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札束情報と裏工作が乱れ飛んだ
○…「日米争奪戦」の様相で上原の去就はオーバーヒートした。巨人の参入が札束情報や裏工作の憶測を呼んで注目を集めた。騒動の中で関係者がもみくちゃにされた。
「ふざけるなっ!」
東海大仰星高校の野球部監督・西豊茂は電話で怒鳴りつけた。
相手はOBの教え子。近鉄に在籍したトレーナーで「上原は近鉄に行かせたい。先生は動かないで下さい。アドバイスもやめてくれませんか」と言ってきた。
たしかに、西は巨人から依頼された。末次利光編成部長から「上原獲得に協力してくれ」と相談された。この翌年から、野手総合コーチとして原辰徳が巨人に復帰することになっていた。原は東海大で西の2年先輩にあたる。東海大グループとしてバックアップするのは当然だった。
だが、マスコミは西をヤリ玉に挙げた。「読売から1億円もらって獲得工作に協力」などと報道された。西は巨人が甲子園に遠征に来たとき、原辰徳の手配で巨人の幹部と宿舎の「ホテル竹園」で会った。
「困ります」と、西はスポーツ紙を取り出した。
「金銭で、こういう誹謗(ひぼう)中傷をされています。とんでもない話で、いざというときには球団の方から、わたしの潔白を話していただきたい」
上原浩治を巨人で投げさせたい。その気持ちは強かったが、法外な裏工作をしていると報道されるのは困る、と読売に一札入れた。それだけ神経を使っているのに教え子から横ヤリを入れられて、西は激怒した。
○…大阪体育大学の監督・中野和彦も電話攻勢を受けた。とくにヒドいのがいた。巨人から依頼されたアマ関係者だった。
「おい、中野。上原はオレが全日本に入れてやったから、プロが欲しがるようになったんやで。オレの言うこと聞けや。巨人に入れろ!」
別の関係者はメジャーの不安をあおった。病気になったら、どうするのか。上原でなく、母親へプレッシャーをかける者が出た。中野はあきれ果て厳重に抗議した。
某球団のスカウトは苦りきった顔で言った。
「弱りましたなあ。普通は、監督さんが進路、決めてくれるんですよ」
しかし、大体大はプロ養成大学ではなかった。スカウトとの交渉は初めてのことで、中野はウラの常識を知らなかった。プロの泣き落としに困惑するだけだった。
中野は巨人の攻勢をガードし、西は近鉄の癒着を心配した。
上原が母校の仰星高へ教育実習にきたとき、西豊茂は言った。
「もし、近鉄のプレッシャーが強ければ、オレに言えよ。近鉄がOBぐるみで囲んでいるのは知ってる。でも、オマエ、ファンの多いところで投げたい、いうのが希望なんやろ。大学のプレッシャーがきつければ、こっちでオマエの身柄、引き受けてやるぞ。近鉄イヤなら、こっちで記者会見してもいい」
水面下で激しい動きがあった。
長嶋茂雄が笑って握手を求めてきた
○…上原はメジャーで投げたかった。よりハイレベルな舞台で投げたい。メジャーの監督や選手とも話をした。とてもよい関係がつくれそうだった。アメリカの方が、能力を発揮できるのではないか、と考えた。
しかし周囲の事情は複雑だった。「好きなところで投げたい」というシンプルな希望が、簡単に通らなかった。
いろんな話を聞くとどれもが現実的に思えた。大学の監督・中野和彦はメジャーへ行け、と言った。高校時代の監督・西豊茂は巨人をすすめた。
だが、2人のアドバイスは、上原の自信を揺るがせることになった。中野は「失敗したときの備え」を説いた。
「日本でもアメリカでもええけど、1年でやめたらどうする? 人生、それからが長いんやで。教師の免許、取っといた方がいい。教育実習、行っとけよ」
「いいですよ。プロでどうにかやれますから」
「いや、行け!」
中野に言われて、自分の力に疑問を持った。母校の東海大仰星高へ教育実習に行くと、西が「まず日本でやれるのを証明して、メジャーへ行けばいい」と言った。なるほどとは思った。
メジャーのスカウトには「英語は大丈夫か。ひとつでも生活に不安があれば、行かないほうがいい」と言われた。
○…悩んでいるときに父親の隆二が誘った。知り合いと話をしよう、と。同行したら、意外な人物がいた。巨人の監督・長嶋茂雄だった。
上原は驚いた。
長嶋は上機嫌で愛想がよかった。握手をして笑顔を振りまいた。土産も持参していた。
しかし上原は喜ばなかった。長嶋茂雄は過去のスーパースターにしかすぎなかった。
後に巨人と契約して、長嶋のことを聞かれたとき「現役時代のことを知らないから、よく分かりません」と答えた。正直な気持ちだった。
父親と一緒に長嶋茂雄と会食して、実は上原は「いやな気持ちがした」のだった。ルール上は監督と選手の接触は禁止されている。しかし、このような形で偶然、同席したという状況を用意すれば、問題はない。
が、そういうルールうんぬんでなく、上原を腐らせたのは「そこまでやるか」という、工作そのものだった。父親が巨人のファンなのは、よく知っていた。それを、こういう形で利用されたことに、嫌悪感を覚えた。プロ球界のプロアマ協定でなく、上原浩治のルールに違反していた。
唐突だが、上原はオリオールズで初勝利を挙げたとき、印象的な談話を残した。
「野球をやっていて、よかった」と言った。
上原は3度、野球をやめようかと考えたことがあった。高校時代に、理不尽な鉄拳制裁をやられたときが最初。2度目はこの騒動のさなか。長嶋まで飛び出して、自分はどうすればいいのか。
「野球、やめたくなりました」と、上原は中野に泣きついた。
ゲンダイネットより
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nice!
上原投手のさらなる活躍を祈念!!
2015/6/18(木) 午前 9:23 [ ebo*aji**n ]
コメントありがとうございます。
上原はちょっと調子を落としてるようですがまた調子上げて活躍してほしいですね。
2015/7/4(土) 午前 8:57