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「折口さんの人と学問」・昭和29年10月金田一京助
「折口さんこそ、今の世にいわゆる<百万人といえども我往かん>という慨(がい)の人だった。その学問が堂々として新国学の組織を成しかけて来た時は、柳田先生の山の人生が大きく浮かび上がった後を受けて、これまた、山間に残った異民族などという人種的見地をすっかり離れて、太古の国民の民俗に根ざした、そしてそれが国民のあらゆる方面に根となっている<山びと>の考をもって立ち上られた時であったであろうか。われわれは、これを読んで、あ、いよいよ折口学が出来上がると感嘆やむことができなかった」
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2013年01月15日
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日脚(ひあし)伸ぶ本を求めてゆっくりと 若草篤人
日脚伸ぶとは、冬の終わりごろになって、昼の時間がだんだん長くなる。
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大島渚さんが亡くなられたことで大きな衝撃を受けた。同じ病気で苦しんでいたし、ある次期は回復され、後は元気で静かに生きておられると思っていたのに残念である。「朝まで生テレビ」では興奮して大島渚氏の発言を聞いていた。故吉本隆明氏のような左右のイデオロギーを超えた知の巨人であり、思想のある映画監督だった。
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どこの国でも中央銀行は独立性を確保しているが、中央銀行の独立性とは「目標の独立性」と「手段の独立性」の二つがあり、世界的の標準的な解釈では、金利を動かす独立性はあっても、物価の上昇率をどのように設定するかという「目標の独立性は」認められていない。日銀は行政組織のひとつにすぎないということだ。テレビでは、日銀の独立性というのが正しいと言われている。高橋洋一氏の本を読んで日銀の独立性をわかった。
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雪しろの流れをみたり溶けていく 若草篤人
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