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ジーターが新人王になった96年。ヤ軍は15年ぶりにWSに進出したが、本拠地ヤンキー・スタジアムから始まった戦いは、1―12、0―4でブレーブスに連敗した。本紙コラム「MLBNOW」を執筆している出村義和さんは当時、ニューヨークで取材し「あの時は誰もが(第5戦まで行われる)アトランタでシリーズが終了。ニューヨークに戻らないと、地元記者もあきらめていた」という。 ブレーブスは前年世界一の強力チームで、中でもマダックス、スモルツ、グラビンの「3本柱」を打ち崩すのは難しい。それが大方の予想だった。案の定、1、2戦でヤ軍打線は11安打1得点と手も足も出ず、トーレ監督が「ア・リーグにも何人もすごい投手がいるけれど、一チームにそろってはいない。しかし、ブレーブスには3人もいる」と脱帽したほどだった。 しかし、指揮官は第3戦で初回無死一塁から送りバント、5回にはヒットエンドラン、8回にはスクイズと小技を絡め、先発グラビンら投手陣を攻略、初勝利を挙げた。第4戦は6点差をはね返し、第5戦は1―0で逆王手。地元に帰った第6戦は、3―2で逃げ切り、WS初となる本拠地連敗からの4連勝。18年ぶりの世界一に輝いた。 あれから16年。ジーターは初戦に左足首骨折で戦列を離れ、前回出場組は初戦に先発した40歳のペティットしかいない。面白いことに、前回、初戦で投げたのは24歳のペティットで、その時は汚名返上とばかりに中3日でマウンドに上がった第5戦で、完封勝利の立役者となっている。この日、ジラルディ監督は父親の葬儀に出席したが、トーレ監督も96年に兄を亡くしていた。共通項は少なくない。 同年7月にトレードで加入したC・フィルダー(現タイガースのプリンスの父)が第4、第5戦に貴重なタイムリーを放ったことも見逃せない。奇跡を起こすためには、今年7月に移籍したイチローの活躍も不可欠だ。 |
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