。
 
 お菓子作りは自信があるのに、料理は中々難しい。
 味付けだけは、舌だけは、それなりだと自覚はあっても技術がまだまだ。
 そういえば、煮物ばかりで炒め物などはそんなにしない。
 行動にもっと俊敏さを求めなくては・・・。

 いただきますと、食べながら「精進しなきゃ」と緒をしめる。

 独り暮らしの友達から、今日茄子炒めを作ったとメールを貰った。
 偶然だけど、共通項がなんだか楽しい。
 母の茄子炒めを頂きながら、歴然とある格の違いにそっと小さくため息ついた 

しろ

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 渋谷にも、雨が降る。
 街の明りに照らされて、見上げると空が白いビー玉のような大粒の雨を撒き散らしている。
 ハチ公で待ち合わせに予定だった人たちが、デパートの入り口に固まって困惑顔をしている。
 周りに人影の少なくなったハチ公の所では、ハチ公の頭上に枝を広げる木々の枝から夏虫が涼やかな
 声を振りまいていた。
 関西に比べると、黒服着用率がが多いと言われる東京も、夏になれば白い服を着た人たちが多い。
 あたりを雨雲が暗くした後も、誰かしらのシャツやビニール傘が視界に白い花を咲かせて、
 他の季節よりも雨雲の下の色合いが楽しいような気がする。
 
 昨日、友人と江戸川橋に鰻を食べに行った。
 先週私が顎を捻挫して、その快気祝いが名目だ。
 予約をしている心強さ。
 店前に貼られた「本日の鰻は売り切れ」の紙を横目に暖簾をくぐり、「よく予約した」と、
 友を褒めつつ時を待つ。
 突き出しをつつきながら、店に漂う香りをふかぶか吸い込み、「楽しみだねえ」を10回そこそこ。
 「お腹減った」を幾度も・・・
 
 専用のしょうゆと山葵の白焼きは、熱々の内、口に入れれば顔がほころぶ。
 友人は「旨っ」と言ったまま無言となる。
 食べて、ついっとお猪口を空ける。
 相手のお猪口にトクっと注いで、皮がまだジュジュっという鰻をパクリ。
 鰻の脂が、しょうゆの表面に整った小さな丸をさっと広げる。
 お肉でも、魚でも、しょうゆにつけたときの小さな丸形がなるべく揃うと美味しい。
 
 「カニとか、エビとか、美味しいものって静かになるよね」
 白焼きが終わったとたん、部屋に言葉が復帰する。
 「カニとかは、ほんとすごいよね」と、友人。
 声から思うに、あちらはどうやらカニが好物のようだ。
 冬になったら、友人を誘い合ってカニも良いかもしれない。
 
 大きな鉢でやってきたお漬物を楽しみながら、相手が最近気になる人の話しを聞いたりもする。
 ツイツイとお酒が進む。

 しばらくすると、鰻重がやってきて、また楽しい静けさが部屋に満ちる。
 
 鰻っていうのは変なものだ。
 そもそも魚かといわれたら悩む。
 蛇に似た魚とのことだが、やっぱり鰻は鰻だ。
 川で取れるから川魚の分類だそうだけれど、鰻は海で産卵するのだという。
 川で捕まえた時点で、掴むとするりと抜けるような体なのだそううだけれど、
 海に出ていても同じような感触なんだろうか?
 塩の多いところへ行けば体表面の粘膜も変わってきそうに思えるのだけれど・・・
 海で鰻を捕まえたら、川で捕まえたときよりも塩味がきいていたりするのだろうか?

 なんて、こんなことを言っては興ざめしてしまうだろう人と一緒だったから、思いは黙ってお腹に
 納めていたけれど・・・
 お腹が一杯になると、頭の中はほわほわと幸せになって、次から次へと関係のないことばかり
 考える。
 同時並行に考える数が多いから、話すことがおいつかなくて、頭の中はフル回転で会話内容を
 取捨選択。
 けれども傍目はきっとのんびり。 

 鰻を食べて、だらだら語って・・・
 座敷席だったから気づけなかったか。
 ふと気がつくと、お客は私達だけ。

 横から話し声がするからと安心していたお喋りは、お店の人が賄いご飯を楽しんでいる声だった。
 13:30に入って、気づけば時計は17時近く。

 お店の人に「ごめんなさい」と謝り、小走りで外へ出た。
 お腹の中は幸せで、青空はほんのり白く、夕時一歩手前の色。
 おいしかったねと、笑うとあちら口許にも白い月。

 バサバサと飛んでく鳩の白い腹、あくびの猫の白い牙。
 何とはなしに、夏は白に目が行くようだ。
 
 
 

聞いた気がする

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 徒歩10分足らずの母方の家と違い、父の実家は遠い。
 帰省ラッシュに飲み込まれれば10時間などということもざらにある。
 当然、父方の実家に母方の実家よりは足が遠のく。

 祖母の思い出もそれに従って少ない。

 誰かを思い出すとき、何故だか思い出す瞬間というのがある。
 特別な瞬間、特別でない瞬間。
 どちらもがその人という存在に絡んで鮮やかに思い出す。

 40〜50cmはあるような火箸で、祖母は炭をつついた。
 松と、小さな鳥達と、仙人のような絵柄が描かれた大きな火鉢は、
 古道具屋で見るものとは違って実際に使われていた。
 
 祖母はそこに、華やかな梅の枝が彫金された銀の薬缶を載せ、
 揃いの急須で大振りの黒い茶わんにお茶を注いだ。

 ふうふうとお茶をすする私に、
 「ちょっと、待ってなさいよ」と言うと火鉢の上にひょいと網を載せ、
 御餅をぽんぽんと手際よく並べていった。
 「あんたは、なにが好きやろね」祖母の声はほんわりとなだらかにイントネーションが上下する。
 餡子も、黄な粉も、しょうゆもあるけどなぁ・・・・
 祖母が目を話した隙に、ぷくぅーと手元の餅が膨らむ。
 「あんた、のんびりみてんとたべぇ」と、祖母がニコニコと手元のしょうゆの皿に餅を載せる。

 かぶりつく。のびる。
 引っ張る、又のびる。
 むにぃーっと腕を伸ばし、まだ切れないので慌てて頬張る。
 そんな私を祖母は目を細めて見ていた。

 祖母は、食いしん坊でもあった。
 米寿の頃だったか、一度私の家族と温泉へ行った。
 朝も、昼も、夜も、もったいないといって私たちの誰よりも食べ、
 お酒が好きだと言ってニコニコと杯を重ねた。
 そして、みんなでキューピーのように膨らんだお腹で朝寝した。

 朝も、お腹がすいたと一番に目が覚めたのは、祖母だった。
 お腹を満たし、旅館を出たのが10時ごろ。
 祖母は昼は和田金に行きたいとリクエストした。
 和田金は、三重では有名な肉料理屋だ。
 それもいいねと予約に行くと、昼の時刻は一杯11時からなら・・・・とあちら。
 
 朝食を食べてから、大して時間も経ちはしない。
 父は「みんなお腹一杯だからそんなに食べないだろう」と思ったという。
 
 結果として、「美味しいものは満腹でも別腹」ということが分かることになった。
 われわれがどれだけ食べたか記憶にないが・・・・・かなりだったことは今もはっきり覚えている。
 祖母も、少なくても3〜4人前はペロリといただいていた。
 あの時の、なんとも嬉しそうに食べる姿を、時々ふと思い出す。

 祖母は昨年98を迎えた。
 もう祖母が帰れぬ家は何も動くことはない。
 あの火鉢も火が絶えたまま、時間が止まっているかのように
 ずうっとあそこにあるのだろう。

 昨日、夢で祖母の笑い声を聞いた気がした。

我儘願いの室内日

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 風邪回復期。
 家の中にいると本屋にも行けず、人にも会えず、
 楽しいことといったら新聞を読むことと、ぐだぐだと物を考えることと、
 物を美味しく頂くこと・・・。
 ・・・まぁ、人と新しい本に会えないことを除けばさほど苦痛なことではない。
 
 が、せっかくの12月の休日。
 イベントは目白押し。
 バリから2年ぶりに里帰りしている友人もいる。 
 今を逃せば新年を迎えてもいつ会えることやら・・・。
 12月は大急ぎで再会し、関係を確認し、次の年へ繰り越すための大切なシーズンでもある。
 寒い中へ出て行くのは嫌にせよ、窓硝子のこちら側でじっとしていなくてはいけないのは少々悔しい。
 
 母が体調を崩した私の為、ついでに買い物をして来てくれるという。
 悔しさを食欲へと転化させ、悔しさの分、母へ甘える。
 泉屋のクッキー(小袋)、干し杏(日本又は米国産)、干し芋(丸干)。
 どこどこの店にあるからと言うのが図々しいが、まぁ可愛らしい我儘・・・の筈と信じて。

 母が買い物に行っている間に鍋でコトコトとミルクティーを入れる。
 泉屋のクッキー用だ。
 その後小休止の後、日本茶を置いて干果を頂くのだ。
 
 ミルクティーも様々に種類はあるけれど、
 私は目分量でお湯が沸いたらアッサムの茶葉を入れ、
 砂糖、ジンジャー、カーダモン、メース、ナツメグ、シナモンを次々投入。
 程よい濃さでミルクを入れる。
 スパイスの香りが台所一杯に広がると、クッキーがやってくるのが楽しみで仕方なくなる。
 
 クッキーが好き。
 最近のものも美味しいけれど、どちらかといえば昔ながらの味が好き。
 泉屋のものも、村上開新堂のものも好き。
 どちらもクッキー自体は文明開化の頃のものだからなのか、
 それぞれの趣は家庭用とそうでないのと違うのだけれどどちらもやはり美味しくて楽しい。

 弱った時はざくざくと頂きたいから、たっぷりミルクの入った紅茶のカップを抱え、
 しっかりと焼き色のついた素朴な泉屋のものが無性に嬉しい。
 
 ガスを切り、ほわほわと立つ湯気をそのままに母を待つ。
 
 必ず来るという人を待つのは楽しい。
 いつ帰ってくるかがわからなくても、その分待つ楽しさが長くなる。
 
 風邪を引いた後だから、水分は取らなくちゃねと、今度は薬缶に火をかける。
 シュンシュンと楽しげな音を背中で聞きつつ、ポンと音を立てて茶筒を開ける。
 くすぐったいようなほうじ茶の香りが広がる。
 急須の底にお茶葉の小さなお山を作り、注ぎ口から弾けるようなお湯を注ぐと、
 蓋をするのが勿体ないほどの香りが更に立ち上り、お茶の表面にうっすらと白い渦巻ができる。
 ほうじ茶にでるこの白い渦巻きは、焙じることで出るお茶のアクなのか、私は知らない。
 
 ほうじ茶を片手にベランダから外を覗くと、昨日見かけた猫が又塀の上を歩いていた。
 今日はよく晴れている。

 家にいると知った友人が電話を掛けてくるも、
 病み上がりだというと喋らないで安静にするようにと叱られてしまった。
 叱ってくれるのはありがたいけれど、もっと話したかったのにとちょっと悔しい。
 
 悔しいので母の帰りがもっと楽しみになる。
 
 干し杏が好きだ。
 砂糖衣がついたのではなくて、
 何もついていないアメリカ産か日本産のものが一番。
 アメリカ産も漂白されていたり加糖がされていたりでがっくりすることがあるけれど、
 気をつけないと、トルコ産の干し杏になってしまう。
 なんといっても、長野土産で貰った杏さえトルコ産というほどの流通量を誇るのだ。
 
 トルコ産の杏を毛嫌いするにはわけがある。
 トルコという土地は、果物の生育にとても良いところで、
 果物は日本ではありえないような甘さで熟す。
 当然、収穫量も多い。仕入れ値も安いわけだから沢山流通する。
 
 けれど・・・
 トルコ産は不味いのではなく、甘いのだ。
 甘酸っぱい杏好みの私には甘すぎる。
 よって多分に好みの関係だ。
 
 残念なことだけど、
 私には杏とサクランボと林檎は甘酸っぱいのが嬉しい。

 きっとトルコの方にはあんなに酸っぱいもののどこが良い!
 こんなに甘くて自然で美味しいのに!と驚かれてしまうに違いない。

 とは言え、悔しいことに私の周りに干し杏好きは少なく、
 産地による味の違いにうなずいてくれる人はいない。
 これもまた、残念なこと。

 好き勝手なことを考えつつ、あちこちへの手紙を書く。
 ほうじ茶を3杯も飲み終わっても、母はまだ帰宅をしない。
 一体何を買いに行ったのか、目的を聞き忘れたので帰宅予測も立たない。 
 
 ふと、脈絡も無く
 しばらく前に古書店で読んだ小松左京の短編「ウインク」が思い出される。
 何故だか小松左京の作品はほとんど読んだことが無かったのだけれど・・・
 地球全土、人類、動物、何から何まで不思議な目に覆われる話だけれど、
 ブラックながら最後のまとめが中々素敵で忘れがたい。
 
 やはり今度購入しないといけないとこっそり胸の中で頷く・・・と思う間に大荷物を持ち母帰宅。
 
 私が風邪引いたから・・・というわけでもないのでしょうが、加湿器と帰宅。
 これで、我が家にはなんと5台目の加湿器が来たことになる。

 既にあるものがあるのにまだ必要なのか。
 加湿器ってそんなにいるものだったか。
 などと内心思いつつ、我儘を聞いてもらった娘は母と大人しくクッキーを楽しむ。
 
 母はいかに今までの加湿器と違うかを力説している。
 加湿器にも色々タイプがあるらしい。
 ベランダの外は夕暮れ。
 明日からはまた、窓の向こうへ・・・
 

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