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故小野信正さん、衆議院議員の渡部篤です。訃報に接し、人生の無常を感じます。
私は昨年十一月に体調を崩して入院しておりましたが、信正さんのことについてはずっと気がかりでなりませんでした。信正さんが元気になることを信じ、願っておりましたので、大変残念でなりません。今、幽明境を異にして黄泉に旅立たれる信正さんに、お別れの言葉を述べることは痛恨極まりないものがあります。
私と信正さんとの付き合いは、もう三十五年になります。私が自民党都連の学生部に所属していたころ、日本中の各都市では保革対決の時代でした。喜多方市も革新市政から保守市政への奪還が当時の自民党県連で大きく望まれる、そのような時、喜多方の市長選挙でお会いしたのであります。当時の会津の政界は中選挙区であり、保守が分裂して、革新が漁夫の利を得るような時代でしたが、信正さんは伊東正義先生を尊敬し、保守本流の道を一筋に歩んで来られました。
私は八田貞義先生の秘書でしたので派閥は異なりましたが、信正さんの一貫した信念にはいつも心を打たれていました。前知事の佐藤栄佐久さんを支持し、現在の白井市長を全力で応援していました。毀誉褒貶、権力闘争が政治だという人達が多い中で、信正さんは会津における保守の良識である伊東正義先生を限りなく敬愛し、政治活動のすべてにその知性と誠実な生き方が表れていたと思います。
私が「衆議院選挙に立候補したい」と信正さんに相談したとき、「篤くん、国のために会津のために、きちんとした理念を持って頑張って」と言われ、大変励みになったことを今でも思い出します。私は三十数年間の政治活動の中で、信正さんのようにインテリジェンスがあって、人間的で温かみのある人とお付き合いできたことを、心から誇りにしています。
今、日本の政治は強いものが一人勝ちし、弱い人や地方が厳しい時代を迎えています。政治にもっとも必要なのは、その弱い人達のための思いやりのある温かみのある政治だと思います。私も体調が回復した今、これからの自分の政治家としての人生を、信正さんから教えていただいた「理念と使命感をもつ政治」を心に刻みながら生きていきたいと思います。
人生とは辛いものですね…悲しいものですね。作家の井伏鱒二は人生について「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生さ」と言っています。
心から小野信正さんのご冥福をお祈りいたしまして、私のお別れのことばといたします。
平成二十年六月二十二日
衆議院議員 渡 部 篤
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小野さんの心中を察すると、明日はわが身かと心穏やかならざるものを感じます。
心よりご冥福をお祈りいたします。
2008/6/23(月) 午後 7:38 [ 小野さんの知人 ]
小野信正さんは・・・残念でなりません。
2008/6/23(月) 午後 10:50