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東京電力福島第1原発事故の影響で、キノコ栽培の原木や木炭を扱う林業従事者の間に検査に対する不満や除染への懸念が広がっている。法的裏付けがある農水産物と異なり、自前で検査した上で東電に損害賠償請求する手続きが必要となるからだ。山間部の除染は平地より困難とされ、先行き不安から転業を考える人も出ている。【曽田拓】
林野庁は10月、キノコ栽培に使う原木に1キロ当たり150ベクレル、11月には調理用のまきや木炭はそれぞれ同40ベクレル、280ベクレルとする指標(目安)を設定。上回る場合は流通させないよう都道府県に通知した。食品衛生法に基づき自治体が検査する農水産物と異なり、原木や木炭の汚染に関する法律はなく、検査は「あくまで要請」(林野庁)。生産者が自力で行い、賠償請求する。 「高額な検査機器を準備しても、取引先が減っていては商売が成り立たない」。福島県境にある宮城県白石市で林業を営む高橋富夫さん(58)は、ため息をつく。35年前に県南や福島県の木材を使ってキノコ原木や木炭、まきの製造販売を始め、年商9000万円まで成長したころ、原発事故が起きた。 福島第1原発からは70キロ離れているが、取引先から「放射能は大丈夫か」と聞かれシイタケの原木を検査機関に送ったところ、1キロ当たり333ベクレルのセシウムを検出。キャンセルが相次ぎ、ある社からは「今後2年は取引できない」と告げられた。 木炭を作る炭焼き窯の灰からも同約1800ベクレルが検出され、「木を焼いたため窯自体が汚染されてしまったのでは」と不安が募った。6基ある窯を壊すと約3000万円かかる上、解体後の処理も課題だ。 「周辺の山にいつまで放射能が残るか分からない」と除染への懸念もある。「お客さんが戻ってくる保証もない」と、木炭作りからの撤退も考えている。 宮城県は、業者に情報提供するため、セシウム濃度が低い山林を探す調査を始めた。毎日新聞 山間部の除染が厳しいと思う。それにしても、こんなに広範囲に放射能汚染されると、緑の日本列島も放射能汚染列島になってしまったのだ。林野庁も総力をあげて対応すべきだ。
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2011年12月25日
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日立製作所は23日、リトアニア政府が建設を計画中のビサギナス原子力発電所の建設受注に向け同国と仮契約を結んだと発表した。今後、ラトビア、エストニアを加えて共同出資のプロジェクト会社をつくり、来年2月の基本合意を目指す。正式に契約できれば日立が海外から原発建設を受注する初のケースとなる。 朝日新聞
日本の原発も再稼働すべきだ。もちろん、福島第一原発の廃炉にするための事故対策は、安全に進めるべきで、あるが、日本の原発技術は世界一である。だからこそ、原発輸出は成長産業である。だからこそ、原発は再稼働すべきなのだ。
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「空気」とは、一定の状況下で生じている精神的な空気・雰囲気であり、日本人は論理的思考や科学的データではなく「空気」に従って意思決定をしていると主張しています。
確かに、「あのときの『空気』ではああせざるを得なかった」「あの会議の『空気』ではそんなことはとても言い出せなかった」といった言葉に代表されるように、ある特定の状況下での「空気」のせいで、望ましい言動ができなかったり、望ましくない言動をしてしまったりする例はよく見られます。私は、それはごく当然のことだと考えていましたが、筆者によれば、それは明治以降の日本に特徴的に見られる。 また、「空気」とは、特定の物事について、対立概念を用いて相対的に把握するのではなく、過度の感情移入によって絶対化する(筆者の言葉では「臨在感的に把握する」)ことによって発生するのだそうです。例えば、二国間の戦争において、両方の国それぞれについて善悪の要素を認めるのが相対的な把握であり、一方を善、一方を悪と決めつけてしまうのが臨在感的な把握ということです。
そして、いったん「空気」が発生してしまうと、特定の物事について論理的・相対的に考えることが困難となり、最終的に「空気」に沿った結論が導かれてしまうということです。 私はマスコミの報道で、国民に異常な感情移入がされてしまうと思う。民主党の政権獲得も、橋下大阪市長の誕生もすべてそうですね。「空気の論理」も怖ろしいことですね。
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近聞遠見:「守・破・離」で、と言うが=岩見隆夫 年の暮れ、窮鼠(きゅうそ)同然の野田佳彦首相である。では、猫を噛(か)むのか。そのへんが見えにくい。
あす野田首相は中国を訪れ、続いてインドに出掛けるという。窮鼠猫を避けて海外に遁走(とんそう)、と言われそうだ。
今週初め、昨今の野田について、民主党幹部の一人と次のやりとりをした。
「このきわどい時期、日本を留守にするのはいかがなものか。中印との間に緊急の懸案があるわけでもない」
「いや、まあ総理は、しゅ・は・り、の方針で着実にやっている」
「何です、それは」
「知りませんか。守・破・離。武道などの修行のやり方を3段階に分けたもので……」
「ほお」
「いまの総理は<守>、これから<破>、そして<離>と順に」
剣道、空手道などの解説書によると、<守>は流儀を忠実に守り型通りにやることで、それがひと通り終わるころに、型を破る努力をする。<破>だ。さらに修行を重ね、高い段階に進むことができれば、<離>の境地に至る。
武道だけでなく、書道、茶道、華道などでも、修練の精神は同じだという。政治家の道はどうなのか。
野田は就任以来約4カ月、最初は世間からかなり期待の目でみられていたが、最近は不支持率が支持率を上回り、
「いつまで安全運転だ」
と批判にさらされている。まず2閣僚問題で、つまずいた。野党による問責決議の前に処置できず、臨時国会を閉じ、国家公務員給与削減法案など重要法案を軒並み先送りしてしまった。
身を削らないまま、歳出カットに不熱心なまま、<税と社会保障の一体改革>に、
「不退転の決意で」
と繰り返しても、空疎に響くばかりだ。こうした一連の野田流儀を、武道の<守>と言い換えていいものか。
守・破・離と似たのに、運・鈍・根がある。かつて、保守政界で政治家の心得としてよく使われたが、最近はあまり聞かない。運を大切にし、鈍重に構え、根気よく励む、ということだ。
対照的である。守・破・離は、
<跳ぶ時は、思い切って跳べ>
と求めているのに対し、運・鈍・根は、
<あせらず、地道に汗をかけ>
と教えている。この国難の時節、どちらに時代の要請があるのか。自民党の伊吹文明元幹事長は<いぶきの国会レポート>(12月号)に、
<民主党マニフェストは、票を取るための嘘(うそ)、絵空事だったのは国民の知るところとなりました。来年こそ「嘘のない政治」にしたいものです>
と書いた。無理な跳び方をしてロスばかり目立つ民主党政治を戒めている。伊吹も自民党も運・鈍・根派だ。
一方、辛らつ発言で知られる経済学者、浜矩子(のりこ)同志社大教授は、
「野田よ、怒れ! 怒るとアドレナリン(血圧を上げ心臓の働きを強めるホルモン)が出てくる」(12月18日の民放テレビで)
とけしかけた。守・破・離派だ。<守>はほどほどにして<破>に手を染めろ、と促している。
しかし、肝心の野田は鈍重に映る。党内の消費増税反対派がしゅん動しても怒る気配をみせない。アドレナリンが足りないようだ。
あと1週間で年が替わる。野田は著書のなかで、政治家が備えるべき資質に、夢・矜持(きょうじ)・人情をあげた。それもいいが、いま求められているのは突破力だ。毎日新聞
守りの政治家、何をしたいのか国民に語らない人、国難の今、なぜ、中国にいかねばならないのかわからないよ。インドにも行くそうだ。中国とインドとは別にわけていかないと、中国に膨張させないようにインドに行くべきだから、何の外交戦略もないんですね。こんなことでは、突破力なんて夢の夢ですよね。 |
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民主党の前原誠司政調会長は25日午前、フジテレビの番組で、国の財政再建のため、民間企業の「解雇」に当たる分限免職による国家、地方両公務員数の削減を検討すべきだとの考えを明らかにした。
前原氏は国債発行額が税収を上回る財政状況を指摘し、「(分限免職を)発動しなかったら(公務員の)地位だけ保持して、国、地方がつぶれることになる」と述べた。さらに、「(財政再建のための公務員数削減は)分限免職(を定めた法)の規定に十分当たると思う」と語った。時事 分限免職(ぶんげんめんしょく)は、公務員に対する「身分保障の限界」という意味で、 組織の能率的運営の維持・確保を目的として行われる免職のこと。具体的には、財政 悪化などに伴う人員の整理削減(いわゆるリストラ)、事故・災害 ... ということだけど、本当に民主党で出来るのか・・・・わからないな。 |





