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大病して、生きている。でも自分なりに自分の思想を実践している。奇跡の復活を夢見て。そんな時に亀井勝一郎のエッセイに「病気論」と題する、いかにも亀井らしい馥郁(ふくいく)たる文章を読んだ。亀井が敬愛した倉田百三の「病気と文学」についての一文である。亀井は次のようにいう。
「倉田の全著作を通して、私のいつも興味深く思ふ点は、病気のときに傑作をかき、健康なときはには却て創作力と思索力が衰へたといふ一事である。こゝで謂ふ健康とは肉体的な意味であるが、それは氏にとって、求道心の内面化を、或いは芸術的表現における繊細な感覚を、無意識裡に妨げる危険な徴候であつたらしい。古典人ならば、むろんこれを正常でないと言ふであろう」。としているのだ。
病気という運命を逆用して自主的な内面の苦悩、漠々たる不安の情、知性の発する際限のない疑惑、人は何かをもとむることによつて精神生活というものが充実するのだろうか、そんなことを考えてしまった。
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本の感想・・
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