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【モスクワ=寺口亮一】ロシア大統領選で当選したプーチン首相(59)は6日、大統領選のためモスクワ市内の大学に設置されていた投開票の監視センターを訪れ、「不正はあった。(有権者)全員が理解できるよう解明する必要がある」と述べ、不正を追及する姿勢をアピールした。
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その一方で、公正な選挙を求める抗議集会については「政治的な争いの一部に過ぎない。選挙とは関係がない」と指摘。野党勢力が要求する再選挙などに応じない強気の構えをみせた。
プーチンは「不正はあったといいながら」選挙は関係ないとしている。でも、都市部では、プーチンの支持率は低下している。情報時代に独裁政治は維持するのは不可能である。
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古井の伝記を書いた政治社会学者の居安正はいくつか推測を挙げているが、その一つとして、マスコミの扇情主義報道に、付和雷同的に追従する国民に対する批判があるのではないかと指摘している。
論文を読み直すと、論文中の次の一節に目を通せば頷けないこともない。「国民各自は、今日、自主的に物事を考え、自らの信念に基づいて行動しているかどうか…かつて日中国交回復前、われわれ積極論者を国賊と非難した人々が、やがて豹変して昔からの友好人士のように振舞った実例を見て知っている」、「政治とは犠牲である」を座右の銘としてきた孤高の老政治家の、心の奥底に溜まっていたものが噴出しているかのようである。古井としては政界引退を前に、「演説」は政界に対し、また「論文」は国民に対しての、一種の総括として通低していたといえる。 自民党にこんな政治家がいたことを忘れてはならない。私は進歩的保守という自民党政治家がいたことを誇りに思う。古井さんの伝記を書かれた居安正さんにその先見性に敬を表したい。
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京都学派の代表的論客であった高坂正顕は次のように主張していた。
高坂は半世紀以上経過した現代日本にもそのまま当てはまるような、近代文明の下における人間性の疎外、喪失を言い当てていた。
京都学派は、こうした近代の病理と対峙し、それを克服する新しい文明をアジアから創造するのだと考えたのだ。
京都学派が政治的に一躍注目されたのは、日米開戦直後。
1942年から43年にかけて、高坂正顕・高山岩男・西谷啓治・鈴木成高の4名が、雑誌『中央公論』で3回にわたり座談会を開き、「世界史の哲学」の立場から、「大東亜戦争」の意義付けを与えようとした。
西田幾太郎の門下として、学問的に活躍した若い学者が日本の苦悩というものを克服しょうとして、「近代の超克」「世界史の哲学」は、日本が生んだ思想であるのだ。マルクス主義の広松渉が「近代の超克」を書いたことは、驚くことである。グローバル化というなかで日本はいかに生存すのか何か教えてくれるのである。
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平俗低俗の文学が流行してゐる。日常微温の饒舌は不易の信条を昏迷せんとした。僕ら茲に日本浪曼派を創めるもの、一つに流行への挑戦である。 僕らは専ら作家の清虚俊邁の心情を尊び、芸術人の不羈高踏の精神を愛する。此の日その美を展き、その果を始めることに、僕ら次代の文学人の賦命を感じて禁まぬ。 かつて傍らの卓越せる先人たちは、芸術する精神を不遜に持するゆゑに、万難に遭ふて一悟擢じなかった。しかも早き芸術する自覚は、中途にして伸びず、僅少の気品は微かに残り、多く.衆声の俗悪化、芸術の技術化、精神の拝物化に自ら堕した。或ひは流行通俗に侫つては作家態度を棄て、或ひは進歩向上に藉りて芸術精神を薄めた。文学は文字を弄する能力の慰戯と自ら観じて尚も恥ぢ凌かつた。その日作品を市場に守るに汲々とたりし人々は、芸術人の根性を擁護する進歩的営為を進歩の名によって放棄して一度も驚かなかつた。漫々と西洋の文物は移入せられ、忽ち知識化されつゝも,つひにそれが芸術化されし事例は、数へて遂に嘆じるのみである。 過去日本の文学界に於て、俗調の流行極り、先代の糟粕を食ひて嫌はざること、今日の事情に過ぎるものを知らない。しかも省みて芸術する自覚の切迫の極点に形成されしこと、今日の青年文学人に勝るものあるを見ぬ。観じくれば日本.に於て未だ厳密なる浪曼運動の発生を見ないのである。今にして次代は一つの萌芽に己を蔵めつゝ、現状は混沌として分明でない。僕らわが世代の歌を唱へねばならぬ。茲に僕ら、文学の運動を否定するために、進んで文学の運動を開始する。卑近に対する高邁の主張に他ならぬ。流行に対する不易である。従俗に対する本道である。真理と誠実の侍女として存在するイロニーを、今遂ひに用ひねばならぬ。 日本浪曼派は今日の最も真摯な文学人の手段である。不満と矛盾の標識である。主張に於けるも態度を先とする。こゝに順応習俗の老成者も、巧偽膚学の講談家も抱合せず、ひたすら今日強固なる次代の芸術人によつて成立する。 近世以降文学人とは時代の良心の歌手であつた。口に進歩啓蒙を任務と喋る事大家と未だ共に処らず、事を卑俗追従に営業と見る技術人と嘗て行を執らなかつた。僕らつねに芸術人と芸術の擁護復興のために、こゝに協同の行動を営む。今日騒々雄々たる文学界に.敢然清浄たる集団を形づくる。 日本浪曼派は、今日僕らの「時代の青春」の歌である。僕ら専ら青春の歌の高き調べ以外を拒み。昨日の習俗を案ぜず、明日の真諦をめざして滞らぬ。わが時代の青春!この浪曼的なものゝ今日の充満を心情に於て捉へ得るものゝ友情である。芸術人の天賦を真に意識し、現状反抗を強ひられし者の集ひである。日本浪曼派はこゝに自体が一つのイロニーである。 浪曼派は史上少しとせぬ。しかも日本浪曼派は悉く総てに秀でて、至上に清らかに美しい存在である。今日の日本はかゝる芸術人を要求し、大衆は彼らの要求の最も鋭い感受者を要請する。僕ら亦希求し憧憬する。.最も高貴に激烈なものを。それは日本浪曼派の目標であり現代である。憧憬の形式は奪取の表現である。最も美しいものゝ擁護のため、最も崇高なものゝ顕彰のため、この必至の伝統芸術人復興の使命を、茲に特に高邁急迫に表現する一方法である。 既に結ばれた僕らの友情は最も深く尤も濃かである。雑誌「日本浪曼派」は来春早々世に送らるべく、将に準備は進捗しつゝある。予めこゝに広告し.以て世の宏覧の知識人に呼びかけ、心ある識者文人のあつき支持と援助を翼ふ次第である。 一九三四年十月 神保.光太郎
亀井勝一郎
中島栄次郎
中谷孝雄
緒方隆士
保田與重郎
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岡田克也副総理は6日の記者会見で、消費税増税に向けたコスト削減の一環として、政府を挙げて新聞や雑誌など定期刊行物の契約を絞り込む考えを示した。岡田氏は「企業再生に成功した人は、身近な新聞や雑誌を少なくするところから入った」と強調した。
岡田氏は自ら率先するため、まず首相官邸の自室で購読している新聞6紙のうち自宅で契約している3紙の解約を指示したと説明。解約する3紙については「あまり敵を増やしたくない」と具体的に語らなかった。(2012/03/06-20:18)時事 政府を挙げて新聞や雑誌など定期刊行物の契約を絞り込む考えを示した。こんな、ことを言っていることは、寂しいですね。そんな、情報源を少なくしていることで国際社会に生き残れるのか。政治家は多くの情報は持つことが必要だと思う。
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