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田中耕太郎は、日本国憲法について、憲法の字句や説明には不備な点もあったが、実体にはあまり悪いところはないと思ったし、今もそれを確信している。だが、戦争放棄に関する部分には気がかりなところがある。
ポツダム宣言受諾以来やむを得なかった点もあったが、今はもっと広い立場で考えてよいだろう。50年早かったとマック氏がいったのは賛成できる。私の憲法の説明でも、婉曲であったが、必要なところでは気持を述べたつもりだ。 春の花は美しくても、詩人以外は花でも相剋することに気が付いている。虫の世界、鳥の世界の冷厳さもわかっている。人間は理想を持ち希望をもつから平和を願望するのは当然だが、不用意にして一夜に理想を実現することは無理だ。中略・・平和は尊いが、人間の改善には時間が必要だろう。公正な真理はもっともっと苦心しなければなるまい。 幣原さんが無防備主義を主張されたのは事実だが、それは、世界が無防備になったときに平和が達せられるというところに主眼がある。そして日本はその先頭に立つであろうというところに時期的なものがふくまれていた。世界の実情を無視された論ではなかったように思っている。準備は実行より前に必要である。昭和34年1月日本経済新聞連載 |
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高村自民党副総裁は、現在訪中をしているが、集団的自衛権行使を限定的なものとして党内・国民の理解を得るようにされているが、また、高村自民党副総裁は砂川事件の最高裁判決で自衛権を容認したとものとしている。そこで、当時の最高裁長官田中耕太郎についての本を読んだ。彼は保守主義者だ。
田中耕太郎は「私の履歴書」で次のように書いている。私がやり甲斐がある重要な仕事だと思ったのは、民主政治の下でとくに司法権の独立を強化する必要があると感じたからである。裁判官は正義を実現し、基本的人権を擁護することを使命とするが、この使命の遂行に関しては、裁判官は政府や国会に対してのみでなく、ジャーナリズム、労働組合、その他あらゆる社会的勢力に対しても独立でなければならない」ということだ。田中耕太郎は反共であり保守主義という思想が基底にあった。 |
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「時計の構造は時計師のみが知っている。人間がどんなものかは人間を造った神のみがこれを知る」この文は内村鑑三の「余は如何にして基督教徒となりしか」の中にある。大病をして生かされているので考えさせられるものである。
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言論を純粋に有用性の観点から見れば、記号の不便な代替物に見えるし、同じように活動は、暴力の非効率な代替物のように見えるだろう。(『人間の条件』24)ハンナ・アーレント
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人は生まれて、生きて、死ぬ、これだけでたいしたもんだ。ビートたけし名言
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