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ぼくが
死んでからでも
十二時がきたら 十三
鳴るのかい
苦労するな
まあいいや
しっかり鳴って
おくれ
この詩の十三は十二が正しいのだ。杉山平一は薄命の毛銭を思うと心に沁みるとしている。
熊本県葦北郡水俣町(現・水俣市)に生まれる。本名・喬(たかし)。東京の青山学院中学部へ進学していたが、脊椎カリエスを病んで中退・帰郷。以後、寝たきりの生活を余儀なくされる。病床で詩作を始め、「九州文学」などに作品を発表。また戦後の1946年、水俣青年文化会議を組織するなど、郷里の文化活動の発展に貢献した。1950年、35歳の若さで死去。
代表作に「柱時計」など。ユーモラス、また一面スケールの大きい詩風と評される。
水俣市わらび野に墓と詩碑があり、墓石には「生きた 臥た 書いた」と記されている。同市内にはもう一か所詩碑が存在する。1998年には市民により「淵上毛錢を顕彰する会」が組織された。また2008年、熊本県立第一高等学校合唱団が全日本合唱コンクールで彼の詩による曲を歌っている。 |
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