|
今日も暑い富山地方です。
昨日、移動途中に富山空港対岸を走行していると
普段に無い大勢のカメラ小僧が三脚を立てて待機中(^^)v
滑走路には前日から、東京〜富山間の就航が始まったボーイング787(^O^)/
バッテリートラブルが相次いだ機体だけに、注目されていますね。
離陸の無事を確認して、私たちも帰路につきました。
このところ順調に週末帰宅が出来ている私たち
先週一週間は、慣れないスマホにかかる電話に出る練習のようなケアマネからの電話(笑)
またまた、叔母の妄想は膨らんで、チョイがテレビのカードを持ち帰ったと。。。。
訪問者がほとんどない叔母宅。
いつも犯人は、ヘルパーさんかチョイ(>_<)
犯人にされた方は、とっても傷ついています。
自分の記憶が間違ってると言われる叔母も傷ついています。
どうもこの所、テレビに関するトラブルが多い叔母です。
先週も今週も、正常にテレビは映っています。
今回は、元から1枚しか無いカードなのに、チョイの濡れ衣は晴れぬままでした。
そんな週末のモヤモヤを晴らしに、今月初めの移動途中向かったのは
富山市民族民芸村にある茶室「円山庵(えんざんあん」
民族民芸村のパンフレットに記載された↑の地図や施設案内を見て
例の年パスを利用するつもりで出かけましたが
パスは、必要なく
お茶室は、常に茶会のための有料貸席になっていて
茶室の利用が無いときでも、中は一般人の観覧が出来ませんでした。
茶室の裏手の窓には、富山市街地の
街並みが映し出されていました。
私たちは、茶室横の建物から
庭を眺めながらの
立札席(りゅうれいせき)で一服(^O^)/
富山の茶人金子宗峰氏が
大正9年に呉羽丘陵の円山に建築した
「録寿庵」を戦後現在の位置に移築し
昭和56年に「円山庵(えんざんあん)」
として開館。
茶室の中は、円山庵HPでご覧ください。
富山市博物館等共通観覧券(年パス)の有効期限は、迫っています。
多分、この記事を最後に残りの施設へ訪問するチャンスは無さそうです(>_<)
富山城址公園の中にある郷土博物館や佐藤記念美術館は、駐車場に問題があったり
天文台には、古洞の湯とセットで行こうと思ってるうちに行きそびれてしまい
民族民芸村のまだ入館していない施設は、チョイがまったく興味を示さないし
猪谷関所館は、あっちこっち生活が始まった頃に行ったので・・・
この年パスが無ければ、足が向かなかった施設にも、たくさん行くことが出来て
「富山」を身近に感じることが出来た一年間でしたヽ(^o^)丿
|
富山市博物館年間パスポート
[ リスト | 詳細 ]
|
この日も、期限の迫った
富山市博物館等共通観覧券(年パス)を
利用して、科学博物館へGO
年パス無しで、普通に入館すると大人の場合
科学博物館への入館とプラネタリウム1回の観覧を含めて、入館料500円です。
中学生以下は、無料ね(^_-)-☆
孫やひ孫と一緒に入館の祖父母は、只今無料ですよ(^^)v
先日、八尾(やつお)化石資料館で学んだ富山の地質
昨年の今頃行った「大山歴史民俗資料館」で見た恐竜や化石
そのすべてを復習したような科学博物館でした。
地質や化石・恐竜の他にも、いろいろな科学実験装置も設置されており
チョイはげオヤジがすべての実験装置を動かしてみたくなる(笑)
すっかり「男の子」になっていたチョイでした。
私の一押し?? いや、一番気持ち悪くなったのが、ここ
↓ ↓
「座標の部屋」の外に設置されたモニターを見ても
「変わった形の部屋だなぁ〜」って・・・くらいなんだけど。。。
まぁ、その部屋に入って、体験してみてください。
床に寝転がったとき
それはもう!! とっても気持ち悪くなるから(笑)
|
|
先の記事おわら資料館が生家だった
おわら中興の祖「川崎順二」氏の像に
出迎えられたのは、越中八尾観光会館。
私たちが目指していたのは、
年パスに記載の「八尾曳山展示館」だったので、
ナビの案内が間違ってるのか?
一瞬戸惑った施設でした。
観光会館の中に曳山展示館があるんだけど、
建物の外には「観光会館」としか表示が無く・・・
昔のおわらは、
こんな風に手拭いで被っていたんですね(^_-)-☆
観光会館では、月に2回
おわら風の盆ステージ(有料)があるそうです。
曳山に関する資料の展示や郷土の版画家「林秋路」氏の作品展示
養蚕業が盛んだった頃に使用された道具等の展示
そして曳山展示館の入場も含めた越中八尾観光会館の入館料500円。
もちろん、年パスでフリー入館(^^)v
5月3日に開催される曳山祭は、江戸時代中期から続く八幡社の曳山神事。
6基ある曳山のうち3基が曳山会館に常設展示されています。
館内は撮影禁止のため、外から反則技の写真で(^^)v
富山の井波彫刻が施された豪華な曳山の動くところを見てみたいものです。
八尾の旧町から離れて、次に目指すは「八尾化石資料館 海韻館」
街中から、車で15分ほどとは言え、どんどんドンドン山の中へ
飛騨方面の山の方に戻っていますが、飛騨方面から道はつながっていない様子。
化石資料館発見!!
屋根や外壁には籾殻を充填した
断熱パネルを入れ、富山県内の杉を使って
建てられた資料館です。
化石の展示だけじゃなく
さわっても良いアンモナイトがあるって
何だか嬉しい(^^)v
展示パネルや映像などで
飛騨地方が「飛騨片麻岩」から出来
富山が出来てきた様子が分かりますよ。
生命の歴史を知ることが出来る
唯一の物的証拠が「化石」って
パンフレットに記載されていたけど
まさに化石や飛騨片麻岩から
始まる地層の展示を見ていると
古代の歴史ロマンの世界に浸ってしまう
「海韻館」でした(^^)v
「八尾化石資料館 海韻館」の入館料200円も年パスでフリー入館(^^)v
|
|
早いですねぇ〜もう明日から6月
今年になって、何だか今まで以上に移動が増えた気がする5ヵ月間でした。
今日の話題は、5月19日に散策した富山市八尾町を足早に紹介しましょう(^^)v
越中八尾と言えば、テレビでお馴染みの柴田理恵さん(^O^)/
こちらの町のご出身です。
そして、良く
胡弓の音色が響く中、夜遅く編笠で顔を隠した若い踊り手の女性が
細い坂道を情緒たっぷりの民謡流しをする。
そんな時、どこかで殺人が・・・サスペンスに良く登場するシーンですねぇ〜
越中おわら「風の盆」は、9月1日〜3日に開催される民謡行事です。
以前、私が観に行ったときは、時間が早かったせいか、情緒と言うよりは
通りを流す人々について、観光客が大移動する感じで
サスペンスドラマに登場するような情緒を感じることは出来ませんでした。
多分、夜遅くに行くといいんじゃないかなぁ〜
そんな「風の盆」を知るために
まずは「八尾おわら資料館」へ
行ってみましょう。
一方通行の道沿いなので
通り過ぎに注意!!
って、通り越してしまった
私が言うんだから(笑)
入館料は、200円
私たちは、例の年パス「富山市博物館等共通観覧券」を利用しての入場です(^^)v
そろそろ、この年間パスポートの有効期限が迫っています。
とっくに購入金額1000円の元は取れていますが、まだ観てない施設がいっぱい
こちらの資料館は、初代おわら保存会長の
医師「川崎順二」さんの生家だそうです。
300余年の歴史を持つ「風の盆」の起源は、
1702年加賀藩から下された
「町建御墨付」を町衆が手にしたのを祝い、
器楽を手に町を練り歩いたのが
始まりとパンフレットに書かれていました。
その後、二百十日の風を治め、五穀豊穣を祈る行事へと変化し
「越中八尾おわら風の盆」と呼ばれるようになりました。
大正時代には、浄瑠璃語りの江尻豊冶が上下の句を一息で唄い方を完成させ
昭和初期には、初代保存会長の川崎氏が野口雨情などとともに
現在のおわらの歌詞の基礎を築きました。
また、ゆったりとした動作の踊りは、盆踊りとは違い
日本舞踊が取り入れられた所作のせいか優美さを感じさせますよ。
昔は、手拭いで顔を隠して踊った女性たちも、今では編笠を被っていますが
顔を隠す姿に変わりはなく・・・
特に女性の踊り手は、町内で統一された浴衣を着られるのに年齢制限や
独身であることなどの資格が必要だそうです。
ユーゴスラビアで1975年に開催された「国際民族芸能大会」で受賞した
メダルなども展示されていましたよ(^_-)-☆
|
|
ここ1か月くらい腰が痛い、足が痛いと言ってる姑
定期的に医者に通ってるのに、内科だから腰痛を訴えなかったとか。。。
姑は数年前にも、除雪のやりすぎで足腰腕を痛めた。
その時、遠方にいる私たちに代わって
家の中の掃除や除雪のヘルプしてもらえる人を求めて
何度も市役所に通ったわ。
今は、週に一回だけど姑の相手をしに来てくださる方がいます。
それがさぁ〜 独り暮らしの見守りも兼ねてもらいたかったから
週の中ほどで訪問してくださるようにお願いしていたのに
いつの間にか週末に来られるようになって・・・
週末は、私たちがお世話出来るんだけど。。。。
とうとう今日は、腰の痛みに我慢が出来なくなったのか
お医者さんに行こう!!
って言う私の言葉に従い受診。
痛い内は、しばらく動かない方が良いと言う医者や腰痛持ちの私の言葉も聞かず
動かないと足腰が弱るから、少し痛みが引いたら歩いて買い物や散歩に行くと
言い張ります。
注射を打ち痛み止めが処方されているので、直ぐに痛みは引くでしょう。
また痛くなっても、本人が辛いだけなので、もうこれ以上は言いませんが
まぁ持論を曲げない頑固者ですわ。
処方された薬は、私が薬害にあった例の薬
姑には、よく体調を見ながら飲むように厳重注意しておきました。
今回のように激しい痛みがあるときは、昔もお医者様にかかりましたが
私たちが子供のころは、富山の薬売りさんたちが持ってくる家庭への配置薬で
済ませることも多かったようですねぇ。
皆さんのお住まいの地域にも売薬さんが来られましたか?
私が小さいころは、越中富山の薬り売りさんが紙風船を手土産に来られましたよ(^^)v
そんな薬売りさんの持つグッズや薬が展示されているのが
富山市安養坊、呉羽山の中腹にある富山市民族民芸村「売薬資料館」です。
こちらの施設も例のあのパスポートで入館できます。
民俗村全館入館で500円、売薬資料館だけだと100円で入館できますよ。
内部は、この手の施設にありがちな、見学者は私たちだけ(^_-)-☆状態でしたので
カメラを出し辛くて・・・展示品の写真は撮りそびれました(>_<)
薬を作る道具や、売薬に出かけるときの帳簿・柳行李・・・
各家庭に配置していた薬箱やその中に入っていた薬
そして、おまけのお土産グッズ(*^_^*)
そのおまけのお土産を展示していたのは
資料館後ろの土蔵。
江戸時代から薩摩や紀伊方面を
主要配薬先とした売薬商家を
移築解体・復元し、平成13年に開館した
密田家土蔵でした。
密田家土蔵での企画展は、4月21日まで「福神と金のなる木」
私の知ってる植物の「金のなる木」では、ありませんでした(笑)
正月前後の季節に商売に出かけることが多かった売薬さんたち
お目出度いおまけを持って、お客様宅に訪問しました。
「よろづ程良き」「慈悲深き」「正直」などのき(=木)が付く言葉を
幹や枝のように描き、大判・小判・銭・紙幣を葉にし
木に見立てた版画絵を配っていました。
その絵の中に書かれた短い教訓的言葉を、心に留めて生活していれば
福が訪れるとされていたそうですよ\(^o^)/
この時期の展示は、そんなおまけの版画絵の展示でした。
展示品の出品目録には、江戸時代から昭和にかけての年代が書かれています。
また、企画展が変わる頃に訪れてみるのも面白いかも(^^)v
入館時に、懐かしい紙風船をいただいてきた売薬資料館でした。
そんな歴史ある薬業
クリニックを出た姑、とっても動きが軽やかになり
ランチに行こう!!って。。。。
腰は動かないけど、口は元気だと(^_-)-☆
まぁ、素晴らしい食欲を発揮でした(笑)
|







