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「お客様を快適に最短最速で目的地にご案内すること。 ただそれだけを純粋に貫いたタクシー。 弾丸タクシーと言われた彼の憂鬱を話そう。」 レースカーが通り過ぎるのを眼で追うようなしぐさで変な鳥は言った。 「すぐ近くですがお願いできますか。」 ツギハギ猫は両手を頭の後ろに回して寝転んでいた。 眼は閉じていた。そして、足を組んでそう言った。 「手を挙げれば寸分の狂いも無く客人の前でピタリと停まる。」 「最低限のことだ。まずは合格だ。」 「カチャリと乾いた金属音を鳴らし静かにドアが開く。 それはまるで手を差し伸べるように、優しく後部座席へと誘(イザナ)う。」 「車内の匂いも悪くない。シートも硬すぎず軟らか過ぎず。だな。」 「静かにドアが閉じ。感じのいい笑顔でさわやかに目的地を訪ねる。」 「緊急の用事で急いでいる。森の病院まで頼む。でどうだ。」 「わかりました。とただ一言言って静かに、軽やかに、そして速やかに加速する。 客人はしばらく走り出したことに気づかないほどに。」 「本当に急いでいるんだ。頼むよ。」 「運転手は穏やかで礼儀正しい声で。「おまかせください」と言い。 その言葉が終わると同時に微笑ながら「おまたせしました」と振り返る。」 「着いた?まさか・・」 「しばし、起こった出来事を認識できないでるが、 ドアの向こうにはこの辺りでは最も評判のいい病院 『森の病院』が待ち構えていた。」 「最高だ。エクセレント!」 「客人が支払いを終えると開いた時と同じく静かに扉が開いた。 客人はゆっくりと降り立ち、そして病院を見上げる。 不思議そうな面持ちで振り返ると、そこにはもうタクシーはいなかった。」 「ん〜いいねぇ。高いポリシーを感じるねぇ。 でも、そこまで完璧でいったい何が憂鬱なんだ? まさかタクシーの大きさもも弾丸サイズとか?」 「・・・」 「え・・?図星?」 「次の話を始めます。」 「そうなんだな!当りなんだな!フフフフフ♪」
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とりとめのない話
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「胸を締め付けられる思い。その瞬間。切ない閃光が胸を射す。」 短い羽根を胸元に押し当てながら俯き加減で変な鳥は言った。 「なんだそれは?突然センチメンタルを発症したのか?」 細く冷たい眼で鳥を見ながらツギハギ猫は言った。 口元には若干笑みが浮かんでいる。 「びっくりした時。恋をした時。悔しい時。悲しい時。感極まった時。 胸がグワっと締め付けられる。 それは、そこにグワさんがいるからだ。」 「グワさん?誰だそれ?一体どこに現れるというんだ?」 「グワさんは胸を締め付けられた時。そこにいる。」 「二人以上が同時にグワっとしたらどうする?」 「複数のグワさんがいる。」 「なるほどねぇ。そしてそれは見えないのか?」 「見えないからやり場のない感情に襲われるのだ。」 「迷惑なやつだな。」 「そうでもない。恋に落ちた時の『どきどきグワさん』は 時としてキューピットと言われる。」 「どきどきグワさん?ぷぷぷ。」 「びっくりグワさん。せんちめんたるグワさん。めそめそグワさん。」 「ずいぶんいるんだな。」 「せくしーグワさん。ちゃっかりグワさん。くれいじーグワさん。えーっとそれから・・」 「ちょっと待て!後半おかしいぞ! そいつらは一体全体どんな状態の時に胸を締め付けると言うんだ?」 「次の話をはじめます。」 「・・くれいじーグワさん降臨?」
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「アヒルが脇の下に挟まって取れなくなった。」 唐突に変な鳥が言った。 「なんだい!?そりゃ?」 びっくりした面持ちでツギハギ猫が聞いた。 「妄想豚ブルー・ピギーの手記はこの言葉から始まる。」 「妄想豚だって?あいつら妄想どころか目の前の食べ物以外のことなんて これっぽっちも考えてなんかないさ!」 「多くの豚はそうかもしれない。」 「もし本当だとしたらいつのまにか自分のヒゲの一本が カイワレダイコンになっていたことより奇想天外だよ。」 「ブルーもかつては食べ物に魂を虜にされた普通の豚だった。 彼が妄想するようになったのはあの事件の後からだ。」 「事件ねぇ。そうだな。大事件だ。信じられない。」 「ある日の夕暮れ時のこと、ブルーはいつものように腹を空かせていた。」 「あいつらいつもとんでもなく腹を空かせているんだ。とんでもなくだ。」 「エサ箱は底をついていたが、じっと空になった箱を見つめていた。 そこへ一羽のいたずらアヒルが舞い降りた。」 「箱の中に?正気の沙汰じゃないね。あいつら あの豚ってのは何も考えずに ただエサ箱の中のものに突進するんだ。」 「そう。その時も彼はアヒルめがけて突進した。」 あまりの勢いと迫力にアヒルもおどろいた。」 「鼻息とヨダレをまき散らしながらだろ?あぁおぞましい。」 「突進した彼に頭からかぶりつかれるその一瞬前。 アヒルは彼の腹の下にもぐりこんだ。 あわてた豚はとっさに腕で押さえようとしたが 自分の体重を支えきれなかった。」 「あわれなアヒルだ。オレならもっとスマートに食べてあげたのに。」 「そしてアヒルが脇の下に挟まって取れなくなった。」 「取れなくなるってのは、一体どういうことだ?」 「それについて詳しくは書かれていない。 それ故彼は妄想する豚と呼ばれている。」 「はじめて食を逃して考えることをしたからなのか?」 「次の話をはじめます。」 「妄想する豚・・」
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「鍵を開けるとき、鍵穴に素早く鍵を挿入してはいけない。」 変な鳥は思い出すように一点を見つめて言った。 「ん〜。しばらく鍵とは無縁の生活をしているからなぁ。 ぴんとこねぇなぁ。」 つぎはぎ猫は同時に髭をピンとした。 「暗い穴の中はよほどのことが無い限り見ることはできない。 たまに向こうの景色が見えるものがあるが、 鍵穴自体を見ることはないだろう。」 「そうかもしれねぇな。」 「そこには、世界がある。」 「世界?」 「鍵穴の住人達の世界がだ。」 「鍵穴の住人かぁ。またそんな狭いところに。」 「鍵穴は小さいけどその世界は大きい。 無限に広がっている。 ただ、それはとてもとてもデリケートなので あまりに勢いよく鍵を入れると壊れてしまう。」 「まったくトンチンカンな話だ。」 「いつもの入り方と違うと感じたことは?」 「さぁな。あったかもしれないし、 なかったかもしれない。」 「いつもと違う音がしたことは?」 「・・・」 「開けたはずなのに開いていなかったので 反対に回したらやっぱり開かなかった なんて経験は?」 「ん〜ん〜ん〜。」 「その小さな穴に無限に広がる世界があり、鍵にまつわる不思議なことは 無論、住人の仕業である。」 「いるのか?本当に!?」 「次の話をはじめます。」 「はは。この話はマチルダホテルの鍵男に教えてやろう。」
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「君は雨がどうやって降るのか知っているかい?」 変な鳥は小さな羽を空へ突き立てた。 「空気中の水蒸気が気圧の変化で液体化して・・とか そういうの?」 つぎはぎ猫は生真面目な顔をして答えた。 「うむ。この辺りじゃそんなようなことで雨が降る。 だけど、都会の雨は違う。君は都会で暮らしたことは?」 「数年前は都会に住んでいた。 コンクリートと埃にまみれた街のホテルで飼われていたよ。」 「そうか。ホテルか。なんというホテルだ?」 「マチルダホテル。」 カラカラカラ。 変な鳥が笑った。 「都会の雨の日。マントを着た人々が続々とビルから這い出てくる。 そして、やや高いビルへと登って行く。 それはゾロゾロと列をなし、沈黙のまま屋上に集う。」 「気味が悪いな。」 「ビルの屋上に登った人たちは どんよりとした空へマントを投げ捨て 地上へ向けて身を乗り出す。」 「まさか、飛び降りるのか?」 「やがて、静かに肩を揺らしながら泣き出す。 涙はシクシクと流れ落ち、やがてシトシトと雨となる。」 「ふむ。」 「それが都会の雨だ。」 「そうだな。都会の雨はどこか悲しい。」 「都会の雨は悲しいものだ。」 「・・・」 「次の話をはじめます。」
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