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汚染された花粉:は後世の歴史的指標になりうるのか:拡大写真
花粉も地層に痕跡を残しているようだ、さて今回の原発事故での放射性物質による汚染された花粉も
この年代の地層にその歴史を刻むのであろうか。
花粉も1つの手掛かりと紹介されているのでサーチしておきたい。
http://www.city.musashimurayama.lg.jp/dbps_data/_material_/localhost/0805kyo_shougai/03rekishi/pdf/027.pdf
縄文時代後・晩期
(約3950〜2150年前)以降
縄文時代後・晩期の植生は、狭山丘陵北部では
カヤ、モミなどの針葉樹、
アサダ、ィヌシデ、アカガシ玉属、コナラ亜属、ケヤキ、ムクノキ、 トチノキ、
トネリコ属、カエデ属などの落葉広葉樹 と常緑広葉樹であったと考えられています
(所沢市お伊勢山遺跡)。
練馬区周辺の武蔵野台地では、
コナラ亜属が卓越し、
クリやケヤキ属、エノキ属 一 ムクノキ属などからなる落葉広葉樹林が形成され、
常緑広葉樹をほとんど伴わなかったようです。
東京湾岸の淀橋台では、縄文時代後期にはコナラ亜属を主としクリ属などからなる落葉広葉樹林が
広がっていましたが、晩期にはコナラ亜属が衰退、
常緑広葉樹のアカガシ亜属が増加し照葉樹林が形成されていたようです。
このように縄文時代後・
晩期には、東京湾沿岸地域の淀橋台や狭山丘陵では照葉樹林が発達していましたが、
武蔵野台地では落葉広葉樹林が優勢で、照葉樹林の発達が貧弱であったことが知られています。
また、この時期のクリやトチノキについては栽培されていた可能性が考えられています。
弥生時代以降では針葉樹のスギが増加し、落葉広葉樹のコナラ亜属や照葉樹林のアカガシ亜属と
伴に主要な森林構成要素となりますが、
一方で多くの分類群が衰退し縄文時代後・晩期とは大きく植生が変化したと考えらます。
また、14世紀頃以降ではニヨウマツ亜属が漸増し、18世紀初頭頃以降で優占します。
こうした変化は人の森林への干渉とマツの植林の結果と考えられています。
このように花粉化石群から、古植生の地史的変化や人間と植物のかかわりをなどを明らかにする
ことができます。
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縄文人(3)
http://blogs.yahoo.co.jp/kyomutekisonzairon/61801530.html
2012/11/19(月) 午前 5:43 [ ATS ]
花粉って面白そうですね。
ソバの花粉が爆発的に信州などで広がった話を、富山県の立山歴史博物館の方に教えてもらったことがあります。
2012/11/23(金) 午前 8:12 [ 底質汚染 ]