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北朝鮮は金正日(キム・ジョンイル)総書記の死去に伴い、後継者で三男の金正恩(キム・ジョンウン)氏を中心とした体制に移る。ただ、正恩氏はまだ20代と若いうえに、後継作業も十分進んでいるとは言えない。国内経済も疲弊しており、不安定な状態が続きそうだ。
朝鮮中央通信は19日、金総書記の死去報道のなかで、正恩氏を初めて「革命の継承者」と表現した。
北朝鮮関係筋などによれば、正恩氏はジュネーブで学んだ後、金日成軍事総合大学に籍を置いた。大学では、個人教授形式で学習したとされ、北朝鮮の他の学生とは接触しなかったという。金日成総合大学で学んだ金総書記に比べ、人脈や権力基盤の弱さが指摘されている。 朝日新聞
金生恩氏の後継者になれるかどうかということだろう。今年は野田民主党内閣の下でありとあらゆるカオス(混迷)続いている。本当に今年は民主党野田内閣は国難を解決する能力も行動力もないのだ。
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2011年12月19日
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東京電力福島第1原発が冷温停止状態に達したとして政府が宣言した「事故収束」について、細野豪志原発事故担当相は18日、佐藤雄平福島県知事らとの会談後、記者団に「『収束』という言葉を使うことで事故全体が収まったかのような印象を持たれたとすれば、私の表現が至らず、反省している」と陳謝した。
野田佳彦首相が記者会見し、国内外に向けてアピールした事故収束の表現が不適切だったと認めるもので、今後問題化する可能性もある。
佐藤知事は細野氏らとの会談で「収束という言葉自体、県民は『福島県の実態を本当に知っているのか』と思っている」と述べて不快感を示した。
(共同)
細野大臣の事故収束発言は訂正された。でも、反省だけですまされない。野田総理の事故収束発言も大きな責任問題となろう。
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【ソウル時事】北朝鮮の朝鮮中央テレビが19日伝えたところよると、北朝鮮の最高指導者、金正日労働党総書記が17日午前8時30分(日本時間同)、現地指導の際、列車の中で心筋梗塞を起こし、心原性ショックを併発、死去した。69歳だった。朝鮮中央通信は三男、金正恩中央軍事委員会副委員長(28)を後継者と伝えており、軍部を中心に体制維持を図るとみられる。しかし、圧倒的な統率力で独裁体制を維持した金総書記の死により、北朝鮮をめぐる情勢は一層不透明となった。核兵器と弾道ミサイルの開発を進める北朝鮮の行方は予断を許さない。
金総書記の遺体は首都平壌市内の錦繍山記念宮殿に安置された。正恩氏らが葬儀委員会を構成、28日に平壌で葬儀、29日に中央追悼大会を行う。29日までが「哀悼期間」となる。韓国政府は国家安全保障会議を緊急招集。韓国軍は不測の事態に備え、全国で非常警戒態勢に入ったが、北朝鮮軍に特異な動きはない。中国も難民の大量流入などの事態を懸念し、北朝鮮との国境付近の軍の配置を強めるとみられる。 金総書記は心臓や腎臓に疾患があり、糖尿病も進行していた。2008年8月に脳血管の疾患で倒れ、一時動静が途絶えた。同年11月に現地指導などの活動を再開した。 10年9月の党代表者会と中央委員会総会で後継者に確定した正恩氏は軍の支持を受けており、軍事優先の「先軍政治」体制が存続される見通し。拉致問題解決の見通しが立たない日朝関係も当面、大きく変化する可能性は低い。 金総書記は1942年2月、故金日成主席の長男として生まれ、74年に後継者に内定した。激しい権力争いを経て実権を掌握、80年に党書記に就いた。94年7月の金主席の死去後、97年10月に労働党総書記に就任した。98年9月には国家最高ポストに格上げされた国防委員長に選ばれ、名実ともに北朝鮮の最高権力者となった。時事 金生恩氏が総書記になるまでに、茨の道があるかもしれない。朝鮮の王朝のドラマを見ていると、権力闘争と粛清の歴史である。北朝鮮が権力継承が平和的に行われることを願いたい。共産主義国からソフトランディングで民主主義社会になればいい。そんなことを考えています。
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昔アレクサンダーやオグバーン、フロムといった社会心理学者たちが指摘した文化遅滞(カルチュラル・ラグ)なる公式、人間自身が開発し推進した新しい科学技術体系が逆に人間たちを大きく規制し、それに対する人間の適確な順応が有り得ぬ時、社会の崩壊さえが有り得るという警告に、真摯(しんし)に耳を傾けなくてはならぬ時代に至ったような気がしてならない。
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主体思想(しゅたいしそう)/チュチェ思想(チュチェしそう)とは、朝鮮民主主義人民 共和国(北朝鮮)及び朝鮮労働党の公式政治思想 ... ために北朝鮮の自立性と主体性を 主張して「ウリ式社会主義」(「我々式/我らの社会主義」の意)を唱えたこと。この思想は金日成のものである。ソ連と中国との間に挟まれた共産主義北朝鮮が確立した思想である。
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