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民主党の池口修次、自民党の脇雅史両参院国対委員長は12日、東日本大震災の復興予算の使途を検証するため、参院決算委員会で閉会中審査を行うことで合意した。来週にも開かれる見通し。
脇氏は参院の予算、行政監視、東日本大震災復興特別の各委員会開催も要求したが、池口氏は「(審議内容が)重複する」として拒否した。 ただ、行政監視委員会については、自民党が委員長ポストを握っており、民主党の同意がなくても開催が可能。脇氏は「一つの委員会だけの問題ではない。(同委も)開かせてもらう」と伝えた。(2012/10/12-18:07) 被災者を中心参議院で復興予算の問題を審議するということだに考えることが必要ですね。
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2012年10月12日
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「あの日のとめのほほゑみは/なぜだか 僕は知らないけれど/しかし かたくつめたく横顔ばかり」
(「夏花の歌」)立原道造
「夢はいつもかへって行った 山の麓のさびしい村に/水引草に風が立ち/草ひばりのうたひやまない/しづまりかへった牛さがりの林道を」(「のちのおもひ」)立原道造
「長いまつげのかげをんなは泣いてゐた/影法師のやうな/汽笛は とほく」(「長いまつげ」)立原道造
「かなしみではなかった日の流れる雲の下に僕はあなたの口にする言葉をおぼえた/それはひとつの花の名であつた/それは黄いろの淡いあはい花だつた」(「ゆふすげびと」)立原道造
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「ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しいりっぱな名をつけようか、私は迷う」フランソワーズ・サガン
フランソワーズ・サガンは19歳の1954年の春休み、350枚ほどの小説『悲しみよ こんにちは』を書き、その年の批評大賞をもらった。「魅力的な小さな怪物」(F・モーリャック)「マドマウゼル・ラディゲ」と呼ばれ、時の人になった。
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「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」堀辰雄『聖家族』の冒頭だが、これがかつて青少年に好まれたとは意外の念に打たれる。「それは、私たちがはじめて出会ったもう二年前にもなる夏の頃不意に私の口を衝いて出た、そしてそれから私が何ということなしに口ずさむことを好んでいた、/風立ちぬ、いざ生きめやも。/という詩句がそれきりずっと忘れていたのに、またひょっくりと私たちに蘇ってきたほどの―いわば人生に先立った、人生そのものよりかもっと生き生きと、もっと切ないまでに愉しい日々であった。(『風立ちぬ』)堀辰雄
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『仮の宿故郷へ行く渡り鳥』 若草篤人
笑顔で元気で故郷に帰りたい。我の願いですね。
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