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故郷では忘れられ、余所では名もない。それが旅人の宿命だ。「悪魔が夜来る」
マルセル・カルネ(Marcel Carné, 1906年8月18日 - 1996年10月31日)は、フランス・ パリ出身の映画監督・脚本家である。 ... に亡命する中、国内に残留したカルネは、脚本 家のジャック・プレヴェールと組んで『悪魔が夜来る』を発表、政治的にも経済的にも映画 ...
私、坂下次郎は、政治一筋に生きてきた。でも志半ばに大病をした。初恋の女性が私に「人生は幸せ半分、不幸が半分だと言ったことがある」そしたら、私はそんなことはない。どんなことがあっても国政で輝いてやると返答した。あれは、福島のホテルで食事をしたときだった。
坂下は四年前の今頃に。新幹線で郡山から東京に戻り、国政で国家のために自分は生きているという誇りを持っていた。日々だった。ところが、その夜、猛烈な頭痛になり、救急車で病院に運ばれた。意識はしっかりしていた。住所も家族の名前も言える。しかし、途中から意識は不明瞭になり、夢か現実かわからないものとなり、小さな檻の中にいれらていた。と錯覚して大騒ぎした。坂下は意識はあるつもりだがへんなんだ。坂下は安定剤のデパスの常習である。不安になったり、神経性になったらいつでも飲んいた。家内と娘に大声で・・ 脳内出血で、左半身不随になってもデパスをくれと叫んだ。病院のベッドは狭く檻のように感じた。数日間たったら完全に右脳は破壊されたのだろう。いろんな人の顔がうかぷのだ。何が何だかわなからないのだ。いや、二十歳の時、代議士秘書になってから、市議二期、県議四期、そして、衆議院議員となるまで、お会いした人々の顔が現れて消えて行く。そして、山形県、宮城県、栃木県、新潟県という思い出の場所が風景が景色が出た。そしたら、真っ暗になった。私の前に船があり、白装束で乗っている。話する人もいなかった。これが、地獄への旅なのだ。地獄でなくても冥府・黄泉の国に旅たつのだと。自分の人生で多くの人に迷惑をかけ、してはいけない恋愛もしたし、考えてみれば道徳も倫理もなかった。やりっぱなしのデタラメである。覚悟して冥府に行くことを思ったのだ。天国にはいけないと思った。 意識がはっきりして、まだ、生きていると実感したときに、それにしても、看護婦さんは天使に思ったのだ。意識朦朧としていても、笑顔で励ましてくれたことは忘れることはできない。一つ恥ずかしかったのは、寝たきりだったので、大小便も全部してもらった。意識はないのだが、正確にないのだが、体を洗われた時、体を洗ってくれている病院の職員かな、看護婦さんではなかったと思うが、私の下腹部のへんをさすったら、性器が大きくなったので、どきっとしたら、洗っている人が、この人変態じゃないのと笑っていた。でも、反発も文句も言えなかった。坂下次郎はこれからが試練の連続だった。ただ、坂下は思った。脳内出血で即死したら、ヒーロになれただろう。徒手空拳で地方議員から衆議院議員にもなり、破天荒な恋愛もデタラメな遊び・・・旅にも行っ是文た。民主党の大物政治家と接線にもなった。ここで散っても満足であると。東京の公設秘書の佐藤直子さんは、石原裕次郎も美空ひばりも、「ヒーローは還暦前に他界している」人生とはそんなものだねと言ってくれた。励ましなのか、なんだかわからなかったが。真実だろう。坂下は作家江藤淳が脳梗塞になり「今の江藤淳は・・江藤淳ではない」と自殺したことを思い出していた。江藤淳は奥さんが先に他界されたこともあるが、江藤も惨めな自分の姿を許すことができなかったのだろう。坂下は思つた。生きよう。生かされている。どこまで生きるかわからないけれどと。どんな姿になっても。 これはフィクションですからよろしくお願いします。
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旅人
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