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露の秋 自然(じねん)の心 天まかせ 篤人
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2013年10月12日
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日本は国際連盟では人種差別撤廃条約を主張した。欧米に反対された。国際連盟では常任理事国であった。マッカーサーは戦後、日本の戦争は自衛の戦争だと米国議会で証言した。
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戦後68年経っても、米国、中国、韓国に歴史認識で謝罪しなければならないのか、その意味で大東亜戦争は終わっていないのだろうか。日本は国連に敵国条項もあるし、習近平国家主席は先の戦争を、反ファツシズム戦争として日本との戦争を位置づけて、ACKと3か国で連帯をしょうとしている
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今日は「表現者」記念50号を読んでいる。最初は「発言者」だったが、今は「表現者」に雑誌名は変更されたが、西部邁氏の保守思想持つ若手論客を輩出しているのに驚く。今回、読んだ施光恒氏の「構想力とナショナル・アイデンティティ」という論文に考えるものが多かった。
施氏は、大東亜戦争の敗戦は、いまだ日本の政治に大きな影を投げかけているとして。特にそう感じるのが、最近の日本人の構想力の欠如を意識するときであると。保守とされる安倍政権であるが、打ち出される政策の多くに、彼は落胆することが多いとも。そこで、米国が提示し推進するTPPは、その背景には米国主導のグローバルな秩序形成であると断定している。施光恒氏は教育政策でも、日本人の英語力強化についても、英語国による文化の一元的支配の企てを挫く構想が必要だとも。しかし安倍政権は、そのような構想自体、残念ながら持ち得ないようであるとも。施光恒氏は日本の構想力がないのはナショナル・アイデンティティの問題と大いに関わると。
今こそ、日本は「自分の物語」を紡ぎだすべきとしている。戦後の日本は、実際上、米国制の物語を押し付けられ、それを金科玉条のごとく受け入れてきたと。かって江藤淳氏は、この点を大いに問題にし、戦後日本の状況批判したということで、(江藤淳「他人の物語と自分の物語」を載せている。「・・・いったい人は他人が書いた物語のなかで、いつまで便々と生き続けられるものだろうか?自分の物語を発見しつづける手ごたえを喪失し、他人の物語をおうむ返しに繰り返しはじめたとき、人は実は生きる屍になり下がり、なにものを創ることができなくなるのではないだろうか」。
施光恒氏は安倍総理に「思考の戦後レジームか」らの脱却をすべきと、それは、憲法改正よりも、先に日本人の国民の物語の再生であると。安倍総理に自前の物語をつむぎだそうとする気概、および構想力を取り戻す必要があるとしている。
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