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坂下次郎は倒れてから精神は彷徨していた。意識があっても、母親・兄弟が見舞いに来てくれた。事務所の人たちも全員見舞いに来てもらい、しっかりしないとと、精神的には緊張していた。数週間郡山の病院にいた。最初に車椅子に乗せてもらい、病院の屋上からリハビリの担当者から郡山市内を見せてもらった。でも、嬉しくも楽しくもなかったのだ。本当は生きているのが喜ぶべきなのに、そんなことは何にも考えなかった。病院の私の担当者に病状を丹念に聞いたれど。満足できなかった。彷徨という言葉がある。「肉体ははっきり、郡山の病院にあるけれど、魂はそこら中を彷徨っているのだ。」周りの人に聞く「何で私がここに半身不随でいるのかという安定しない状態だった。テレビも新聞も何にも見たくなかった。でも、生きて再起したいとは思っていた。そんなことは不可能だと思っても。坂下次郎は彷徨の人だった。倒れて体半分の痛みは最高潮に達した。でも、ロキソニンという痛み止めを飲んだけれども効果は薄かった。だから、担当医師が言うように、脳神経の痛みには効果が薄い。ただ慰めのためのものであった。郡山の病院での楽しみはリハビリで歩く練習をすることであった。地元の秘書の春日美恵子さんがお見舞いに来ると杖をもって腰をまげて歩き回り自分なりに喜んでいた。でも、満足は出来なかった。「元気な私と、半身不随の私」とを容認できなかった。
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旅人
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