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空き缶 林京子

夏休みの補習で林京子さんの「空き缶」を扱いました。

「夏になると戦争の話するからやだ〜」という生徒もいましたが、私自身、広島で4年過ごしてきたことや、長崎で被爆した親戚がいることなどもあって、思い入れがあるのです。
そのため1年に1度くらい考えたっていいでしょう〜、と2週間ほど。現代文の補習で読んでいきました。

「空き缶」は、長崎が舞台で、原爆を経験した女性達(1人は経験していない)が戦後集まり、現在の生活の話をしながら、昔を振り返るという話です。

一緒に考えたかったのは、何人が亡くなった、ということよりも、1人1人の人生についてです。原爆を経験した彼女達が今までどのようなことを考え、生きて来たのか。今どのようなことに苦しんでいるのか。「被爆者」とくくるのではなく、1人1人を見よう。

そこでグループに分かれて、1人1人を調べて、登場人物の人となりを細かく見て行きました。
なぜか「大木さん」は大人気で「先生、この人よく出てくるな〜。あ、ここにも出て来た〜」と言いながら担当した人物を見ていました。

人物→物語を追う→原爆をめぐるエピソード→物語→人物
とくるくるまわりました。

最後に、この小説の中で一番印象に残った段落を選んで、なぜ印象に残ったか理由を書いて下さい、という宿題を出しました。

私が印象に残った場面はこちらです。

「少女は席に着くと、手さげカバンの中から、教科書を出す。それから両手で抱き上げるように、空缶を取り出す。そして、それを机の右端に置く。授業が終わると、手さげカバンの底に、両手でしまい、帰っていく。はじめ、私たちは空缶の中身が何であるか、誰も知らなかった。少女も話そうとしない。被爆後、私たちは明らさまに話さないことが多くなっていたので、気にかかりながら、誰も尋ねなかった。少女の、空缶を取り扱う指先が、いかにも愛しそうに見えて、いっそう聞くのをはばかった。

 書道の時間だった。復員して帰ってきた若い書道の教師が、ある日、机の上の空缶に気がついた。半紙と硯と教科書で、机の上は一杯になっている。
 「その缶は何だ、机の中にしまえ」と教壇から教師が言った。少女はうつむいて、空缶をモンペのひざに抱いた。そして、泣き出した。教師が理由を聞いた。

 「とうさんと、かあさんの骨です」と少女が答えた。

 書道の教師は、少女の手から、空缶を取った。それを教壇の中央に置いた。ご両親の冥福をお祈りして、黙祷を捧げよう、と教師は目を閉じた。ながい沈黙の後で、教師は、空缶を少女の机に返して、「明日からは、家に置いてきなさい。ご両親は、君の帰りを待っててくださるよ、その方がいい」と言った。」

なぜか、というと、教員が「しまえ」という言葉に対して泣き出したきぬ子が痛々しかったからです。
ただ悲しいだけではなく、悔しさとか無念さとか、色んな気持ちがないまぜになっていたんじゃないかなあと静かな悲しみを感じました。その後の教師の行動を読んでほっとしたから、というのもあります。

きっと8月6日から9日までの間に戦争に関することや原爆に対することがニュースでも取り上げられるから、少しでも見てごらん、考えてごらんと話しました。

しかし、今年はすごく少なかったように思います。気のせいでしょうか。。オリンピックのこともあったからでしょうか?
長崎の友人は「いつも長崎は取り上げられる紙面も小さいしんだよね」と言っていましたが、今年はなおさら少なく感じたなあ。

この小説を読んで私自身ももう一度振り返る機会を持てました。

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はじめまして!
高校の先生でこんなすばらしい方がいらっしゃるんだ〜
応援します。

2013/2/8(金) 午後 0:30 norino


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