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アジア太平洋を舞台に展開される米軍再編は、兵器体系の進歩とこの地域の地政学の双方をにらんで長期をかけて練り上げられた計画である。これに齟齬(そご)をきたす条件を米国がのむとは考えにくい。このことを鳩山首相や岡田外相が知らないはずもないのだが、国外・県外移転をうたったマニフェストを重視しなければ「民主」党の身が立たないということなのであろう。政党であるからにはみずからの「主義」を貫くことが悪いはずはない。
しかし、国家安全保障についてだけは「主義」は危うい。刻々と変化する国際政治環境には柔軟で自在な対応を欠かすことはできない。北朝鮮が核ミサイルの保有を宣言する時期がいずれやってこよう。中国が国産空母を完成して東シナ海の制海権を掌握する日もそう遠くはあるまい。
その時点で日米同盟が機能不全であれば、日本の外交的敗北は明らかである。外交は本来が変幻自在のものである。不変でなければならないのは、「外交とは国民の生命と財産を守護することだ」という原則のみである。この一点にさえ揺らぎがないのであれば、軟弱といわれようが強硬と難じられようが、変節漢だの卑怯(ひきょう)だの罵(ののし)られようとも動じない姿勢が外交には必要である。
国益を守るには他に選択肢なしとして劣勢の日本を日清戦争に向かわしめたのも、他日を期して三国干渉という屈辱に潔く甘んじたのも、陸奥宗光という同一の人物であった。「戦争外交」の全局を精細に描いた希代の名著が『蹇蹇録(けんけんろく)』であるが、全編を通じて情緒の陰りや「主義」など微塵(みじん)もない。国益を守るためにはいかなる外交戦略が必要か。それだけを徹底的に考え抜いた指導者が陸奥であった。陸奥の外交官人生は、外交の「原型」を示して余すところがない。
渡部利夫生の見識を教えたい鳩山総理に
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