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安達太良山麓での一枚です。
確認しておりませんが、(たぶん)線量が高いとのことで使用禁止にされた昨年の牧草であろうかと。
到るところに、ベールされた牧草が積み上げられています。
他の被災の大きさと広さゆえ、報道されておりませんが、酪農家、畜産農家の皆さんは、飼料代の負担増に
苦しんでおられる様子。
少なくても、牧草分は経費と人件費を除けばタダ。
牧草分だけが利益になるんですよ・・・と聞かされたことがある。
利益分がそっくり、経費に置き換われば、畜産農家の損益計算書は忽ち赤字に陥る。
救済策は耳にしてないが・・・・。
それでなくても、口蹄疫やら鳥インフルエンザで畜産農家は何度も価格下落の憂き目に
あっている。
畜産農家に産まれた身としては他人ごとでは決してない。
束の間の休息のドライブで遭遇した光景です。
う〜ん、何度見返しても、哀しい光景です。
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☆今日の一枚
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体調は60%が続く。
日々 状況がめまぐるしく変化している。
こんな時は動かないに限るね。
そんなわけで、息抜きに裏山を一回りしてきた。
岳温泉を抜けると土湯温泉まで下り坂。
途中の光景を一枚。
土湯温泉は地震の被害を受けたこともあり、閑散としていた。
いろんな意味で今回の震災とF1は被害が長引きますね。
福島は未だに道標の無い道を歩いているようです。
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外気温はマイナス10度。
今年最後の寒波であって欲しいが。
ストーブをつけて二時間。
室内は未だに10度を超えてくれません。痩せぎすの身体には寒さが堪える朝です。
体調不良を理由に数日外出を避けてましたが、そうも参りません。
春に備えて啓蟄前ですが、虫さんたちよりも少しだけ早めに蠢きだしています^^;
こちらは外出先で撮った一枚。
こんな空間を生物最強の敵であるセシュームが漂っているとは思えません。
約束の時間に遅れるのも厭わず、しばし眺めいってしまったひととき。
林間(避難区域周辺は大部分がそうですが)を走っていると、あちこちに切り出された広葉樹が
野積みされています。
椎茸の原木が大部分なんでしょうが、皮を剥いで出荷するわけにもまいらず、何れ、カブトムシの
住処になるんでしょうか?
大地から産まれて大地に還る。生命の循環ですね。
今さらながら 罪な物質を創りだしたものです。アホな人類です。。。。。。。。。。。。。。。
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今朝の気温は氷点下5度。最後の寒気団であれば良いが。寒い・・。
病み上がりに相馬市在住の理事を訪ねた。
まっすぐに出向いても往復200km近い距離。
宮城県の亘理、山元両町が氣にかかっていたので、ついでに訪ねた。
久しぶりの沿岸部は、未だに何も始まっていない。
311の時が止まったかのようにそこに爪痕が遺されていた。
不謹慎かも知れないが、ある種の経済合理主義と云うか国家賠償主義の恩恵を受けたF1の避難区域内の
人たちはひょっとしたら不幸中の幸いだったかも知れない、とふっと感じた。
牛飼い農家も稲作農家も園芸農家も、言い訳と多少の補償金は手に出来る。
津波で侵された地域の人たちは自力で立ち上げらないといけない。
家も、生活もむろん農業再興も。
亘理、山元町ともに、壊滅?に近い集落が点在していた。
とりわけ、小さな河川沿いの住宅と農地はひどい。
集落に潤いと恩恵を授けてくれてたはずの、河川が牙をむいた津波の逆流域になった様子が窺える。
津波の被災を被り、且つ、生活の糧と仕事(人生ですわね)を奪われた人たちが大勢取り残されている。
あまりにも被災地が広く、多すぎて報道も局地戦にならざるを得ないことは理解できる。
象徴的な町や村に報道が集中するのも理解できる。
報道はそれでも良いかも知れないが、政治はそうであってはならないね。
平時のために国家や政治や自衛力が存在しているわけでは無いことを改めて認識させられた。
戦後60年以上経過。
政治も官界も学会も、財界も、むろん国民も日々平穏に慣れすぎたのかも知れない。
財界と云っても、国外の勢力と凌ぎを削ってきた輸出産業のことではない。
国内向けだけで平穏と売上を貪ってきた財界のことだが・・・。
311からの1年がそんな国家の姿を浮き彫りにしている。
相馬市の松川浦漁港には、漁船がところ狭しと並んでいた。
背景は認識できないが、宮城県は漁港の再編をおこなっているらしい。
行政単位と同様に、大きいことが良いことなんだろうか?
数隻しかない漁港が存在してはいけないんだろうか?
漁業には漁業権なる得体のしれないものがあるらしい。
数百隻?とも思われる松川浦漁港に居並んだ漁船群をみて、複雑な思いに囚われた。
相馬の理事さんとはなんとか遭遇し、しばし面談。
相馬市は伊達市と飯舘村に隣接した西部地区の線量値が高い。
松川浦に流入する河川の源流域が侵されている。
そんな事を含め話をさせていただいた。
帰路に故郷との縁が深い中村神社を参詣させていただいた。
ひさしぶりの非日常と云うか別視点での一日を過ごさせていただいた。
感謝。
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土着菌の発酵具合の確認を含め、諸々の所用で出かけた。
体調は6割程度まで回復?
倉庫前に何かがぶら下がっていた。
?????? これ↓
故郷は関東平野のど真ん中。
平地林が散在している程度ゆえ、野生の四足動物と云えばニワトリを狙ったイタチを子供の頃(昭和30年代)
に稀に見かけた程度。
成人して、熊本県天草半島で、海を渡るイノシシを観たのが初会?
九州本土から海を渡り天草半島に到る、と当たり前のように話している漁師さんの横顔を呆れ顔で
みた。
沖縄の西表島でもウリ坊集団を連れた親子に遭遇した。
米を食べて困る、と話していたが、それを冬場の食糧にするからさあ〜。なんくるないさーと事もなげに
話していた。
軒先に戻る。
「もののけ姫」を想起した。
アシタカとサンの蝦夷の若者二人。
タタラ場とエボシ御前はさしづめF1(フクシマダイイチ原発)なんだろうか?
宮崎駿が云いたかったのはこれか?
みていて、とっても哀しい映画だったことを覚えている。
DVDも買った。(それ以外はいわゆるエッチビデオ以外は買ってないわな^^;)
昭和20年代に農村に産まれた遅れてきた団塊世代の感性は当時哀しみとの遭遇でしか無かったが
突如、もののけ姫が目前に現れて展開している錯覚に囚われた。
避難区域内の猪肉は3000ベクレル/kg以上あると云う。
以前 道端で遭遇した猟師の集団は、イノシシは食せないから撃たないと云った。
今年は鳥だけだと・・・・。
食することが供養と聞いた。
食欲解禁の翌日。一歳の誕生日のことだ。
いろんな意味で哲学をさせていただいた一日。
なかなかの誕生日でした。
因みにアップ画像。
ギャアテエ ギャアテエ パラソーギャアテエ と般若心経の一節を唱えさせていただいた。
これもフクシマの現状。
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