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日本のマスコミは、とくにTBSのニユース23は元芸能人の候補者の露出度アップは公職選挙法でいかがなものか考えさせらる事である。敦賀原発の問題も活断層問題を冷静に報道しないで、原発反対運動のオンパレードである。悲劇を喧伝して喜劇のようである。マスコミ・テレビは市民運動の媒体ではない。
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2012年12月10日
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どうしても、吉本隆明の本を読みたいと思った。そこで、橋爪大三郎氏の『永遠の吉本隆明』を読んでいる。そこで、テロも戦争も悪であるというところで、吉本氏は『存在倫理』と言っている。橋爪氏はこう書いている。「存在倫理」とは砕いて言えば、人間はいろいろの主張を持つかもしれないが、その前にまず、生物として存在している。その事実が根本になっていて、生物としての存在を否定したり抹消したりするのは一番ひどい。相手の主張を否定したり、所有物を取り上げたりすることもひどいことだが、それに比べても、相手の存在の否定、これが最悪で、べら棒だ。こういうふうになっていると思うのです。そのことをお互いに認め合うことが人間であることの原点である。ということだと。
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日銀はリーマンショックの震源地でもない日本がデフレでいることは何を意味するのか。財務省と日銀の金融政策・財政政策を動員すべきなのに、米国・欧州の通貨安競争に負け、デフレに対する緊迫感のない元官僚・榊原氏は現在の立場に満足している。ただ、社会資本整備・・・・公共事業は必要だということは間違いない。榊原氏は財務官僚の意地があるから、元役所の悪口は言わない。でも、積極的な財政出動をすべきだという・・・・。榊原氏の意見に賛成ですね。でも、賃金安・企業の収益減少に日銀の責任を問わなくてもいいのか。日銀に大胆な金融緩和政策をさせないとデフレから脱却しない。伊藤東大教授のいつもの自由・競争・という考えに反対である。市場にまかせればいいというものではない。
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ミスター円・榊原氏のTPP反対の理由。自由化は関税ゼロ21分野交渉、米国が米国的制度を押しつけてくる。東アジアの果実を享受している日本がTPPに参加する必要はないのである。アジアの権益を米国とオーストラリアが成長の果実をとりたいということである。自由化か保護とかいう二者択一ではない。日本は開国してるし、自由化している。21分野、医療・保険・投資・金融・公共事業・で日本は米国による第二の敗戦になる。TPP交渉に参加すれば、国益に反すれば交渉を止めることはできない。交渉に入れば抜けれないということだ。米国の非関税障壁と呼ぶのは「自国と相手国の社会制度スステムの差異」を言うのである。その差異をなくすことは、日本の国益に反する。大病をしたものとして混合診療にならば生きていけなかったと思う。日本の国民皆保険制度は世界最高に恵まれている。米国のように民間保険にはいれない者は死ぬしかないのだ。日本は自国の利益を主張すべきだ。それは、TPP交渉の参加すべきではないということだ。
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村上一郎の「萩原朔太郎ノート」に陶酔している。こんなに、哲学的に、心理学的に、精神分析学的に、勿論、詩・文学・短歌・俳句・も批評する研ぎ澄まされた知性に驚嘆する。吉本隆明との「試行」について知の巨人としての吉本に負けない知性の人だったと思う。だから、精神的に病み自殺したのである。
村上は萩原朔太郎について書いている。「萩原は政治について、また階級制度や家族制度について、彼は多くを語り、封建制度をもデモクラシーをも、社会主義をも呪っている。が、それらの言葉の断片において、すぐれた皮肉や罵詈が見出せるというものは、いかなる政治・社会制度にも同調できぬ憤怒をぶちまけつづけていたのみである。ただ、こういう種類のアフオリズムを、朔太郎が吐き出しつづいたということ自体には貴重な一面があるといわねばならない。例えば、古く大正11年刊の『新しき欲情』で、朔太郎は自然主義、社会主義、現実主義、功利主義、人道主義、民衆主義、ならびににいっさいの宗教の根本動機となっている「幸福論」と呼ぶ思想に対して叫んでいる。
「げにそれは賢い思想である。否むしろあまりに賢こすぎる思想でないのか。そしてそれ故に、おおいかに私が強い感情をもってそれを憎悪するか。野獣の如くして幸福であらんよりは、むしろ、むしろ、人間としての死を選ぶであらう。ああ私にまで何の幸福の必要があるか。睡棄すべし、睡棄すべし、一切の下劣なる幸福論を。・・・・・」というように。村上一郎の本をほとんど読んだ。村上は萩原朔太郎ノートで自分の思想を著しているようだ。
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