ランボ−を読み、評論家小林秀雄のように『叩きのめされるようだ』ここ数日ランボ−に心酔してしまった。ランボ−詩集を訳した清岡卓行は、解説でジャン=ポ−ル・サルトルたちの実存主義が、ランボ−のうちに、自分たちに、自分たちの基本的な概念についての有力な支援者を認めていることをあげなければなりません。『ぼくとは一人の他人です』とか、『ぼくは思うと言うのはまちがいで、ぼくは思われると言わなければならないでしょう』とかいったランボ−の信条告白には、自己がきびしく客体化される状況が鮮かに浮かびあがっており、いわば、ランボ−における近代的な自我の苦痛に満ちた逆説が、現代の実存の哲学にふかく通じているのです。としている。私は実存主義者カ−ル・ヤスパ−スを学生時代から読んでいた。ヤスパ−スの『哲学』第二巻実存開明において、<交わり><限界状況><絶対的 意識>の三つがヤスパ−スの哲学の目標とするところの存在意識の変革へな重要な概念である。私は交わりなく孤独に師走に生きてます。明日も図書館です。 |
リハビリ奮闘中
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