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1904年のチエーホフの死に就いて、アルツィバーシェフは「今や刑罰、テロ、微発、無政府主義、大衆の暴動、死せる偶像の廃止、生ける偶像の処罰などの期が塾した」1906年に「わたしは、チエーホフはいい時に死んだ、まさしく死ぬべきであったのだと思ふ」彼らしいことを書いた。生きのびてゐれば、「恐らくもっと大きい、もっと才能のある作家に発展したかもしれないが、「併し、春の黄昏どきにあるやうな、或は日の出と共に消えて行くやうな、而も人間にとっては、白日の劣らず貴いあの及び難い物悲しい美しさをもったチエーホフという完成された作家を失ったであらう」。いい時に死んだとアルツィバーシェフは言ふ。高見順は書いている。『さうかもしれない。私はチエーホフの早死を必ずしも嘆くのではない。私が嘆きたいのは、彼の無謀なサガレン行きが彼を早く死なせたといふことである。彼は何故サガレンに行ったのか。彼をサガレンへ追い立てたのか』。
サガレン【Saghalien】《満州語に由来》サハリン。樺太(からふと)。
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