|
靖国神社への天皇陛下のご親拝やA級戦犯の合祀(ごうし)などについて、神道や皇室制度に詳しい国学院大の大原康男名誉教授(76)に聞いた。
◇
米国にとって日本の軍国主義や超国家主義の中心的な存在が靖国神社であり、占領中は首相も参拝できなかった。あと数カ月で占領が終わる昭和26年秋に参拝した吉田茂首相が戦後で初めてだ。その後、昭和天皇もご親拝されるようになった。戦前から天皇は毎年ご親拝されていたわけでなく、普段は勅使を差遣(さけん)されていた。
昭和天皇のご親拝が昭和50年11月を最後になくなったのは、憲法の政教分離に配慮した「公式参拝」か「私的参拝」かという問題があったためだ。同年の8月15日に三木武夫首相が私的参拝と称して参拝するなど、その問題が解決されない中で天皇もご親拝を見送られるようになったというのが経緯だ。
その後、憲法の問題は最高裁判決も含めて解決したが、60年8月に公式参拝を再開した中曽根康弘首相が中国などに「A級戦犯が合祀されている靖国を参拝するのはけしからん」と批判されて取りやめたことで、天皇のご親拝も途絶えてしまった。中曽根氏は「国内問題だ」としりぞければよかったのに、外国の不当な干渉に屈した。
そもそもA級戦犯の合祀は53年に行われ、54年4月に一斉にメディアで報じられたが、時の大平正芳首相は変わりなくその年も翌年も参拝している。当時、大平氏は中国の首脳とも会談していたが、中国側は参拝を問題視していなかった。
中曽根氏や日本遺族会会長だった古賀誠・自民党元幹事長はA級戦犯の合祀に反対し、「分祀(ぶんし)」を主張している。ある神様の御霊を分けて別の場所に移すことを分霊といい、八幡様や天神様は全国にある。一本のろうそくに火がともっていて別の場所に火を移しても元の炎がなくならないのと同じで、靖国神社から一部を移しても元の神霊はそのまま残る。
上皇さまは31年間のご在位で靖国にご親拝されることはなかったが、勅使は毎年春秋の例大祭に必ず差遣されていた。小泉純一郎首相が平成13年8月から在任中に6回参拝したときに、ご親拝を再開できればよかったと思う。
今や令和の御代となった。新帝陛下にはぜひご親拝していただきたい。終戦から74年たち、あの戦争を原体験に持たない日本人が増えた。残念だが、いまなお、靖国神社はきちんとした評価を受けていない。万が一、自衛官が防衛出動において殉職し、神社が合祀しようとした際に論議が起きるのを避けるための準備が肝要だ。昭和、平成、そして令和になっても宿題は残っている。産経新聞
天皇陛下が靖國神社に御親拝されるのは数多(あまた)の戦で散華した英霊を慰霊することである。日本民族の最高権威である天皇陛下が御親拝することは祭祀王たる陛下の祈りの場であるのである。
|
全体表示
[ リスト ]





