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最近またボウズにしました。
ある日、学校の授業で(髪を切ったことを忘れて)切る前の自分の似顔絵を描いたら、
子どもにツっこまれました。
「今のセンセー、髪の毛ないよ」
いや、ないんじゃない、短いだけなんだよ。
笑顔で答えながら、心で泣きました。
子どもは時に残酷なものです。
アツオのゲーハーネタはさておき。
最近、面白い宗教行事があったので紹介します。
3週間ほど前、いつも目の前を通るある民家に見慣れない離れ家ができていました。
何だかハデな布で装飾されていて、明らかに普通の離れとは異なるその風貌に、
思わず興味をそそられてこりゃ何だと聞いてみました。
「これはサプタハのために使うんだ」
「サプタハ」は、日本語にすると「一週間」。
何が一週間なのかというと、神を祭る儀式が一週間。
朝の6時に歌を歌うことから始まり、昼からはヒンドゥー教の神話の朗読を聞き、祈り、
毎日儀式が終わるのは夜の11時過ぎ。それが一週間。ハンパじゃありません。
参加するのは実施する家の家族が中心です。
一週間ひたすらに歌を歌い、神話に耳を傾け、祈り、(たまに)踊ります。
サプタハ中には家の外からも大勢がやってきます。
親族や近所の人を始め、隣村からわざわざやってくる人もいました。
中には全日通い詰め、家族と同様に全儀式に参加する強者もいるそうです。
年齢層も様々。おじちゃん、おばちゃん、お年寄りから高校生くらいの若いネパール人が
学校終了後から参加し、神妙な顔つきで離れに座っている姿も見かけました。
「お金がかかるし、自分だとなかなかできないから」と、
アツオの学校のある先生も、毎朝1時間ほどサプタハに行って
ティカ(ヒンドゥー教徒がおでこにつける、赤い幸福の印)をつけて学校に通勤していました。
このサプタハ、誰が、いつ、どこで行ってもいいものだそうです。
神への祈りを捧げること以外、特別な意味はありません。
「サプタハをすると(参加すると)心が落ち着くし、幸せな気持ちになる」
とあるネパール人は言います。
ネパール人にとって神は偉大な存在。
無宗教に近いアツオには理解するのはなかなか難しい感覚ですが、
自分が信じる教えに対するあまりにも真っ直ぐなその姿勢には
いつものことながら尊敬の念を覚えます。
もし本当に神が存在するとしたら。
受験の時や正月にだけ都合良く願い事をしようとする日本人、相手にしてくれるんだろうか??
・・・なんて考えてしまいます。
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「幸せな気持ちになる」なんてネパールの人たちは本当に純粋な心を持っているんだね。
私も、心が落ち着く感覚はわかるようになってきたよ。仏様にも興味があります。
坊主のアツオを見てみたいな。
2008/3/14(金) 午後 8:34 [ hiro ]
Hiroさん
ぱっとみチャラチャラした感じの高校生数人が
寺院の前を通るときにはしゃべるのをやめて祈る姿、
バスに乗ってるとよく見かけるよ。
生活の中に「祈り」がものすごく密着してるのを感じるよ。
坊主はネパール限定で(笑
2008/3/20(木) 午後 7:55 [ アツオ ]