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須賀敦子のエッセイ

孤独。あるいは生という傷。または詩。
人が、おのれひとりで引き受けるしかないものの前に立たされ、だからこそ、おのれの固有性を超えて他者と出会うことのできる場。個の場であると同時に共生の場でもある。孤独。そのような孤独を負わないわけにはゆかない、生という、傷。吉田加南子さんは、須賀敦子さんの文章が、固有のエピソードやそれにまつわる想念を語りながら、しかし、イタリアという固有の場所、固有の時間、そして著者自身の一回限りの生の固有性をつきぬけてわたしたちの深いところに語りかけ、つきささってくるのは、それらのエピソードや想念が、このような孤独においてとらえられ、その源である詩の光に、あるいは照らされ、あるいは漉さ「れているからにほかならない。そしてこのような光を受けて生きるとき、生の営みのさまざまな表情にすぎない。「文学」「芸術」、あるいは「ふつうの暮らし」といった括弧はおのずとはずれてしまう。トリエステの町で著者が求めてサバの面影とは、固有性を通して、このような孤独の、詩の、非固有性が、成熟してゆくときに発する、匂いのようなものではなかったろうか。
 
そう、固有性からの侵蝕を受けずに、非固有性は立ち表れてはこない。「書くことができるためには忘れなければならない」リルケ
イタリアと日本での生活、過去と現在との往還の時間は、忘れるため、つまり詩の光に漉されて、生が、「今・ここ」の生が、しかし向こうから来たかのように立ち現れるための時間でもあったろうか。上質の、得がたい詩がここにある。と吉田加南子さんは書いている。

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