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あはれとは、嘆きの言葉である。何かに感動すれば、誰でも、ああ、はれ、と歎声を発する。この言葉が、どんなに精錬されても歌語の形を取ろうとも、その発生に遡って得られる、その歎きの声という、その普遍的な意味が失われるわけがない。これが。宣長の「もののあはれ」の思想の、基本の考えだ。それにしても小林秀雄の考えについて・・・思索している。 |
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2009年01月25日
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「戦争は気軽にはじめてはならない。最大の冷静さ、最大の厳粛さ最大の注意深さ、最大の慎み深さ・・これをもって臨むべき行為が戦争である。マスコミの偏向報道、政府の政治宣伝、国粋主義的な煽動と虚勢がとりはぶかれたときに戦争の本質が見えてくる。原油高もサブプライムローンもすべてイラク戦争が原因だった」。この文章は「世界を不幸にするアメリカの戦争経済」のステイグリッッのものである。イラク戦費3兆ドルの衝撃について、ノーベル経済学者の知性は学者の良心によってアメリカの戦争経済を糾弾している。イラクを民主化することによって、中東を安定させようとしたネオコンの考えは挫折したのではないのかとも。訳者のあつがきでこんな文がある衝撃である。「イラク戦争に関して、当初から有志連合の一角を担った日本も当然ながらコストを背負わされている。本書の試算によると、日本経済ののしかかる負担は3070億ドル、最近の円高水準で換算しても、30兆円を軽くこえる。著者たちにならえば「この30兆円があったら、何ができただろうと」考えることから長引くイラク戦争のとりあえずの決算がはじまるのではないだろうかと。 |
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丸山真男と論争した人であり、教科書問題でも教育は国のものかというテーマで正論に書いていた。保守の文化人は、孤高の人が多いように思える。そこには独りでも生き抜く勇気というものがあったと思うのだ。学生運動・労働運動の華やかな頃・・・・言説を曲げず左右の全体主義とくに共産主義・進歩的文化人と活発な議論を展開した西先生の働きは、今日の日本の民主主義に大きな貢献をしたと思う。 |
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喜多方市の関柴地区に「おおそそき」という地域がある。本当に山間部である。その集落の出身者の皆さんの集まりに出た。政治の恩人である師匠である八田貞義先生が生きていれば、笑って言うだろうな。「あつし君、頑張れよ。遠藤新一郎さんがもういないけれど、「おおそそき」の人達は励ましてくれただろう。」「あつし君総選挙どんなに厳しくても、僕は見ているよ。天国でしっかりと。僕の支持者はあつし君を応援するよ。心配するなよ。」そうしてこう言うよな「政治は最高道徳だ。そのことは絶対に忘れないで」と。挨拶して会場を出るときに多くの人が送ってくれた。車の中で合掌した「八田先生・福寿会の皆さん有難うございます。 |
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我が心の故郷は「河東」である。その地域で自民党員として献身的に党活動をしている党員の皆さんに感謝である。麻生総理を支え全力で頑張ることを党員に誓った。会津でも政党を渡り歩き政治活動をする人もいる。まったくおかしいと思う。政治の基本は政治思想・政策である。自らの信念を捨てて生きていくような政治活動は・・・・私は絶対にしない。 |






