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故斎藤栄さん、渡部あつしです。突然の訃報に接し人生の無常を痛感します。斎藤さんとは、喪主の栄一さんと私が若松商業高校の同級生であることから親しくお付き合いをさせていただきました。また、毎年8月15日には先の大戦で犠牲となられた皆さんを供養する小田山忠霊堂平和祈願祭では、会津興山会長として、いつも出席をされて敬虔な祈りをささげておられました。
大正7年生まれの斎藤さんは、まさに日本の戦争の歴史に翻弄された人生だと思います。満蒙開拓団として、あの会津村といわれる地域で満蒙開拓の夢を実現しようとして勇躍大陸に向かったけれども、そこには戦争という悲惨な出来事がまっていたのであります。
戦争末期の状態は筆舌につくしがたいものだったと聞いております。また、その後ソ連によってシベリア抑留をされ、大変な苦労をされたと思います。そして、24年に内地に日本に帰ってくることができたのであります。戦争に反対して平和を願う気持ちは人一倍のものがあり、私のような保守の政治家にも厳しく、日本が平和国家としてこそ繁栄できるのだと強く言われておりました。どんな立派な平和主義の思想より、体験に基づいた反戦の思想は説得力があり、私も感銘してしまいました。斎藤さんの平和への思いは、私の政治活動にもしっかり心してまいりたいと思います。また、いつもお元気で柔和な笑顔は多くの人を魅了するものがありました。今、こうしてお別れのことばを述べることは残念でなりません。
喪主の斎藤栄一さんは、県歯科技工士会の会津支部長・会津接骨院長として人望も高く、大いに活躍されているところであります。これからも斎藤家を守り繁栄させていくと
思います。三人の子供さん、孫六人に囲まれ、静かな幸福が少しでも続いてほしかったのに残念でなりません。謹んで斎藤栄さんのご冥福を祈念して弔辞といたします。
平成21年5月18日
衆議院議員 渡部 篤
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